「ぶぉい」
「ぶぉい」
「ぶぉい」
「ぶぉぃ」「ぶぉぃ」「ぶぉぃ」「ぶぉぃ」「ぶぉぃ」「ぶぉぃ」「ぶぉぃ」
部屋の奥に居た特攻亡者らが不死人の持つ灯りに反応して向き直る。やがて各々藁の塊を火の蝶で燃やし始めると、十を越える頭数を揃える彼等はいよいよ走り出そうとし、それを見た不死人も当然踵を返して走り、その場から逃げ出した。
周壁の中を不死人は駆け抜け、その後ろを大勢が追い、通路はそれまでと打って変わって明るく、そして賑やかなものになった。走ったところで助かる目処は立たず、かと言って走っていなければ彼等に追いつかれてしまい、だが足を動かす一方で唐突に閃きが訪れる。
不死人は走りつつ通路の端に置かれている樽の側面を剣で砕き、その横を通り抜けて一定の距離を稼ぐと、己の勘で機を見計って足を止めて振り返り、こちらに向かって走る特攻亡者達の先頭の一匹にランタンを投げ付ける。
飛んできた重いそれは相手の顔面を打ち、するとその亡者は火の塊を抱えたまま転倒し、不死人は一瞬だけ走馬灯のように視界に時間の遅延を覚えながらも身を屈め、直後周壁内部の通路に凄まじい爆発が起こる。
転倒した亡者の火が樽から零れた火薬に引火し、通路の脇にあった全ての樽が連鎖的に爆発したために起こった、否、そうして不死人が引き起こした窮地を脱する一手であった。
それぞれの位置関係が良かったのか、亡者達は全て爆発に巻き込まれたらしく、吹き飛んで粉々になり、或いは壁に叩き付けられて潰れた彼らは一匹たりとも動かなかった。
不死人は全身に着いた煤をはたきながら身体を起こし、様変わりした周囲の様子を眺める。
通路は大きく変化していた。特に一部の壁は、流石にあの爆発には耐えかねたのか破れてしまっており、そこから周壁の外に広がる森の景色が覗いている。
ふとその破れた穴の下の方を見ると、外壁に人が通れるくらいの縁が道のようにどこかに続いているようであった。不死人はその縁の上に乗り、慎重にそこを伝って行くと、縁で出来た道の先には周壁に外から取り付けられた見張り小屋のようなものがあり、中に入ると白骨化した男性の遺体が一つと、篝火があった。
不死人は篝火で身体を休めたあと、男性の遺体を調べ、その懐に入っていた雫石や火薬を使った道具などを貰い受けると、その後周囲をよく見回し、小屋より上に向かって伸びる梯子を発見したため、それに手足を乗せ登っていく。
梯子を登った先は、周壁の屋上であった。
その場所には風の妨げになるような物が無く、どこからかやってきた強い風は不死人の身体を通り抜け、またどこか彼方へと消えていく。
そしてその風に撫でられているのは、不死人だけではなかった。
周壁の屋上にはもう一人、巨大な弓を握った騎士が佇み、またその武器は、敵対者の証でもあった。
背丈は一般的な人間よりも頭二つ分ほど高く、応じて腕や胴周りも太く精強。しかし全身を覆う彼のプレートアーマーは錆びや欠けが目立っており、それはこの騎士がずっとこの場所で周壁に近付く侵入者を待ち、風化していくのも構わず風雨に晒され続けた結果なのだろう。
青地に麦と魚がそれぞれ黄と白で描かれたリングレイのシンボル。そのたなびく大きな旗の下、風化していく騎士は敵に狙いを定め、大弓の弦を引こうとしていた。
不死人は迷わず走り出し、風化していく騎士との距離を詰める。距離が離れたままでは大弓の独壇場であり、それをさせないためには近付く以外に無い。
だがその考え一つだけで接近を試みるのは備えが不足していたか。風化していく騎士は不死人が近付くと、大弓から番えた矢を外し、それを握り締めて勢い良く突き出す。
ランスさながらの一撃は、鋭く、そして強烈であり、危うく頭部を砕かれるところを不死人はその寸前で盾を用いて防ぎ、間髪入れずに迫る敵の二発目の突きは後ろに下がる事で躱し、だが三回目に繰り出された矢の刺突は風化していく騎士自身が踏み込んだ事により長く伸びた為回避出来ず、無論防ぐことも失敗して胴に大きな傷を負う。
それを受けてさらに後方へ引き、風化していく騎士の近接攻撃の範囲から逃れつつ雫石を砕いて傷の治癒を始め、だが間合いが開き過ぎたために騎士の持つ大弓の弦がしなり、不死人は回復を終えぬまま再度相手への接近を余儀なくされる。
風化していく騎士は、また孤独な戦士でもあった。何もかも滅びる中、だが故郷に良からぬものが入り込むのを唯一人で妨げ、故に心折れることはなく、まして遠近どちらかに隙があるような事など有り得ない。誰も彼を助けないのなら、そうなるしかない。
不死人は突き出された矢をカイトシールドで凌ぎ、自分からも剣を刺し込もうと構えだけは取るものの、しかし実際にブロードソードを振る前に相手の次の攻撃が迫る。
例え得物があくまで矢であり、本来この攻撃方法で用いられる槍の類と比較すれば遥かに全長が不足しているものの、それを持つ風化していく騎士と不死人とでは体格の差が大きく攻撃の伸びがあまりに違い、また周壁の屋上故に横の空間が無いため回避が困難極まりなく、つまり攻防が一方的であった。
息を大きく吸い込んでから風化していく騎士に近寄り、一撃目の矢の突きを後ろに躱し、踏み込んで二撃目の攻撃を塔のカイトシールドで防ぎ、だが三撃目の刺突は敵がより大振りに力を込めて繰り出し、それによって盾を押し込まれて隙を見せた不死人は四撃目にて胸元を突かれる。
回復のためその突きを受けた直後に後退し、雫石を胸元で砕き、だが歪む弦の音が不死人を否応無く急かすと、ただ一方的に傷を負うために風化していく騎士の前に出る。
まさに辛酸を舐める状況に陥っており、また風化していく騎士が如何にも騎士然としているのも余計に嫌味である。
というのも、大弓を番えるのを阻止しなければならない以上、剣と槍との交わりはあくまでこちらが仕掛ける側であり、風化していく騎士は不死人の攻撃の意に対応する形で迎え撃ち、制している。
どのタイミングに剣を振ろうとするのか、それを観察してから対応する余裕が存在し、また不死人と違って自分からあまり前後に動かず、同じ場所に留まっているため、動かなければならない側は体力を奪われる。
それらの要素を卑怯とまでは言わないかもしれないが、騎士らしい平等な戦いとも言い難い。
だが逆に、後出しばかりの相手に先に攻撃をさせることが出来たなら、この状況に変化が訪れる可能性があるのだろうか。
不死人は繰り出される矢の刺突を躱し、或いは塔のカイトシールドで防ぎ、だがその回数があまりに重なったため盾を構える手に痺れを覚え、防御を崩されることを懸念して一度相手から距離を取ると、風に波打つ国旗の下、風化していく騎士は大弓を構え、雄渾に弦を引き絞る。
それは絵画の如き一瞬の光景であり、だが不死人に状況打破の切欠をもたらした。
駆け出し、これまでのように風化していく騎士に詰め寄ると、しかしブロードソードを構えようとしなかったため、後の先ばかりの相手は戸惑ったのか攻撃をしようとせず、不死人は可能な限り身体を小さくしてそのまま敵の脇を走り抜け、旗の下へ至る。
そしてこちらの出方を窺う風化していく騎士を他所に、ブロードソードは黄の麦と白の魚の模様の一部を引き裂いた。
「もんがあ”ぁ”ぁ” ぁ”ぁ” ぁ”ぁ”っ!」
彼が声を発したのはそれが初めてのことであった。より正確に言うなら怒声を上げ、風化していく騎士はこちらに向かって走り出し、手にした矢で不遜な敵を乱暴に斬り付け、だが不死人はその一閃を鼻先に掠めるくらいの際どい距離で素通りさせると、次に力強く踏み込み、初の直撃となるブロードソードの斬撃を錆びた鎧に叩き込む。
ペースを崩された相手はそのたった一撃で怯んで身体が硬直し、続けざまにブロードソードが風化していく騎士を打つものの、しかし胆力は敵も然るもの、剣の攻撃を受けながらも、左足を地に張り、右足を踏み込み、不死人に向かって右手の矢を突き出す。
その一撃を、不死人は塔のカイトシールドで受け流す。完璧にタイミングが合い、意表を突かれた騎士は、致命的な距離で敵に身体を無防備に晒し、よって不死人は最早思考すらせず、半ば吸い込まれるかのように剣を突き出す。
ブロードソードは敵の鎧の継ぎ目に柄の部分まで入り込み、一拍置いてからそれを一気に引き抜く。傷から淀み、黒くなった血が噴出し、風化していく騎士はその場に崩れ落ち、しかしその寸前で持ち直した。
風化していく騎士は膝をつき血を滴らせ、だが矢を乱雑に振り回して不死人を引き下がらせると、身体を起こし、体勢を立て直す。そして二度とは同じ手は食らわない、とばかりに旗のすぐ下に陣取って大弓を構え、だがこちらはまだ本命を残していた。
その道具を取り出し、投げると同時、不死人は風化していく騎士に向かって走り出す。道具は弧を描くような軌道で飛び、リングレイの旗に命中すると、青地の布は燃え上がる。
火炎壺。火薬を詰めた攻撃用の道具であり、篝火のあった小屋の中の遺体が所持していたものである。大方、周壁防衛に備えて置かれていた物の一つなのだろう。
風化していく騎士は燃えていく自身の誇りに完全に気を取られ、そしてその無防備に晒した背に駆け寄り、不死人はブロードソードを突き出し、刃は鎧と骨を分け入って肉の深い部分にまで達する。
二度も深々と身体を貫かれ、一切の力を失い、やがて風化していく騎士は今度こそ崩れ落ち、だがその眼は最後まで燃えていく旗に向けられたままであった。
風化していく騎士は、リングレイに溢れる他の者達と同様、正気を失った亡者の一人であった。だが、だからこそ自身の誇りの象徴に、何かを見出し、預け、そして守ろうとしたのだろうか。