リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第10章 3

第10章 牢獄都市 潮打ち 3

 血飛沫は飛ばなかった。彼等がまるで実体を持っていないかのような、光に包まれている存在だからだろうか、攻撃が届いたにも関わらず、不死人や亡者が傷付いた際のように血は零れることはなく、剣闘士がたたらを踏む。

 攻撃を届かせたのは牙猪の戦士であった。彼は一瞬で振り向きながら、その回転の勢いを乗せたパルチザンを振り、後背から迫る剣闘士の胸に浅い裂傷を作り出していた。

 その技の早さは驚嘆に値するものであったが、生憎と不死が故に、そのように激しい心の起伏とは無縁の身の上である。よって身体の前後を入れ替えたことにより、今度はこちらに背を晒している敵対者へ、一瞬でも早く刃を届かせようと不死人はロングソードを振るう。

 だが剣が届く直前、突如として視界を圧迫するように出現していた鈍色の光りは武器の穂先であり、やはり剣で斬り込むよりもパルチザンを返される方が早かったらしい。危うく顔面を切り付けられるところであったため不死人はのけぞるような姿勢となって回避行動を取り、自らの攻撃は中断せざるを得なくなる。

 機を同じくして再び敵の背後が自分の前に巡ってきた剣闘士がグラディウスの一撃を与えようと前に踏み出すも、攻撃の意を起こすことで些細な隙を見せた彼の腹にパルチザンの柄の先が深く沈む。そのようにして牽制されたことにより、動きを止められた剣闘士は差し置かれ、牙猪の戦士はパルチザンを不死人に向けたまま、狙い定めた突きを打つ。

 切っ先は盾を潜り抜け、不死人の右の脇腹を舐め上げる。突き刺さりこそしなかったものの、パルチザンという武器は刃の幅が広く、生まれた裂傷からは決して少なくない量の血が滴り落ち、すると右足から力が抜け、不死人は膝立ちのような状態となる。

 無防備であり、これをフォローするため剣闘士は牙猪の戦士を後ろから斬り付けようとするが、半身になった敵対者はグラディウスを左手の盾で食い止め、右手のパルチザンで不死人の頭部を突かんとする。

 必死の思いで首を逸らすことによりなんとか致命傷は避けることが出来たが、パルチザンの切っ先は額の代わりに肩を強く穿ち、その際の衝撃により不死人は軽く吹き飛ばされ、地面に倒れる。

 一時的に戦力として無力化されたこちらを他所に、牙猪の戦士と剣闘士は打ち合おうとしていた。あの敵と一対一で戦うなど、短時間であっても無謀であり、不死人は急ぎ復帰しようとエスト瓶に手を伸ばすが、しかし剣闘士は既に打ち合いに負けて蹴り飛ばされ、そうして余裕の生まれた敵対者は不死人の方へ向くと、まだ双方の間に距離があるにも関わらずパルチザンを構え、全身を弓としてそれを投げ放った。

 対応するだけの時間は許されなかった。飛来したパルチザンは不死人の腹を深く貫き、痛覚は鈍くとも急速に全身の力が失われる感覚はあり、そして串刺しのままでは身動きが取れず、ここに追撃があるとすればそれは止めの一撃と化すだろう。

 牙猪の戦士の、腰から下げられていたモーニングスターが主の右手に収まる。得物を変え、その強さで以て周囲を圧するような足取りでこちらに向かって歩く敵対者は、やはり背後への注意は尋常ではなかった。後ろから音を立てずに接近した剣闘士にすぐに気が付き、グラディウスとモーニングスターの剣戟が始まる。

 今度こそ復帰を急がなくては剣闘士も不死人もこの場に斃れる。痛みは鈍く、また体力の回復もエストで行われるため躊躇いは余計と切り捨てると、腹を貫くパルチザンの柄を取り、それを強引に引き抜く。

 血が零れ、臓物が裏返りながら溢れ出し、しかし構わずそのままの姿勢でエスト瓶の中身を一気に喉に流し込むと、傷口が完全に塞がるのを待たずして立ち上がり、ロングソードを構えて詠唱を始める。

 未だ剣闘士と剣を交えている牙猪の戦士の側面目掛けて放つは闇の玉。老人貴族の亡者や騎士の亡者が多用したものと同質であり、闇術の基礎に位置するこの術は、またリングレイの怪異の先触れでもある。

 短く断続的に続く破裂音が響くと、魔術師のロングソードの先から放たれた黒い玉は牙猪の戦士に迫り、あっさりと避けられてしまうが、剣闘士への助けとはなったようだ。両者の間合いが開いた隙に不死人は剣闘士の下へ駆け寄り、隣に並ぶ。

 絶えず戦いの音が響いていた牢獄都市の入り口に、しばらくぶりの静寂が戻る。

 不死人と肩を並べる剣闘士は傷付いていた。致命傷こそ受けてはいないものの、右胸と左脇腹に一箇所ずつ、モーニングスターで打たれたのか凄惨な傷が出来ており、とても軽視して良いものではない。

 翻って牙猪の戦士は無傷。顧みるにこちら二人の攻撃は彼の身体を一度も傷付けておらず、そもそもが二対一ということもあり、異常なまでに卓越したブレイドアーツを持った者であると言えるだろう。

 しかしその一方で、優れた技と合致しない、不合理な敵の立ち回りが引っ掛かる。確かに、数の不利があるにも関わらず現状で優位にあるのは牙猪の戦士だが、まさか騎士の矜持も無かろうに、こうも堂々と姿を曝け出して戦うのは、最初に行った不意打ちと矛盾する。

 牙猪の戦士は襲撃者である。故に地形の把握は既に済んでいると見るべきであり、ならば最初の奇襲が不発に終わったとしてもこの場を離脱し、こちら側に先行して通路を進み、影にでも潜んでいれば確実な有利を得ることが出来るだろう。

 奥に進ませたくない理由があるのだろうか。

 であればそれが突破口になる可能性はあるが、まさか無策のまま牙猪の戦士を無視して奥に走るだけでは余計に窮地に陥るが関の山。それならばこの要素は、すぐには働かさず頭の隅に置いておくに留めるべきか。

 滲むような感覚で敵の攻撃の気配を掴む。これ以上考え込む時間は無く、不死人は魔術師のロングソードを腰の鞘に納め、背中のベルトに留めておいた聖職者のウォーハンマーを外し、それを構える。

 やがて囲まれる懸念など意に介していないかのように、強気かつ無遠慮にこちらの間合いに近付き、牙猪の戦士はモーニングスターを振りかぶる。しかしそのタイミングはやや早く、そのまま武器を振ったところでこちらに届くかどうか怪しい距離であり、なにもせず時を送るとやはりモーニングスターは不死人の目の前を通り過ぎていく。

 得物を振り抜いた後の隙を牙猪の戦士は晒し、だが銀の兜の奥にある目には迷いが見られず、ここで攻撃してはならない、と直感が告げるも、それは剣闘士にとっては違ったようだ。彼はモーニングスターが空振った直後、すぐに詰め寄ってグラディウスを振り上げる。

 牙猪の戦士は盾を構えず、回避すらしなかった。故に剣闘士はそのまま剣を敵対者の頭部目掛けて打ち込み、しかし予想より銀の兜は厚く頑丈であったか、グラディウスは易々と弾き返され、同時に牙猪の戦士の方から更に間合いを殺し、剣闘士の足に自らの足を絡めて取り、捻ると地面に転倒させる。

 背を強かに打ち付け地に転がった上、牙猪の戦士の足で動きを封じられた剣闘士が劣勢にあることは明らかであった。すぐに援護する必要があり、不死人は聖職者のウォーハンマーを敵の側面へ薙ぎ、しかし魔術師のロングソードよりも重い一撃は牙猪の戦士の盾に容易く受け止められ、即座に反撃のモーニングスターがこちらに迫る。

 それを塔のカイトシールドで受け止めようと前面に出して構えるも、盾の正面が敵からの攻撃の打点となる筈が、直前でモーニングスターの軌道を調整したのか、盾の上の方の縁を強く叩かれ、想定外の重さの掛かり方によって姿勢を崩しかける。

 つんのめり、ふんばりが利かないその姿勢の状態に、牙猪の戦士の膝蹴りが打ち込まれる。身体の芯を叩き折るような衝撃が突き抜け、不死人の身体は吹き飛ばされるが、時間はそれなりに稼ぐことが出来たようだ。剣闘士は寝転がったまま剣を取り直し、敵対者の足首を狙って一閃する。

 だが戦士としての直感なのか、それとも予見していたのか、牙猪の戦士は少し身体を引くだけで剣闘士からの攻撃を躱すと、彼の顔を蹴り上げ、怯んだところにモーニングスターの一撃を腹へ落とす。

 やはり血が出ることはなかった。しかし剣闘士の負傷は明らかに甚大なものであり、追撃を止めさせるため、不死人は駆け出した勢いのままにウォーハンマーを左から右へ振り抜き、牙猪の戦士を強襲する。

 風を巻き上げ異音を発し、聖職者のウォーハンマーは対敵に迫るも直撃とはならず、まるで簡単に回避されてしまったものの、その際牙猪の戦士が横に大きく飛んだことにより、腹に一撃を貰ったばかりの剣闘士の安全を確保するという目的は果たせた。

 重い一撃であったのだろう、剣闘士はすぐに起き上がれる状態になく、不死人は前に踏み出し、協力者が回復するだけの時間を稼ぐべく牙猪の戦士に向かっていく。

 聖職者のウォーハンマーは未だ真価を発揮していない。これを担ぐように構え、敵の様子を窺いながらにじり寄る。そして敵対者が間合いに入ると同時、全ての力を注ぐつもりで振り下ろし、高速の一撃を放った。

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