リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第10章 10

第10章 牢獄都市 潮打ち 10

 「ぐもももっ」「ぐっ、ぶぶぶ」「ぶぽっ、ぶぼぼぼぼっ」

 仲間の死を嘆いてか、好き放題に鳴いているだけか。否、おそらく意思疎通のためのやり取りであった。上の階から更に二匹が底に降り、三匹となって固まる闇を削る者達は声を上げ、そしてそれが徐々に収まっていくと、こちらを遠くから緩やかに囲むつもりなのか、左右に散った上、隙を窺うような素振りを見せている。

 それはこの生物が始めて見せた、明確な連携であった。三匹が何かの合図の元、一斉に駆け出すようなことがあれば助かりようもないが、それでも危険を少しでも緩和できるのであれば、と、不死人は今や命綱と化した一時的な平和を用意すべく、聖職者のウォーハンマーで詠唱を行う。

 その次には遅々とした歩みでこちらへ接近しようとしている彼等に牽制を仕掛けておくべきだろう。ソウルの矢よりも詠唱速度に劣るものの、衝撃が強いためより足止めの効果が高い闇の玉をロングソードから放ち、それは的の大きさも相まって次々に命中していた。

 このままダメージを与え続け、有利な運びへと向かわせながら、ここで稼いだ時間で勝利への道筋を見極めたいところであった。

 しかし一匹の闇を削る者が突如として横方向へと跳ね、思考する余裕が消える。何を思ってそうしたのかは不明だが、敵のこの行動によりこちらが攻撃を向けるべき方向が散り、途端に照準が忙しくなると、それを看破したのか、視野のほぼ限界の端に居た一匹の闇を削る者がこちらに向かって走り出す。

 対応に遅れが出たため今から闇の玉を詠唱したのでは敵を止めるには間に合わず、だがこの一匹だけを足止めする為に一時的な平和を使って良いものかどうか、一瞬迷った後に温存するべきであると判断を下し、不死人は迫る闇を削る者を待ち構え、確と機を見計らって横合いに身を投げ出す。

 勢い良く走り抜ける白い巨躯とすれ違う。運良く敵の攻撃を回避することに成功し、だが振り返ればいつの間に走り出していたのか、二匹の闇を削る者達が不死人に向かって突進し始めており、その距離は既に至近であった。

 巨大な口が二つ並んで迫る光景は、取り合うようにして食い千切られる凄惨な結末を想像させ、しかし取り乱さずに済んでいるのは、やはり心が消えているからだろうか。不死人はあくまで冷静に、適切な範囲に全ての敵が入るのを待ち、そしていよいよ白い巨躯に噛み殺されるかという寸前に聖職者のウォーハンマーで地面を叩き、一時的な平和で三匹全ての動きを止め、駆け出してその場から離脱する。

 敵の集団から距離を取るべく走りながらも、ふと上を見上げる。底に降りず戦いに参加していない、他の闇を削る者達の様子を観察しようとしたための行動であったが、彼等の中に目が無いにも関わらず、じっとこちらを観察しているかのような個体を見付け、互いに数瞬顔を向かい合わせた後、それはそこから跳躍し、牢獄都市の底に着地した。

 今のは不死人の行動に非があったと見るべきなのだろうか。であれば今後は同じ過ちを侵さないよう気を付ければ済む話だが、それとも単なる偶然か、或いは時間を掛け過ぎてしまったが故の成り行きなのだろうか。懸念すべきは後者だろう。

 十分に距離を取ったのち不死人は立ち止まり、振り返るとそこには四体もの闇を削る者達が並んでいた。戦いのはじめ、二匹しか居なかった時に素早く両方を無力化し、それか最低でも三匹の時にいずれか一匹でも倒しておかなければ、と今更ながらに思い返す。そうして早い段会で戦いの流れを有利に作っておかなければ、このように極めて挽回の難しい状況に陥り、勝つ目はごく少なくなるのだ。

 聖職者のウォーハンマーの聖鈴を鳴らして詠唱を行い、一時的な平和を武器に付与しておく。しかし相手が四匹居る状態では、果たしてこの奇跡の術だけを恃みに危機を凌ぐことが出来るかどうかは限りなく怪しく、また仮に上手くやり過ごしたとしてもこちらから攻撃する余裕などそう生まれるものではないだろう。

 如何にしてこの状況を打破するか。

 それは考え方一つ、作戦一つでどうにかなるようなものではないだろう。不死人は聖職者のウォーハンマーを右手に構えながら左手のロングソードで闇の玉を撃つことで四匹を牽制しつつ、何か利用出来るものは無いか、周囲をよく見渡す。

 事実、この行動に最後の望みが懸かっていたのだろう。

 だからだろうか。暗闇ばかりが満ちる牢獄都市の底の中心近くに見付けた地面に浮く白く光る文字は、不死人にとって絶対に手にすべき奇貨、縋るべき細い糸であり、真実それが何ものなのかなどとは考えず、何を置いてもそこへ辿り着かなければならないという、使命感にすら近しい衝動に駆られることとなった。

 不死人は何発かの闇の玉を敵集団に向けて見舞い、牽制してから白く光る文字の元へと駆ける。しかし見込みが甘かったのか、白い文字の元に辿り着く頃にはいつの間にか走り出していた一匹の闇を削る者が既に近くまで迫り、更にはその向こうから続いて二匹の闇を削る者達がこちらに向かって走り始めていた。

 白い文字に触れるだけの時間の猶予は無く、不死人は先に到着した一匹の闇を削る者が横に薙いだ腕を後ろに飛んで躱し、だがあまり下がり過ぎずにその場に留まり、そうして後からやって来た二匹が到着し、計三匹が合流を果たした瞬間、地面を叩いたウォーハンマーは一時的な平和の効果を周囲に齎す。

 三匹の闇を削る者は動きを止めた。不死人は今こそ白い文字に駆け寄ろうとし、だがその行く手を阻む者があった。

 「びびぃっぶぶぶぶうーっ」

 突如として三匹の影から顔を覗かせたのは、一時的な平和の効果が発動した後にこちらに寄ってきた一匹の闇を削る者。出現と共に口元に盛大に泡を立たせ、今までになく黄ばんだ色をしたそれを不死人に向かって吹きかけていた。

 奇襲ではあるが泡を吹き出す音が大きいため、それを聞きつけてすぐに回避行動を取った不死人は直撃せずに済むが、これで事無きを得たかと言えば思わぬところで事態は悪化していた。

 闇を削る者が噴き出した黄ばんだ泡。これが消えず、高く積まれた状態でその場に残っており、そして白く光る文字を全て覆い隠してしまっていた。

 泡の正体が何であれ、敵に向かって吹きつけている以上、触ってはならないことは明白である。白い文字に触れる機会を失った不死人は、一旦そこから下がって敵集団から距離を取ろうとするも、一時的な平和の拘束力は既に失われており、解放された三匹を合わせた四匹が近距離にて不死人を見据える。

 ほぼ囲まれた形であり、牽制の魔法を撃とうとでもすれば反対方向から食らい付かれると予測される上、詠唱に時間の掛かる一時的な平和を用意し始めるには遅過ぎる。

 問答無用の窮地へと落とし込まれていた。

 白い巨躯の口から漏れた吐息が不死人の肌を撫でる。闇を削る者達は未だ大きな動きを見せていないものの、睨むというよりはまるで獲物を検分するかのようにそれぞれが不死人を眺めており、騒がしさからは遠いが、逃げるか攻撃かしようものなら彼等は即座に飛び掛るだろう。

 故に不死人は静かに片膝を折る。奇跡を待つ者が如く、祈るような姿勢を取る様子はごく無防備であり、それを諦観と見たか、四匹の闇を削る者は一斉に大きな口を開く。

 結果、奇跡は訪れず、代わりに闇が噴き出していた。術者を中心に下から突き上げた黒い霧の柱が闇を削る者達を襲い、中でも特に負傷が蓄積していた一匹が腹を強打され、絶命していたが、これは主目的ではない。

 生命の残滓は未だ終わらず、舞い上がる柱は三匹の闇を削る者達を阻み、これによって守られた不死人は魔術師のロングソードによる詠唱を行う。そして飛んでいく闇の玉は堆く積まれた黄ばんだ泡に衝突すると、それを全て吹き飛ばしていた。

 駆け出した不死人は滑り込むように地面の白く光る文字に触れる。文字はすぐに地面に吸い込まれるように消え、その場の安全を確保するべく闇の玉を次々と放って闇を削る者達を牽制する不死人の横で、やがて白い光に包まれた人間が現れた。

 古いリングレイの兵士の鎧に、パルチザンと塔のカイトシールド。腰にはモーニングスターを下げ、そして銀に光る牙猪の兜を被った人物であった。

 そこに居たのは、かつて自分達が全く敵わなかった、非常に強力なダークレイスであった。もしこの戦士が助けとなるのであれば、これ以上に優れた戦力は他に無いと言い切れる程に心強くはあるが、果たして信頼して良いかどうかは大いに疑わしい。

 しかし躊躇いを覚える不死人を他所に、既に戦いの最中にあることを理解した牙猪の戦士は三匹の闇を削る者達と向き合い、塔のカイトシールドとパルチザンを構える。どうやらこちらが乗るか反るかを決めずとも状況は動くらしく、加えてそもそも急場であり、信じるに値するか否かを熟思する時間は無い。

 よって不死人と牙猪の戦士は並び立つ。

 対する闇を削る者達はこちらの隙を窺うようにして左右へと歩き回り、それによって段々と位置関係が変化していくと、最後には一匹の方と二匹の方に別れた。確実に相手を仕留める力量を持っているのはおそらく牙猪の戦士であり、不死人は彼が一対一で敵と戦う状況を作るべく、二匹の方の闇を削る者の方へと向く。

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