リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第9章 8

第9章 礼拝堂 8

 魔法はあまり効果が無いことは既に分かっていた。故にやや無謀な感は否めないものの、走って透明な巨大生物が居ると思われる場所にまで距離を詰め、おおよその見当を付けた場所へ剣を振るう。

 だがそれは石や鉄よりも硬いのではないかという程にロングソードの斬撃を拒み、甲高い音を立てながら跳ね返した。あくまで不可視ではあるが、傷を付けられる気配は微塵も無い。

 またその際強い反動が身体を駆け巡り、一瞬だが硬直していると、そこへ豪快に空気をかき回して薙ぐような音が鳴り、直後不死人の身体は衝撃に襲われ、宙を舞って中庭の土の上に落ちる。

 大きな負傷であった。これにより身体の自由が利かず、だが幸いにも追撃は無かったため、先に片膝立ちの状態にまで身体を起こし、それからエスト瓶を飲み、回復して立ち上がると、敵の次の行動に備えながらも今の一連の出来事を振り返る。

 透明な巨大生物が物理攻撃に用いたのは、おそらく巨体を支える太い足か腕である。攻撃の威力は高く、ただ太さの余り透明とは言え、それを振る際に空気を巻くような音が大きく出てしまうため、その点を利用すれば対処は可能になるかもしれない。それよりも問題は、本体への攻撃が効かなかった方だろう。

 魔法も斬撃も芳しい効果を発揮せず、であれば弱点部分を見付けるなりの工夫が必要だが、いかんせん相手が透明なままではそれも難しい。まずは暴くことが先決となるか。

 やがて草木が揺れ、透明な巨大生物が動き始めていた。先程は上から中庭の端へ動いたために、音のした方へ斬り付けてもそこは敵が足を抜き去った後となり、何ら手応えは無かった。だが今はその逆、中庭の端からこちらの頭上へ動いており、よって、音のした場所にはきっと太い透明な足があるのだろう。魔術師のロングソードを固く握り、それらしい部分を袈裟斬りにする。

 すると剣は何かを斬り裂き、そこから透明な液が溢れ、それと同時に周囲の空気が僅かに上へ吸い込まれるような感覚があった。こちらの攻撃により、透明な巨大生物が怯んだのだろうか。

 透明な液体は、不死人の身体にも付着し、特に剣や手は大量に浴びたためか、怪しげな光を反射していた。おそらくこの液体は透明な巨大生物の血液であり、つまり初めてこちらの攻撃が通用したことを意味し、ということは、先程剣による攻撃が弾かれたのは、狙いを付けた場所が悪かった、ということになるのだろうか。

 やがて草と草が擦れるような音が鳴り、透明な巨大生物は移動を始め、こちらの頭上から中庭の隅の方へと向かう。不死人はそれを追い掛け、透明な巨大生物が中庭の端で身体を降ろしたことを周辺の草の動きを見て確認すると、そこへ走り寄った。

 軽はずみに近付いただけであれば、太く透明な腕か何かによってその身は打たれていたのだろう。だが如何に敵の攻撃の範囲が広く、そして人の目に映らないものであったとして、迫り来るタイミングを渦巻く風が教えるのであれば、見切ることも決して不可能ではない。透明な巨大生物の攻撃を躱し、その直後に肉薄する。

 次いで魔術師のロングソードの煌きが通った軌道は、脳を擁する敵の本体ではなく、直前に攻撃を繰り出した、透明な腕に沿ったものであった。不可視の血が零れ、その重みで周囲の草が垂れ下り、またこちらの攻撃に怯んだのか、草の一画がごそりと動いていた。

 常であればここで畳み掛けるべきかもしれないが、やはり相手の動きが予測しにくいため手が出し辛く、その場で剣と盾を構えるに留まっていると、やがて辺りの草が騒ぎ出し、つまり透明な巨大生物が移動を開始していた。

 本体を高く持ち上げ、透明な巨大生物はこちらの頭上を越して中庭の中央へ向かっているらしく、不死人はそこへ追い縋ると剣を構え、移動中の隙を突くつもりで足の一本があると思われる地点に寄り、そこへ斬撃を見舞った。

 何も無い宙から、僅かに光を反射する液体が零れ落ちる。こちらの攻撃は成功し、だが直後に背後から風が起こったため、不死人は即座に前に向かって身を投げ出すと、ひと塊となった風圧は更に勢力を増し、中庭を大きく扇ぐ。

 圧が収まり、周囲を見回したところ、近くにあった木が数本半ばから折れていた。どうやら透明な巨大生物は不死人の攻撃によって態勢を崩し、高所から倒れてきたのだろう。あと少しで重い本体の下敷きとなるところであった。

 やがて透明な巨大生物は身を起こし、立ち上がろうとする。その様な相手の動きを観察するには、これまでは揺れる草木と虹色に光る線の軌道のみが手掛かりとなっていた。だが再三に渡って攻撃され、血を撒き散らしたせいなのか、僅かな光が巨体を濡らした透明な液体を反射し、その輪郭を殆ど描き、ここに正体が暴かれる。

 腕や足、というより、単なる太い触手が長く伸び、そしてそれが背負っているのは巨大な渦巻く殻。即ち、敵の正体は透明な巨大巻貝であった。

 おそらく、こちらの斬撃も魔法も防いでみせたのは本体を守る貝の部分であったと思しい。見るからに殻は厚く、姿を暴いたとて破れるようなものではないが、反面露骨に弱点となる部分が存在していた。

 透明な巨大巻貝は移動を続け、中庭の端へと向かう。その間に闇の盾を詠唱し、塔のカイトシールドに付与し終えた不死人は、敵が下に降り立つや否や、無防備な風を装ってそこへ近付き、触手での殴打を引き出す。

 すると誘いに乗った一本の触手が縦に大きくしなり、今にもこちらに振り下ろしそうな状態となった瞬間、不死人は駆け出し、一息で巨大巻貝の側面へと回り込む。明後日の方向へ打ち下ろされた触手を捨て置き、透明な巨大巻貝の口を正面として捉えると、そこへ魔術師のロングソードは突き刺さる。

 「ぶえええええええっ!」

 体内深くに剣の先を埋め込まれた透明な巨大巻貝は汚い悲鳴を上げ、次にこちらを殴り付けようと触手を振り回すも、不死人はそれを闇の盾で弾き返しながらロングソードの柄から手を離さず、稼いだ時間で詠唱を行う。

 そしてそれが完了した瞬間、魔術師のロングソードは敵を貫いたままソウルの大剣を形成し、巨大巻貝を内側から斬り裂いた上、不死人はさらに剣を渾身の力で以て振り抜いた。

 「ぶえっ」

 最期、僅かに絞り出された悲鳴が中庭の薄闇へと消えていく。

 本体の上半分を両断された巨大巻貝は触手を悄然と横たえ、体液が零れていく度に徐々に萎み、やがて何かが貝の内側に当たり、音を鳴らす。

 透明な身体に一体どのようにして隠し持っていたのか、鉄で出来たこの楕円形の何かは青みがかった泥に汚れ、それは拭うことが出来なかったが、形状から察するに何かの飾りであるようだ。

 下の方には穴が空いており、中を覗き込んでみると、そこには螺旋状の溝があり、大きさは丁度、溝の溜まり池の門を開閉不可能にしている棒の先に取り付けるのに適しているように見える。

 つまりこれを持っているということは、この透明な巨大巻貝は礼拝堂の神官長であったのだろうか。

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