リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第3章 周壁内部 3

 しかしそれが叶うより前、走っている最中に通路横の暗がりに隠れ潜むもう一匹の下級兵士の亡者を見付け、一瞬の逡巡の末、だが不死人はその潜む亡者の脇を走り抜けることを選ぶ。

 前と後ろを挟まれる形となり、そしてその状況を打開すべく、不死人は走ってきた勢い全てを左手の盾に乗せ、それを前方に居た下級兵士の亡者に打ち当てて撥ね飛ばすと、その次の瞬間には振り返り、背後から迫っていたもう一匹の亡者の直剣を塔のカイトシールドで打ち返し、その際の衝撃により無防備となった亡者の身体をアーマーの上から袈裟斬りにして大きく怯ませる。

 目前の亡者を尻目に不死人はまた振り返り、先程吹き飛ばした下級兵士の亡者に向かって塔のカイトシールドを投げ付け、暗がりで視認には至らないものの響いた鈍い音を信頼するならそれは直撃し、相手を転ばせることに成功した筈である。

 また向き直り、致命傷には至らないまでも斬撃により怯んでいた亡者の首元にブロードソードを当て、一息に刃を引き抜いて止めを刺すと、すぐさま走り出し、塔のカイトシールドで牽制された亡者に接近する。

 その亡者はこの時点で起き上がり、直剣を構えてソウルの矢を放とうとしていたが、それより前に不死人は亡者の懐に潜り込み、腹と首に一度ずつ斬撃を入れ、斃した敵の返り血を浴びる。

 一先ずその亡者がここでの戦闘では最後の相手であった。不死人は息を整えると、周囲の気配を探って他に敵が居ないことを確認し、投げ付けた塔のカイトシールドを拾い上げ、その表面に付着した埃を手で払ってから、周壁内部の探索を再開する。

 三匹の下級兵士の亡者と連続して戦った地点より更に奥へ進み、しばらく変化の無い通路を歩くが、不意に不死人の耳に亡者の呻きらしきものが届いていたため足を止める。

 それは上に続いている階段の方から聞こえているようであった。だがしばらく待てども向こうからやって来る事は無く、一向に状況が変化しない。

 通常、亡者の声というものは理性を残す人間とはまるで違い、苦痛を感じているのか、もがいているだけか、単に声を垂れ流しているだけか、その声の調子からの判別が難しい。よってこの場合も進んで直接確かめる以外、真実を知る術は無く、不死人は意を決し、階段を静かに、一段ずつ登っていく。

 結局、階段の半ばで呻き声の主と目を合わせることになる。そしてその瞬間、くたびれた布切れだけを身体に巻きつけた亡者は、不意に腹の辺りで何かガラスのようなものを砕き、直後熾きた火が亡者の抱えた藁に引火し、炎の塊と化したそれを掲げて走り出す。

 「ぶぉい”い”い”い” い”い”い”い”ッ!」

 叫び声を上げながら特攻を仕掛けるその姿には迫力があり、だが不死人は逃げず、立ち止まってブロードソードを両手に持ち、それを縦に構えて亡者が近付くのを待つと、自身の殺傷範囲に敵が入った瞬間剣を打ち降ろし、炎の塊ごと特攻亡者の頭部を砕き割る。

 亡者は斃れ、藁に宿った火もまた消えていく。

 遭遇した際、それは確かに見せかけの脅威は大したものであったが、攻撃手段として素早い訳でもなければ、威力が高い訳でも無い。不死人は特攻亡者の身体を跨ぎ、奥へと進んでいった。

 そこからしばらく通路を歩き続けると、徐々に通路の脇に置かれている物の種類が増えているようであった。矢と槍などの普通の武器や、そのさらに向こうにはわざわざ籠に入れられた大小様々な石塊、または油の入った瓶等も並んでいる。

 どうやらそれらは、この周壁に侵攻する敵に対して使用することを想定して集められた備品であり、つまり先程積まれていた藁の塊も、あるいは特攻亡者がそうしたように火を点けて周壁の上から落す用途の元に作られ、置かれていたものであった可能性が高い。

 周壁内部に灯台が無い理由もこれに付随する。つまり火気があることは好ましく無く、夜間ここを移動する際は特別に丈夫な処理が施されたランタンを持ち込む、等の工夫が実施されていたと思しい。

 であればそれを手に入れたいと副次的な目的が一つ生まれ、不死人は暗がりによく目を凝らしながら通路を進んでいくものの、それらしいものは見当たらず、やがてさらに上の階に至る階段を発見し、今度は亡者の呻きも聞こえなかったため、それを普通に登っていく。

 だがもう少し慎重になるべきであったか。

 「う”お”い”ッ!」

 短く発せられた声と共に奥から走ってきた青い閃光に肩の辺りを撃たれ、ダメージを負う。闇で視線が通らないため分からないが、その先には下級兵士の亡者が居るのだろう。

 敵は続けてもう一度ソウルの矢を詠唱、だが不死人は撃ち出されたそれを横に避け、すると青い魔法は標的を通り過ぎ、その背後にあった大きな樽に命中して中から黒い砂が零れる。

 どうやらその下級兵士の亡者は窓から差し込む光を避けて立っており、姿が暗がりの中にあるため敵の詳しい状況を知ることが出来ず、それに通路の奥がどのような構造になっているのか、他に伏兵はいないのか、ということについても見当が付かなかった。

 とは言えこの距離を維持したままでは、一方的にソウルの矢に撃たれ続けることになる。覚悟を決めた不死人は走り出し、ソウルの矢を避けながら下級兵士の亡者が居るであろう暗がりに近付いていき、だが例の如く横合いの物陰から布切れだけを身に着けた亡者が一匹飛び出し、武器も持たずに掴みかかろうとする。

 亡者に肩を掴まれ、だがその顔面を肘で殴打、不死人は最小限の時間で布切れを巻き付けた亡者を振り払うと、向き直って走り正面の下級兵士の亡者に肉薄。剣を横に振り抜いて敵の首を刎ねると、直ちに振り返って肘打ちでよろけさせておいた亡者に詰め寄り、これもブロードソードで斬り捨てる。

 胸を深く斬られたその亡者は床の上には倒れず、布切れだけを巻いた身体で大きな樽に寄り掛かり、そしてそのまま動かなくなる。よく見ればこの辺りの通路にはいくつもの樽が並び、そのせいで通路の幅が狭くなっているようであった。

 雫石でソウルの矢で負った傷を癒した後、動かなくなった亡者の身体を避け、不死人は再び奥へ歩き始める。

 暗がりは続き、しかし窓から差し込む光が室内で舞い踊る小さな埃を照らす。少し幻想的に見えるのは、貧しい者の発想だろうか。

 歩き続けてしばらく経ち、これまで通りであればそろそろ階段か何かが見えてくるだろうという矢先、窓の無い奥まった場所で何かが動く気配があった。

 不死人はゆっくりとその暗い場所に近付くと、気配、というよりももっと具体的に、何かの些細な音が耳に届く。

 確認が出来ないためそれ以上先に行く事を躊躇っていると、すぐ足元に木箱が置かれているのを不死人は見付ける。その蓋を開いてみると、中にはまず如何にも頑丈な作りのランタンが一つと、小さな蝋燭が数本、そして火の蝶と呼ばれる赤い蝶が詰った瓶の着火道具が見付かる。

 これらはまさに不死人が今必要としていたものであり、早速手に取り、ろうそくに火を着け、それをランタンに収める。

 少し重さがあり、左手にこれを持っている間は盾を構えることは出来ないだろうが、得られた灯りが部屋を照らす範囲は広く、上手く活用すれば防御出来ないリスクを補って余りある。

 だが注意するべきは他の事項であったようだ。闇で光りを灯す、ということは、暗がりから一方的に観察されることを意味している。それはリスクの度合いで言うなら、盾の有無と同列に語る次元に無い。

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