リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第9章 6

第9章 礼拝堂 6

 「ふわぁぁぁぁぁああああぁっ!」

 気付いた時には手遅れであり、浮ぶ内臓は大きく叫び出していた。既に透明な触手を振り回し始めているらしく、周囲の床や壁が弾けるように壊れだしたため、そこから距離を取らなければならないが、しかしそうするより前に背後で乱暴に開け放たれた扉が不死人を突き飛ばし、前に押し出されると向かいから透明な触手に身体を殴打され、吹き飛ばされて廊下に転がる。

 想定し得る限りの状況の中で、最悪の部類に近いものではないだろうか。大きな傷を負った不死人はすぐに立ち上がってエスト瓶を飲み、だが飲んでいる最中に看護師の亡者に接近され、腹に警棒の一撃を食らう。

 あばら骨に守られていない部位に当たったため、柔らかな内臓へ伝わった衝撃は体内で大いに暴れ、思わずその場に崩れ落ちそうになるも、これを堪えて走り出し、看護師の亡者から離れる。

 そして十分な距離を取ったことを確認してからもう一度エスト瓶を飲んで身体を治癒し、同時に急いた気を落ち着けていく。

 二対一、形勢不利であり、ここがリングレイの地でなければ、逃走が一番良い選択肢であったかもしれない。だが仮にこの地でそのようなことをすれば、逃げた先にどれほど恐ろしいものが待ち受けているか知れず、この敵につけ狙われたままであれば、前後を挟まれる形になりかねない。

 よってこの敵はここで撃破する。敵方は不死人の側から見て手前に看護師の亡者、その奥に浮ぶ内臓の順で並んでおり、浮ぶ内臓が今尚上げている叫びは新たにこの場へと何かを呼び込んでしまう懸念があるため、出来れば先に倒すべきだが、前を守る恰幅の良い身体は盾として働くには適している。

 また二体に囲まれるような事態は避けるべきであり、であれば看護師の亡者と立ち回る際、回り込むような動き方も厳禁である。

 あまり時間を掛けずに正面から看護師の亡者を倒さなくてはならず、こちらから仕掛けなければならないが、牽制に魔法を使おうにも敵にはそれを封じる術があり、特にこのような距離では十分にその術を行使する時間があるため、試したところで無意味に終わるだろう。

 小細工を弄すにも種は尽き、否応無く地力で挑まなければならない状況であれば、むしろ覚悟は決まるというもの。不死人は集中力を高めながら、看護師の亡者ににじり寄っていくと、太い腕が持つ警棒に注視し、その一瞬をもはや熱望する。

 やがて互いの間合いに入り、看護師の亡者が動く。力一杯振り抜かれた警棒は廊下の暗鬱とした空気を裂きながらこちらの脇腹に迫るが、しかと機を見定めて薙ぎ払われた塔のカイトシールドはこれを打ち、振るわれてきた方向へと弾き返す。

 その威力の凄まじさたるや、パリィした際、盾を持った手に痺れを覚えさせる程であったが、タイミングは合っていたため、相手は姿勢を崩していた。そして無防備となった看護師の亡者の懐に飛び込むと、胴の中心に魔術師のロングソードを突き立て、力の限り押し込む。

 深々と剣は肉を貫通し、その後すぐに不死人は看護師の亡者の重い身体を、触手を暴れさせる浮ぶ内臓の方へ向け、剣を抜きながら蹴り飛ばす。

 既に動く力を失っていた看護師の亡者は透明な触手に打たれるも、その重量は押し返せなかったのか、浮ぶ内臓は叫び声を上げたまま脂肪と筋肉の塊に圧され、倒れて下敷きになる。

 それを見た不死人は即座にそこへ駆け寄ると、さらに看護師の亡者の身体の上に乗って加重すると同時、その脇を滑らせた剣で青い臓器を貫く。

 叫び声は止み、暴れていた触手も収まり、廊下に静けさが戻っていた。

 始めに大きく負傷した今の戦いは、扉の向こう側から響いた鈴の音を発端としていたが、あの音は看護師の亡者の持つ聖鈴のものであったのだろう。だが罠のつもりで鳴らしたのかどうかは定かではない。

 実際そこにあった扉の中を覗いてみると、奥の窓は開いたままになっており、そこから入った風が聖鈴を揺らした可能性もあるのだろう。主は看護師の亡者であったと思しいその部屋に踏み込むと、中にはベッドと机が一つずつしか置かれておらず、極めて質素な様相であった。

 さらにもう少し奥にまで進み、窓に近付いてそこから外を眺めると、中庭のようなそこは木々が鬱蒼としており、また窓の真横の壁には上に向かって伸びる梯子が掛けられていた。

 この梯子を登るのであれば、背を中庭の方に向ける事になり、そこに何某かの脅威が身を伏せていた場合、無防備なところを襲われかねないが、かと言って現在の位置からでは中庭の詳しい様子を窺い知ることは不可能であった。

 止むを得ず、敵に狙われた場合は梯子から手を離して落下することも視野に入れ、不死人はそれを登っていく。すると結果的にではあるが、どうやら先の懸念は無用であったらしく、無事にこの梯子を登り終え、足場を確保することに成功する。

 病院の棟は二階建てであり、先程まで居たのが二階であったため、それより上へ登ったのであれば、そこにあるのは階ではなく屋根であった。古くなってしまっているのか、瓦はこちらが一歩差し出す度に割れて散り、その欠片を屋根の外へと落し、不死人はそれに視線を奪われるように追っていくと、目の中に中庭の様子が映る。

 上から見ると分かることだが、この病院は廊下とそれに並ぶ部屋で中庭を四角く囲むように造られており、そして中庭の区画はかなり広い空間を有し、背丈の様々な木を並べていた。

 周壁の影にある為周囲は暗く、だが中庭にはランタンの灯りがいくつも点在し、仄暗さがかえって幻想的で穏やかな雰囲気を引き出している。この中で休息したとして不安な心地になる者はあまり居ないだろう。

 他に気に留まるものはないか、不死人は屋根の上を見回すと、少し歩いた先に登ってきたものとは別の梯子があるのを見付け、それを伝って行けば下の階の窓へと入ることが出来るだろう。

 あるかどうかも知れない中庭の底からの視線を意識し、手早くその梯子を降りて窓の中に滑り込む。その際、その窓からもう一つ梯子が伸びているのを目が捉える。屋根の上から見たときには分からなかったが、どうやらそれは中庭へ降りることが出来るものであった。

 そちらを調べるのも決して吝かではなく、しかし先に今居る部屋の安全を確かなものとし、万が一の退路を確保した方が良いだろう。

 暗がりばかりの室内を調べるため、不死人は奥へと歩み始め、すると突如としてベッドを覆っていたシーツが跳ね上がり、そこから浮ぶ内臓が現れる。

 剣を握り、盾を構えるも、しかし相手は不死人のことを見詰めるばかりで、叫び声を上げることなく、暴れ出そうともしない。一体何が起こっているのか、状況が把握出来ないためこの場は冷静な観察が肝要であり、相手の姿に視線を走らせると、他の浮ぶ内臓に無い臓器がそこに浮かんでいることに気付く。

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