こうやって、何故か無性に寂しくなって涙が止まらなくなることは、前にも一度あったことだった。
浦原商店の面々に拾われて、初めて喜助さんたちと話をした……あの時だ。そういえばあの時も、泣いてしまったキッカケは『親』だった。
それでも、あの時は今回のように見知らぬ女性が思い浮かぶことはなかった。
一体あの人は、誰なんだろう?
聞いたことがないはずなのに、どこか懐かしい声だった。
単に寂しくなって泣いてしまうだけだったならともかく……こうなってくると、ただの情緒不安定だとか精神的な何かだとか、そういうものでは説明しきれない。
まるで、目の前にいる人と頭の中にいる人を重ねてしまっているような――あ……もしかして。
もしかして、これは――
「そろそろ、落ち着いた?」
「あ……はい。何か、すみません……」
「また何かあったら胸を貸してあげるから気にしないの、ね?」
「いや、えっと……ありがとうございます……?」
何だかちょっと論点がズレてるような……この人意外と天然なのかな?
「さて、と。桜花ちゃんの用事の方、まだだったわよね?」
「あー……そう、ですね」
頷く。その前の出来事が衝撃的すぎて忘れるところだった。
「よし、一護。遊子と夏梨のお世話、お父さんと代わってきてくれない?」
「えっ? オレだって話聞きたいよ!」
「一護にはもう話したでしょう? だから順番、ね?」
「……分かったよ」
不本意そうな表情ながら一護は頷いて、二階に上がって行った。その背中を見送ってから、そっと真咲さんに訊ねる。
「良いんですか? 真咲さん」
「うちの主人のことかしら?」
「はい」
「良いのよ、あの人は全部知ってるから」
「……そうですか」
それを私に言って良いのか。
まぁ私としては元から知ってたから構わないんだけどさ。
それから数分ほどして、一護と入れ替わるように見覚えのあるガッシリした体型の男の人が一階に降りてきた。
「お、久しぶりだな。桜花ちゃん、だっけか。オレのこと覚えてるか?」
「えぇと、一護のお父さんですよね」
「それじゃ呼びにくいだろ。一心だ。黒崎一心」
リビングに入ってくるなり、一心さんは気さくな態度で自己紹介をしてくれた。
普通のおじさんに見えるけど元は隊長格の死神なんだよなぁ、なんていう思考は置いておく。そっちを気にしていると、本題に集中できなくなってしまうからだ。
「今日は、真咲さんにどうしても聞きたいことがあって来たんです」
これこそが、今日の私の本題だ。
いざとなると聞きづらいものがあるけれど、そんなことも言っていられない。
私は意を決して口を開いた。
「真咲さん。死神とは何か、知ってますか?」
「……」
真咲さんと一心さんが、じっと私を見つめる。私もそれを見つめ返す。
どのくらいそうしていただろうか、真咲さんはふっと息を漏らして、そして答えてくれた。
「……知ってるわ。死神も虚も
「……!」
やっぱり……と驚く私に、真咲さんは追い打ちをかけるような爆弾を投下した。
「桜花ちゃん。私はね、
「はぁっ?! 滅却師?!」
滅却師だって?!
滅却師と言えば、真面目で眼鏡の石田雨竜とその父親、それから石田雨竜の師匠くらいしか残っていないものだと……
それに……真咲さんが滅却師ということはつまり、一護って死神と滅却師の
うわぁ、流石主人公……設定盛ってんなぁ……
「知ってるのね、滅却師のこと」
「いや、その……話に聞いた程度ですが……」
嘘ではない。
前に喜助さんから
「普通の人ではないとは思ってましたが……まさか滅却師だったなんて、思いもよらなくて……」
「まぁ、そうだろうな」
一心さんがうんうんと頷く。
……いや、あなた当然のように会話に参加してるけど、その時点で常人じゃないって宣言してるようなもんじゃないの?
良いのか、それで。流石にそこまで言われると、私も流しきれなくなるじゃないか。
「ていうか……そういう一心さんこそ、何者なんです?」
「ん? あぁ、オレは死神だよ」
「うわぁ……」
「何だよ『うわぁ』って。ちょっと傷つくじゃねぇか」
そんなアッサリ答えてもらえるとは思わなかった。原作では、引っ張るだけ引っ張ってようやく出した隠し設定、みたいな扱いじゃなかったか。それを、こんなアッサリ……
「……それで、何番隊にいたんですか?」
「十番隊で隊長をやってた」
「……」
それって、もしかしなくても現十番隊隊長である日番谷冬獅郎の前任だろうか。
「それって、今の隊長の……」
「前任だな」
「……」
前任だった。
もう何なのこれ、どうなってんの?
「オレは今、ちょっと事情があって死神の力を失っちまってるから戦えないんだが、真咲は違う。そのはずだったんだけどな……」
「あ、そうですよ! 真咲さん滅却師なら戦えたんじゃ……」
あの時、真咲さんは私に「虚はどっちにいるのか」と問うた。真咲さんが滅却師なら、その問いはどう考えてもおかしい。だって滅却師が虚を見ることができない訳がないんだから。
「それが私、滅却師の力を失ってしまったみたいなの」
それも、あの日あの時から、唐突に。
「片桐さんも同じらしくて……竜ちゃんが原因を調べてるみたいなんだけど、まだよく分かってないのよ」
そんなことって……じゃあ、グランドフィッシャーに襲われるのが一日早ければ、原作の真咲さんが死ぬことはなかったと……そういうことなのか。
「オレも真咲が虚に遭遇したのは知っていた。だが真咲は強い。あの程度、本来の真咲なら問題なく倒せるはずだったんだ」
「だから、助けに行かなかった、と……」
「あぁ。もしそんなことになってるって分かってたら、オレは迷わず駆けつけたさ。例え、力を失っていようともな」
真咲さんなら大丈夫。そう判断して放置したために、真咲さんは亡くなってしまった。
そんな……そんな、悲しいことがあったのか……
そして不意に、一心さんは立ち上がって居住まいを正した。
「だから、ありがとう。真咲と一護を、オレの家族を……守ってくれて、ありがとう」
一心さんが、深々と頭を下げた。
私はそれを前にして、言葉がなかった。
「桜花ちゃんがいなけりゃ、真咲も一護も死んでいたかもしれねぇ……本当に、感謝してもしきれねぇよ」
そんなに感謝されるほどのことはしていない、と言いそうになって、止めた。さっきの真咲さんの言葉を思い出したからだった。
「いいんですよ、そんな……そもそもあの虚を倒したのは私じゃないですし……一心さん、顔を上げてください」
「…………」
「お願い、ですから……」
「……分かった」
私の必死のお願いに、一心さんはしぶしぶといった様子で顔を上げてくれた。
しかし、気まずい。
「えっと、その……あ、そうだ。さっき言った片桐さん……でしたっけ? とか竜ちゃんって、誰なんです?」
いたたまれない空気に耐えられなくなって、私は真咲さんに話題を振りつつ、オレンジジュースに手を伸ばした。真咲さんはそんな私の様子を微笑ましそうに見つめて、そして言った。
「片桐さんは、竜ちゃんの奥さん。竜ちゃんはね、私の従兄妹なのよ。私と同じ滅却師で、名前は石田竜弦っていう――大丈夫?」
「げほっげほっ……だ、大丈夫です……ちょっと、気管に入っちゃって……」
「あらあら、ゆっくり飲まないと」
滅却師の石田竜弦って……どう考えても石田雨竜のお父さんだよね?
え、てことは何?
一護と石田雨竜は又従兄弟に当たると……?
うわぁ……何だそれ。えぇぇ……
「黒崎家と石田家は、最後の純血の滅却師の一族なのよ」
「はぁ、そうですか。……あれ、じゃあ一心さんは元々黒崎じゃなかったってことですか?」
「そうなるな」
「じゃあ、昔は……」
「あー……これ、言いふらすなよ?」
一心さんはちょっと困ったように頭をかいて、それから口を開いた。
「志波だよ」
「ぶふっ!?」
ついに私はオレンジジュースを噴いた。
◇ ◇ ◇
幸い、私と向き合って座っていた真咲さんと一心さんには、オレンジジュースの被害はなかった。自分で拭くからと、真咲さんに借りた布巾で机を拭く。
「あの、本当ごめんなさい……汚くて……」
「大丈夫よ、これくらい」
真咲さんは相変わらず笑顔だ。それに対して一心さんはどこかスネたような表情だった。
「……だから言いたくなかったんだよ」
「すみません、でも……志波って……そんな爆弾発言が来るとは思ってなくて……」
「あら、そんなに有名なの? 志波って」
「有名も有名……尸魂界の五大貴族の一つです。貴族ですよ、貴族」
「あら、まぁ……」
「もう四大貴族だろ? そもそもオレは直系じゃねぇし……家自体も没落しちまって、もう姪っ子甥っ子しか残ってねぇからな。自慢にもなりゃしねぇよ」
志波と言えば思いつくのは、志波空鶴、志波岩鷲、それから志波海燕。
彼らが一心さんの姪っ子甥っ子ということは、一護とあの三人は従兄弟同士ということを意味する。
そりゃ志波海燕と一護が似てるはずだよ。
だって、従兄弟だもん。
「ダメだ……頭パンクしそう……」
「そりゃ、いくら何でも大げさだろ」
今にも死にそうな声を出した私に、一心さんは呆れ顔だ。
「何が大げさですか……ドン引きですよ」
「何でだよ……引かなくったって良いだろう?」
「いや……もう、一護の血筋おかしいでしょ……志波家出身で隊長やってた死神と純血の滅却師って……一体何がどうなってそうなったのか……あぁもう、何だっていいや……」
度重なる『衝撃の事実』暴露に、私の脳はついに考えることを放棄した。
一護の血筋はどう考えても異常。(断言)
桜花は二人を助けたことで死にかけてます。自らの身を投げ打って助けてくれたということで、その分黒崎家からの謝罪と感謝の念は大きくなってます。