リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第10章 11

第10章 牢獄都市 潮打ち 11

 まずは定石、左手のロングソードにて詠唱、闇の玉を交互に二匹の闇を削る者に当てて牽制をしていくと、こちらの意図を察した牙猪の戦士は全く迷わずに残った一匹の方へと走り出し、すぐに両者の距離は至近となる。

 彼が実際にどのようにして戦うのか、参考になるものでもあれば、と観察したいところではあったが、そちらの方は最早不死人の視野の外にある為、それは叶わない。鳴り響く轟音から察するに中々の死闘ぶりではあるようだが、その間不死人は闇の玉を撃ち続ける事で二匹の闇を削る者を釘付けにしておく。

 するとしばらくも経たない内に不死人の背後で体積の大きなものが倒れるような音が鳴り、振り返るとやはり牙猪の戦士が闇を削る者を一匹斃したらしく、白い巨躯の喉からパルチザンを引き抜く様を目撃する。

 間も無く牙猪の戦士は不死人の隣に戻り、次には特に合図も無くそれぞれが左右の敵へ、一匹ずつ別れて向き合う。不死人は右の敵へ、ある程度近付いてから足を止め、その場で魔術師のロングソードで詠唱、闇の玉を一つ放つとそれを追うように、或いは後ろに隠れるようにして駆け出し、闇を削る者に近付いていく。

 「ぐんっももももっ」

 闇の玉は標的に命中し、しかし襲い来る衝撃を堪えてみせた闇を削る者は顔を一度上へ向けると、その姿勢のまま高い位置で頭を振り回し、数十にも及ぶ黄ばんだ泡を撒き散らした。

 その内のいくつかが不死人へと飛来し、だが泡という性質上、宙を飛ぶ速度は緩慢であり、回避は容易い。落下する泡を蛇行して走ることで避けつつ、姿勢の関係上、真下への注意が疎かとなっている闇を削る者の胸元へと潜り込む。

 粘膜が覆う眼前の白い皮膚は僅かに脈動していた。不死人はこれを詠唱したソウルの大剣で突き刺し、その状態のまま柄を力一杯横に引き抜くと、胸を真一文字に引き裂かれた白い巨躯は大量に出血し、立ち所に四肢の支えを失い、その場に崩れ落ちる。

 不死人はこれが完全に息絶えたことを確認し終えてから牙猪の戦士の方を見ると、彼は自分が相手取っている闇を削る者の背に乗って首を後ろからパルチザンで貫き、濃厚な血を一身に浴びていた。

 ここまでに牢獄都市の底へ降りていた闇を削る者達は、一度これで全て片付けることが出来ていた。だがこれで敵が尽きた訳ではなく、まだ上の階に居座っていた他の闇を削る者達は一斉にこちらを向くと、その全てが階を跨いで下に降り始める。数は四匹と多く、しかし今の不死人と牙猪の戦士であれば、相手にしてやれないことはないだろう。

 不死人は聖職者のウォーハンマーで聖鈴を鳴らす。敵はまだ上の階から降りている最中であり、ここを魔法で攻撃するのも良いが、それはあくまで遠距離攻撃であり、決定力に乏しい。であれば本格的な衝突が起こる前のこの時間の間に、いざという時の安全を確保するための備えとして一時的な平和を用意するべく詠唱し始めると、その横で牙猪の戦士は懐から茶色い小さな袋を取り出す。

 更には右手の得物をパルチザンからモーニングスターへと持ち替え、それに茶色い袋の中にあった金色の粉末らしきものまぶして纏わせると、彼の武器は爆ぜるような雷に溢れ、光り出した。どうやら何かの道具を用いて雷の属性を付与したらしい。

 そうして二人の準備が整うと、四匹の闇を削る者もまた牢獄都市の底に並んでは各々歯を剥き出しにした口を伸縮させ、進撃の意を滲ませる。

 この幕間はまた、静寂を伴っていた。地下深くにて両勢力は相対し、そしてこれが最後の区切りとなり、どちらかが滅ぶまでこのように息をつく暇はもう無いのだろうという予感があった。

 白く長い手足が地面を蹴る。

 口火を切ったのは二匹の闇を削る者であった。彼らはこちらに向かって一直線に駆け出し、おそらく突進を当てるつもりであるのだろう。これを見た不死人は協力者の前に罷り出ると二匹が十分な距離にまで近付くのを待ち、機を見て聖職者のウォーハンマーで地面を叩き一時的な平和を発動。吐き出された小さな文字は二匹の闇を削る者の動きを止め、不死人と牙猪の戦士はそれぞれ別の敵の下へと駆け寄る。

 不死人は右の闇を削る者に近付く。正面を避けて側面に回り込み、あばらの目立つ脇腹を魔術師のロングソードで斬り付け、一方で牙猪の戦士は最短距離で左の闇を削る者に近寄ると、真正面からモーニングスターで頭を殴り付けていた。

 出血の伴う打撃は見るからに威力が高く、一度味わった身としてもそれは保障出来る上、殴るたび武器が纏った雷光が敵の身体に流れ込んでいるため、このまま僅かな時間の内に敵を撲殺し切るのではないかと思えるほど豪快であった。

 だがそこへ後から来た一匹が割り込む。不意に牙猪の戦士の横から現れたその闇を削る者は彼に向かって泡を吹き掛け、回避行動を取らせることで仲間への攻撃を中断させ、また時を同じくして一時的な平和の効果が切れたため、不死人が脇腹から斬り付けていた闇を削る者は反撃をしようと腕を大きく薙ぎ払った。

 寸前で後ろに飛び退くことでこの攻撃を回避し、不死人はさらにその場から後退しようとするが、しかし背後から大きな影が落ちる。一体いつどのようにして回り込んだのか、一匹の闇を削る者は不死人の真後ろを取っており、それはふらりとこちらの頭上に自身の頭を移動させると、口から黄ばんだ泡を噴出させた。

 咄嗟に前に飛び込み、流れ落ちる泡から逃れる。何とか回避に成功するが、無理な体勢での動作が祟り不死人はその場に転倒し、また目の前には脇腹にいくつかの赤い傷を抱えた白い巨躯があった。

 思えば、最初に突進を仕掛けた二匹にもう二匹が合流した形になり、この場には四匹が密集し、つまりは囲まれつつある状況だと言えるのだろう。しかしそれを理解するのは遅かったのか、綺麗に歯の生え揃った口が大きく開かれたまま、身動きの取れない不死人へと迫り来る。

 食い付かれる間際、危機に陥り、走馬灯のように悠然と流れる時間の中で、不死人は闇を削る者の横顔に向かって何かが飛んできたのを確かに目にした。

 それは小さな茶色い壺であった。白い顔面に直撃すると炸裂して眩い光を放ち、同時に衝撃をも発するものであったのか、こちらに迫っていた闇を削る者は怯み、不死人に向かっていた脅威は逸れる。

 この戦いにおいて文明的な道具を扱う者が居るとすれば、それは不死人の他には牙猪の戦士しか居ないだろう。彼によって十分な時間を得たため態勢を立て直すことには成功したが、しかし牙猪の戦士は未だ雷の力を貯えた壺を手当たり次第に敵の集団に向かって投げており、四匹の闇を削る者達はいずれも足止めされていた。

 味方が逃げる時間を稼ぐだけが目的であればこの行動に意味は無く、やがて遅まきに彼の意図を察した不死人はその場にて片膝を着いて祈るような姿勢を取り、ウォーハンマーの聖鈴で詠唱を始める。

 あくまで想像に過ぎないが、助けられたことには間違いは無くとも、牙猪の戦士はもう少し早い段階で不死人の危機に対応出来た筈である。それを遅らせることで不死人を囮とし、牙猪の戦士本人以外が知らぬ間に少し離れた場所に陣取る事で茶色い壺を全ての闇を削る者に浴びせられる位置を取ったのだろう。

 やや危険な橋を無理矢理渡らせられたが、しかし不死人との距離を接したまま敵集団の動きを制した功績は大きい。詠唱が完了し、術者の周囲から溢れ出す生命の残滓は、四匹の闇を削る者を攻撃範囲に収めていた。

 飛び出す黒い霧の柱たちがそれぞれ白い巨躯に襲い掛かる。

 惨劇が始まってすぐ、特に弱っていた一匹が黒い霧の柱に打ちのめされると、当たり所が悪かったのか姿勢を崩し、そのまま力が抜けた身体は下から上に噴出する闇に散々弄ばれた後にどこかへと吹き飛んで行く。あれはもう、助からないだろう。

 その傍ら、残る三匹は当然逃げ出そうとするが、壺を投げ続ける牙猪の戦士がそれを許さずにいた。炸裂する雷によって足止めされた闇を削る者達は生命の残滓に晒され、だが流石に品切れとなったか、途中で牙猪の戦士は壺を投げるのを止める。

 生命の残滓もまた、間も無く終わる頃合だろう。不死人と牙猪の戦士は視線を交わした直後、一度敵から距離を取るべく、共にそこから背を向けて走り出した。

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