リボン・オブ・ザ・デプス   作:アザトリデ

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第13章 5

 第13章 変態の祭祀場 5

 建造物の外観同様、その階段もまた青みがかった灰色をしており、表面の蔓のような模様も隙間なく張り巡らされている。しかし奇異なそれには既に慣れたもので、目を引くのはまず階段が跨ぐ底の見えない溝と、次には中庭の至る場所にある、奇妙な道具の数々であった。

 程無くしてそこに降り立った足は、芝生のような青々しくも短く整えられた植生を踏んでいた。それだけを見ればまさに庭のような趣であったが、それが囲んでいるのは石棺のような形をした台と、それからその上に置かれた空の水槽、容器、針、鋭利な鋏、ナイフ、その他用途不明の様々な金属製の器具などであり、上と下とでまるで雰囲気が食い違っていた。

 これらの道具に似通っているものがあるとすれば、リングレイ王の支配が色濃い階層にあったそれだが、拷問に用いられていたものとは比べものにならないほどそれらは美しく、対象者に余計な傷を与える事が無い。ただし、それにしてもあまりに丁寧に磨き挙げられているが。

 不死人は周囲を見回し、多くの器具を視野に入れる。貴重な筈のそれらは全て整然と揃えて置かれており、また管理する者の姿も無い。場所の関係上、盗難に遭う可能性が少ないのかもしれないが、それでもこうして放置するのは無用心に過ぎ、まるでこれを使っていた者達の関心を失ったかのようである。例えば、全ての工程を終了したが故に。

 「君は不幸にもおぞましい一面ばかりを見てきてしまったようだが、深海はまるで宇宙。美しさに息を呑むばかりだ。君にも是非堪能して欲しい。さぁ、ジュリアス」

 姿の見えない男がそうして促したあと、中庭の空に、巨大な影が落ちる。その輪郭は複雑さとは程遠く、また段々と降りて露になった身体もやはり単純な構造をしており、青白く、滑らかな身体には手足や目、鼻、口などはなく、ただ寸胴の長い本体が宙で舞うのみであった。

 そのうち巨体は中庭に降りると、その胴を寝そべらせながら付近にあった台などを静かに押し倒して自身の空間を確保し、首をもたげる。

 徴のジュリアス。迷える者達の標たる彼女は、不死人を屠ることを自らの義務と考えているのだろうか。人の形を失っては、最早窺い知ることは難しかった。

 魔術師のロングソードを握り、詠唱してソウルの矢を飛ばす。自らの想像が及ばないような手合いを前にしては何よりも敵を知ることが重要であり、そうするためには安全圏からの牽制が好ましい。青い光は両者の間に横たわる半端な距離を一息で走ると青白い肌に直撃し、だが傷跡などは作り出さずに掻き消えていた。

 威力不足というより、おそらく相性の問題によってそうなったと見えるが、意外ということも無いだろう。であれば次に試すべきは近接攻撃となり、しかしその段取りを立てるよりも前、不意に敵の胴の表面が隆起し、次には細長い触手が飛び出していた。

 やはり青みがかった白のそれは一直線に不死人に迫ろうとはせず、横に向かって長く伸ばした後、先をしならせながら大きく薙ぎ払われる。質量はそれなりにあるため、直撃すれば大事に至るも、その攻撃は本体の動きと同様やや緩慢な部類であり、跳び下がって避けるに何ら支障は無かった。

 そのままもう少し距離を離してみると触手が追ってくる気配は無く、一息つく程度の時間が得られる。どうやら出せる長さの限度はあまり大したものではないらしく、そこから見るにあれに出来ることと言えばせいぜい迎撃程度だが、詐術の可能性はともかくとしてジュリアスが反応の鈍い触手のみに頼ってこの場に出て来たのなら、それはあまりに愚かしく、智勇の名折れである。

 従って何らかの手札を持っていると思しく、そのように考えていた矢先、彼女は身体の先端、おそらく頭部にあたる部位に開いた小さな穴を不死人に差し向け、そこから虹色の光が飛び出した。

 その光線は一瞬にして迫り、不死人はジュリアスに変化があった時点で回避行動を始め、横に飛んでいたため辛くもそれを凌ぐことには成功するも、その際体の横を通り抜けた虹色の光の速度は凄まじく、視認してからの回避を成せるかどうか怪しいものであった。

 光線の回避を何度も強要されるようであれば触手をそうする方が比較的難易度が低く、それでなくとも遠距離攻撃たる魔法は青白い肌への効果が薄いときている。となれば近接距離が妥当であり、不死人は青白い巨体に向かって駆け込むと伸びてきた触手の一撃から一度後方に飛び退き、それからまた走り出してジュリアスの懐に飛び込んだ。

 柔らかな肌を打撃武器で叩いたとて、波打つばかりで大きな傷を与えることは出来ないだろう。故に握り締めた魔術師のロングソードは青白い肌に向かって叩き込まれ、しかしそれを肌の上で急に盛り上がった触手の塊が阻む。

 完全に防御を目的としたものであるらしく、その塊がすぐに攻撃に転じることはなかったものの、刃は本体には届いておらず、裂かれた触手から透明な靄、体液が溢れていた。角度の問題からか、身体のすぐ下には光線を放つことができないらしく、また攻撃に一応は効果があったと認められないこともないが、これを繰り返したとして致命傷には及ばないだろう。

 何らかの工夫が必要ではあるものの、それを試行錯誤するには時が経ち過ぎていたらしい。ジュリアスは反撃として触手の一振りを用意しており、そちらへの対応を優先しなければならなかった。長く伸びる青白いそれが振り抜かれる直前に後ろに下がり、しかし下がり過ぎればまた頭部からの光線に撃たれる可能性が高いため距離を見てある程度のところで踏み止まると、そうして足を止めた瞬間にどこからか降ってきた虹色の光線に左肩を貫かれていた。

 その攻撃は左方向から、ジュリアスの頭部とは全く無関係な場所から齎されたものであり、急ぎそこから距離を取ろうと右方向へ動くと、しかし今度はそちらから水に浸した長い刃物を研ぐような音が鳴る。

 これを聞き付けて即、前方に転がることが功を奏したらしく、虹色の光線を避けてはいたが、直後に視線を周囲に、とりわけ上の方に巡らせてみれば、自身を囲む者達の姿が視界に入り、まだ全く安全からは程遠い状況に置かれていると知ることになる。いつからそこに居たのか、中庭の宙には何匹もの青白い軟体動物達が浮んでおり、または触手を広げ、泳いでいた。

 体格の大きな差はあれど、似通った特徴は複数あるためおそらくこの生き物達はジュリアスの眷属にあたり、共通の敵たる不死人を追い詰めようとしていた。これに対しては、身を隠すような場所は無く、また仮にあったとしても彼女に容易く破壊されるため、正面から受けて立つ愚を実践しなければならなかった。

 まずは虹色の光線が降る中を走り出し、ジュリアスの方へと再度近付くと彼女は伸ばした触手を右から大きく薙ぎ払い、不死人はそれを余裕を持って回避しつつも、視界の右上に浮ぶ青白い軟体動物から放たれた光線を塔のカイトシールドで防ぐと共にソウルの矢を返す。

 その一匹はそれで弾け飛び、直後、引き戻されてきたジュリアスの触手が左から横薙ぎの一撃を寄越し、しかし味方が斃れた動揺もあるまいが、やや狙いが杜撰で高い位置になっていたそれを潜って躱す。それによって以前よりも時間を多く稼ぐことに成功すると、はじめに左方向に居た軟体動物に向かってソウルの矢を飛ばしながら、それと同時にやってきた虹色の光線を身を捩って避けつつ背後へ振り向き、忍び寄ろうとしていた一匹を不死人の魔法が貫く。

 まだ敵の数に限りは見えず、出来れば触手の攻撃に対する備えとして闇の盾を用意しておきたかったが、この忙しない立ち回りの只中にあっては、それは到底叶えられない願いであった。重く、上から打ち降ろされる触手は相手が横へ逃げることを見越していたのか、地に着くとそのまま横方向に長く振られ、回避する空間を失った不死人は石棺等を破壊しながら押し寄せるそれから塔のカイトシールドで身体を守る。

 流石に無傷とはならずとも、薙ぎ払いのように勢いがついていなかった分、負傷は盾を支える肩を痛めた程度で済み、そのようにしてやり過ごすとそのうち触手は本体に戻るが、その時、死角となる左後方にて刃物を研ぐような音が鳴り響く。その音だけを頼りに盾を翳すと虹色の光はその中心に吸い込まれるかのように当たり、防ぐ事が出来た不死人はソウルの矢を撃って青白い軟体動物を斃すとすぐにその場から飛び退き、それから一拍遅れて目の前を別の一匹から放たれた虹色の光線が通り過ぎていく。

 敵は連続して光線を放つことは出来ないため、その青白い軟体動物に反撃するのであれば今が好機であり、だがそれを潰すつもりであるのか、ジュリアスからの触手が迫っていたため、回避に集中しなければならなかった。

 が、先にもあった通り、彼女は味方の援護等をする時には気が逸る性質であるらしい。塔のカイトシールドをその場に置き捨てると背で地面を擦るようにして、散漫に、高い位置を狙う触手の薙ぎ払いを潜り、またそうしながらも両手で強く握り締めた直剣を上段から斬り降ろすように振り抜き、すると狙いを過たず、深く斬り付けられた青白い触手は先の方を両断され、透明な体液を漏らしながら本体へと引き込まれていった。

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