リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第11章 10

 第11章 牢獄都市 拷問館 10

 付近に散っていた得物を拾い集め、遠い距離はそのままにルドウイークと対峙する。

 エストが尽きたという要素は当然不死人にとって不利に働くどころか、窮地の只中に立たされているとさえ言っても過言ではないが、手詰まりと言い切るには早計というものだろう。右手の盾を失ったルドウイークもまた後が無い状況に置かれており、であればどちらがより早く敵を傷付け、倒し切るかの競い合いとなる。

 闇の盾を付与。それが終わり次第、動き始めた敵に牽制の役目を持たせたソウルの矢を放つ。迸る青い光は一直線に飛んだ後、敵の左手が持つ黒曜の大剣によって打ち払われて終わるが、それをするということは無傷でいなせる反面、大剣の動きを封じられているに等しい。

 これを機と見た不死人は更に何発かソウルの矢と闇の玉を混ぜ込んだ遠距離攻撃を続け、そしていつしかそれに紛れて走り出し、片腕を失くした関係上、相手の剣が届き辛い、右側面へと回り込んで接近する。

 高さに差があるためロングソードによる攻撃では巨体の胴には届かず、狙うなら腰周りを飾る触手の王冠か木の根のような足のどちらかとなるが、不死人がそのような逡巡の最中にある一方、この段になってもまだルドウイークはこちらに振り向こうともせずにいた。やがて彼の掌の中で大剣が器用に翻り、逆手の持ち方になると、いよいよここが死中であるという疑いが確信めいたものになる。

 「ゼアアッ!」

 不死人がそこから飛び退くと同時、瞬間的に黒い炎を宿した大剣の先でルドウイークは地面を突き刺し、するとそれを中心として円形状の広範囲に亘って下から炎が突き上げ、吹き荒ぶ。

 危うくまた焼き尽くされるところであったが事前に危機感を抱いたことが幸いし、だが回避は出来たものの、そこからの出方を迷うことになる。

 ルドウイークが反撃に用いた、自身の周囲で黒い炎を打ち上げる技は素早く、また攻撃範囲が広いため、こちらが接近した状態で攻撃の行動を取れば目算では回避不可である。であれば距離を離すべきか、という方向に一度思考が流れるが、敵には黒炎の濁流という決め手が存在し、現状これへの対抗手段は皆無であるため、間合いが遠くなるほど危険が高くなる。反撃に用いたあの技そのものを封じる事が出来るのであればそれが最良であり、方法を実際に考え付かない事も無い訳でも無いが、実行するにあたりまさに火の中に飛び込むようなリスクを負わなければならず、エストの尽きた今、積極的にそれをするべき、とはならないだろう。

 やがてルドウイークが身体の向きを変え、両者は互いを正視する。間も無く衝突が起こるのは確実であり、不死人はこの半端な距離をどう扱うか、すぐにでも決めなければならなかった。

 前進と後退、どちらを選んだとしても有利不利に確定せず、ならば円形状の範囲で炎を打ち上げるあの技を警戒しながら接近するべきか。あの技さえ除けば敵の旋回能力は第一形態の時の据え置きのためあまり優れてはおらず、まして右手を失った今、右側面に対する即応は遅れる。

 そのような考えを経て、剣の柄を強く握り込んだ不死人はいよいよ踏み出そうとし、しかし勇猛さを先に発揮したのはルドウイークであった。

 「カアアアアッ!」

 黒い炎を纏い、振り下された黒曜の大剣が迫る。反撃の技があるため敵は待ちの構えで居続けるという憶測が災いし、反応が遅れた不死人は大剣の直撃だけは避けるものの、無理な態勢での回避行動が祟ったのか、危うく足がもつれそうになり、だがルドウイークに容赦などある筈も無い。

 「レェアッ! ラッ! イヤッ! ラアアアッ!」

 黒い炎の守りが闇の盾での返しの妨げとなっており、先と同じ軌道である上からの斬撃を、いっそ側面に身を投げ出すようにして躱すことに成功するが、敵の激情は枯れるところを知らず、また上から降る黒曜の刀身に対して地を転がりながら回避し、間髪入れずに起き上がりながら四度目となる打ち下ろしの剣を潜り抜け、そして返す刃が下段から振り抜かれた頃には、不死人はルドウイークの右側面を完全に捉えていた。

 「ハアッ、ヒッ、ハアアッ」

 この折りに荒い息遣いが耳に入るのは何ら不思議なことではなかった。力を込めた斬撃を五度続けてともなればその後に間断が生じるのは自明の理であり、不死人はこの機に魔術師のロングソードを詠唱、速効性を重視してソウルの矢を放ち、長髪の横面に当てる。

 「ギィッ! ヌオゥッ!」

 効果はあれど、怯んだのは一瞬のみであった。ルドウイークは瞬く間に黒曜の大剣を順手から逆手に持ち替え、また黒い炎が刀身を包む。

 まさかほぼ動きを止めずに反撃に移行するとは予想しておらず、そうして致命的な遅れを招いた結果、今更攻撃範囲外に逃れようとしたところで到底間に合うものではなく、ならば賭けを承知で踏み込むしか拓ける活路は無い。

 不死人は駆け込みながら左腕を胸の方に引き寄せ、未だ闇の盾の付与を残す塔のカイトシールドを支える面積を増やすと、自身の肩と一体になったそれを強く固めながら黒曜の大剣に向かって突進する。

 剣が地面を刺すのが先か、盾がそれを制するのが先か。

 「グウッ!」

 これに勝利したのは不死人であった。地面を叩く直前の剣先は黒い炎を纏っていたため、衝突の際には炙られ、無傷とはならなかったが、それでも武器を大きく弾かれ、隙を晒すルドウイークがこれから負うものと比べれば採算は取れているだろう。

 魔術師のロングソードに注がれた魔力が、青く巨大な大剣を形成する。それを上段に構えた不死人は、相手の肩口から斜めに胴を横断するように斬りかかり、ルドウイークの胸に大きな裂傷を作り出した。

 「グワッ! クッ」

 堪らず、呻きながらこの場に背を向け、ルドウイークは走り出す。距離を遠いものにしてはならないため、不死人も即座にその後を追うものの、足の差は大きく、ルドウイークは最初こそふらついたような足運びではあったがそれが徐々に直ると速度の差は歴然としたものとなり、やがて引き離され始めていた。

 分の悪い勝負であり、どの道追い付けないのであれば、と不死人はその場に留まり、魔術師のロングソードを詠唱、闇の盾を塔のカイトシールドに付与し、それと時を同じくしてルドウイークが身体の向きを反転させる。

 「ヤアッ! ラアッ! ゼアアッ!」

 振り返り様に黒曜の大剣が使い手から力を貰い受け、そして三つの黒い炎の柱が放たれる。それが空気を燃やしながら迫る様子は圧倒的であった威力を想起させるため、これを前にして油断など生まれるべくもないが、そうは言ってもこの攻撃に直面するのは数えて五回目となり、回避するのは容易となる筈であった。ルドウイークが左手に持った黒曜の大剣を身体の正中線に重ねるようにして構える様を見るまではの話だが。

 王の切り札、黒炎の濁流がこの後に続くのであれば、いちいち走る黒い炎の柱の軌道を見極めてから避けるなどという行儀の良い真似などしてはいられない。不死人は走り出しながら背にある聖職者のウォーハンマーを捨て去り身体を軽量化し、まず右の壁に埋め込まれた歌う亡者の一部を焼きながらやって来る一つ目の黒い炎の柱を、自身と交差する瞬間に走り抜けることで凌ぎ、次に真正面から到来したものを回避する際にも出来るだけ斜め前に進路を取るようにして速度が落ちないよう注意を払い、最後の炎は半端な角度で左からやってきたため、接触する直前に後ろに飛び退くことで躱すことに成功するが、その僅かな後退が命取りであったか。

 「ルオオオオオオオゥ!」

 咆哮と共に、ルドウイークの悪意が黒い炎の濁流となって広間に流れ込む。洪水と海嘯がぶつかり合ったかのような氾濫はその熱量も然ることながら、空気が伝える衝撃や音も尋常ではなく、近くに居ては鼓膜が痛む程であったが、大剣が振り下ろされる寸前にルドウイークの側面に逃げ込んでいた不死人にとってはただそれだけのことである。

 敵はその攻撃の範囲の広さが故に、標的の姿を見失っているのだろう。地面に黒い炎を流し続ける背はごく無防備であり、それを前に陣取っていた不死人はその場でソウルの大剣を詠唱。出来るだけ高い位置に狙いを定め、斬りかかった。

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