傲慢の秤   作:初(はじめ)

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 連投その一。



二、死んだと思ったら

 

 

 

 死んだと思ったら、知らない街にいました。

 

 そんな冗談みたいな意味の分からない現象にぶち当たってしまった私は降りしきる雨の中、見たことのない建物の裏手で一人、途方に暮れてため息をついた。

 

「これから、どうしようかなぁ……」

 

 私に残る最後の記憶は、地下鉄の駅のホームで後ろから突き飛ばされて、何かが身体に激突して――とまあこんな感じだ。誰が何の意図をもって突き飛ばしてきたのかは知らないけれど、どう考えても身体に激突してきたのは地下鉄の列車だし、どう考えても私はその際に死んだはずだし。

 それならどうして死んだはずの私が見知らぬ土地で、着物なんか着て突っ立っているのか――そう、今の私は着物を着ているんだ。しかも、サイズの合っていないブカブカの。輪をかけて意味が分からない。

 

「なんか、ちっちゃくなってるし……」

 

 サイズの大きい着物の隙間からちょこんと覗く手のひらは、本来の私の手より一回りも二回りも小さかった。これではまるで幼児のそれである。これが、意味が分からないことの三つ目。まさか幼児化した探偵と同じ薬を飲まされた訳ではないだろうが、だからと言って死んだはずだということ以外の心当たりがある訳でもない。

 こうなってくると、考えられるのは一つ。

 

「……てんせい、ってやつなのかなぁ?」

 

 転生。

 実際に口に出すと、本当にそうなのかもしれないという気になってくるものらしい。むしろそれ以外に何があるんだ、という気さえしてきて、私は自らの根拠のない適応力に首を傾げた。

 

 不思議な話だ。前世での私は、周りの変化にこんなにすぐ適応できるような器用な人間じゃなかったのに。

 

 前の私はこれ以上ないほどに人見知りで、不器用な女子大生だった。苦手なものは、と訊かれると人間関係だと迷わず答え、そしてそれを改善できるほどの融通は持ち合わせていなかった。

 どうにも人と関わるということが好きじゃなかったようで、当然ながら友達なんて数えるほどしかいなかった。それでも、周囲の反応を気にするような性格ではなかったおかげか、そんな自分を気に病むようなことはなかった。こんな私を「お前はそのままのお前で良いんだ」と肯定してくれる両親がいたことが、私に自信を与えてくれていたのだろう。

 

 それに対して今世での両親ときたら……と私は再度ため息をついた。何をどうしたらこんな幼い子どもを雨の中一人で放置するような事態に陥るのか、理解できない。何かの手違いで迷子になってしまった可能性はある……が、こんな誰一人として通り掛からない路地裏で、さらにはこんな激しい雨の中で迷子になるなんて不運なんてレベルじゃない。

 

「まぁ……こんなところでかんがえててもしかたないか……」

 

 幼いせいか、どこか舌足らずな口を動かして呟くと、私は一歩前に踏み出して。

 ――そのまま雨でぬかるんだ地面に倒れ伏した。

 

「――え?」

 

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。何か硬いものでしたたかに打ち付けた頭がぐらぐらするのが治まってやっと、私は自分が地面に横たわっていることに気がついた。そして、さっき頭をぶつけたのは地面だったらしいということにも。

 

 不思議だ、私……前に進もうとしたはずなのに。さっきまでちゃんと立ってたはずなのに。

 

「なんで……わたし……」

 

 何で、動けないんだろう。

 何で、こんなに身体が重いんだろう。

 ――何で、茶色いはずの泥が()()()()なっているんだろう。

 

 切れかけの蛍光灯みたいに視界が明滅して、ふいに電源が落ちたように何も見えなくなった。

 

 次いで雨が身体を叩く感覚も消え失せて、残った聴覚がカランという木の音を拾ったのを最後に、私の意識は暗闇に沈んでいった。

 

 

 


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