成れの果て   作:なし崩し

5 / 8


ちょっと論破してました。
そして給湯器周りの凍結被害にあいガクブルしてました。



四話

 

 

 

 

 

 

 冒険者依頼――クエスト。

 その名の通り冒険者に対しての依頼、その総称のことを言う。

 特殊な材料を必要としている生産系【ファミリア】や商人、迷宮都市を運営しているギルドなどダンジョンでしか取れない素材を求める人々が依頼主であり、その依頼を受注した冒険者は依頼を達成しその見返りとして報酬を得る。

 そして俺たちの場合、懇意にしている医療系のファミリアである【ディアンケヒト・ファミリア】からのもので、内容は五十一階層に存在する『カドモスの泉』から要求された量の泉水を採取してくるというものである。

 ちなみにカドモス――強竜(カドモス)は、特定の階層にしか現れない巨大な体躯と相応の力を持った階層主を除いた、現在確認されているモンスターの中で間違いなく最強とされる強敵であり、この強竜が湧き出る泉をその湧いた先から飲み干してしまうので量も取れない。おまけにその強さから、確実に倒してからでないと採取など碌にできないのである。

 で、なんでそんなことを説明しているのかというと――暇だからである。

 

「リヴェリアー、暇ー」

 

 今回の冒険者依頼は少々特殊、というよりも対象となる階層が特殊であった。珍しいことに『カドモスの泉』がある五十一階層は迷路のような形をとっており、小回りが利く少数精鋭が望ましい。だからこそ同時に二か所の『カドモスの泉』から泉水を取るために二つのパーティーが組まれた。

 その中から俺は外れたのである。

 一班にティオナ、ティオネ、アイズ、レフィーヤ。

 二班にフィン、ガレス、ベート、ラウル。

 ちなみにファミリアの中でも最高位の魔導士であるリヴェリアは魔法を使い消費した精神力を回復させるためにお留守番である。無論、第一級冒険者が留守にしている間の防衛も兼ねて。そしてついでと俺も留守を任されることとなった。

 

「私は今休憩中だ……そんなに暇だったのならラウルと代わってやれば良かっただろう」

 

「いやいや、ラウルにもいい経験になるって。べ、別に見捨てたわけじゃないよ? 俺の名前が出るかとドキドキしてて、ラウルって単語が出て喜んでとかいないよ? ……でも正直に言えば第一班に選別されなくてよかったと思ってる」

 

「……確かに心配事の塊だが、本人たちの前で言ってやるなよ。お前の安否の為を思って言っている」

 

「ちょっと苛烈すぎやしないかな、あの子たち」

 

 血まみれにされる俺の姿と仁王立ちする少女二人を幻視する。

 戦闘狂であるティオナに、剣姫の他にその暴れっぷりから付けられた非公式の二つ名『戦姫』の名を持つアイズもまたティオナ同様の戦闘狂。そして普段はお淑やか風の猫を被る、年下風の団長に大恋慕中のティオネの本性は二人以上の苛烈さを持つ。ただ一人、アブノーマルっぽいだけのレフィーヤが不憫でならない。いや、アイズと一緒だからいいのか。

 まぁレフィーヤもリヴェリアに師事を受け、いずれリヴェリアの後釜になる有能な魔導士だからこれまたいい経験だろう。

 

「大体の原因はお前にあるのだがな……言ってやったらどうだ」

 

「……俺がアイズたちとの訓練を止めた理由を? それ言ったら、大体の事を話さないといけないだろ。いいんです、まるでダメな大人で。大人の威厳なんてない俺で」

 

「なら甘んじて受け入れろ。あの子たちは理由を求め、お前は与えないのだから仕方あるまい」

 

「本当にリヴェリアがお母さんに見えてきた。抱き付いてもいい?」

 

「私に焼かれた後、アイズ達により血祭りにあげられる覚悟があるのなら……な」

 

「ふっふっふ、魔法が完成する前に抱き付いてやるぜい」

 

「妙なやる気を出すな、バカもの。私に焼かれずとも実行してしまえば血祭り以上の結末がお前を待っているぞ」

 

 未遂で済んでも血祭りね、まぁ当然か。

 クスクスと笑うリヴェリアを見て俺も苦笑を浮かべる。

 

「俺なんかに執着する意味なんてないのになー」

 

「お前になくともあの子たちにはあるのだろう」

 

「……歩くの止めちゃった俺に?」

 

「歩くのをやめてしまったお前でも、だ」

 

 肩越しに自らの背中に視線を向ける。

 今はロキの施錠(ロック)で【ステイタス】は浮かんでいないが、【ファミリア】の証がそこにある。

 経験を得て成長する【ステイタス】だが――――俺の【ステイタス】は随分昔から数値の上昇を見せない。それ以前の問題で俺は【ステイタス】更新の儀を行っていないのだから上がるものも上がらない。冒険しない、更新しない、俺は冒険者を名乗れない。俺は彼女たちを導くような立派な大人になんて成れやしない。

 今を生きる冒険者を、名乗れはしない。

 

「お前は物事を難しく捉えすぎだ。簡単に考えればいい」

 

「難しいも何もそのまんまだよ。俺は冒険者を名乗れない。ただそれだけ」

 

「……まったく、あのアイズですら自分の欲に素直になれるようなってきたというのに」

 

「俺も欲には素直なんだけどなー」

 

 そう言えばリヴェリアはやれやれと肩をすくめた。

 呆れたようなその仕草に少しむくれつつ、目を閉じるリヴェリアの隣で同じように目を閉じた。

 その数時間後に訪れる黄緑色の地獄など知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイズたちは跳ぶように五十階層と五十一階層をつなぐ傾斜面の岩壁を駆けていた。

 というのも、『カドモスの泉』に泉水を取りに行った際新種と思わしき黄緑色の芋虫のようなモンスターと遭遇した。本来なら『カドモスの泉』の番人として立ちはだかる強竜(カドモス)は灰の山となり討たれた後。残されたのは灰の中に張った皮膜だけであった。

 とはいえあの強竜(カドモス)を倒せるほどのパーティーは限られていて、この階層に遠征が被っていた【ファミリア】は存在していなかった。では誰がと訝しんだとき現れたのが黄緑色の体を持つ芋虫のようなモンスターであった。

 このモンスターはアイズの班にも、フィンの班にも現れたらしく合流した際にはラウルが重傷を負っていた。フィンの説明も聞かず特攻したティオナも芋虫のモンスターに大双刃(ウルガ)を突き刺したところでその危険性に気づいた。

 驚くべきことに引き抜いた大双刃(ウルガ)の先が消失していたのである。

 敵は体内に何でも溶かしてしまう粘液を持っていた。

 それを知らなかったラウルはそれを真っ先に喰らい重症を負ったのである。

 結果的にアイズの特殊武装であり、不壊属性を持つデスペレートとレフィーヤの魔法で撃滅することに成功した。しかし問題はここからであった。あろうことかその新種のモンスターたちは五十階層を目指して上がり始めていたのだ。

 確かに五十階層はモンスターが生まれ出ない。が、下から上がってくるという事例は聞いたことがない。誰もがあそこを安全階層と認識しているからこそ、この状況は非常に不味かった。誰もが油断したところに、体内に腐食液を持つモンスターなどタチが悪すぎる。慌てて攻撃した途端、倒れたモンスターと倒れる仲間の数が比例してしまう。

 おまけに自ら爆発し広範囲に粘液を飛ばすのだから、こちらの方が倒れる仲間が多いかもしれない。

 既に斜面には黄緑色の粘液が続いており、誰もが息をのむ。

 そして遂に斜面を抜け五十階層に到達すれば――――、

 

「――――キャンプが!」

 

 いち早くティオナが叫ぶ。

 その方向には黒煙が上がっており、確かにキャンプがあるはずの場所だ。

 一段と速度を上げて駆けつけてみれば、キャンプの下にある一枚岩にワラワラと芋虫のようなモンスターが這い寄っていた。見ればその上にはリヴェリア達がおり、彼女たちに向かって腐食液を吐き出していた。じゅぅと溶けてなくなる盾を投げ捨てて腐食液を防いだ仲間たちが後退していく。

 そんななかでリヴェリアは指揮をすることもなく魔法を紡ぐ。

 

「リヴェリアが指揮取ってないよ!?」

 

 その事実にフィンも少しばかり驚いた表情を浮かべるが、すぐにそれは消え笑みが浮かぶ。

 失望するどころかどこか嬉しそうに、自らの士気が上がっていくように、理知的な瞳の奥に獰猛な光が宿る。普段とは違う想い人(フィン)の姿に身を悶えさせる姉を冷めた目で見つつティオナはその視線をいるはずの男を探すように左右させる。

 そして――――見つけた。

 

「矢が無くなったんなら弓使い(アーチャー)は後退。頼んどいた丸太は?」

 

「で、できてます!」

 

「抱えて投げろ。殺す必要はない、叩き落とせばこの場はしのげる」

 

 手本を見せるかのように丸太を担ぎ、ひょいと投げる。

 すると腐食液を受けてあっという間に形をなくすがその後ろに隠れるように存在していたもう一本の丸太がモンスターに激突。キャンプが存在している一枚岩に張り付いていた複数の敵を巻き込んで落ちていった。それを見た団員たちも複数人で交互に丸太を投げる。幸い、灰色の樹木ならば沢山ある。

 

「落とせなかったら一旦引いて、俺に報告。ぶった斬る」

 

 いつになく頼りになりそうなマダオの姿がそこにある。

 そしてあろうことかマダオは上手く落とせず這い上ってきたモンスターの前に立ち、剣を持つ。腐食液の存在を知っていながら、自らの相棒が失われる可能性など微塵も感じていないかの如きその姿が、そして一瞬のうちにモンスターのみを灰へと変えるその姿が焦燥に飲まれていた仲間たちの士気を上げる。

 

「ま、マダオがやる気になってる!?」

 

「喋ってる場合じゃないでしょ!? さっさといくわよ!」

 

 姉の言葉に従って前を見れば既に皆が駆け出していた。

 その中にいるアイズの目がいつになくやる気に満ちていて、負けられないと火が付いた。

 走りながらフィンが、マダオの武器が壊れない理由を予測する。

 

「……マダオの武器は高熱を発する、特殊武装(スペリオルズ)。恐らく、腐食液が刀身を侵食する前に蒸発させられている。断面も焼き焦げるから腐食液がまき散らされることもない」

 

「おまけに腐食液に触れる時間も一瞬とくれば当然か。やれやれ、若僧には負けてられんのう」

 

「その通りだね。先ずはキャンプに向かって武器を確保する。武器が無事なアイズたちは遊撃を頼んだよ」

 

「ん………………風よ」

 

 コクリと頷くアイズを先頭にフィン達が駆け抜ける。

 ティオナは自らの武器がないことに歯噛みしながらフィンたちの後を追いキャンプへ走る。前を走るアイズが風を纏った剣を振るい、飛び散る腐食液を風で押し流す。その道を走ってすぐフィン達はキャンプへと到達する。

 それぞれが行動に移る中で、フィンを見つけたマダオがやってきた。

 

「お疲れさま、このまま続けるかい?」

 

「もうごめんだ。中間管理職なら現場で体を動かしたほうがマシだな。リヴェリアの魔法がもう少しで完成するから後は任せた」

  

 そう言ってマダオは背を向けて走り去る。

 何が彼を動かしたのか分からないが、結果的にプラスである。

 おまけにマダオの姿を見たアイズにティオナ、他の団員達の士気まで上がったのだから言うことは無い。強いて言うことがあるとすれば、ちょっとアイズが張り切り過ぎていることか。真剣なマダオと共に戦えるのが嬉しいとばかりに駆け回る子供のような姿。やっていることは圧倒的速度と攻撃力による殲滅戦だが。 

 

 別の場所で戦うマダオは援軍の参戦に安堵の溜息をつき、目の前のモンスターを睨む。

 

「何だかなーこの感じ。気に入らない、本当に」

 

 マダオの剣が景色を歪める。

 莫大な熱を込めた一閃は斬った先から焼き焦がし、断面から腐食液が漏れだすことを防ぐ。

 アイズが駆け回るその姿を視界に入れながらマダオは駆け出し、すれ違いざまに敵を切り捨てる。やがてアイズが合流し、どこか嬉しそうに見つめてくるその視線にマダオはたじろぎながら、照れ隠しのように背を預けた。

 アイズのテンションが上がった。

 速度も上がった。

 同時にマダオのやる気が下がった。俺、必要ないんじゃないかな、と。

 それでも襲い掛かってくる敵を切り捨て、キラリと光る石を見つける。拾っておくかと別の敵から石をえぐり取るように剣を回し石の周囲のみを斬る。瞬く間に灰へと還るその中から、魔石を手に取りその色にいぶかしむ。

 そして同時に、莫大な魔力が吹き荒れるのを感じる。

 リヴェリアの、詠唱していた魔導士たちの魔法が完成する。すぐさま範囲外に退避し、寄ってくるモンスターを強引に弾き飛ばし範囲内に叩き込む。

 その直後、多種の攻撃魔法が雨のように降り注ぐ。氷、炎、雷、様々な色が入り混じり大きな炸裂音を響かせる。その着弾地にいたモンスターたちは体液を散らしながら灰へと還りあっというまにその数を減らし半壊滅状態へと追いつめられた。

 残るモンスターもあとわずか。

 辺りのモンスターを始末し、頬をかく。

 

「この魔石…………ロキの勘って当たるよな」

 

 コロリと剣を持っていない方の手の内で転がる一つの魔石。

 本来なら紫紺であるはずの魔石だが、マダオの手の中に転がるその魔石は極彩色の輝きを放っていた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。