思うに学校の制服というものは、概して防寒機能の足りないものばかりだ。そしてそれは、我らが馬芝中学校の制服にも当てはまることでもあった。
「制服をミニスカートにした人って頭おかしくない? 絶対犯人は男だと思うんだよね、だって丈の長さに男の願望溢れてるし」
「え? 確かあれは、普通に女の子が可愛いからって言って短くしたんじゃなかった?」
「頭おかしいのは女もだった……」
どちらにせよ、一月の寒空の下を歩くのに広範囲に渡る素肌を晒すようなミニスカートを強要するなんて、正気の沙汰じゃない。さらにうちの中学ではタイツの着用すら禁止されている辺り、何か執念のようなものを感じるレベルだ。
「桜花ってそういうところババ臭いわよね」
「ババ臭いって……」
あながち間違いでもないのが悲しいところだ。私の精神年齢は現段階でどう見積もっても三十代……人間だと、人によっては喜助さんや夜一さんより歳上に見える年代だ。そりゃババ臭くもなる。
「分かったら、もう文句言わないの」
「えぇー……由衣は寒くないの?」
「寒いに決まってるじゃない。でもわたしは言ってもどうにもならない文句は言わない主義なの。あんまりグチグチ言うようなら、うちの担任と教頭の交際話聞かせるわよ。とんでもなく生々しいやつ」
「生々しいのはヤだなぁ……ていうか、あそこ付き合ってんの?」
「え? 知らなかったの? これけっこう有名なのに」
終業後は由衣と二人で、下らない話をしながら帰る。八年前に知り合ってから、ほとんど変わらない習慣だ。
学校では未だに由衣と一護と竜貴を含む数人しか友人のいない私はともかく……昔はぼっちだった由衣も、今では大量の知り合いや友人がいる怪物みたいなコミュニケーション能力の持ち主だ。それなのに何故私と行動を共にしてくれるのか……
それが、一番仲の良い友達だから、なんていう理由であってほしいと思うのは欲張り過ぎだろうか?
「わたし、生徒会に入ればよかったって後悔してるのよね」
「生徒会? 何でまた」
「生徒会に入れば、もっと活きのいい情報が入ってたかなって。役職は……書記辺りが動きやすくて丁度良さそうね。高校でやろうかしら」
「結局はそれか」
「今の時代、情報を持ってる奴が勝つのよ」
「否定はできないけど――っと」
「どうしたの?」
由衣が、どうしたのかと首を傾げる。
「あぁいや、ちょっと用事思い出して……悪いけど先に帰っててくれる?」
「良いけど……何の用事?」
「ただの忘れ物。……じゃあね、また明日」
「……うん。またね」
そう言って見送ってくれた由衣の表情はいつもと変わらなかったが……怪しまれている。確実に。
「もうちょっとマシな言い訳があればいいんだけど……」
何日の何時に来ると数日前から分かる訳もなし。急に現れる虚を狩りに行くのに、咄嗟に理由をでっち上げなければならないんだから大変だ。まさか、毎回毎回仮病を使う訳にもいかないし、だからと言って毎回忘れ物を取りに行っていては健忘症を疑われかねないし。
私は走りながら、ポケットから義魂丸を取り出した。それを口に放り込む。
ポン、と何かに弾かれるような感覚がして、私は死覇装姿になった。
「先に家に帰ってて」
「りょーかい!」
直立して了解とポーズを決める改造魂魄を置き去りに、私は瞬歩でその場から離れた。
虚は、先程由衣と歩いていた通りから1キロも離れていない住宅街の中に現れた。
仮面がやけにのっぺりとしている以外に特徴はない、ごく普通の虚だ。ソイツはすぐに私の存在に気がついて、勢いよく突進してきた。刀を持った死神相手にがむしゃらに突っ込むのは下策でしかない。きっとまだ経験の浅い虚なんだろう。
私はスラリと刀を引き抜くと、ソイツが間合いに入った瞬間を見定めて振り下ろした。
「ガアァアアァ!!」
脳天から尻尾の先まできれいに裂けた虚が絶叫する。
勢いは向こうがつけてくれた。だから私は刀を振るだけでよかった。ここまで簡単だと、もう作業でしかない。
「こんなの、こっちに駐在してる人が処理すればいいのに……」
重霊地で手が足りないからって、物には限度ってものがある。いちいち私を駆り出さないでほしい。
先月学校に現れた巨大虚クラスならともかく、この程度なら席官じゃなくたって勝てるはずだ。給料だって
今度、空座町担当の死神が店にやってきたら蹴飛ばしてやろう。
そう決意して、刀を収め――
「……なぁんちゃってぇ」
「――っ?!」
後方から聴こえた、粘着質な声。
ぞわっと鳥肌が立って、振り向きざまに飛び退る。
「ねぇ、僕の演技どうだったぁ? 僕が死んだと思ったよねぇ? そうだよねぇ、僕ってば真っ二つだったもんねぇ。酷いことするもんだよぉ。お前には心ってもんがないのかい?」
「お前……何で……」
確かに斬った。手応えもあった。
だから、この虚は崩れて霊子になるはずだったのに。それなのに。
――どうして、真っ二つになったまま言葉を話しているのか。
「仮面は割ったのにぃ……って顔してるねぇ」
左右に割れた身体が震え、ユラリと形を崩した。粘り気のある液体のように不安定に揺れていたソレは、自慢げな言葉と共に二つに分かれたまま形を成し始める。
「いいよぉ、教えてあげる。僕はねぇ、斬れば斬るほど分裂してぇ、数が増えていく特別な虚なんだよぉ」
「…………」
その説明が終わる頃には、二つの粘体は二匹の虚の形に変化していた。サイズは元の半分程度……どうやら分裂すればするほど小さくなっていくようだ。
「だからねぇ、刀を使うことにしか能がない死神に僕は倒せないんだぁ! それにぃ、僕には人げ――」
「ご丁寧にどうも。"縛道の九・撃"」
「うわぁっ!?」
詠唱破棄でも威力は五年前の数倍だ。この程度の虚に使うには強力すぎるくらいだけれど、逃げられてしまっても困る。念には念を、だ。
「何だそれっ! 卑怯だよぉ!」
「鬼道を知らない、か……」
達者なのは口だけのようだ。"撃"の赤い光で二体まとめて縛られた虚が叫ぶ。
卑怯も何も、もともと私が得意なのはこっちだ。
まだ始解もできない私は下手に刀を使うより鬼道の方が威力があるというのに、刀が通用しないだけで呑気なものだ。
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ、真理と節制、罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ――"破道の三十三・蒼火墜"」
構えた手のひらに集まる光を、虚は呆然と見つめていた。やがて集まった光は、拘束された虚に吸い込まれるかのように真っ直ぐ飛んでいった。
断末魔。
「簡単な話だよ。斬っても倒せないなら、燃やし尽くして灰にしてしまえばいい」
虚の身体が少しずつ崩れて消滅していくのに従って、悲鳴もだんだんと萎んでいく。詠唱ありの"蒼火墜"だ、この程度の虚ではひとたまりもないだろう。
やがて、声は消えた。姿も、霊圧も、ソイツを形成していた霊子そのものも消え失せてしまった。
◇ ◇ ◇
翌朝。訳あって学校に到着するのが遅くなってしまった私は、珍しくチャイムと共に教室に滑り込む羽目になった。
危なかった。あと十数秒遅れていたら遅刻だった。
「どうしたの浦原さん、あなたが遅刻ギリギリなんて珍しいわね」
「ちょっと寝坊しちゃいまして……すみません」
「まぁ……そんな日もあるわよね。気をつけなさいね」
「はい」
これこそ、普段の生活態度の賜物だ。
規則に厳しいうちの担任が、寝坊で遅刻しかけたのを見て『そんな日もある』だなんて、めったにあることじゃない。先生に好かれるような『いい子』振っといてよかった。
「何かあったの? 桜花ちゃんが寝坊なんて珍しいね」
「ちょっと遅くまで本を読んでて……」
本を読むのが好きなのは事実だけれど、寝坊に関しては嘘だ。
登校中にも関わらず出現する虚と、手が回らないからと私に出向かせるこの町駐在の死神と、先に学校へ行けと言いつけたのに寄り道をしていた改造魂魄と。悪いのはその全員だ。
「ほら、その話は後でね。先生に怒られちゃうから」
そう言って、さっさと話を終わらせてしまう。
なぜなら、隣の席から小声で話しかけてきたのがあの井上織姫だったからだ。
井上織姫――そう、去年私が死なせた人の妹だ。
もちろん井上織姫は、その事実を知らない。そして、そんなことを隠しながら表面上だけでも彼女と親しくできるほど、私の面の皮は厚くなかった。だから、せめて原作に入るまでは絶対に関わらないと決めていたのに。
それなのに、この子は中学二年生になってクラスが同じになるや否や、何故か私に頻繁に話しかけてくるようになった。大した用がなくても、だ。
それに彼女は、同じくうちのクラスである竜貴と行動を共にしている。そしてどうしようもないことに、その竜貴と私と由衣は仲が良い。結果的に、どう足掻いても井上織姫と関わらなければならない状況に追い込まれてしまうんだ。
――どう足掻いても逃げきれやしないって、分かってるでしょ?
心の中で男の子の声がした。こいつは私の斬魄刀だ。まだ、名前は教えてもらっていないけれど。
――それ以上は逃げちゃダメだよ。それも引っくるめての、覚悟なんだから。
分かってる。分かってるよ。だからほら、今もちゃんと対応したじゃないか。
――返事が固すぎなんだって。彼女、桜花に冷たくされて悲しんでるよ。
そんなの分かんないでしょ。
――分かるに決まってるじゃないか。
何が決まっているのか。そう訊ねたものの、それきり斬魄刀は沈黙してしまった。どうやら、これ以上の問答をするつもりはないらしい。
「――これでホームルームを終わります。一限は体育ね。皆、遅れないように!」
担任のその言葉で、ホームルームは終わりを告げた。斬魄刀と対話していた私はほとんど担任の話を聞いていなかったけれど、多分大丈夫だ。中学校の朝のホームルームなんて、どうせ大したことは言っていないんだから。
私はゾロゾロ歩くクラスメイトに混じって更衣室に向かい、服を着替えた。
「何よ、その顔」
「体育が……やだなぁって……」
「まーた言ってる。嫌だって言ってもどうにもならないのに」
「そうだけど……」
人間基準の平均的な運動神経に合わせて微調整するのは面倒。さらには、その調整に失敗して全力を出してしまえば人外確定。だったらいっそのこと常にビリを狙った方が無駄な体力を使わずに済む上、入る気もない運動部の勧誘を受けずに済むのではないか。
そもそも、そういう理由で作った『設定』だった。けれど――
「あれ? 桜花ちゃん、元気ないね」
由衣と連れ立って体育館に入る。集合場所は体育館のステージの前だ。
「元気? ある訳ないじゃん」
「全くあんたは……」
体育教師がまだ来ていないからと、のんびり歩く私達に後ろから声を掛けた人がいた。井上織姫と竜貴だった。
「本当は運動神経いいのに……もったいないよなぁ」
「えっ! そうなの?」
「織姫、気づかなかったの?」
そう――この嘘、既に竜貴にはバレている。そして竜貴にバレているということは、由衣にもバレているということだ。ついでに言うと、今井上織姫にもバレた。
一護に関しては、バレるバレない以前の問題だ。あいつは私が鬼道をバンバン撃って宙を走り回るのを見ているんだから。
「普通は気づかないもんなの。そんなの気づく竜貴がおかしいんだよ」
「身体の動かし方を見れば、運動神経なんてすぐ分かるって言ったろ?」
「だから普通はそれが分かんないんだって」
「たつきちゃん、流石にそれは普通の人には分かんないと思う」
「そうかなぁ?」
小学四年生の時、竜貴に言われたんだ。「あんた、ホントは運動神経いいでしょ」と。
上手に流せたらそれが一番だったけれど、身体の動かし方という視点から指摘されてしまってはもう否定のしようもなかった。
「他のことは真面目なのに、何で体育だけサボるかな」
「身体動かすの好きじゃないって前に言ったでしょ? そもそも全部に力入れてたら、あっという間にガス欠になるだろうしねぇ……」
むしろ学校で力を抜かなければいつ抜くんだという話だ。私にとって今一番どうでもいいのが学校の授業なんだから。
「……あれ」
ふと、そこで気がついた。
さっきから由衣が一言も喋っていないことに。
「どうしたの由衣。さっきから黙っちゃって」
「…………」
「……調子でも悪いの?」
うつむいたまま何も言わない友人の顔を、何気なくヒョイと覗き込もうとして――腕を掴まれた。
「――つぅかまぁえたっ」
「っ……?!」
背筋に、何か冷たいものを押しつけられた――まさに、そんな感覚。
「ふふふ、僕に攻撃しちゃ駄目だよぉ? だってぇ……この身体はお前のオトモダチのものなんだからぁ」
由衣の口が小さく動いて、由衣の声でささやくような言葉を紡ぎ出す。
しかし、その言葉は彼女のものではない。彼女の意思に基づいて発せられた言葉ではない。
「本当はもうちょっと隠れておくつもりだったんだけどねぇ……我慢できなくなっちゃってねぇ……ふふ、ふふふっ」
由衣は……いや、由衣の皮を被ったソイツは。
ただ愉悦だけを含んで――嗤っていた。