第11章 牢獄都市 拷問館 9
「ラッ! セアッ! ヤアアッ!」
黒い炎が連続して放たれ、柱となって不死人に迫る。先の二つは左右に大きく別れた軌道で走り、最後の一つが寄り道せずに真っ直ぐに突き進むが、これらが標的に到達するタイミングは三つ同時となるらしい。おそらく先行する二つの炎で両翼を作ってこちらの逃げ場を無くしながら、同時にその進路を取らせることで長い距離を辿らせ、目標に達するまでの時間を調整しているようだ。
この場合前後左右への回避は当然不可になるとして、であれば斜めの方向に躱さなくてはならないが、斜め後ろに逃げれば黒い炎がより収束する為回避に要する空間を確保し辛くなり、従って斜め前に踏み込む必要があった。
そのような理由から黒い炎の柱の間を走り抜け、しかし前方に動くということはルドウイークに近付くことを意味し、彼もまた既に不死人の方へと詰め寄っていたのか、大剣を構えたまま待ち受けていた。
「グウッ!」
振り下ろされた黒曜の大剣の一閃を、だが闇の盾が拾い、武器を弾き返されたルドウイークは大きく怯んで隙を晒す。通常であればここでロングソードの一撃を見舞うところだが、巨体に対してそれはあまりに小さく細い。故に不死人は可能な限りの機敏さで詠唱を行い、形成されたソウルの大剣で上段から巨体の胴に斬り込む。
「クッ!」
しかし流石に詠唱で時を消費し過ぎたのか、ルドウイークの右手が青い大剣を食い留めていた。またその直後、反撃として黒曜の大剣が横に振り抜かれようとしたため、不死人はそこから飛び下がり、そのまま後退を試みる。
「イヤッ! ラアッ!」
敵に背を向け走り出して間も無く、剣技の息遣いが耳に入る。他の攻撃であれば別だが、走る炎の柱は迂回して来る場合があるため、どのタイミングで避けるべきであるのか目視しなければ予測を立てることは難しく、不死人は振り返るしかない。即座にそれを実行した後、迫ってきていた二つの炎の柱を横方向に回避し、追撃が続かないと見るや、魔術師のロングソードで闇の盾を詠唱する。
「セイッ! ヤアッ! ラアアッ!」
黒い炎を帯びた斬撃が三つ、続けざまに繰り出される。それによって地の上をうねる炎の柱を生じ、それぞれが不死人目指して走り出すが、それは前回の攻撃から間が空いたものであったため、その時既に魔術師のロングソードは盾の縁を叩き、魔力の付与を為し終えていた。
剣技である以上、誤魔化しきれない呼吸、攻撃のペースというものが存在する。無論そういった要素を前提とした上で幻惑の術理を疑うのが剣戟における駆け引きではあるが、不死人が今、闇の盾を敵の攻撃の合間の絶妙な時間の内に付与し終えたということは、ルドウイークの振るう剣技の呼吸をそれとなく掴み始めたことを意味するのだろう。
差し込んだ光明に後押しされるまま不死人は前に踏み出し、正面から迫る一つ目と二つ目の黒い炎を左右に避け、視界外となる右背面から壁を伝ってやって来る三つ目を前方に飛び込む事で躱し、そして闇の盾を携えたまま、ルドウイークとの距離を詰める。
「ムンッ!」
王は至近距離にまで来た対敵を、しかし剣の一振りにて迎えることはしなかった。大剣を掴んだ左手はより強く柄を握り締めながらそこに力を注ぎ込み、また異様なまでに広い掌が開かれた右手を自身の身体の前に翳し、それに阻まれた不死人は何も出来ず、黒曜の刀身が黒い炎に包まれていく様を目撃する。
「ルオオゥッ!」
黒い炎を纏った大剣が、純粋な斬撃として上から打ち降ろされる。この状態の剣を闇の盾で防ごうとすれば、高熱に晒されることになるだろう。不死人はこれを横に回避し、その次の瞬間には逆袈裟の型で下から上へ剣尖が斜めに掻き払われたため、半ば倒れるように姿勢を傾けながら潜り、直後には再度上から黒曜の輝きが襲い掛かり、右に躱すが剣はまた振り上げられては振り下ろされ、左に避けると同時、その動作を待ち構えていた大剣が横に薙ぎ払われる。
最早後背へと飛び退いたとして攻撃範囲から逃れることは叶わず、であれば踏み込む他に道は無い。不死人は前方に転がり込むようにしてルドウイークの剣の下を通り抜け、すると都合五回、立て続けに放たれた斬撃の舞いを凌いだ先に見たものは、高く聳える敵の側面であった。即座に詠唱された術がソウルの大剣を形成し、それを持った不死人が上段構えから斬りかかる。
「ヌッ!」
だが青い大剣はまたしても長い右手に阻まれていた。やはりこの術の場合詠唱に要する時間が長く、それで敵に生まれた隙を消費し切ってしまうのだろう。
「ヌオウッ!」
次には反撃の剣が一振り寄越され、しかしそれは既に黒い炎の加護を失っていた。敵にしてもそれは思わず振ってしまった一撃であったのだろう、ここに至るまで温存されていた闇の盾は漸く出番を得ると勢い良く大剣を弾き返す。そしてルドウイークに生じた隙が確かなものと見ると、不死人はまた詠唱を行い、ソウルの大剣で上段より斬りかかる。
「グッ!」
実体の無い巨大な大剣は、盾の役目として働くルドウイークの右手によって防がれ、その肉深くまで食い込むのみに留まっていた。
無為な結末か。否、果たすかどうか、運命の岐路はこの先にある。
不死人は魔術師のロングソードはおろか、塔のカイトシールドからも手を離すとそれが地面に落ちるよりも早く背に担いだ聖職者のウォーハンマーの柄を両手で掴み、一瞬の内に渾身の力で以てルドウイークの右手を侵す剣を打った。
「アガァッ! オオッ、オ、オォォォォォォ!」
骨が割れた音と、痛みに悶える声と、絶えず続く歌声とが交錯した。再三に渡って同じ箇所を同じ剣筋によって斬り付けられた右手は遂に屈し、槌の一撃を最後の一押しとして肘から先を切断されるに至った。
断面から黒ずんだ血を大量に零し、ルドウイークは覚束ない足取りで後退していく。その姿を他所に、不死人は塔のカイトシールドとロングソードを拾い上げ、守りを失った巨体に向けてソウルの矢を撃ち始める。
青い光弾が次々にルドウイークへと刺さり、またその痛みに怯んでか、彼は顔を背けながら退がる一方となる。ならばこの機会にこそ、敵の負傷を甚大なものにしようと不死人は尚もソウルの矢を放ち続け、するとそれなりに距離が開いたところでルドウイークは突如、真正面を向く。
広間に溢れる歌が一定の音調に集約され、発狂したようにそれ一つを叫び、奏でる。それが恐ろしい攻撃の先触れであると悟った不死人は闇の玉を飛ばすが、その直撃による衝撃にもルドウイークは怯まず、左手に持った黒曜の大剣を身体の正中線に重ねるようにして構え、やがてそこから滲んだ黒い炎がさざめく。
「ウオオオオオオオゥ!」
憎む全てを焼き尽くさんとする、災厄の黒い炎。王の下、嘗てないほど高められ、そして解放されたそれは大津波のような質量で暴れ狂い、抗いようのない濁流となって不死人を飲み込んでいく。
剣闘士の男曰く、過去、この炎は彼の故郷を焼き払ったという。そのような桁違いの暴力を前にしては塔のカイトシールドの防御など差し置かれた枯葉と大差無く、瞬時にしてそれを不死人の手から毟り取る。
鋼鉄のように重い炎は身体中を揉み込み、骨という骨を打って割るか、潰して砕き、また憎悪そのものの熱が至る部位の筋を焦がして固め、内臓までをも炙って炭に変えていった。
やがて潮が引くように炎は収まりを見せ、まるでそれに共振するかのように狂気の歌も高じた勢いを静めていくが、そのいずれも不死人は知覚出来ずにいた。
眼球は破裂したか、或いは瞼が溶け落ちて癒着したのか、視力は完全に奪われており、また耳なども含む身体の器官の殆どが焼き尽くされ、そのように五感を失くした状態では外界の様子など知る術がなかった。自身が身動ぎさえ出来ているかどうか、感覚が伝えるものはなく確証は得られないが、塔のカイトシールドの真裏にあった左手は刹那の間のみではあるが防御の恩恵を受けることで比較的軽症で済み、辛うじて腰の辺りに仕舞われて居たエスト瓶を掴み、それを口に運んだ。
不死の秘宝たるエスト瓶による回復速度は尋常ではなく、焼死体も同然であった身体は直ちに完治する。とは言え元々残りが少なかったことに加え、今回の負傷はあまりに大き過ぎたためか、エスト瓶の中身は枯渇し、篝火で休まない限りこれは唯の緑色の瓶である。