第14章 1
内臓の大部分を失い、萎んだ彼女の姿は憐憫を誘うものであるのだろうが、動き出さずにいるなら不死人にとっては単なる巨大な汚物に過ぎない。それに背を向けると中庭の端に見付けた篝火に近付き、そこに腰を降ろした。
不死の拠り所たるその火で常のように身体を温め、そしてふと、それが妙に小さいことに気付く。見てくれではまるで燻っているかのようであり、ただし他のものと同様に不死人の身体に癒しを与えているため、瑣末なことと言えばそうなのかもしれない。
そうして十分に休んだ後、中庭の探索を開始するべく立ち上がるが、周りの荒れ様を見てからというもの、足の向かう先を決めかねていた。石棺のような台やその上などに置かれていた道具などは徴のジュリアスと、彼女から放たれた星々によって見る影も無く粉々に破壊されており、今更調べようもない。
建造物そのものの形に伴ってこの中庭もまた三角の図形をしており、その三つの角の隅の方まで足を伸ばすが目ぼしいものは見付からず、瓦礫の山しか瞳に映らなかった。そのような事情からどこかに見落としが無いか、同じ道の行き来を繰り返し、繰り返しに繰り返した後、中庭と廊下とを隔てる底無しの堀の下が目に留まる。
それは建造物の外壁と同じような素材で造られた階段であった。幅はごく狭く、この中庭を頂く構造物に沿いながらずっと下へと続いており、そして先が闇に閉ざされているため、辿り着く先などは知れたものではない。
落下の危険もあり、軽々に探りに行くべきではないが、遠くから言葉を投げてきたあの男はおそらくこの先で待っており、ならばいつかは進まなければならないのだろう。不死人は一つ息を吐いて覚悟を決めると階段に足を乗せ、降りはじめ、渦巻く空が遠ざかっていった。
青と赤が混ざり、紫にもなる空は真実の空ではないものの一応の明かりを齎しており、それを失くせば足元が覚束なくなる筈が、不思議とどれだけその階段を降りても自身の足を見失うことはなかった。それどころか、視界は妙に明瞭としており、闇に閉ざされた周囲と己の身体との境が見て取れる。
最早この場所は光の法則すらも人の世から剥離しているらしく、原因に考えを巡らせたとして、突き止めることは叶わないのだろう。そういうものであるのだと断じ、進む他無い。
階段から足を踏み外すことのないよう一段ずつゆっくりと降り、しばらくの間それのみを続け、しかしどうにも慎重に過ぎれば却って集中力を損なってしまいそうなほど先の道程は長い。また下を向かうそれは上から見て三角形の構造物の外縁に巻き付くように続いており、ただでさえ暗闇な上、曲がり角が行く先を死角に隠していた。
いつ終わるかも知れないそれを長時間に亘って降り続けるものの、階段に伴ってこれを支える三角形の構造物もまたどこまでも下に伸びており、まるで途方も無い。周囲の様子は変化に乏しく、ただ一つ、深度が増すほどに階段を支える構造物が徐々に黒ずみ、そしてこれが漆黒となった頃、ついに不死人は闇の底に降り立った。
それは何も無い空間であった。光も無く、地面も無く、ただ闇だけが際限なく広がっており、にも関わらず、自身の輪郭などははっきりとしている。
「人はいつか死ぬ」
やおら、言葉が投げられる。口調などは上でも耳にしたものと同じであったが、その時よりも明らかに互いの距離は近く、不死人は声のした方へと目を向けた。
「その甘い考えの上に成り立つ享楽は底を知らず、多くの不和を生み出す。ならばその、基本的なルールを変えてみてはどうか。それに、いつかは必ず向き合わなければならないものなら、準備をしてから向き合うべきではないかね」
闇に浮ぶ、藍色のローブ。聖職者のような趣のそれを纏うのは、白く長い髭を生やした男であった。顔は皺が深く、老いているようだが背は真っ直ぐに伸びており、物腰に隙などは見受けられない。
「私としては、ここまでやってきた君は器に足ると考える。が、それに納得出来ない者も居るようだ。どうするかは、話し合って決めるといい」
俄かに背筋が騒ぐ。
迫る気配に振り返り、しかしそのように意を起こした時には決していた。
身体、特に胸は刺し貫いた曲剣が不死人の動きを止めており、敵の姿を視認することすら不可である。反撃のためにはまずこの剣をどうにか抜かなければならないが、回し込まれ、肉を抉っていく凶刃は心臓すらも引き千切り、瞬く間に全身の活力を失っていく。
そのうち曲剣は引き抜かれ、倒れながらも追撃に備えようと意識を働かせるが、身体は動かず、敵もまたその必要を認めなかったらしい。辛うじて首だけを曲げ、歩き去っていく後ろ背を目にする。
「話し合いは、無事済んだようだ」
輝きを失った甲冑に、革のブーツなど、変則的なその装備の組み合わせには一人、心当たりがあった。
探求の徒ノルベルトは藍色のローブの横に並び、そして不死人の意識はそこで途絶した。