中央広場周辺の探索を終えた後に不死人が向かった先は、王城へ至る道順である溝の溜まり池ではなく、東にある住居が立ち並ぶ区画であった。
中央広場と似たような趣のあるその場所になら、まだ他に正気を残す者が居る可能性が期待出来たため、本腰を入れて王城に向かう前にその区画を調べるべきであると考えた末の決断であった。
中央広場と東の居住区には明確な境は無く、それらしい方角へ向けて不死人は歩き続け、やがてどことなく広めの通りに入ると、直後物陰から亡者と化した農民達が三匹飛び出す。
だが彼らは優れた戦士ではなく、あくまで正気を失い人を襲うようになっただけの元は普通の人間であり、三匹程度が揃っただけでは深刻な脅威とはならない。
向かってきた亡者の鉈の一撃を塔のカイトシールドで押し返し、その後すぐにブロードソードでその亡者の首を薙ぎ、横合いからの鎌の攻撃が届く前に二匹目のその亡者の胴に蹴りを入れ、攻撃を潰してから上に圧し掛かって腹を裂き、そこへ飛んできた三匹目の亡者の大振りの鋤の一撃を躱した後、その背後に回り込み敵の背を貫く。
取り立てて苦労はしないまま、その場の亡者は全滅する。不死人は亡者達の所持品を漁ったのち、その場を後にして先へ進むと、居住区の中央を走るこの通りは進むにつれ段々とやせ細り、程無くして行き止まりとなっていた。
そうなっては引き返す他無く、だが行き止まりの先に居た四匹の亡者達は、踵を返そうとした不死人を見咎め、逃すまいと攻撃の意志を見せ始めていた。
前面の二匹はそれぞれが農作業用の鉈を手に、その少し後ろの大柄の一匹は大きな鍬を得物とし、さらにその後ろの亡者は頭に兜、胴や手足には軽量なアーマーを着けた、いわゆる下級の兵士の風体をしていた。
不死人の佇まい、即ち応戦の用意を認めた亡者達は、だが勢い任せに飛び出そうとはせず、じりじりと間合いを詰めようとゆっくり動き出し、そして不死人にしてみても四対一の数の差を考えれば、一の側から相手に仕掛ける事も出来ず、結果、しばらくの膠着に入る。
「お”っ、おう”っ」
睨み合いを打ち破ったのは敵集団の最奥に居た下級兵士の亡者の呻きと、その声の直後に下級兵士の持つ剣の先から放たれた、青い魔法の矢であった。
一直線に標的へ飛ぶその魔法、ソウルの矢の軌道は高速ではあったが回避不可能とまではならず、不死人はそれを横に躱して事なきを得るが、その隙を突いてこちらに迫る二つの影があった。
いつの間にか近付いていた亡者の片割れはソウルの矢を回避した直後の身体を狙って鉈を振り上げ、その攻撃を咄嗟に塔のカイトシールドで防ぎ、その次にもう一方の農民亡者が横に薙ぎ払った鉈をも後ろに飛び退いて躱し、そしていざ反撃に移ろうと剣を構え、だが離れた場所で再び撃ちだされたソウルの矢の音を聞きつけた不死人は、直撃を受ける前に身を屈めてそれを避ける。
「あ”お”っ」
唐突に長い距離を跳躍一つで詰めてきた長躯の農民亡者は、それと同時に手にした鍬をこちらの頭部目掛けて振り降ろし、しかし不死人が身を捩る事で鍬の先が頭の側面に掠れる程の寸前で回避に成功するも、休む間も無く遠距離からソウルの矢が飛来する。
不死人はその青い光を塔のカイトシールドで受け止め、そして次には眼前の敵を相手にすることなく、それらに背を向け走り出した。
形勢不利、どころではなく、対処不可能な状況であった。そのため不死人は逃走し、だがそれもまたあまり良い選択とは言い難い。何故なら下級兵士のソウルの矢は遠距離を攻撃することが可能であるため、このように走る背を撃ち抜くことにも適しており、そして当然ながら敵に背を向けたまま走る姿勢では相手の様子を視る事が出来ず、いつその瞬間が訪れるか不明であった。
故に不死人は走りながら、耳の神経に意識を集める。
「お”っ、お”ぅッ!」
下級兵士の亡者の声にやや遅れて前転し、すると身体の上を青い線が通り過ぎていく。賭けに勝利した不死人は走る速度を落さず、敵との距離を大きく離しつつあった。
そしてある程度走りきれば、それぞれの亡者達の足の早さの違いが如実に現れる。まず一番小柄で俊敏な鉈を持つ二匹の農民亡者が先頭でこちらに迫り、その後ろに大柄の農民亡者、遠く離れた最後尾には当然重いアーマーを来た下級兵士の亡者の姿があり、時間と距離を稼いだ今であれば魔法さえ届かない距離が下級兵士と不死人との間に存在していた。
好機である。不死人は立ち止まって振り返り、一方の農民亡者の鉈の一振りを塔のカイトシールドで弾き、もう一方の農民亡者は攻撃を繰り出す前にその胴に蹴りを入れ、鉈を弾かれた方の亡者に向き直ってブロードソードで胸元を深く斬り付けて斃すと、その返す剣で蹴りを入れられ姿勢を崩した亡者の首を両断する。
「う”あ”い”ッ!」
鉈の農民亡者二匹が地面に倒れ伏せるのを見届けるよりも前に、大柄の亡者は跳躍し不死人に迫りつつ、鍬の一撃を振るう。
だがその攻撃方法は威力こそあるもののあまりに大振りである上、挙動が先ほどの物と全く同じであったため回避は容易。だけでなく、不死人は回避の際に鍬の攻撃範囲から横に逸れながら、大柄の農民亡者の足を引っ掛け、石畳の上に転ばせる。
「ぷおっ」
地面に鼻を強かに打ち付け、その後大柄の農民亡者はもぞもぞと起き上がろうとし、だがそれを不死人は既に遠く置き去りにしていた。
大柄の亡者を転ばせた後に不死人はすぐに走り出していたため、今や目の前には守りの無くなった下級兵士の亡者がおり、そのアーマーの継ぎ目である首と鎖骨の間を狙い、ブロードソードは翻り、陽光を反射する。
首の辺りを深く突き刺された下級兵士の亡者は音も無く倒れ、その直後に背後から迫る大柄の亡者の攻撃の気配を察した不死人は、上から下に叩き落された鍬の一撃を横に躱し、同時にすれ違いざまの敵の勢いを殺さず利用し、横に振り抜いたブロードソードの一閃の威力を高める。
その結果、大柄の農民亡者は背骨ごと胴を両断され、地面に落ちたその身体は上下ともすぐに動きを止め、黒ずんだ血が石畳を汚していた。
一息つき、斃れた四匹の亡者の懐や腰の入れ物を探り、そこから硬貨や雫石を抜き取った後、不死人は行き止まりの路地を調べる。
石畳が途切れ、土の地面が見え始めていたその場所は壁ではなく、木製の両側に開く形の扉であり、その扉の向こうの遠景はどうやら漁港らしき用地であった。だが扉は大きな木箱や樽、または網の類で埋まっており、それによって通行が不可能になってしまっている。
もしも無理にでもそこを通るのであればその荷物を動かす手間が必須であり、しかしそうするには多大な労力が必要とされ、止むを得ず不死人はそれ以上先へ行く事を断念する。
来た道を戻るべく、中央広場へと向かって歩き、だがしばらく歩くと最初に通った時には角度の問題で視界に入らなかった陰、道の左に並ぶ家屋と家屋の間に暗く細い路地が通っているのを見付ける。