全てを終えたとき、あなたの隣には誰がいましたか。
微妙に致命的なネタバレ注意。
かなりの乱文、抽象的な文章。
タイトルの通り痛いポエム状態。
要約すればぐだ子×清姫の百合物なんですが……
暗号レベルだなこれ。
それでは、病みと血肉と愛憎と。
ほんの少しの砂糖を添えよう。
◇
外は一面の吹雪であった。
別にいつもの事だったかもしれない。しかし、外と繋がった『現在』ではいつものことすらが今まで以上に愛しいものだ。
世界は救われた───というか元へと戻ったというべきか───どちらにせよ、私の役目は一先ず終わったんだろう。
人類史に存在した七つの特異点は修復され、終局の王座すらが我々カルデアの活躍により崩壊した。
魔神が願った人への憐れみは、他でもない人が否定した。獣は愛を知り、己の生に満足して散っていった。
長かった旅も、これでおしまい。
うむ、それがいい。もう疲れた。
一生を使って成し遂げる程の偉業を、只の一年程度で終わらせてしまったのだ。
そりゃあ、人には疲れる。
私は、エントランスのソファに背をもたれた。片手にはペットボトル。この間、外部からの補給で自動販売機に補充された。実に一年ぶりの新鮮な現代の物資である。
中身は普通のミネラルウォーター。
ごくりと、一口飲むたびに喉を駆ける水流が何とも言えない幸福感をもたらしてくれる。
「ぷ、はー」
吐いた息は白かった。これは空調が効いてないな。電力も無駄に出来なくなったということか。カルデアの財政難も露見すればこんなものである。
まあ、気にすることもない。
というか、これくらいで文句を言おうとも思わない。特異点先での経験は私を人間的にも精神的にも成長させたらしい。
肺を焼くような砂漠の熱気を知っている。
肌を突き刺すような雪原の冷気も知っている。
良く体調を崩さなかったな、と今から思ったりもする。
「ふー」
四角い窓を見る。
相変わらず吹雪は四角を塗り潰している。
私が見ている景色には、無機質な壁面と、天井には薄暗い照明、奥には白い滝の窓。
変わらない。いつまでも変わらない。
風景画にするには、ちと、寂しい。
こんな殺風景には、そうだな───
「あら、旦那様? こんなところにいらしたのですか」
───ああ、君のような少女が良く似合う。
漆黒の着物、淡い髪色、竜角を模したような髪飾り───カルデアの英霊の一人、名を清姫と言った。
「ああ、清姫。おはよう」
「はい、お早う御座います。朝餉はもう御済みになって? まだでしたら私がお作り差し上げますが───」
「……もったいないことをしたな、朝食は一番に終わらせちゃったよ」
「それは、それは……」
ああ、本当にもったいないことをした。
だが、朝が過ぎてしまうのならば、次は昼があるのだから、機会は幾らでもある。
「そうだな、昼食は君に作ってもらおうか?」
「まあ。それは嬉しい申し立てで御座います」
にこりと、可愛らしい微笑みを見た。
初めて君と会ったときのように、しかし幾分か、より魅力的な気がしないでもない。
そういえば、君とも長い付き合いになるな。
「お隣、よろしいでしょうか」
「ん。いいよ、構わない」
隣に清姫が座ると、私との間が狭まる。
距離が近いのも、結構慣れてきてしまって、特にあたふたすることもない。独りよりは誰かと居たいというのもあるかもしれない。
身体がほんの少し暖まるのを感じた。
「こんなところで、何をなさっていたのでしょうか?」
「うーん。いや、まあ。別に、何かってある訳じゃないよ。外の景色が見たかっただけ」
「外には出向かないのですか?」
「はは、外は寒いじゃないか。雪の寒空を切り裂いて行くのは聖夜で懲りたよ」
「あら、この程度の冷気など我々の恋情で融かし尽くして差し上げましょう。なに、そういうことでもないですか。ふぅむ……」
清姫の頭の中では私が旦那、自分が嫁と変換されているようで。別にそれ自体は気にとめないし、何か弊害が出るようなことも、ああいや結構あったな。いろいろあった。
ということは単に私が鈍感なだけかもしれない。
君の考えていることが私には分からない。
君の思っていることが私には分からない。
君がどうして私を好いてくれているのかも、私には、よく分からない。
古典原典を紐解いてみても、頭の良くない私では君の心が分からない。
「ますたぁ?」
ふいに呼び掛けられた。
君の顔を見る。君の瞳は相変わらず、私を見ているようでそうでもない。
「どした?」
「ええ……本日の御予定などは、如何程かと」
「別に……なんもないよ。レイシフトは出来ないし、外は吹雪いてるし、自室でやることもない」
カルデアはもの寂しくなった。
殆どの英霊は国連の捜査から逃れる為、一時的に退去していったし、言った通りにレイシフトも制限がかかった。というかもうレイシフトはする意味がない。
過去には幽かな歪みもなくなった。
全ては現在へと集約する、もうこのカルデアという機関そのものも、一つ役割を終えたのだ。
未来は機械で写すものではないのだから。
現在を生きる人が、それぞれの未来に足を進めていけばいい。力など無限に存在する。
如何なる壁が霊長を狭もうが、人はもう止まらない。行き着くところまで行くだろう。
そして、果てに絶望すればいい。
星の嘆きを聴くがいい。
天の叫びを聴くがいい。
宙はきっと墜ちてくる。
それが、すぐ近くのことではないことを、私は祈るしかない。ようやく得た平穏、私は無限に享受していたい。
少なくとも───今日ぐらいは、穏やかなままでいたい。
「では、今日は共に居てもよろしいですか?」
「……ああ。私も、君の側に居たいかな」
君は目を丸くした。まるで珍しいものを見たかのように。
「どうしたの、そんな顔して」
「……! ああいえ、その、なんでしょう。
その……いつもと少し違うような気がして」
「そうかなぁー、わりといつも一緒にいるだろう?」
気がつけば側にいるのが清姫という少女であって、ともすれば私の日常の一部と化していたかもしれぬ。
清姫は慌てた様子で手を振る。
「それは! 私が勝手に押し掛けているだけであって! マスターから、そんな……そんな風に言われたら勘違い、してしまうというか……」
残念ながらその通りだ。
君がそう思ってしまったのならば、これはきっと勘違いのままである。
しかしながら、私には分からない。
「清姫は……何でまだ此処に残ってるのさ?」
「え? それは……それを、聞きますか?
今さら? 愚問でしょう、それは」
「いいや、分からないね」
「は……い?」
そうだ私には分からない、よって知りたいのだ。君の心を、何もかも。
「ちょっといいかな。顔かして」
「な、何を──」
彼女の頭に右手を添える。
綺麗な髪。美しい、灰と幻想の色。
じぃ、と見つめる。
瞬く間に君の顔は沸騰した。
「き、急です……! まだ心の準備が……!」
そんなものはさせる暇も与えない。
望まれたものをそのまま実行できるほど私は器用な性格ではない。
「目、瞑って。大丈夫、怖いものじゃない」
「ん……」
ゆっくりと顔を近づける。
二人の影が重なる。
開いていた距離が零になる。
ただ───
「……?」
こつん、と触れ合ったのは額と額。
清姫の緊張が緩んだのが分かる。
あちらは、恐らくは───を望んで覚悟していたのかもしれないが、すまない。
一つ、実験をしたかったんだ。
失敗すれば、それはそれでいい。
だけど、試してみる価値と──時間と平穏が、ちょうど良く、今の私にはあった。
額同士をくっつけたまま、私は唱える。
「──聖杯よ聞いてくれ」
「え……」
彼女の霊基に聖杯が埋め込まれていたのは偶然だったが、願望器としての機能も欠片程度は残っているだろう。
「捧げるは令呪全画、これを以て経路とする」
「あ、ああ───」
令呪が輝く。
そもそも魔力源としてしか使えない劣化品だったが、聖杯を起動させるにはまあ足りるんじゃないかという浅薄な考えで、私はこれを消費する。
「───君の魂、夢の軌跡を……どうか、私に見せておくれ」
令呪三画を犠牲にし、清姫とのパスとする。
本来はカルデアの電力で賄っている、英霊が現界するための魔力を全て私の方で回す。
より深く、より単純に、私は君と繋がっていく。
これは、かつて度々起こっていた特異事象の試行実験だ。
始まりは崩壊の残滓。
幻想の聖夜、嵐の決闘、戦乙女の祈り、恋の色をした菓子、最果ての監獄、聖典探訪、無限の戦争───
それは夢ともつかぬ、しかし確かな現実。
ああ、マシュはこうも称していた。
───『
何処ぞの夢魔の真似事でもある。
二つは一つに入り交じり、私があなたに入り込む。
意識が肉体から解離する。
段々と認識が白く染まっていく。
さあ、見せろ。
私は今───どうしようもなく───
君のことが、知りたくて堪らないんだよ。
◆
憧憬の獣は───実はとうの昔に、愛を知っていたのかもしれないが───
なに、既に彼女は役割から外れていたのだから、気にすることもない。
穏やかな日常を、愛しい隣人と共に在ればいい。
それだけで、彼女はもう救われたらしいから。
だから、そうだな。
私は───
もうちょっとだけ、幸せが欲しかったんだ。
強欲と笑うかい?
なに、それはとても人間らしい。
人の根は、全て其処に通じているのだ。
◆
穏やかな風景が広がっている。
風も、空も、人も、森も。
小さくさざなみが聴こえる。
気づけば、峠の頂に二人は立っていた。
「ここは……潮見の峠……?
そんな、まさか……」
ここは紀伊の国。現在でいうと和歌山の辺り。
熊野古道中辺路、潮見峠───海を、つまりは大いなる潮騒を聴く眺望から名付けられた───熊野三山への参拝道が一つ。
「へえ、ここが、そうなのか」
「マスター……? 一体、何が……」
多少、困惑していた様子で、清姫は私に駆け寄る。
「……少し、君のことが知りたくて。
魂の旅路に入り込んだ、というのかな。
此処は紀伊の国でいいのかな?」
「…………」
困惑は、段々と恐怖に変わっているような印象を受けた。彼女の顔は、少し白みが差している。
「無言は肯定と受け取るよ。それにしても……
ああ! すごいな、峠の茶屋だ! 本当にこういう風に在るのか! 団子でも頂きたいな!」
峠には二軒、茶屋があった。
時代劇で観るようなのより、ずっと立派な店構えで、茶と小豆の香りが鼻をくすぐる。
「───お待ち下さい」
「どうした、清姫?」
「何を……何をしようとしているのですか?」
「何ってそりゃあ……何だろう。
見てみたいんだ。夢の終わりを。
それで、私は一つの答えを得ることが出来ると思うんだよ」
風が吹く。一迅の風。
びやお、と。人気ごと世界をまっ平らにしていった。辺りから生気を消していく。
「答え……? 貴女は、何を欲して───」
その時。
何かが、私たちを通りすぎていった。
人か。人だろうか。
それは淡い蒼の着物を振り撒いて、息を荒げながら走り去っていった。
血の足跡を残していった。
そして、それを見た少女の、声にならない叫びを聞いた。
「……!!」
「何だ、一息つく暇もないらしい。
早く追っかけないと間に合わなそうだ」
私が前へ足を向けると、強く袖が引かれる。
清姫は必死に私を止めた。
「駄目です、それは!」
「なぜ?」
「だって、だって……!」
「私はあれに会いに来た、挨拶に来たというのがいいか」
君は茫然とした表情で私を見る。
恐れている。何かに。
私が此処にいることに。
「そんな……何を、言っているのです……?」
「なあに、英霊からでは分からないというのならさぁ」
口角が勝手につり上がるのを感じた。
そう、答えを得るには最も近い。
英霊には存在する筈だ。
全ての太源、存在の根幹。
サーヴァントとは英霊の側面であり、
英霊とは英雄の側面である。
そうやって枝を手繰ると行き着くのだ。
なに、つまりは。
「
私は歩き出すことにした。
伝承では、清姫は故郷である真砂の里から、塩見、田辺、印南と安珍を追い、途中、一度だけ安珍と会話をする筈だ。
とかく、それだ。
恐らくは、其処が最終分岐点。
英霊清姫の全ては其処から始まっている。
◇
清姫の嘆きを背後に聴いている。
けれど私は歩みを止めない。
「歩みを止めて下さい! お願いです!
私が何か気に障るようなことをしましたか!?
ああ、心当たりが有りすぎる!
私は、私は───」
「あのような姿を貴女に見せたくない!
だって醜いでしょう!? 軽蔑なさるでしょう!
やめて……やめて下さいまし!」
清姫は私の袖を引いたまま、けれど確りと後をつける。その叫びも尤もだろうか。
自分の末路を見せつけられるのだ。心に抱えた闇を暴かれる。プライバシーなどあったものじゃない。
いや……どちらかと言えば、私がそれを直視することを恐れているのか。
「ははは……まさかここまで拒絶されるとは思わなかったけど。そうさね、私は別に清姫に嫌われることは大して気にしないかな」
これは嘘だ。私は君に嫌われたくなどない。
よってこれは単なる時間稼ぎだった。
「ッ! 嘘は……ちゃんと嘘にしてください!
そんな、話を聞いて───」
「おっと、悪いね。もう時間切れだ」
「え、あ───いけません!」
「問題ないよ。何の問題もない」
視線の先には、二人の男女がいた。
男は安珍といった。僧をやっている。
少女は清姫といった。清姫は安珍に恋をしている。
清姫は、背を向けた安珍の肩に手を置いていた。恐る恐る首がこちらを向くのが分かる。
あれは恐怖を感じている。
男は全速で峠を越えた筈だ。
けれど追い付かれた。詰まるところ───
いくら逃げようが、
いくら目を背けようが、
全て─────無駄である。知れ。
『……安珍様』
『ひっ!』
『安珍様、どうして……
どうして、嘘をついたのです?
必ずと、契ったではありませんか。
熊野を参拝した後、必ずや真砂へ寄ると』
『せ、拙僧は安珍ではない! ああ、けして!
人違い、そうだ、お主は人を違っておる!』
どちらが醜いか。
僧である立場を必死に守る男か。
純粋な恋心を一方的にぶつける女か。
果たして、どちらが。
「ああ、こいつは見苦しいな。
まあ坊さんの修行してて奥さん娶るわけにもいかなかったとは思うけど……」
私は、そんなことを呟いたような気がする。
男は少女の手を弾いた。
顔面を蒼白にしながら、早口で捲し立てる。
『は、離せ! 人違いだ!
拙僧は安珍などでは……』
『一度ならず、二度までも……』
『な……』
『おのれ、己は何処までも───ッ!!』
『が、ぐぁッ!!』
清姫が安珍の肩に噛み付く。
いや、噛み千切った。
ぼどり、右の腕が地面に落ちる。
奇妙な形にひしゃげた腕から、血が円のように池と為す。
『あ、が───あぁ───!』
『許すまじ……山伏がァ!』
鼻から下を真っ赤に染め上げ、少女は竜の牙をちらつかせる。それは般若の如く。
その様相、この世のものとは思われぬ。
地獄から来たのか、地獄へと還るのか。
それとも、男を地獄へと還すのか。
『ぐ、あ………南無ゥ! 南無金剛童子、
我が身を助け給えぇ──!』
熊野権現の聖言は、清姫の血走った眼を光で潰す。悲痛な叫びが辺りに響いた。
『ギャッ! 眼が、眼がァ!?』
『ひ、ひああああああ!!』
安珍は、笠も杖も背負った笈(かご)すらも放り出し、一心不乱に走り去った。その姿は韋駄天さながらに、残った片腕を懸命に振り絞る。
残されたのは哀れな怪物、その悲嘆から怒りを形成する。憤怒の叫びを上げた。
『───おのれ、おのれおのれおのれぇ!
おのれ安珍、貴様を殺さねば、我が想い果てぬと骨身に知れェ!!』
既にその身は竜であった。蛇であった。
引きちぎった安珍の腕を、白い大蛇は轢き潰す。逃げた安珍の後を、凄まじい勢いで追いかけた。
◇
逃げに逃げた果てに辿るは日高の河川。
その日はいつも以上に水量があったとか。
先日の大雨が原因である。
『船頭………船頭! 舟を出してくれ!
対岸まで、早く!』
『ああ!? どうした若いの! その腕ぇ!』
『いいから急げ! 鬼が来るのだ!』
片腕のない血塗れであった男の、余りの剣幕に圧された船頭は急いで舟の用意をする。
『あ、ああ! 分かった乗れ、乗れ!
って、なんだありゃあ!?』
彼方より、鬼神と化した蛇が来る。
砂塵を立ち上げて、白い大蛇が日高の川へ猛然と接近するのだ。
『───逃がすものかァ!』
牙を血で染めたその貌は、もはやこの世のものに非ず。異形怪異、魍魎の類い。
鈍く輝く相貌が、ただ一点のみを目指して猛進する。
安珍は背筋が凍りつき、恐怖から身体の震えが止まらない。
『く……もう復活したのか……!
船頭、いいか、追い付かれれば貴様も死ぬぞ! 急げ、急げ!』
『ば、ばっか野郎、こんなとこで御陀仏なんぞ出来るかよ!』
大蛇が岸へと着いたとき、舟は川の中腹辺りに浮いているのを清姫は見た。
この期に及んで、まだ逃げるか。
潔く死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね──────絶対に、逃がすものか。
『安珍……! 安珍……ッッ!!』
底知れぬ怒りから、大蛇は火を噴いた。
日高の川を干上がらせるのではないか、とまでの業火。灼熱の咆哮が浮舟を一閃する。
『あああああ!! 熱い、熱いぃいい!!
嫌だ、嫌だ、死にたくないいいい!!』
その一息で船頭は焼死した。
舟はそれごと灰になり、川の流れへと消えていく。魚の餌となるかも怪しい、無惨な最後であった。
『くそ……殺されてたまるものか……!』
しかしながら安珍は一人、舟から川へと飛び込んでいた。
命からがら対岸にまで辿り着き、裸足のまま走り去る。もはやなりふり構っていられない、後ろを振り向くこともせず、必死の形相で安珍は清姫から───否。
復讐の鬼から、逃げていった。
『逃がさない……逃がしません……!
絶対に、殺して差し上げます───』
大蛇は安珍を追うように、日高の川を渡っていく。その身をくねらせ、男への憎悪をたぎらせながら。
愛に狂った少女は、一直線に末路へと落下する。もう、それしか見えなくなっていた。
少女のもった怒りは───其れほどまでに、幼い運命を狂わせたらしい。
◇
しかし、私はうっかりしていた。
「ああ……忘れてた。此処を越える手段がないや。どうしたものかな」
日高川の一件を見届けた後、もう此処から対岸に向かう手段が無くなったことに気がついた。
船頭は一人だけだったらしく、海の藻屑と化した彼以外には人が見当たらなかった。
これはいけない、この機会を逃してはもう恐らく清姫は早急に座へ帰還ルートだ。
人の心に土足でづかづかと、はっきり言ってまともな人の所業ではない。
失敗はそのまま、関係の破綻に繋がる。
別にそうなるならそれでも構わないのだが。
今までの曖昧な関係よりは、破綻した方が余程良い。
「───ますたぁ……」
「ん」
今にも泣き出しそうな声で呼び止められる。
「もう、良いでしょう……?
此処から先は、もう……」
「んぅ……いや、これからだ。
君の心はまだ、この先がそれだ。安珍を殺害したその時の心が必要なんだよ」
ぷつり、堪忍袋の緒も切れた。
少女の声には感情が籠る。
少しの恐怖と、なんだ。
怒りか。
「……よう、御座います! 私が、全て答えます!
だから、もう、私のことを覗かないで……!」
「ああ? なんだ、君にそんなことが出来るのか。
私に答えを突きつけられるのか、そうか。
ああ……それならそれで、代わりにならないこともないのかな」
此処に来てからはすれ違いしかない。
それも当たり前、君は私を見ていないし、私は君を見ていない。
心を鬼にして、君を糾弾する為に私はこうやっているのだ。
「……貴女様は! どうして、こんな……」
「幾つか質問が在るんだ、清姫。
いいかい、君の心を教えてほしい」
「なん、でしょうか……」
雄大な日高の川を正面に、背を向けたまま問いをかける。
「君は……安珍が好きなんだろう?」
「それは、ええ……」
「今でも好きかい?」
「……当たり前です! そうでなくては、その執念が無くては、私は私でいられない!」
それは真実だろう。
清姫は安珍への底知れぬ執念から、英霊として座へと登録されている。
ただの少女でありながら、その身体を竜へと転換させた───人の可能性の一端、その顕現。
明王の降臨。不浄を清める天の廻炎。
「そうか。 それじゃあ、私のことは?」
「愛して、おりますが……」
「何故だ?」
一言、吐き捨てるように溢した。
「え?」
ゆっくりと振り向いて、君を見つめる。
そこだ。それだけが君と私の間の壁だ。
分厚い、透明な壁。見るものをねじ曲げる。
私からは少女が見える。
君からは何が見える?
「君がどうして、私を好いているのか……
それが知りたくて聞いてんだよ。
私の影に、安珍が見えるのか?」
「え、あ……そう、そうで御座います!
一目見たときから、ずっと……確信しておりました、貴女様は安珍様の生まれ変わりに違いない。だって、そうでなくちゃあ───」
その先は言わせない。君の言葉を遮るように私は強い口調で言い放つ。
「心外だね。そんなことを言う君は嫌いだよ」
「は……? 嘘です、よね? それは嘘です!
何故そんな悲しいことを言うのですか!?」
残念ながらこれも真実だ。
今までは別に気にするまでもなかった、生きるのに精一杯で、他人に構う余裕が無かった。
サーヴァントは単なる駒と割りきっていた。
しかしだ、全てを終えたとき、私はもう我慢ならなかった。
「何故も何もないよ清姫。何処の誰かも知らない男に影を重ねられた挙げ句に、そいつをずっと見たままに私の側にいられちゃあ不愉快極まりないって言ってんだよ」
久しぶりにこういうことをしている気がする。
心無い暴言に良心は痛むか。否。
良心に呵責は芽生えない。
私はそういう優しい人間じゃあない。
「あ……そ、それは……」
「それにだ、なんだあれが安珍だって?
君の中ですらあの有り様なのに、どうにも繋がらん! あの男の何処がいいんだ?
ああ、何よりもだ────」
息をのむ。一つ、二つ、時を数える。
「いいか清姫!」
「……!」
「私は安珍なんか知らないし、安珍の生まれ変わりなんかじゃあ決してない! 神に誓っても良いさ! 何故なら私はあんたを好きで好きで堪らないから!」
「はい、はい………はい!?」
あー、あー、言ってしまった。
君は唖然としている。というか意味がよくわかっていないらしい。
ならば理屈も言ってやる。
「私の魂に、少しでも彼が混ざっているのなら、きっと君を拒絶するだろう。あの御粗末を見れば、少なくとも私はそう思うね。けど、私は君の側にいたい!
疎ましさなど欠片も在るものか! 君になら殺されようが構わない! でもね……」
今の君では駄目だ、私だけを見てくれなくては私は満足できない。
君の心が欲しいのだ。
君の想いが欲しいのだ。
だからもう、きっちり話をつけてやる。
「君が安珍を好きなままなら、私は君を諦める。 そんな食い違いしかない関係は御免だよ。
どうだ……君に答えは出せるか。
狂いが確定している君は、自分の存在すら崩しかねないその想いをねじ曲げられるのか?」
無理やりにでも組伏せようか。
君を壊してでも、私は君が欲しいのだ。
「あ、ああ……それ、は……」
清姫は口が開いたまま、次の言葉が出てこない。答えを探している。自身への問いを、深いところまで潜航させる。
しかし、それは───
「……端的に言うと、なんだ。
私が好きか、あの安珍とかいう男が好きなのか、それだけだよ。それだけ聞かせてほしい」
風が川上からやってくる。
森がささやかに揺れ動く。
無が、暫く続く。しかし。
ぷつり、と。
「ますたぁ、は……間違っております」
ブレーカーが降りる音がした。
君の瞳から光が消える。色が消える。
君自身の心が封じ込められる。
「だって……安珍様でもなくちゃあ、私を側に置く筈がありませんもの。私のような狂った女の頭を撫でてくれるのは安珍様以外に有り得ませんもの。
貴女は、間違っている。そんなことを言う人は……焼いてしまいましょう。私の中から、消し去ってしまいましょう。構いませんよね、貴女が安珍様でないというなら……消し炭にしてしまっても、良いでしょう?」
矛盾している。君の言葉は、矛盾したままに成立している。
君という、清姫という英霊は、思考という試行を一定のラインから放棄している。
狂化という呪いが、君の心を蝕んでいるから。だからこその狂化、精神を潰し存在を昇華させる呪いの召喚。
バーサーカーとはそういうものだ。戦争に使う駒として、心を封じさせる非道の手段だ。
しかし、それでも私は君が好きで、君の本当の想いを知りたいのだ。なんとも狂った女である。二人とも頭のネジがとんでいたらしい。似た者同士で惹かれたのかも。
「出来るのかい、君は、私を殺せる?」
「出来ますとも。安珍様がいれば、私は良いのです。貴女が安珍様でないのなら、要りません、必要ありません。死んでください」
魔力が開放される。
それは流石に竜の魔力か、空間ごと揺るがすほどの絶対量。
地面が熔けている。森が燃えている。
花が散っていく。風が灼熱を帯びた。
これなるは火生三昧、幻想の夢に顕現せし、万物を焼き果たす明王の業火である。
ふうと、私は息巻く。
「さて……ここまで来たが……ははは!
賽を投げたのが私なら、結果も私に任せてくれよ……ッ! ああ、でもな───」
背水の陣、逃亡には死しかない。
君との関係にもこれでけじめをつけてやろう。
なに、世界を救えたのだ。
たかが少女一人、呪われた暗き牢からその身を救い出せないわけがない───
「───転身、火生三昧!」
灼熱の咆哮が迫る。
焔は世界を断絶していく。
全身に熱の接近を感じている。それこそ、即死に等しき火葬の業火。
ここは夢の中、しかし其処で死ねば、現実でも私の肉体は滅びるだろう、崩壊するだろう。
だが───まだ、死ぬわけにはいかない。
今の君に殺されるのは、ちと、具合が悪い。
私は幸福のうちに死にたいのだ。幸せに充たされたままに殺されたいのだ。
だからな。
「やっぱ、死ぬのは怖いなぁ───」
───末路、視界は緋色に染まった。
◇
日高川は清姫の宝具によって、一閃。
本当に川は干上がってしまった。
灼熱は川底の砂鉄を溶かし、川を断絶する壁を造った。おかげさま、水の流れを塞き止められた川は絶賛氾濫中である。
もちろん、其処には消し炭すら残らない。
何もかもを、正面の何もかもを焼き尽くし、流し尽くす。
「ああ……殺した? 私が、ますたぁを?
なんと、まあ……悲しい、ことを……」
虚ろな声が聞こえる。
「あら……? 何故、でしょうか。
涙が……止まらない? 私は、私は……」
その涙は、何を意味しているんだろう。
「わた、くしは……何を……?」
瞳には、色が戻らない。
サーヴァントという枷が、彼女の心を押さえている。本当の叫びを消している。
主を殺した。
それだけのこと。
「あ、あ、あぁ───!」
それを理解した途端、膝から崩れ落ちた。
嗚咽が止まらない。
何故だ。自分は選択した筈だ。
間違っている、嘘をついた愚かな主を罰しただけだ。殺しただけだ。
かつても同じことをした。
私を拒絶した主を焼き殺したまで。
間違ってなどいない、私は間違ってなど、いない。
何故だ。
何故だ、何故、私は悲鳴をあげているのか。
「あ、ああ……ああああ───!」
それとも───何だろうか。
私が間違えているのか。
壊れているのは私なのか。
差し伸べられた手を、私が拒絶した、のか。
何故?
私の心は、何を言っている?
本当に好きだったのは、果たしてどちらだろうか。
私を裏切った安珍様?
私を裏切ったマスター?
壊れた私を側に置いてくれて───
私のようなのに微笑みかけてくれて───
長き旅の終わりに連れ添ったのは───
「あ、ああ……そうか……」
何かが砕ける音がした。
心の枷と、私の存在の両方から。
「間違っていたのは、最初から、私だけだったのですか……」
「────やはり君一人だと、そういう結論になりかねないから。本当に危なかっしい娘だよ君ってやつは」
背後から、声が聞こえた。
聞き馴染みのある、ひどく楽観的で、飄々とした声。
それは、有り得るはずのない幻聴か。
「いや、真実だ。私は生きてるからね」
「な──え、どうして……」
清姫は振り向く。
そして、驚愕した。
「宝具には緊急回避。
当たり前で、至極単純な戦術だろう?」
そう言いのけた女の身体は、半分が黒く壊れていた。正確には、左腕が黒く焦げていた。
爛れた皮膚に濁った血が滴り落ちる。
もう二度と、その腕が動くことはない。
頬には赤く焼け熔けたような傷痕が生々しいままに。
それでも女はにこやかに微笑んでいた。
「君は私を殺せない。
これで分かったかい、私は安珍じゃない。
私が安珍なら、今のであっさり死んでただろうからね」
「……そ、そんなことの為だけに、身体を犠牲にしたのですか! そんな……言ってくれれば、きっと、私は───あ、ああ……!」
君では、答えは出せる筈がない。いや、私が勝手にそう思っていただけであって、実際はどうなのかなど知らない。
だが、君にとって私とは矛盾の塊だ。
安珍じゃないのに、君を側に置いて、愛でて。
安珍ではない誰かを必要としないのに、私は彼じゃない。
君は私に彼を重ねた。けれどそれは間違いだ、絶対に有り得ない幻を君は見ている。
では、私は誰なのか。
それについて答えを出せるのは、きっと君では無理だろうと思っていたのだが、どうやら何とかなりそうだ。
「ま、君の心を開かせるには腕一本で丁度ってとこだろうとは思ってたよ。何せ、根底から覆さなくちゃならない。君の中の安珍を否定しないと、私は君に見てすらもらえない。それで、どうだろ。私のことはどう思うかな?」
視界が霞む。
もう私の存在が消えかかっているのだ。
君の、君の中の何がが私の全てを否定している、君の選択を否定している。
けれど、それでは駄目だ。
我が左腕を喰い破るのなら、それだけの代償を置いていけ。
彼女の心を置いていけ。
さもなければ、次は貴様を殺しにゆくぞ。
「どう、って……そんな、好きに決まっています! でも、そんな、殺しかけた相手に好きだなんて、言える訳が───」
「私は言ってほしい。
君の本当を、私は聞きたくて此処にやって来たんだ。本体に聞く予定だったけど、他ならぬ君から聞けるなら何よりも嬉しいね、私は」
手を差し伸べる。
「そん、な……え?」
へたりついている清姫を残った右手で引き上げ、そのまま抱きとめた。
耳元で囁く。
というかもう囁くくらいにしか力が残っていなかった。全く、EXランク宝具は何もかもが規格外で困ったものだ。回避したはずなんだがな、全く、まだまだ修練が足りない証拠か───
ああ、そんなことどうだって良い。
これだけ伝えられれば、いい。
「好きだよ清姫。他でもない、私の言葉だ。
これは私だけの想いだから───
きっと、間違いでもない」
涙混じりの声がする。
それは嬉々としたものだったような、錯覚。
そうだといいなと、私は思うのだ。
「ああ……はい、はい! お慕いしております!
愛しています! 他の誰でもない、貴女を!」
漸く、私と彼とが解離したらしい。
これで、私は彼と同じ舞台に立てるのか。
「そっか───よかった」
なんて、幸福に満ちた結末だろう。
満足した。これ以上ない選択だ。
支払いが左腕一本なら、お釣りまで来るな。
───夢も、一つ終わるか。
「もう、戻ってもいいかな?」
「ええ。マスターがそう望むのであれば」
「じゃあ、そろそろ目を覚まそうか……
眠くて、眠くて、仕方ないんだよ───」
再び、この世界に入ったときと同じように、意識が白く塗り潰される。
全ては白紙に戻る。
この世界は、再び始まりから───清姫の夢は、永遠に回り続ける。
その中に、もしかしたら、私が発生したのかも知れないと───
薄れ行く景色、腕のなかで君の体温を感じながら。
私はとても、嬉しく思う。
君の心に少しでも、私は傷を穿てたかな。
ごめん、こんなことでしか伝えられなくて。
でも、そうまでしても、私は───
◇
「ん、ああ……」
意識は再び現世へと。
薄暗い廊下の一辺、ごーんごーんと隣で自販機の駆動音。
すうすうと、肩からは少女の吐息が聞こえる。
それも、すぐに途絶えた。
「ますたぁ……」
目の前に君がいる。瞳には涙が溜まっている。
それは鮮やかで、透き通るような、美しい眼をしていた。
「……」
「…………」
互いに言葉がない。
顔を付き合わせたまま、時が流れる音がする。
つうと、君の頬を涙が伝った。
「……怒ってる?」
「ええ、それは、もう」
「あはは……ごめん」
離れようとしたが、動けない。
清姫が私を抱き止めていたから。
観念するとしよう。
「……一つ、お願いを聞いていただけますか?」
「良いとも、一つと言わず、好きなだけ叶えてあげるよ」
「嘘は嫌です」
「嘘じゃないさ」
嘘じゃあない。
君のためなら、何だってやれるよ。
そんな気がする。
「では……抱き締めて下さいまし。
両の腕で、しかと。私をもう離さないで」
「ああ、それくらいなんてこと…………あれ」
しかし、無理だった。
どれだけ力を入れ込もうが、君を抱き締めるには能わない。
いきなりの挫折。
「はは……左腕動かないや。
ごめん、今のなしでお願い。
片腕しか残ってなかったよ」
「でしょう? ですので、嘘になりますね」
にこりと。
目の鼻の先で、幼い笑顔が私を見ている。
「私を殺すかい? 君の心を弄んだって」
「殺したい、です。でも───」
一つ、二つ、涙が零れる。
悲痛な声で、背中に回った腕に力が籠る。
か弱い力だった。人のようだった。
少女のそれだった。
「殺せない、貴女を殺したくなんか、ない……
苦しいのです、悩ましいのです。
頭も、心も、貴女様を前にして、ひどく痛むのです……」
揺れ動く心の音がする。
メトロノームはかつ、かつと。
最後、どちらかで止まるのを待っている。
「どうすれば、その痛みは治まると思う?」
「刻み付けて……私の心を、押さえつけて下さいまし……愚かな私を貴女様が奪い去って下されば……!」
君の想いを、私は汲み取れるだろうか。
砕けた心を、掬っても構わないだろうか。
そうだな。
君の望みを、叶えよう。
「あー……そうか。じゃあ───」
哀しげな吐息が聞こえたが、気にせず。
間髪いれずに、その吐息を封じる。
君の唇は、雪のように柔く、儚い。
右手は、君の細い首に回す。
優しく、包むように、壊れ物を扱うように。
どうやら選択は間違いでなかったらしく、私の背にも腕が回る。
何も聞こえない。
何を見ることもない。
ただ、君を側に感じているだけでいい。
いつの間にか、吹雪は止んでいて。
雲の切れ間から一筋の陽光が雪原に注いだのだが───
残念ながら、その一瞬を観るものは恐らくいなかったであろう。
互いは、互いを感じるだけで、幸福に充ちていたのだから。
◇
いついつまでも。
緋色の
暖かいままに、緩やかなままに。
雪解けの交合は密に、君と私の距離を詰めていく。
それは、ああ、なんて────
ヤンデレ×メンヘラの共依存ルートになっちまった。
最初はね、金平糖みたいなあっさりした甘さを目指していたんだ。けど蓋を開けたらマグカップの底に溶け残ったココアみたいなざらざらした百合になったよ。
このね、文章上で勝手に人が傷ついていくんだ。
治らねえなこの癖。
ああ、あといろいろ変なオリ設定がありましたが、もしかしたら聖杯転臨のおまけでこんなことが起きてもいいかなと。
夢を強制的に発生させる力、とでもいいましょうか。マーリンがいれば彼に力添えしてもらってもよかったですけど。
いねえから。あのクズ、うちのカルデアにこねえから。
泣く。
今作の被害者ランキング
第一位 名も無き船頭→焼死
第二位 安珍→右腕欠損、後は原典通り
第三位 マスター→軽度の半身不随
……次はもう少し穏やかな話を書きたい。
追伸
清姫の純愛話もっと読みたいんです。
誰か書いて。快楽堕ち以外のオチで。
清姫の心が難解過ぎて私のような凡人にはわかりませぬ。どうか、私に答えを下さいまし……