傲慢の秤   作:初(はじめ)

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十四、中途半端な位置

 

「二回目ですよ、ああいうの。信じられます?あ、そこの菜箸取ってもらって良いですか」

「はいよ。一回目は何されたん?」

「ありがとうございます。一回目はまだ戦い方も何も知らなかった頃に、虚をワザとけしかけられて……食われる寸前まで放置されました。その時六歳ですよ、私」

「そりゃまた……ちょ、それ野菜入れ過ぎとちゃう?」

「良いんですよ、キャベツは炒めたら縮むんで」

「常識やぞ。いい加減学習しいやあ、真子」

「やかましいわ」

 

 現在私は料理をしている。

 平子さんと矢胴丸リサさんと私の、三人で。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 フローリングの床に倒れて死にかけていた喜助さんは、復活するなり大きな荷物を抱えて地下に続いている階段を降りて行ってしまった。

 私もそれについて行って、唖然とした。

 

 それは、地下に浦原商店の勉強部屋によく似た空間が広がっていたからだった。

 

 そしてその一角で始まったのは、よく分からない機械の設置と調整だった。

 何をしているのかと訊ねてはみたけれど、明確な返答は返ってこなかった。まだ仮面の軍勢(ヴァイザード)について、私に教える気はないみたいだ。というより、彼ら自身が私に言うまでは口に出さないつもりなんだろう。喜助さんらしいと言えば喜助さんらしい。

 そんな状況では当然手伝うことは何もない。トドメには「桜花はその辺でのんびりしといて下さい」なんて言われてしまい、私は手持ち無沙汰もいいところだった。

 

 どうやら私を連れてきたのは本当に、さっきの『隊長格による威圧ドッキリ』のためだけだったようだ。確かに良い経験にはなったけれど、喜助さんのあの楽しそうな様子はいただけなかった。

 

 ともかく、時刻はちょうど夕飯時。

 大柄で星型アフロの男性、ラブさんこと愛川羅武さんが「なぁ喜助、今回はどれくらい掛かりそうか?」と言ったことから話は始まる。

 

 喜助さんは私には何も教えてくれなかったけれど、それでもここに来た目的くらい何となく分かる。

 商店から担いで来たあの大きな荷物は恐らく、仮面の軍勢の人達を検査するためのもの。拳西さんがどこからか運んできた寝台らしきものの周りに、よく分からない画面やらコードやらを配置していたから、多分間違ってはいないと思う。

 

「今回はだいたい一人一時間ってとこっスね」

「お、かなり短くなったな」

「こいつを改良したんスよ」

 

 喜助さんが、何かの画面らしきものを軽く叩いて笑う。

 

 いやちょっと待て。

 一人一時間。仮面の軍勢は八人。

 つまり計八時間。そして、今は夕方。

 

「もしかして、朝帰り?うわ、お風呂どうしよう」

「言葉のチョイスが卑猥ッスね」

「うるさい」

 

 喜助さんの阿呆な発言は置いておいて、ここで一晩過ごすとなると色々と問題が出てくる。さっき言ったお風呂とか着替えだけじゃない。夕食と朝食もそうだし、寝る場所もないし。

 

「なら今日の晩飯は十人分だな」

「うわ、今日の当番オレやん。メンドクサ……」

「どうせお前は何もせぇへんやろ」

 

 どうやら仮面の軍勢の面々は、シェアハウスをする学生の如く当番制で家事をしているらしかった。ちなみに今夜の当番は平子さんとリサさんの二人。

 護廷十三隊の隊長格達が揃いも揃って当番制ってちょっとかわいいかもしれない、なんて思いつつ私はその手伝いを申し出たんだ。

 

 

「真子お前、何突っ立っとんねん。役に立たへんなら立たへんなりにすることあるやろ。調味料片づけるとか皿用意するとか」

「へいへい……分かりましたよって」

「よし、完成っと。平子さん、大きいお皿あります?」

「リサ、大きい皿とかあるか?」

「ホンッマに無能やなコイツ」

 

 スープの味を整えていたリサさんが、軽蔑の眼差しを平子さんに向ける。対して平子さんはキッチンの壁に寄りかかって笑うだけで、それを全く意に介していない。

 

 今夜の献立は、春雨が入った野菜スープと豚肉入り野菜炒め、それから魚の煮付け、白米……とまぁこんな感じだ。夕方の六時頃から一時間弱で作ったにしては、しっかりした夕食だろう。

 

 二人は、私が料理ができることに驚いていた。そりゃそうだ、私はまだ小学四年生なんだから。

 でも、だ。考えてみてほしい。浦原商店の大人達が、料理なんてするように見えるか?

 そう訊ねただけで、リサさんも平子さんもすぐに納得してくれた。

 

「地下の奴ら呼んで来い、真子」

「えー、何でオレやねん」

「皿の一つも出せんボケでも、それくらいはできるやろボケ」

「何度もボケボケ言いなよ……しゃあないなぁ」

 

 そう言って面倒そうに地下に降りて行った平子さんを尻目に、私は自力で探し出した大皿に野菜炒めを盛りつけていく。今回は家で作るより量が多めだったから味つけが心配だったけれど、どうやら上手くできたみたいだ。味見のために口に放り込んだキャベツを咀嚼しながら一人で頷く。

 

「わぁー!いい匂いだぁ!」

「つまみ食いすなよ、(ましろ)

「はーい!」

 

 一番乗りは緑色の髪の女の子、久南白(くなましろ)さんだった。スープをよそいながら、リサさんが声をかける。

 その後も続々と仮面の軍勢の人達がリビングにやって来て、席についていく。

 

「今日は豪勢やな、流石はリサや」

「いいや、野菜炒め作ったんと魚さばいたんはこの子やぞ」

「は?そいつが?」

「魚の味つけはリサさんにお願いしたんですけどね」

 

 ひよ里さんの言葉にリサさんが答える。それに横から補足しておく。

 

「オメーその歳で魚なんてさばけるのか」

 

 ラブさんが感心したようにそう言った。

 そう言われるとちょっと照れるな。

 

「ウチでまともに料理できるの、桜花と鉄裁サンくらいっスからね」

「ほう。鉄裁殿が料理をなさるなんて、知りませんデシタ」

 

 驚いた、と声を上げたのは、身長も横幅も巨大な有昭田鉢玄(うしょうだはちげん)さん、通称ハッチさんだった。

 

「鉄裁サンも桜花に教わったんスよ」

「じゃあ、その子はどこで教わってきたんだ?」

「友達のお母さんがすごく料理上手なんで、その人に」

 

 言わずもがな、真咲さんのことだ。

 皆さんご存知、黒崎一護の母親ですよ。いや、まだ知らないだろうけど。

 

 前世で大学生だった頃から、料理は嫌いじゃなかった。だから、こっちに来てからも作ろうと思えば作れたんだ。けれど、浦原商店の三人の中に料理ができる人なんていなかったから、誰に教わったのか明言できない料理の腕を披露する訳にもいかなかった。

 だからこの一年、私は何度も黒崎家に遊びに行き、真咲さんに料理を教わってきたんだ。

 本当に真咲さんがいてくれて助かったよ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 リサさんのスープと煮付けは美味しかったし、私の作った野菜炒めも割と好評だった。嬉しい限りだ。

 

 食事中の雰囲気は穏やかなものだった。会話はといえば雑談が主で、例えば私のことだったり、ひよ里さんが近所の猫に引っかかれたことだったり、近所の子どもにデブだなんだと言われてハッチさんが凹んでしまったことだったり。

 とにかく、仮面の軍勢の人達自身の事情についての言及は一切なかった。きっとまだ、私に教えるつもりはないんだろう。

 

 

 そして、夕食後。三人で手分けして後片づけを終わらせてから、私はお先に風呂をいただくことになった。

 どうやら仮面の軍勢と喜助さんは夜の九時辺りから検査を始めてそのまま徹夜するらしく、風呂はその後に各々のタイミングで入るのだそうだ。湯は張っていないとはいえ人の家にお邪魔しておいて最初に入るのは少し申し訳なかったけれど、そういう事情があるなら仕方ない。

 

 私は素直に頷いて、着替えを持って風呂場へ向かった。ちなみにこの着替え、私が商店から背負ってきた包みの中に入っていたものだ。他にも歯ブラシなど日用品から始まり、ご丁寧にも下着類まで入っていた。

 当然、私の部屋に勝手に入って勝手に下着まで持ち出した喜助さんに対して、私の拳が唸ったのは言うまでもない。今回は避けられてしまったけれど。次は絶対に当ててやる。

 

 

 シャワーと歯磨きを済ませて洗面所から出てくると、リビングルームには誰もいなかった。キッチンも廊下も玄関も無人だった。他にも個人部屋らしき扉はいくつかあったけれど、その中からも彼らの霊圧は感じられなかった。恐らく、全員が地下に降りてしまっているんだろう。

 当然地下に通じる階段の扉はきっちり閉められていて、中からは音も霊圧も伝わってこない。それら全てを完全に遮断する、そういう仕組みに違いない。

 

「……あれ」

 

 これはちょっと、寂しいなぁ……なんて思いながらソファに座って、気づいた。そこに折りたたまれたブランケットと小さなメモが置いてあったことに。

 

 『地下にいます。用事自体は明日の朝には終わるんで、それまでここで休んでいてください。降りてきても構いませんが、ボク個人としては来ないことをオススメします。それと、冷蔵庫の中に入っているものは好きに食べて構わないそうです』

 

「降りてこないことをオススメします、かぁ……」

 

 何が『降りてきても構いませんが』だ。

 これって要するに、降りてきたら駄目だってことじゃないか。

 

 私は仮面の軍勢がどういう集団なのか、詳細に把握している。けれど彼らの中の私は虚化も何も知らない、ただ喜助さんの世話になっているだけの人間の子どもに過ぎない。つまり今の私には、虚化の情報を教えるだけの信頼がない。

 それなのに私が今地下に降りてしまったら、それは彼らの触れてはならない部分をこじ開ける行為になってしまう。霊圧に怯える私に言葉を掛けてくれた、そして私の料理を美味しいと言って食べてくれた、そんな彼らとの距離感を縮めたい私にとって、それはやってはならないことでしかないんだ。

 だからこその『降りてきても構いませんが、ボク個人としては来ないことをオススメします』という言葉だ。

 

 本当に分かりにくい人だ。

 こんなの、私じゃなかったら理解できなかったはずだ。普通の十歳児なら『降りてきても構いません』の言葉があった時点で好奇心に負けてしまうに違いない。

 

「……寂しいなぁ」

 

 冷蔵庫から出してきた麦茶を一息に煽った。湯上がりの火照った身体に冷たさが行き渡るのを感じながら、ため息と共にポツリと呟く。

 

 このまま部外者として一人で寝て、朝が来たらすぐに家に帰るのは寂しすぎるなぁ、と思う。

 人間の私が部外者なのは当然だ。でも数年前からとはいえ死神に囲まれて育ち、霊力だって持っている私は()()()()()()に片足を突っ込んでいる、いわば死神と人間の中間地点にいる存在なんだ。

 そんな私では、今更人間の中に混じって人間として生きていくには異端すぎる。だからといって、根本が人間の私は死神の中に受け入れてもらえる訳でもない。

 

 中途半端なんだ。要するに。

 

 馴れ合いが全てとは言わない。それでも、受け入れてもらえないというのは悲しいものだ。

 

 私は二杯目の麦茶を飲み干すと、ガラスのコップをキッチンで洗ってからソファに戻る。

 それからその上に横たわり、柔らかなブランケットにくるまった。

 

 それでも……悲しいなんて思ったって仕方ない。

 

 受け入れてもらえないなら受け入れてもらえるまで、根気よく信頼関係を築いていくしかないんだから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 虚化してしまった八人の死神達の定期検診。それが、浦原喜助が彼らの拠点を訪れた最大の理由だった。

 

 その検診に桜花を連れて行ったのは単純に彼らとの顔合わせのため、そして浦原商店にいる自分達とは別の実力者に会わせることによって経験を積ませてやろうという意図があったからに他ならなかった。

 

 しかし、まだ子どもとは言え桜花は人間だ。仮に彼らに冷たく当たられるようなら何とかして庇ってやるつもりで連れてきたのだけれど、そのような心配は無用だった。

 彼女は、浦原を迎えに来た猿柿ひよ里と鳳橋楼十郎が人間ではないことを見抜いていた。そして仮面の軍勢の拠点に着いてからも、彼らとの距離を一定に保ち、彼らから歩み寄ってくれるのを大人しく待っていた。まず間違いなく気になっているであろう仮面の軍勢の正体のことすら、訊ねようとしなかったのだ。

 

 だから浦原は地下に降りる前に、桜花にメモを残した。

 

「こないなこと書いてええんか?これやとあの子、降りてくるやろ」

「いえ、これで良いんスよ」

 

 桜花宛のメモを見て、彼らは揃って訝しげな顔をしていた。

 

「これで、ボクの言いたいことは伝わりますから」

 

 そんな疑問の声に、浦原は薄く笑って応えた。

 




八人もいると全員を均等に喋らせるのは無理ですね……贔屓は避けられない……

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