第11章 牢獄都市 拷問館 4
貫通能力を持つ、高威力の魔法。虜囚の騎士が放ったのはそのような術であった。着弾の跡からして、それ自体恐るべきものであり、警戒しなくてはならないが、これの脅威の本質は魔法同士の組み合わせ、即ち敵を遮蔽物へと追いやる浮ぶ結晶の塊の魔法との相性があまりにも優れている点であった。
二度とはさせてはならなかった。不死人はすぐに駆け出し、浮ぶ結晶の塊が吐き出す矢を塔のカイトシールドで受け、瞬く光に次々に襲われながらも、そこへうつ伏せになっている虜囚の騎士の元に近付き、後ろに回り込むと同時、鎧の間に魔術師のロングソードを滑り込ませ、柄に力を込めてそのまま敵の身体を刺し貫いた。
既に足から大量の血を失っていたせいか、虜囚の騎士はあっけなく力尽きて動かなくなり、程無くして浮ぶ結晶の塊も消えていく。
剣を引き抜き、不死人は自身の身体をざっと見回す。するとやはり、結晶の塊から放たれた矢が何発か盾を抜けたらしく、それらしい傷がいくつか見られるが、あまり大きなものではなく、むしろ術の見た目が派手やかであることに比べれば、威力は瑣末ですらある。
しかし宙に浮ぶ塊にせよ、その後の巨大な魔法の矢にせよ、それらが共通して持つ、結晶の混ざったような特性は未知であり、コネリーもそういった魔法は扱っていなかった。
リングレイが抱えている謎は底知れない。果たしてこれ以上深くへと潜ったとして真実が得られるかどうかは定かではないが、いずれにせよ不死人には進む以外の選択肢が無い。周囲を見回し、他の木の板に巻き付けられた亡者らが手向かう様子がないことを確認した後、臓物が散乱する床の上を歩き始める。
その巨大な車輪の拷問器具がある部屋を通り抜けると、次には同じように広い部屋があり、中央には血肉のこびり付いた拷問器具が配置されていた。木の箱のような見た目のそれの横には取っ手が付いており、おそらくこれを回すことで箱の中に閉じ込めた犠牲者を押し潰す仕組みであるのだろう。
この付近には獄吏も虜囚の騎士も居ないため、不死人はその拷問器具の横を通り抜け、細くなっている通路へと向かう。
道の先に亡者らの気配は無く、不死人は直進するが、しばらく歩いていると右の壁に扉が見付かり、それはこちら側から施錠されていた。鍵を外し、扉を開いた先にあったものは、先刻話し掛けてきた、壁にもたれかかって力尽きている亡者の姿であった。どうやらここは一度来たことがある場所らしい。
そこへ行く意味はないため不死人は通路に戻り、また真っ直ぐに進み始めると、やがて下へ向かう階段を発見し、それを降りていく。
階段は踊り場で折り返す箇所を除けば物も置かれていないため見通しが良く、灯りもあるため特別警戒心を煽るような場所ではなかったが、しかし階段を降りた先に伸びる通路の方から奇妙な音が響き、それが不死人の意識を引き付ける。
正確に言えば、その音は通路の突き当たりを左に折れた先を出所としているものであった。音の性質を例えるなら、まるで古い家屋の家鳴りであり、木が小さく破裂し、或いは罅割れていくような印象を抱かせた。
「き”あ”あ”あ”っ! き”ひいぃいいっ!」
通路を前に二の足を踏んでいると、案の定、奥からの叫びが響く。その前にあった奇妙な音が拷問器具の出したものであったなら、被害者が居たとして何ら不思議ではなく、凄惨な光景が待ち受けているのは確実であり、またこの先では戦闘が予想され、不死人の足は益々踏み出すことを躊躇う。だがこの先の獄吏が今まさに拷問に熱中しているのであれば、今度こそ奇襲の好機となる可能性もある。
最初の一歩を強く踏み出し、それさえ果たせば二歩三歩と自然に続き、やがて通路を左に曲がった先にある扉に近付くと、それを開くべく取っ手に触れる。
「あぎゃあっ!」
重い鉄製の扉は、暴力的に開放された。これに弾かれた不死人は態勢を直しながらも後ろに下がる一方、扉を開けた張本人たる虜囚の騎士は通路に転がり込むや否や勢い良く走り出し、塔のカイトシールドがそれを押さえる。
思いがけず力比べを強要されては心積もりや踏ん張りの足りない側が敗北するのが必然だが、しかし盾に掛かった力はどこか軽い。それがどういうことかとカイトシールドの横から相手を覗き見ると、突進している虜囚の騎士には両腕が肩から存在していなかった。これでは体重が不足し、突進の威力も減じてしまうのだろう。
それならばこのまま押し返せるかと手足に力を込めようとした矢先、急激に身体全体に重さが掛かり、それは虜囚の騎士も同じであったらしく、共に動きが取れなくなる。間近にある血で汚れた鎧越しに見えるのは、醜く膨れた身体を見せる男、獄吏であった。
予想通り棍棒をこちらに向けており、つまりは一緒くたに闇術の拘束を受けているのだろう。次には再度棍棒を振り上げて聖鈴を鳴らし、無防備な者達に向け長く尾を引く黒い影を飛ばした。
身動きの取れない側はただその瞬間の訪れを待つ事になり、間も無く強い衝撃に見舞われ、不死人は虜囚の騎士共々通路に吹き飛ばされる。が、実の所そう不利な状況ではない。何故なら獄吏からの射線は間に立つ騎士が完全に塞ぐ形となっていたため、敵の闇術が直撃したのはあくまで虜囚の騎士のみであり、不死人の負った被害は軽く煉瓦の壁に打ち付けられる程度の、ごく軽微なものであった。
やがて闇術の拘束も霧散し、不死人はこの機を逃さず駆け出すと、通路の曲がり角にまで戻って獄吏から姿を隠しながら、右手の武器を魔術媒体たるロングソードから奇跡媒体のウォーハンマーに持ち替え詠唱を始める。
用意したのは歪曲の盾であった。未だ距離が開いているこの状況では、近付く前に拘束の闇術を受け易く、その後に飛来する長く尾を引く黒い影への対応こそ重要視するべきだろう。そうして盾への付与が完了すると、不死人は曲がり角から飛び出し、通路に入り込んだ獄吏に向かって一直線に駆け出す。
走って接近を試みる不死人に対し、その場に立ち止まった獄吏は棍棒を振るい、しかし事前の予想に反しもたらされたのは拘束魔法ではなく、長く尾を引く黒い影を飛ばす闇術であった。敢えて歪曲の盾を使う理由も無く、不死人は駆けながら横に飛び上がると、一瞬だけ壁を走るようにして飛来する闇術を躱し、その後着地して獄吏との距離を詰め切る。
聖職者のウォーハンマーを振り上げつつ右足を踏み込み、しかし実際に攻撃を行う前に獄吏が横に振り抜く棍棒がこちらに届く見通しがあったため、これを攻撃圏内から一歩分退いて回避。棍棒が強く扇いだ風が顔面を圧し、そして完全に通り過ぎた直後に再度踏み込み、肩に担ぐ格好で構えていた武器を敵の頭部目掛けて叩き付ける。
鉄と兜が打ち鳴る、その筈が、土壇場で獄吏が身体を捻ったことにより、聖職者のウォーハンマーは敵の頭部ではなく左肩を潰し、それは致命傷には及ばない。とは言え負傷としては大きいものであったのか、獄吏の左腕は悄然として垂れ下り、最早使いものにならないだろう。
反撃として棍棒のひと振りが寄越されるが、それは右腕のみの力を恃みとしており、見るからに軽い。不死人はこれを塔のカイトシールドで受け止めるとそのまま押し込むようにして左腕を前に突き出し、右手はウォーハンマーを捨てて腰の鞘からロングソードを引き抜き、盾の縁に切っ先を滑らせる。
剣は獄吏の胸に刺さり、また更に深く沈み、肺などを突き破った感触が手元に伝わるが、敵の往生際も悪く、酷く暴れ始める。このままでは予期せず負傷する可能性もあるため、不死人は剣を引き抜いて一度後退するも、それが最後の抵抗だったのか、獄吏はひと暴れしたあと段々と姿勢が傾き始める。
放っておいたところで、このまま力尽きるのだろう。だが獄吏が持つのは奇跡の触媒を兼ねる棍棒であり、回復の術を行使する可能性もある。故に必ず止めを刺さなくてはならず、不死人は掲げた魔術師のロングソードで以て獄吏の胴を深く斬り付け、その裂傷から溢れ出した血が致死量を満たしたのか、重い身体が地面に横たわる。
ここに得られた平静が、欺瞞の元に成り立ってはいないか。不死人は念のため腕を失った虜囚の騎士の状態をよく観察するが、余程獄吏の闇術が効いたのか、彼もまた身動ぎ一つせず地面に倒れ込んで果てており、杞憂は杞憂のままに終わる。
この騎士は匍匐していた者と同様、必死に獄吏の責苦から逃げようとしていたのだろう。それを邪魔立てしてしまったことについて思うところが無いでも無いが、それよりも意識が向くのは獄吏の闇術についてであった。今更だが、彼等が得意とする拘束の術は、逃走する虜囚らに対して行使することを本領としているのかもしれない。