第12章 牢獄都市 最奥部 8
この成り行きに身に覚えは無く、脈絡がまるで不明であり、それこそ洗脳か幻影の類を疑うべきかもしれないが、何にせよ戦いである。
剣と盾とを手に不死人が身構え、対するアンゼリークは無手のまま風を撫ぜるように両手を左右に広げると、手が辿った宙に拳大の輝く塊が六つ、綺麗に並べられた。やけに強い輝きを放つそれはおそらく結晶、上の階の騎士達が用いたものと同じ性質を持っており、彼女はそれを従え、次に不死人に向けて右の手の平を向ける。
そうしてまるで前触れも無く、結晶を孕むソウルの槍が飛ぶ。不死人はこれを回避しようと右へ走ったが、アンゼリークは左の手の平を翳すとそこから細く白い光の線を照射し、それになぞられた地面には結晶が湧き上がり、結晶の道が生まれていた。
自らそこへ飛び込んでしまいそうになったところを間一髪で留まり、引き返そうとした矢先、白いドレスの裾から覗く右手が白い光の線を放ち、また不死人の行く手に結晶の道を作り出すと、左右を塞がれ挟み込まれる形となる。
ならば後方のみが退路となるが、誘いに乗って素直に下がろうものなら何をして来るか分かったものではなく、一旦様子見を決めると、そこへまた新たな結晶の魔法、浮遊する結晶塊がアンゼリークによって作り出される。
ソウルの結晶槍と同じく、騎士が行使したものと同じ術であるこの魔法は周囲にソウルの矢を乱発するが、威力はあまり高いものではないため他の魔法との併用が基本なり、塔のカイトシールドで矢を防ぎながらそれを警戒しているとやはりアンゼリークはまた手を翳す。
放たれたのは、緩く宙を漂う、三つ連なる結晶塊であった。こちらは輝きを放つが矢を吐き出さず、また直撃などさせる気がないような軌道は避けることなど造作も無いが、別の狙いがあるのだろうといつでも変事に対応出来るように注意していると、間も無く連なる結晶塊は甲高い音を発した。
その直後、結晶塊はいずれも勢い良く飛び出してソウルの結晶槍と化し、三つ連なったまま不死人に迫る。過剰なまでの攻撃力を前にして回避以外の選択肢などある筈もなく、結晶の道に挟まれた範囲内で身体を左右に振って躱すと、三つ目を避けた瞬間を狙ったと思しきソウルの結晶槍がアンゼリークの右手から既に撃たれていた。
貫通能力を有するそれに直撃すれば盾の守りなど無意味に等しく、不死人は無理矢理に身体を捻って避けることに成功するが、何とかそれをやり遂げた先にはまた別の結晶槍が放たれていた。
避けようと身を翻し、するとその瞬間一方の結晶の道が散り始めている。おそらく時間経過で自壊すると予想され、これで退路が作られたと、そう認識したのは一瞬の間のみであり、アンゼリークは容赦無く失われ始めた結晶の道の上に白い光の線をなぞらせ、不死人の退路を奪わんとする。
だが最早付き合ってはいられなかった。負傷を被ることは承知の上、盾を肩なども使って強く固め、それを前面にして結晶の降りを突き破ると、そのまま走り出し、アンゼリークから遠ざかる。
追撃は無く、敵との距離を確保することには成功したが、予想以上に結晶が足などを傷付いていたらしいため、すぐにエスト瓶を飲む。
白いドレスはまだ、結晶の燐光を浴びながら静かに佇んでいた。儚く、清美なその姿とは対照的に彼女の駆使する魔法は凄まじく、まず魔法触媒も詠唱も必要としないため瞬時に発現され、搦め手も持っている上、一つ一つが一撃必殺の威力であり、これらに晒されては全く息をつく暇も無い。
反撃の余地など皆無に等しく、遠距離にて魔法で対抗するような真似など全く現実的ではないため、接近することがこの敵と戦う上で重要な要素となるだろうが、開幕に展開された六つの結晶塊はまだ主の近くで控えていた。大方、迂闊に近付こうものならこの結晶塊が自動で標的を追尾し、反撃するものと見られる。
これを如何にして対処するべきか、そこまで考えが及ぶかどうかというところで、アンゼリークが再び手の平を不死人に見せた。出来れば歪曲の盾を用意するべきであったが、その猶予は既に無く、駆け出した直後に迫り来るソウルの結晶槍を前転して躱し、速度の減少を最小限に留めて走り続ける。
その一方で彼女はまた、不死人の行く先に連なるソウルの結晶塊を放っていた。遅々とした軌道で飛行し、だがこの魔法が変化を遂げるより前にアンゼリークから白い光の線が照射され、不死人の左脇に結晶の道を作り、逃げる方向を絞ってくる。
どこに意識を向けるべきか、一瞬拡散し、その後甲高い音が耳を劈くと連なるソウルの結晶槍が順に宙を走り、不死人はこれを右方向に避けようとするが、動きを見透かしていたアンゼリークは行く手にソウルの結晶槍を放っていた。
走り続ければ右の魔法に直撃し、止まってしまえば左の魔法に直撃する、というこの情勢下。不死人は身体の向きを半身にして魔法の間を通り抜けることに成功し、しかしそこに六つの追尾する結晶塊が反応していた。
それらは全く予告無く目標へと矢のように一直線に射出され、だが事前の予測の範疇にあったためどうにか姿勢を低く、滑り込むようにして凌ぎ、起き上がれば遂に虜囚の姫が近接距離となる。
伸ばされた右腕から顔を逸らし、至近で放たれたソウルの結晶槍を躱しながら白いドレスの腹にロングソードを叩き込み、だが伝わる感触は芳しくない。また敵は怯んでおらず、続けて放たれた左腕からのソウルの結晶槍を避けながら、今度は上からの斬撃をアンゼリークに叩き込むと、ドレスの裾から覗いた手甲がこれを堅く受け止めた。
ぼんやりとした小さな光が視界の隅の方に入る。剣と鎧とが打ち合って生じた火花かと一瞬思えたが、それは青く、そして姫の鎧そのものを彩っていた。
つまりは魔法効果。防御力の底上げであるらしく、これを前にしては剣程度の重量による打撃では取るに足らないのだろう。では一度引くか、という選択肢も尤もだが、振り返るに近付く際の危険は高く、その過程はあまり繰り返すべきではない。
よって不死人は魔術師のロングソードを鞘に納め、胴に向かって打ち込まれたソウルの結晶槍を身体の向きそのものを横にして回避すると、その勢いのまま身を翻して背の武器の柄を掴み、回転しながら聖職者のウォーハンマーを振り抜く。
「くっ!」
それを腿の辺りに打ち込まれ、アンゼリークは始めて声を発し、僅かに姿勢を崩す。この機を逃さず、畳み掛けるべくもう一度、ウォーハンマーが今度は脇腹を狙うが、それを阻もうとするアンゼリークの右手は衝撃を支え切れず、威力を持った槌頭がドレスを打つ。
剣で破れない鎧などは、破らないまま打撃武器によって内部へ攻撃する。この基本的な心得の一つが成果を発揮し、ともすればこのまま叩きのめすことさえ出来るのかと、内心に抱いたそのような期待を自ら掻き消すと同時、アンゼリークの左の手の平の上に青い球体が乗っていることに気付く。
三つ目の連撃となる筈であった動作を中断。後方に飛び退くと、彼女はそれを地面に落とした。
そして青い球体は炸裂し、眩い光と衝撃に見舞われ、盾で身を守りながら思わず瞼を閉じる。瞬間的な出来事であったのか、その現象はすぐに終わり、目を開けて急ぎ敵の姿を探すと、アンゼリークは離れた場所にまで引き下がっていたようだ。今の術で仕切り直しを計ったということになる。
しかしそれは悪手である。この間に不死人は聖職者のウォーハンマーで歪曲の盾を詠唱し、塔のカイトシールドに付与させたため、攻防備えた状態となる。これで趨勢が傾く。
「ふっ」
その見通しを笑う小さな声が場に置かれた。出所は一つしかなく、アンゼリークは微笑を湛えながら追尾するソウルの結晶塊を六つ並べるが、構わずに不死人は走り出した。
迎え出て来たのはソウルの結晶槍。やはり詠唱も無しに唐突に放たれたこの必殺の魔法を不死人は右に避け、続けざまに放たれた同じそれを左に避け、三つ目を右に避け、と忙しくなりながらも前進を続けていると、前方の宙に連なる結晶塊が浮んでいるのを見付ける。
先の結晶槍に紛れたのか、いつから誕生していたのか知れないため、その三つは槍に変化するまでの時間が読めず、目を離すのは危険だが、その時に敵の方から聞こえた音はソウルの結晶槍が放たれた際のものであり、迫り来るそれを回避するべく、左方向へと飛び込み、やり過ごす。するとまるでその機を待っていたかのように連なる結晶塊が槍となって射出され、回避したばかりの身体を貫こうとしたため不死人は反射的に身を右方向へと投げ出して躱すが、その先の地面では白い光の線が結晶の道を作り出していた。
勢いの乗った身体は最早止めることは出来ず、ならばと塔のカイトシールドを前面にして結晶の道を強引に貫いて走り、直後に反応した六つの追尾する結晶塊の一斉掃射をも潜り抜け、二度目となるアンゼリークへの接近を果たす。
肩を狙ったウォーハンマーの打撃を白いドレスの下の手甲が二つがかりで受け止め、そうすれば負傷は抑えられたようだが、反撃の手が無くなり、追撃を許すことになる。不死人は槌頭を覆して次は横腹に狙いを定めて武器を薙ぎ払い、しかし今度の防御で使われたのは彼女の右腕のみであった。
先の一幕と同様に、それでは打撃の威力を受け止め切れず、不死人の武器の先は目標に届き、負傷を与えていたようだが、それと引き換えに得た時間でアンゼリークは左の手の平の上で青い球体を生み出し、直ちに地面へと落とした。
作用は理解していたため武器を下げて盾を構え、軸足に踏ん張りを利かせて突き抜ける魔法の衝撃に耐える。それが終われば閃光で埋め尽くされていた視界もまた回復し、細やかな結晶が漂う洞窟の景色の中に、遠く、白いドレスの姿を認めるが、そこに僅かな違和感を覚えた。
相手が近接距離を避けようとするのは何ら不思議ではなく、炸裂する青い球体の魔法によって早々に引き離そうとしたことについても別段思うところは無いが、先の術を行使する前と後では決定的に違っているものが一つある。