リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第13章 3

 第13章 変態の祭祀場 3

 右脇腹を刺される。

 僅かな痛覚によってそれを察知し、あまりに唐突なその攻撃の元を探そうと周囲に視線を向けるも、それらしい者の気配は無い。そもそも、腹を何かが突き抜けたことは確かであったが、何がそうしたのかまではまだ理解に至っていなかった。

 ならば次善の策として有効と思われるのは引くことであり、不死人はすかさずその場から飛び退くと、丁度その時地面に向けて幾条かの光が突き刺さった。

 光、という言い表し方はあやふやのようでいて、この場合は最も適している。虹色の光線は地面に突き刺さったあとすぐに消えており、また運良く今の攻撃を目にすることが出来たため、その出所たる上の方へと首は向けられる。

 この建造物には上の階も下の階も無く、見上げたとしてそこにあるのは虚空のみである。つまりそれらはまさに虚空に浮き、四つの内臓のような塊、青白い軟体動物達は、体の下部にある穴を拡大させながら不死人の方へと向ける。

 やがて微かに刃物を研ぐような音が聞こえたかと思えば、次の瞬間には彼等から虹色の光線が射出されていた。その数から、反撃を試みる余裕など無く、光線を避けながら後退し続け、本棚の影に身を押し込める。

 エストで身体を治癒しながら想起するのは溝の溜まり池、そして礼拝堂であった。前者はかつてこの生物と遭遇した場所であったが、その折にはあのような攻撃方法は見せなかった。似てはいても別の生物である可能性がある、という観点は捨てるべきではないだろう。

 後者はこの敵の攻撃方法たる虹色の光線と同じような特性の攻撃手段を持っていた者、神官長と遭遇した場所である。特に発射の際の音はよく似通っており、本体が軟体であることからも同一の性質を持っていると判断しても良いかもしれないが、不死人が神官長と対峙した時には、あの攻撃手段そのものに対しては有効な対抗手段を閃く事は無かった。ただ、当時も奇跡の触媒を持っていれば結末はまた違った可能性もある。

 本棚に身を隠しながら右手の武器を聖職者のウォーハンマーに持ち替え、聖鈴を鳴らして詠唱。歪曲の盾を用意しながら、得物をもう一度魔術師のロングソードに持ち直す。手間だが、相手が高い位置で浮いているため近接攻撃の間合いよりも遠く、ならば魔法による攻撃が妥当となる。無論、あの粘膜に包まれたような手合いは魔法への耐性を持っていたとしても何らおかしくは無いが、多少耐えたとて身体の質量そのものが小さく、相性の問題はそうまで大きくはならないだろう。また仮に効かなかったとすれば、もう一度引っ込めば良いだけのこと。

 そのまま待ち続け、そのうち本棚に突き刺さる虹色の光の勢いが陰りを見せると不死人はそこから飛び出し、ロングソードによってソウルの矢を詠唱しながら、前面にした盾で殺到する光線を防ぐ。

 その意図そのものは成就していた。虹色の光線は全て塔のカイトシールドに集まり、だが歪曲の盾が光線に反応して効果を発動するも、槍の一突きのような強い衝撃は全く軽減されず、弾かれずに盾を押し込み、ソウルの矢を放つどころではなくなる。その瞬間、このままでいれば勢いに負ける、と認識した時には既に遅く、防御を暴かれるといくつかの光線が不死人の身体に突き刺さり、ダメージを受けながら本棚の影にまで駆け込んだ。

 同じ場所で同じようにエストを飲むが、今度の負傷は前回より遥かに大きく、その原因は相手の攻撃の属性を見誤ったことにある。光線という特徴は魔法に近しく、しかしそれは外見のみであったのだろう。歪曲の盾では防げず、かと言って物理攻撃に抗する闇の盾で挑むのが正解、というのも疑わしい。

 ならば実際に試そうと魔術師のロングソードで詠唱を行い、その効果を付与した盾を抱えて本棚から少し身体を出してみたところ、やはり光線が当たった際の衝撃は強く、闇の盾は発動しているものの相手の攻撃を無効化はしていなかった。

 急いで本棚に身を隠し、また算段を立て始める。が、そうしようにも持ち札や材料が尽きていた。魔法でもなければ物理攻撃でも無い、理解し難い属性の攻撃は高い位置から、一方的に不死人へと向けられている。対抗するには、例えば相手が認識出来ないほどの遠い距離から攻撃することが出来ればそれが効果的かもしれないが、そうなるとこちらの魔法もまた届かなくなるため、弓やクロスボウの類による狙撃を行わなければならず、しかしそれらは恐らく魔法に重きを置いているリングレイでは生産すらされていない。

 向こうから追い詰めようとするような気配は見られないため、万事休すという程のことでもないが、今のところ手も足も出ない状況にあると言える。しかしながら、廊下は一本道であり、当初予定していた経路を辿って中庭に降りるのであれば、迂回は出来ず、この手も足も出ない中で、手か足かを出さなければならなかった。

 本棚を盾にして頭を捻り、その結果、傷を負うことを覚悟し、力ずくで走り抜けるというある意味で不死らしい案が唯一浮ぶが、頭を捻った割に頭の悪い行動である点はさて置くとしても、限りあるエスト瓶の中身を徒に消費するのは承服し難い。

 そうして考えに考えを重ねた結果、不死人は一度本棚の影から出ると掃射される光線を避け、そうしながらも後退し、テラスの中へと転がり込んだ。

 そこであれば青白い軟体動物達からの光線も届かず、落ち着きを払ってその場から首を上に向け、もう一度良く観察してみるも、やはりその梯子は折れている。だが他に頼るものもなく、危険は承知の上で梯子に手を掛け、半ばまで登っていくと、そこから外壁部からほんの少しだけ突き出した縁の方へと足を移した。

 そこから少しずつ足を動かし、不死人は外壁を伝って移動し始める。これは思いついたものの実行には躊躇いを覚えた案であり、その理由は何点かある。まず一つ目は足を滑らせた場合、建物の外縁部にある底の見えない堀の中に落ちるという点である。二つ目はあの青白い軟体動物達は宙を泳いでいたため、そこが壁より外であろうが彼等は好きなようにそうすることが可能であり、そうなった場合今度こそ逃げられないだろう。

 ただ幸いにも地上でそうあるように強い風や強い水流が吹き抜けることもなく、苦も無く姿勢を保ったまま移動することが出来ており、いつの間にかそれなりの距離を稼いでいたようだ。とは言え身体の正面を壁とし、両手でそれを掴みながら移動していると背面の様子は見えず、ましてそこに広がっているものが異界の空ともなれば何が起こったとしても不条理ではなく、気の抜けない状況は長く続く。

 だがそういった懸念は現実のものとならず、慎重な足運びを必要とする縁の先に手頃な窓が現れたことでその移動方法は一区切りとなる。その窓から頭を出してみると、左手の先に見えるのは四匹の青白い軟体動物の姿であり、左右非対称に触手を伸縮させる彼等はこちらを認識していないらしく、光線を放つ事は無かった。

 こうして敵の後背を取ったことを確信した不死人は、窓から本棚に降り、またそこから音を出さないように心掛けて廊下に着地すると、遂に問題となっていた地点の迂回に成功する。

 このままこの場を去れば彼等は敵を取り逃がしたことに気付かず、不死人は探索を続けられる。またこの青白い軟体動物達を倒すこと自体には経験的にも実益的にも得られるものはない。

 それでも四匹の内の一匹にソウルの矢を放ったのは、廊下の先から敵がやってきた際の退路を確保するためと、なにより万が一どこかで察知されたとき、反撃の態勢を整えられる確証がなかったためであった。魔術師のロングソードの先から放たれた青い光は内臓のように蠢くそれに命中し、弾けて真実内臓を曝け出すと、他の三匹も異変に気付き、身体の向きを変えようと宙を泳ぐ。

 だがその動きは極めて緩慢なものであった。ロングソードはソウルの矢を容赦なく続けて放ち、青白い軟体動物が反撃を始め、虹色の光線が迸ったときには、その出所はたった一つになっていた。その数であれば防御に苦労することはなく、不死人は一本の虹色の光線を盾で受け止めると、ロングソードを宙に向けて翳し、青い光にて返答した。

 脅威は取り除かれ、今度こそ煩わせるものはない。虚空で千切れたような躯を晒す青白い軟体動物達に背を向け、廊下の奥を目指して歩き始めた。

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