第13章 変態の祭祀場 7
魔術師のロングソードは、ジュリアスの肌に奪われていた。無謀な攻撃を敢行した結果、直剣は柄の部分まで青白い肌に刺さってはいたものの、その反動で弾んだ肌が持ち主だけを弾き飛ばしたようだ。
あの皮膚に対してはそれが唯一有効な武器であると思しく、回収しなければならないが、それは地上の、只人の都合というもの。降り始めた星々がそれを汲まなければならない由などあろうか。
訪れる金の星群から逃げる不死人はまた、ジュリアスが首狩りの如く振り抜いた触手の薙ぎ払いをも屈んで凌ぎ、完全に剣を取り戻す機を逸してそこから走り去る。巨体から遠ざかり、降り注ぐ星を避けるため足を動かし続け、ならば得物を取り戻すのは一度諦め、後回しにするべきだろう。
先程そうしたように、襲い来る流星から逃げ続けて時を送ればまたジュリアスは隙を見せる可能性が高く、成功の確率も決して悪いものではない。とにかく危険を抑えて敵に時間を浪費させ、と、その見込みがどうにも甘いように思えてならないと勘が訴えたとき、案の定彼女は次の手を打ってきていた。
自在に大きさを変える口を唯一の器官とした青白い頭部。そこに生まれた四つの突起が徐々に伸び始め、触覚と言えるまでの大きさにまで至ると、銀星から逃げる不死人を揃って指した。そして宙を走る星が銀のものからマゼンタのものへと変わり始めた頃、青白い触覚から発せられた光は交わり、収束され、太い一本の光線となって虹色に輝きながら標的の移動先に狙いをつけて発射される。
先を予測して撃つ、ということ自体は今までにない脅威であり、しかしやや狙いは雑であったのか、直撃はせずにいた。収束された光線は不死人の行く遥か先を撫でて線を引いており、であれば警戒に値せず、そのまま真っ直ぐに走って横合いから迫る星から逃げようと判断を下した刹那、前方で地面が炸裂していた。
薄紫の硝煙を巻き上げたその小規模な爆発は、先の光線が撫でた地面の線を辿るようにして連なって起きていた。つまりは遅行性の遠距離攻撃であり、だがそうと解釈した次にはまたジュリアスから収束された光線が放たれ、不死人の走る先の地面を舐めていた。
そのまま突き進むような真似をすれば光線の爆発に晒されるが、左右どちらかに曲がれば星々の侵入角度と不死人の進路とが揃い、撃たれる見込みが高い。ならば引き返そうと、軸足を地面に突き刺すようにして踵を返し、だが動きの止まったその一瞬、深緑の星によって頬の肉を削られていた。
飛び散る肉片を置き去りにしてその場を脱したものの、極めて危うい場面であったそれは今後も頻発することが予想され、看過出来ない問題となっていた。すぐに対処しなければならず、ではジュリアスに変化がある前にはそうであったように、彼女の真下に近付くことで光線の及ぶ角度から逃れようと走り出すも、触手の一振りがそれを待ち構えていた。
後ろに引く以外に避ける道が無く、またその背をコバルトブルーの星群が捉えていた。直前に触手による攻撃の回避があったためか、行動に僅かな遅れが生じ、横方向に躱しながらも背を削り取られる感触を覚える。
走り抜け、星から逃げるも、背中は既に多くの肉を失って血を滴らせていた。寸前で身を捩ったため直撃ではなく、掠ったような具合ではあったものの負傷は大きいものであり、だがエストを飲むことすらままならない。今やるべきことは紫に変わっていく流星から逃げつつ、また伸びてきた触手の薙ぎ払いから距離を取ることであり、それが終わればまた水色、真鍮色、エメラルドグリーンなどの星々が旅立ちを待っている。
降り注ぎ、地に突き刺さるそれらを凌ぎながら近付かせまいとする触手からも距離を離し、だが離し過ぎれば収束する光線が不死人の逃げ場を徐々に奪い、その間にも血は失われつつあった。時間が経過していくにつれ体力は減少を続け、回復するか傷を塞ぐだけの隙を得なければ、近い将来動くことすらままならなくなるだろう。だがまた星が不死人を追い立て、その時間を作らせなかった。
赤い閃光のようであったその星を視界の端に捉えた直後、その軌道に対して水平方向に走り出し、だが足の向ける方角を徐々に変えていく。それは延々と強要される回避を継続する為、の行動ではなく、いつか失くした剣を再び手にする為である。
赤い星こそが最後であると、そう記憶していた通り空を星界たらしめる光は今や消え失せ、そこには暗雲が広がっており、ジュリアスはまた、その柔らかな身体を反らし始めていた。
この身体は、治癒が必要である。しかし本来迅速に行わなければならないそれを捨て置いてでも不死人は青白い巨体の下に駆け込み、するとやはり恒星を吐き出す直前であるこのタイミングでは触手の迎撃がやって来ることは無く、その肌に突き刺さっていた魔術師のロングソードを両手で握る。
そうしてそこに込めるものは筋力ではなく、理力であった。滾る魔力を流し込まれ、詠唱を経て形を成し、青い大剣は生まれながらにして敵の内臓を切り裂き、そしてここからが剛力を試される時である。柄を握り込んだ腕に掛かる負荷は重いものであり、加えて背の肉が抉られ、出血しているため常よりも活力は衰えており、しかしここが勝敗の分れ目であると足に気迫を込め、力強く踏み出した。
ソウルの大剣は突き刺されたまま青白い巨体に沿って一直線に走り、それに伴って生まれる長い亀裂からは活きの良い内臓が大量に溢れ、飛び出していた。骨など無い軟体動物が中身を失ってしまえば姿勢を維持するものなどなく、ジュリアスは横に倒れていく。
また闇へ打ち上げられる筈であった恒星は一度暗い口の中で仄かな灯りを見せ、だがそれも一時のこと。すぐに光は消えて無くなり、いつしか、彼女も息絶えていた。