傲慢の秤   作:初(はじめ)

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十五、物理で起こす

 

 何かが割れるような派手な物音がして、目が覚めた。

 

 薄っすらと目を開けると窓の外は既に明るくて、私は朝の訪れを知った。

 私は寝ぼけ眼でソファの上に起き上がると、音の発生源を探して辺りを見渡して……ガラスのコップを落とした体勢のままキッチンの入口付近で固まっている拳西さんと目が合った。

 えっと、とりあえず。

 

「……おはようございます?」

「あー……起こしちまったか。悪いな」

「大丈夫です、どうせもう朝なんで」

「そりゃそうだな」

 

 納得したように頷いた拳西さんは、コップの破片があちこち散らばっていることを気にも留めずに泰然と一歩踏み出した。

 

「あ、ちょ……怪我しますよ」

「いいんだよ、んなもんで怪我するほどヤワじゃねーからな」

「今は義骸なんですから普通に怪我しますって」

「……どっちみち動かなきゃ片づけらんねーだろうが」

「私がやりますから、拳西さんはそこ動かないで」

 

 部屋の隅に置いてあった掃除機とゴミ箱を引っ張ってきて、まずは周囲に散らばった小さなガラス片を掃除機で吸い取る。それから大きな破片を拾ってゴミ箱の中に放っていく。最後にもう一度万遍なく掃除機をかけて、終了だ。

 

「なぁお前、義骸っつったよな」

「はい」

「どこまで知ってる?」

 

 掃除機を片づけて、そして歯を磨きに行こうとしたところで、拳西さんにそう訊かれた。その目は、やけに真剣だった。

 ここは勝負所だな。そう思った。

 

「どこまでって……拳西さん達が何かしらの事情を抱えた元死神だってことくらいですね」

「……喜助に聞いたのか」

「まさか。あの人に訊いたって何も教えちゃくれませんよ」

 

 下手なことは言えない。

 原作で知ったことは口に出してはならない。

 私は頭を回転させながら、慎重に口を開く。

 

「死神だった喜助さんの知り合いで、霊力からして人間じゃない。こんな大きな建物を隠せるだけの結界を張っている。変わった(つば)の刀を持っている人がいる。これだけ情報があれば誰だって辿り着けますよ」

「喜助が死神だったっつーことは、あいつから聞いてたのか」

「死神みたいなものって本人は言ってましたけど……斬魄刀を解放できる以上、死神の力を持ってるのは間違いない。でも死神っていうのは尸魂界(ソウル・ソサエティ)の組織に所属する存在のことだから、元死神ってところかなぁ、と」

「見たのか、あいつの始解」

「見ました。一度、その始解で命を救われたことがあって」

「なるほど。お前、歳の割に頭良いんだな」

 

 不意に、荒っぽい手つきで頭を撫でられた。

 あまりに唐突のことに少し照れてしまう。

 

「ふふ、大人っぽいって良く言われます」

「そうかよ。全く、(ましろ)やひよ里にも見習わせたいぜ」

 

 照れ隠しにドヤ顔で笑みを浮かべてみたけれど、そんなものは見抜かれてしまっているらしい。それでも、そのことについて指摘しないでいてくれる。

 そっか……そういえばこの人って、何やかんやで子どものように駄々をこねる白さんの世話を焼いていたりする、面倒見の良い人だったような。

 

 つまりこれは、上手くいったということなんだろう。

 

「朝ごはんの当番、拳西さんなんですか?」

「オレとラブだな」

「じゃあ私、歯磨きしてきたら朝ごはん作るの手伝いますね」

「あぁ? ガキは気ぃ使わなくていいんだよ」

「だって私、ずっと暇なんですもん……」

 

 昨日の夜だって放置されてて暇でしたし?

 暗にそんな意図を込めて口を尖らせる。

 

「あー……ったく……ほら、手伝わせてやっから今すぐ顔洗って歯磨いてこい」

「はい!」

 

 やった。料理の手伝いまで断られたらどうしようかと思った。これ以上疎外感は味わいたくない。

 嬉しくなった私は大きく頷いて、すぐに身だしなみを整えに向かった。

 

 

 

 洗面所から出てきても拳西さんは1人だった。まだラブさんは来ていないらしい。

 

「ラブさんは?」

「まだ寝てる。オレはちょっと寝たから良いんだが、あいつは徹夜したみてーだからな。まぁお前が手伝ってくれんだし寝かせといてもいいだろうよ」

 

 確かに。

 長く伸ばした真っ黒な髪をさっと後ろで一つにまとめてから、私はキッチンに入った。そして、手際良く卵焼きを作っている拳西さんの手元を覗き込んだ。

 

「……料理、上手いんですね」

「ずっとやってりゃ自然と上手くなる。意外か?」

「意外です。卵を割ろうとして握力で握り潰しちゃうイメージでした」

「お前意外と失礼なんだな……」

「素直なだけですー」

「へーへーそうだな。見てないでお前も何か作れ」

 

 何かって言われても……

 指定がないなら味噌汁でも作ろうかな。

 

「ここの人達って味噌汁は濃い方が好きですか? それとも薄めの方が良いですか?」

「濃い方だな。つーかお前、今から味噌汁なんて作んのかよ」

「二十分あれば余裕です」

「すげーな」

 

 そりゃあもう、慣れてますから。

 

 そうして味噌汁を手早く作った後、私は拳西さんに言われて地下に皆さんを呼びに行った。「叩き起こしても構わない」とのことらしい。私が行っても良いのかと疑問に思ったが、どうやら用事は一通り終わって寝ているだけだから大丈夫なんだそうだ。

 そこで私は遠慮なく地下に降りたんだけれど。

 

「生きてるの? これ」

 

 正しく死屍累々。

 徹夜したのが響いているからなのか、検査が体力を使うものだったからなのか。私には分からないが、とにかく皆さん倒れ込むようにしてあちこちで眠りについている。ローズさんとハッチさんの二人は普通に起きているみたいだけど、残りは喜助さんも含め全滅だ。

 

「一応生きてるさ。一応だけどね」

 

 私の独り言に、ローズさんが返事をしてくれた。

 

「徹夜なんてするから……そもそも何で深夜に?」

「ちょっとした手違いでね」

「はあ……」

 

 手違いって何だ。

 何をどう間違えたらこの人数が行き倒れみたいに眠ることになるんだ。上がれば自室なり何なりもあるだろうに。どうしてわざわざ土の上で寝るんだ。

 それにしても。

 

「起こすの気の毒だなぁ」

「良いんデスよ、気にしなくて。彼らにとっては朝食を食べそびれることの方が問題デショウ」

「えぇ……そうなんですか……」

「ボクも起こすの手伝おうかな」

「あ、お願いします。こっちは多分時間が掛かるんで」

 

 腑に落ちないがとりあえずは、床にうつ伏せに倒れて動かない喜助さんを起こすとしよう。

 

「喜助さーん。朝ごはんできたよー」

「…………」

「ほら、帰りの電車の中でも寝られるし、家に帰れば好きなだけ寝られるんだから」

「…………」

「ちょっと聞いてる?早く起きろー」

「…………」

「――"起きろ、喜助"」

「…………」

 

 駄目だ、起きそうにない。

 他の人達はちらほら起き始めているみたいだ。それなのに仰向けにして何度揺すっても声を掛けても、喜助さんは目を開ける素振りすら見せない。

 徹夜していたとはいえ本当に朝弱いよね、この人。

 こうなったら。

 

「三秒以内に起きないと蒼火墜当てるから。はい三、二――」

「──お、起きますっ! 起きますからそれは止めて!」

「おはよう、喜助さん」

「……はよっス」

 

 今までの様子はどこへやら。とんでもない勢いで飛び起きた喜助さんを見て、起こされたばかりの平子さんが含みのある笑みを浮かべていた。

 

「昨日から思とったけど、大人しそーな顔してエグいよなぁお前さん」

「喜助さんを起こそうと思ったらこれくらいしないと」

 

 夜一さん直伝、()()()起こす。

 もちろん最初は警告ぐらいじゃ起きないけれど、警告と共に何度か物理を体験させればいずれ本能的に学習するんだとか。夜一さんらしい暴論だが、あながち間違ってもいないから馬鹿にできない。

 

「……今、何時です?」

「朝の九時過ぎくらいかな」

「あぁ……三時間しか寝られなかった……」

「無理に起こしてごめんね。私、先に上がってるから」

「了解っス……」

「喜助お前、斬魄刀になっとったで」

「……はぁ?」

 

 平子さんはニヤニヤしていたけれど、本人は分かっていないみたいだ。

 ともかく配膳とか、その辺りを全て拳西さんに任せてきてしまったから、私はさっさと戻らないと。

 

「あー……そういやオレ、朝飯当番だったわ」

 

 忘れてたぜ、と寝起きにも関わらず星型を保っているアフロをガシガシ掻きながらラブさんがぼやいた。

 

「拳西さんが寝かせとけって言ってたんで……」

「そうか、代わりに嬢ちゃんが手伝ってくれたのか。悪いな」

「良いんですよ、どうせ暇でしたし」

「はは、違いねぇ」

 

 私の言いたかったニュアンスはちゃんと伝わったらしく、ラブさんは苦く笑っていた。

 

 最後まで起きなかった白さんは、ラブさんに俵抱きにされて連れて行かれていた。それなのに、食べ物の匂いを嗅いだ途端に飛び起きたのは流石だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 朝食後、喜助さんと私は早々にお暇することになった。次は二十年後だとか何とか言っていたことから、この検査が定期的に行われているものだったことが分かった。二十年後といえば、まず間違いなく原作は終わっているんだろうなと思う。

 

「ひよ里さんひよ里さん」

「何や、何べんも呼ぶなや」

「今週の土曜日に空座町で有名な花火大会があるんですけど、良かったら来ません? その日の夜はウチに泊まっていっても構わないんで」

「嫌や」

 

 即答。条件反射のように断られた。

 喜助さんにこっそり許可を取ってから、帰り際にダメ元で提案してみたんだけれど……ここまでキレイに玉砕してしまうと流石にちょっと凹む。

 もちろん、何の考えもなしにあんなことを言った訳ではないけれど……断られてしまっては仕方がない。

 

「えーっ! 何? 花火? お祭り? 行きたい行きたいっ! 行こうよ、拳西!」

「何でそこでオレの名前を出すんだよ。オレはテメーの保護者じゃねーんだよ」

 

 そこで唐突に話題に食いついてきたのは白さんだった。指名された拳西さんはすこぶる面倒そうだったが。

 

「ねぇ、()()()()っ! あたし行きたい! 行っていいっ?」

「もちろん、いいですよ」

「あーもう、勝手に話進めんなよな」

「えー?! 拳西行かないの? ねぇ行こうよ行こうよぉー!」

「行かねぇ」

「行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こ――」

「だぁーうるせぇ!! 行きゃいいんだろ、行きゃあ!!」

「やったー!!」

 

 騒ぎつつも結局は妥協してあげている辺り、やっぱりこの人は面倒見が良い。

 

「おい、そっちは何人くらい泊まれそうか?」

「五、六人は余裕っス。ですが、それ以上となると……」

「そうか、十分だ」

 

 拳西さんが頷く。

 ひよ里さんが来てくれるのがベストだったけれど、それでも拳西さんと白さんが来てくれるなら十分だ。私が上手くやれば()()は達成できる。

 

 どのメンバーが来るのかはまだ分からないが、土曜日の昼頃にはこの中の何名かが浦原商店にやって来るのは確定だ。

 

 なるほど、本命がダメだからといって諦めたりせず、周りを落としたり外堀から埋めたりするのも作戦の内なのかもしれない。

 今度また何かで試してみよう。

 




次は季節外れの花火大会です。
仮面の軍勢の話は二話くらいで終わらせるつもりだったのに、どうしてこうなった……原作開始まであとどのくらい掛かることやら……

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