リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第9章 4

第9章 礼拝堂 4

 一方で看護師の亡者はと言えば、聖鈴を鳴らして自身の周囲に光りを生み出し、それに包まれて傷を癒している様子であった。またその光は肩に出来た小さな傷が完全に塞がって尚溢れており、察するに継続的な治癒を齎す奇跡であるのだろう。

 なればこそこの効果が持続している内に仕掛けたいのだろう、看護師の亡者は仄かな光に身体を覆われたまま、こちらに向かって走り出しながら警棒を振り上げる。

 盾で防御しては力負けし、半端な攻撃は通らず逆に危機を招き、機を見透かされれば魔法の発動は阻止される。それらの事項を念頭に置いた上で、不死人は上から下に振り下された警棒を避けるべく身体の軸を横にずらし、するとすぐに警棒は軌道を変え、攻撃を避けた身体を追おうとするが、それをさらに後ろに退がって躱すと、直後に再び刺突攻撃の構えを取り、同時に詠唱を始める。

 警棒での一撃が空振りに終わった看護師の亡者は隙を晒し、それを逃さず不死人は魔術師のロングソードを突き出すと、剣の先は敵の脂肪によって阻まれ、浅い部分にまでしか達していないが、しかし詠唱が完了することによってそこに青い大きな刃が形成される。

 如何に厚い肉であれ、剣が刺さった状態でソウルの大剣で貫かれては防ぎようもなく、看護師の亡者は腹を裂かれて血と臓物を噴出し、廊下を汚しながらそのまま床に倒れ伏した。

 瞼を閉じ、息を整えながら今の戦いを振り返る。浮ぶ内臓にせよ、看護師の亡者の術にせよ、魔法を行使出来るようになった傍から、早速それを無効化されるとは、あまり想像しにくい事態であった。手強く、かなりの傷を負わされたが、何でも頼り過ぎになるのは良くない、ということを教えられた敵であった。

 落ち着いたところで動かなくなった看護師の亡者の懐を漁る。そこから雫石がいくつか見付かるが、いずれも小ぶりであり、エスト瓶がある今、嵩張る雫石を大量に持ち歩いたところで邪魔にしかならず、それは拾わずに捨て置くことにする。

 次に浮ぶ内臓の方を詳しく調べるべく、それに手で触れようとすると、指先は内臓に届かず、その前にある透明な皮膚らしきものを触っていた。更に様々な部位を触れた結果、四肢や胴は透明ではあるものの、どうやら形は人と同じようなものが付いており、即ちこの浮ぶ内臓というものは基本的に透明な人間であり、内臓だけが透けて見えているのだろう。

 何故このような奇妙なものが存在しているのか、現時点では想像すら及ばないが、先を進めばそれを知る手掛かりを得られるのかもしれない。立ち上がり、廊下を奥へと進み始める。

 軋む床をしばらく歩いていると、程無くして左の壁に開けたままになっている扉が一つ見付かる。木の板は打ち付けられておらず、鍵はひしゃげており、またおおよその位置から推察するに、これは先程看護師の亡者が内側から強引に開けた扉であるのだろう。

 室内を覗いたところ、やはりそこにも灯りは無く、最低限の寝具が置かれているのみである。それだけ見れば無味乾燥極まりなく、ただ窓は珍しく木の板が打ち付けられておらず、締め切ったままではあるが、木々の緑らしきものが曇ったガラスに朧気な輪郭を映し出し、それがこの部屋唯一の彩りとなっていた。

 それ以上は調べる物も無いため、部屋を出て廊下へ戻る。探索するべく廊下を直進していると、また曲がり角があり、それは左に曲がっているが、その先には廊下を塞ぐ鉄の扉があり、鍵穴の部分が破壊されてしまっていたため、通行することは出来ないようだ。

 ただしその鉄の扉の近くには上の階へと向かう階段があるため、来た道を戻る必要は無く、不死人は大きく軋む音を鳴らすそれを登り、二階へと至る。

 そこからの景色が一階と変わるようなことは無かった。病院内はどこへ行こうとそうなのか、窓も扉も殆どが封じられており、光は無く、またある意味でいちいち調べていく手間が省けている。

 そのように代わり映えしない有様では、左右に深く伸びる廊下のどちらを進むべきか、見当は付かず、だからこそあまり思案し過ぎるべきではないのかもしれない。不死人は左を選び、そちらを進むことにする。

 暗然たる気配が蔓延る病院だが、今でも清掃されることがあるのか、黴などの繁殖は見られず、どちらかと言えば清潔な印象すらある廊下を直進していくと、俄かにそれは行き止まる。

 不死人の眼前に現れたのは、突き当たりの壁でもなく、先程あったような開閉しない扉でもなく、まるで無秩序に、乱雑に山と積まれた大量のベッドであった。廊下に敷き詰ったそれは看護師の亡者が居た部屋の中にあったものとは少し違い、側面に黒い皮製のベルトが取り付けられており、単に寝具として使う以外の用途を備えていた。

 廊下の通行を妨げているが動かすには量が多く、運び出すための空間を確保することも難しいため、通り抜けることは不可能であったが、この近くの扉が一つ開いており、まだ完全にここが行き止まりかどうかは分からなかった。

 扉を潜るとその部屋の中には窓から少し光が差し込み、僅かだが廊下よりは明るさがあるため、室内にいくつも並んだそれを不死人に見せていた。

 樽の上部だけを切り取ったような形状の、桶のような、だがそれよりも一回り大きく、水槽と呼べるくらいの直径のある容れ物であった。

 水槽はいずれも水で満たされているが、この部屋にはこれの他に物が置かれておらず、炊事場や身体の洗浄を行う場として使われるにしては適さないだろう。薄暗い部屋の中にある使途不明の水槽に、奇怪な印象を抱くのは当然であり、また水槽の水は黒く濁っているため、何が潜んでいるか分かったものではない。不死人はそれから出来るだけ距離を取り、ゆっくりと横を通り抜ける。

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