リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第12章 10

 第12章 牢獄都市 最奥部 10

 次の剣の交わりでは、これを金色の柄にでも叩き込んでパリィを取る。そのつもりで機を窺っていると、程無くしてアンゼリークは三つの連なる結晶塊を宙に置いた。時間差で攻撃するその魔法が出たということはこれの前後に女王自身の手による攻撃があると思われ、まずは変化前のこの時間で敵の攻撃を待ち構えるも、アンゼリークはこの機を先送りにし、そのうち結晶塊が結晶槍と化して勢い良く飛び出すと、その後を白いドレスが追う。

 連なる結晶槍を右へと避け、そこへ迫るアンゼリークは大剣を大きく振りかぶり、対する不死人は闇の盾を擁する左手を前に出す。

 斯くして月光の大剣、その柄は弾かれ、女王は無防備を晒す。その筈が、アンゼリークは右手のみで大剣を空中で静止させており、左手は軽率に差し出された塔のカイトシールドに向けられ、そして白い光の線が照射された。

 危険を察知した不死人が盾から手を離し、すると白い光の線を直撃したそれは瞬く間に結晶に飲み込まれていた。完全に狙いを読まれ、防御どころか回避すら間に合わない状況へと陥り、そして月光の斬撃が襲い掛かる。

 胸に縦方向の裂傷が生まれ、夥しい血と共に意識も流れかけ、だがここで堪えなければ止めの追撃が齎されるだろう。即座に軸足を踏み締めて姿勢を保ち、空になったばかりの左手で聖職者のウォーハンマーを掴むとそれを下段にあるアンゼリークの大剣の根元に向け、右手のロングソードもそれに倣うと交差させた両手の武器で月光の大剣の動きを一時的に抑え込む。

 瞬きの無い、冷たい瞳の中に自身の顔が映る。仮にも貴人相手となれば気後れするのが普通の感性だろうが、心を失くした上、女王の民でなければリングレイの民ですらない不死人はそういった配慮など無縁であり、その態勢のまま頭突きを叩き込み、相手が怯んだと見るや、両の武器を両側面からドレスの中心目掛けて打ち込んだ。

 「うぐっ!」

 魔法効果の防具があっても堪え難い衝撃であったのか、踵の高い足甲がたたらを踏むが、アンゼリークは尚も崩れずに飛び下がると、青く迸る斬撃を飛ばして牽制し、更に遠ざかっていった。不死人としても直ちに回復が必要な身体状況にあるため、光波をいなした後は結晶が散った塔のカイトシールドを拾い上げ、その場から引き下がる。

 まずはエストを飲み、身体を整える。その次にはこの後に発生する衝突の備えをしなければならないが、先の一幕においてはアンゼリークに手の内を読まれ、それが負傷の原因となったため、あまり単純な企図は窮地を招くと考えるべきである。

 しかしながら、女王は手傷を負った関係かすぐにこちらに迫るような気配は無いものの、熟考するだけの時間の猶予は流石に残されておらず、複雑な策を短時間の内に練る、という時点で既に大きく矛盾している。またそうして出来上がる繊細なものは想定外の事態に陥った場合の修正が追い付かない可能性が高く、そして剣技とはしばしば攻撃の質を急変させるためその危惧が現実になることは十分に在り得る。

 而して、重視するべきは計画性ではなく、直面する状況への対応の幅の広さである、という結論が導き出された。

 まずは聖鈴を鳴らし、右手の聖職者のウォーハンマーによって歪曲の盾を詠唱するが、それを付与した塔のカイトシールドは背のベルトに固定し、左手には魔術師のロングソードを持つ。

 そうしてアンゼリークに向かって少しずつ歩き始め、その傍ら彼女は足を動かさず、留まって連なる結晶塊を放ち、またそれを終えた左手を柄に戻ると、両手で握られた月光の大剣の先を敵対者に向け、突きの構えが取られる。

 それ自体は剣技の一つのようにも見受けられるが、大剣の元には昏い月光が収束し、収まり切らずに滲み出しており、その趣はどこかルドウイークが決め手とした技の前兆と似通っていた。

 故に不死人は迷わず駆け出し、間も無く射出された連なるソウルの結晶槍を最小限の、身体の軸を逸らして紙一重の躱し方をしながら走り続け、だが相対する女王は溜まり込んだ月光を解き放った。

 突き出された月光の大剣はその先から青い奔流を放射し、それは滝の如く荒れ、流れ続けながらそこから逃れようとする不死人の姿を追う。

 捉えられ、月光に没する。もう少し遠いようであればそのような結末となっていただろうが、既に距離が詰り過ぎていたため、奔流を放ち続ける剣の先をアンゼリークが手元で曲げるよりも早くにその懐への侵入を果たし、不死人は下から掬い上げるようにして武器を振るう。

 狙いを付けた胴はごく無防備であり、しかし不死人は打ち込む筈のウォーハンマーと身体そのものの動きを急停止させると、地面に向けられていた彼女の左手から離れるべく飛び退がる。

 その直後、月光の奔流が止むと同時に、差し置かれた左手から照射された白い光の線は両者の間に結晶の道を作り出していた。危うく陽動に乗るところであったことを思えば回避出来たのは幸いだが、距離は半端に開いてしまい、彼女の支配する空間が現出する。

 結晶の道の守りを得たアンゼリークは月光の大剣を素早く地面に突き刺すと、間髪入れずに右手でソウルの結晶槍を放ちながら、左手で連なるソウルの結晶塊を作り出し、右手で目を眩ませるための浮遊するソウルの結晶塊を宙に置き、左手から伸びた白い光の線で不死人の逃げ場を狭める結晶の道を生み、右手で狙い澄ましたソウルの結晶槍を放つ。

 結晶の道によって前進を拒絶された上、狂ったような連続した結晶魔法の回避のため左右へと激しく動かされ、直撃こそせずにいるもののスタミナが枯れ始め、またあまりに矢継ぎ早に行動を要求されては脳の働きも著しく制限を受け、成す術無くその場に釘付けにされる。

 奇策による打破か、強引な撤退か、無謀な前進か。順に考えついた三つの提案を、しかし一蹴し、忍耐に己の命運を託して不死人は回避行動を続ける。

 そしてアンゼリークが連続してソウルの結晶槍を放った時、遂に両者の間に横たわっていた結晶の道が散り、この好機をものにしようと不死人は前に強く踏み出す。

 だが、その機を待ち望んでいたのは、果たして一方のみであったのか。

 迎え撃つ月光の一閃。その強烈な斬り上げを放った大剣を間一髪のところで後ろに躱すも、次の上段からの一撃はアンゼリークが必中の意志を込めて深く踏み込みながら繰り出そうとしていたため回避出来る可能性は皆無であり、止むを得ずロングソードとウォーハンマーの先で金色の柄を絡め取る。

 力と力が対抗し合い、常であれば筋力に勝る不死人が優勢となる筈だが、散々に結晶魔法を回避した肉体は疲弊し切っており、あとほんの数瞬でもこの状態を続けていれば押し斬られるだろう。

 吐息が唇を舐める程の距離で女王と見詰め合う。まさしく結晶のような鋭い美貌を飾る眼は凍て付いたような色をしており、揺れず、優位に奢るような心情も映しておらず、隙などは見出せそうにないが、それでも敗北が間近にある側は打って出るしかなかった。例え、勝ち目が少ないとしても。

 月光の大剣を抑えていた両手の武器を下げ、斬撃を肩口から胸へと受け入れると、吹き出した血が彼女のドレスを汚していく様を目にする。出血量の多さに眩暈を覚えながら、しかし袈裟斬りの形に斬り抜けて不死人の左側面に流れた大剣の柄を、聖職者のウォーハンマーを捨てた右手が上から押さえて次の攻撃の手を鈍らせ、そのまま右足を軸に身体を瞬時にして回転させると、その運動力自体を攻撃力とした背からの強力な体当たりをアンゼリークに打ち込む。

 「くっ!」

 女王が衝撃に呻き、怯みを見せ、そして成し得たことはそれだけではない。背にした塔のカイトシールド、その表面に展開されていた歪曲の盾もまた不死人の動きに連動して敵の鎧に叩き込まれ、そこに張っていた防御力を向上させる魔法効果を一時的に打ち消していた。

 二度とは伸びない光の糸。確かにそれを見た不死人はもう一度身を翻し、その振り返り様に両手で握り締めた魔術師のロングソードを振り抜く。

 「ぐぁっ!」

 そのたった一筋の剣は、アンゼリークの鎧を割り、胴をも深く斬り裂いていた。

 女王は地面に突き立てた月光の大剣を支えとして膝を着き、だが徐々に身体が傾いていくと、やがて剣も彼女も地に伏せる。血で汚れたドレスはそれきり動かず、その上に輝く結晶の欠片たちが舞い散り、積もり始めていた。

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