傲慢の秤   作:初(はじめ)

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二十六、生き別れの双子

 

 ストーリー開始のXデーから一夜明け。朝の八時過ぎ頃、私は義骸に入ったルキアと共に高校に向かった。実は一護の家の前の通りが通学路だったりするんだけど、そこは当然迂回した。

 

 職員達は、あまりに瓜二つな私達を見て目を丸くしていた。事情があって別々に暮らしている一卵性の双子だという、喜助さんが流した嘘の情報を信じ込んでいるようで、転入手続きも済んでいるとのことだった。

 夜が明ける前にそこまで手回ししてしまうなんて、あの人きっと昨晩は寝てないんだろうなぁと思う。他人事のように。いつも研究のために何徹もしているんだから、このくらい何てことないに違いない。

 

「朽木ルキアだ。よろしく頼む」

 

 そう簡潔に言って軽く頭を下げたルキアに、クラスの皆は釘づけだった。いや……ルキアにというよりは、ルキアの外見に、かな。

 

「気になってる奴も多いだろうが、朽木は浦原の双子の姉だそうだ。苗字が違うのは別々に暮らしているからで……あとは、まぁ……あれだ。質問ある奴は休み時間にでも聞いとけ」

 

 そんな越智先生の緩い言葉でホームルームは締められた。明らかなる説明不足だ。絶対あれ途中で面倒臭くなっただけでしょ。

 当然、そんな紹介ではクラスメイトの興味や関心は煽られるだけで……よって次の休み時間、私とルキアは凄まじい質問攻めに遭った。

 

「ちょっと桜花! 双子だったなんて聞いてないよ!」

「や、そりゃ言ってないし。訊かれてないし」

「……ちょっとコイツ殴っていいか?」

「止めてたつきちゃん! 桜花ちゃん死んじゃう!」

 

 他にも、竜貴に撲殺されそうになったのを織姫が止めてくれたり。

 

「ルキアちゃん、だっけか。ホント、ビックリするぐらい似てんなぁ。違うのは目の色くらいか?」

「ふふん、血が繋がっているからな! 当然のことだ!」

「何でそんなに嬉しそうなのルキア……」

 

 啓吾に私と似ていると言われて、ルキアが無い胸を張っていたり。

 

「浦原さんより話し方が堅いんだね、朽木さんは」

「む、これは癖のようなものでな。変か?」

「まさか。良いギャップになってると思うよ」

「うわ、気をつけてルキア。水色の魔の手が」

「失礼だなぁ。ぼくの恋愛対象が年上の人だけなの、知ってるでしょ?」

「……ルキア、マジで気をつけなよ」

「何を気をつけるのだ?」

 

 ルキアに、水色は危ないと忠告したり。

 

 とにかく、ルキアは漫画よりもあっさりクラスに溶け込めたみたいだ。潤滑油として私がいたのと、少なくともお嬢様口調よりは親しみやすい話し方が理由だろう。

 

 授業中は、ルキアの補助で正直授業どころではなかった。何せルキアは義務教育を受けていない。書類仕事のための簿記のようなものは真央霊術院で身につけたようで、そのため一限目だった数学は何とかなりそうだった。

 が、問題は他の教科だ。二限目の英語なんて、もう壊滅的だった。

 

 ルキアの席が私の隣だったことが唯一の救いか。越智先生が気を回してくれたのか、喜助さんが手回ししてくれていたのかは謎だが、とにかく助かった。

 

「そういや遅いね、一護」

「え?」

「一護のこと、考えてたんでしょ」

 

 二限目と三限目の間の休み時間、ぼんやりとする織姫に向かって竜貴が言った。中学生の頃から変わらず織姫は一護一筋のようで、楽しげに一護の魅力を語っていた。そんな彼女を見てルキアが、「貴様、正気か?」と言いたげな顔をしていた。

 うん、その気持ちはすごく分かる。一護に関してはもう、私にとっては幼馴染というより弟でしかないからね。何がどうひっくり返っても恋愛対象にはなりそうもない。

 

「今日休みかもしんないよ、一護」

「え、何で?」

「あれ? 浦原さん、いつも一護ん家の前通るよね?」

「……あぁうん、今日はルキアもいたから違う道通ったんだよね。知り合いに会ったら絶対質問攻めにされるでしょ? あんなのは一度で十分だから」

「あはは、確かにね」

 

 私は困ったように笑ってみせた。

 事前に考えておいた訳でもないのに、流れるように嘘が口から出てくる。そして、もうこんなことでは心も痛まない。

 

「で? 何で一護は休みなんだよ」

「あぁうん。今朝一護ん家に寄ったら壁にでっかい穴が空いててさ、何か夜中にトラックに突っ込まれたって言ってた」

「トラックゥ!? じゃあ何? あいつ怪我したの!? それとも死――」

「でねぇよ」

 

 慌てる竜貴の頭にカバンをぶつけて、その言葉を遮ったのは一護だった。早とちりに気づいた竜貴は殴られた後頭部に手を当てて、照れたように口を尖らせた。

 

「ウチの連中は全員無傷だ。残念だったな」

「黒崎くん! おっ……おおお、おはよう!」

 

 織姫が嬉しそうに声を掛ける。幸せそうな顔しちゃってまぁ。

 

「お、おうっ……? 今日も幸せそ――」

「……? どうしたの、一護。って……あぁ、そういうことね」

 

 話しながら席についた一護が、私の方を見て静止した。何事かと首を傾げた水色も、すぐに察してなるほどと頷いた。

 

「遅いぞ、黒崎一護」

「なっ……おおお、お前……!! 何でここに……?!」

「おはよう一護。何ビックリしてんの? ルキアのことは知ってるくせに」

「そりゃあ……知ってるも何も――」

 

 昨日会ったし。恐らくはそう言いかけて、しかし踏みとどまった一護が何かを飲み込むように口をつぐんだ。いくら平常心ではないとは言え、昨晩の出来事を大衆の面前で暴露するのはマズい、という判断力くらいはあったらしい。

 

「えぇっ?! 一護あんた、ルキアのこと知ってたの?!」

「ずるいぞ一護ぉ! お前だけ知ってるとかっ!」

 

 何やら騒いでいるクラスメイトたちは、とりあえずスルーだ。まずは一護に色々と説明しておかなければ。

 

「ねぇ一護。積もる話もあることだし、ちょっと顔貸してくれない?」

「おまっ、どこの不良だよ!」

「ほら、ルキアも行こう?」

「そうだな、ちょうど三人だけで話がしたかったところだ。三人だけでな」

「何っでだ! だいたい何でコイツが――」

「ねぇ」

 

 騒ぎ続ける一護を遮る。

 私は努めて友好的に笑って、幼馴染の肩に手を置いた。

 

「黙ってついて来ないと飛ばすよ」

「…………」

 

 何を飛ばすのかは言わずもがな。掴んだ肩を引き寄せ、顔を近づけて小声で囁いてやると、それだけで一護は全てを察して瞬時に口を閉ざした。

 小学一年生の時に確立した上下関係は未だ健在。いつの間にか30センチ近く身長差ができてしまったけれど……中身と身長は関係ないし。

 

「あんたら授業はどうすんの?」

「サボタージュ」

「出たよ、桜花のサボり癖。体育以外は真面目にするんじゃなかったの?」

「いやぁ、まぁ……次、越智先生だから大丈夫でしょ。そうだ、腹痛でトイレに行ってるって先生に伝えといてくれない?」

「はぁ? 三人とも? 嫌だよ、あたしが嘘ついてるみたいになっちゃうじゃん」

「みたいじゃなくて、つくことになるね。まぁ、その辺適当によろしく」

「はぁ……。っとにこの子は……」

 

 そう言いつつも、本気で私を引き留めようとはしない竜貴には頭が上がらない。事情があるとはいえ、不真面目な私の相手をし続けてくれるんだから。

 

 私は一護とルキアを伴って教室を出た。目指すは校舎裏。あそこなら誰にも邪魔されることなく一護と話ができる。校舎を出た途端、始業のチャイムが鳴ったが無視した。

 半強制的に連れてこられた一護は若干不機嫌だった。まぁ、その怒りももっともだ。こんな訳の分からない状況、私だったとしても怒るに違いない。

 

「んで? こんなトコにまで連れてきてどうするってんだ」

「ちょっと説明をね」

 

 長い間、手入れがされていないからか。風雨に晒され続けたアスファルトには大きな亀裂が走っていて、その隙間から生えた雑草が小さな白い花を咲かせていた。

 私はその割れ目に靴の爪先を引っ掛けて、外してを繰り返しながら、前置きの言葉を選ぶ。

 

「話が長くなっちゃうかもだけど、付き合ってくれるとありがたい。一護にとってすごく重要なことだから」

 

 一護にとってというよりは、私にとっての方が正確かもしれない。そんなこと、口には出さないけれど。

 

「……しょうがねぇな」

 

 一護は少し間を置いて、そして頷いた。

 

 話したのは、尸魂界(ソウルソサエティ)と死神のこと。(ホロウ)のこと。浦原商店の裏の顔のこと。私の生まれと本名のこと。私には昔の記憶がほとんどないということ。私とルキアとの間に血の繋がりがあること。

 

「まさかマジで親戚だったとはな……つーか、桜花お前、やっぱり人間じゃなかったんだな……」

「やっぱりって何」

「いや、空中飛び回って変な術使って化け物……虚、だっけか? そんなのと戦ってる時点でヒトじゃねぇだろうよ」

 

 ……もっともである。

 

 その後ルキアの口から、今の彼女には死神の力がないということと、その代わりに一護に死神業を手伝ってもらわなければならないことが告げられた。

 

「今の私に戦う力がない以上、これも致し方ないことなのだ。虚退治は桜花も手伝ってくれるが、担当外の者に全てを任せる訳にもいかぬだろう」

「おいおい、俺だってその担当外ってやつじゃねぇのかよ」

「たわけ! 担当である私の力を使っている時点で、私の仕事は貴様の仕事だ!」

「そりゃ屁理屈ってんだろ……」

 

 これから一護は見ず知らずの死神である藍染に、成長を促すために幾度となく死地に送り込まれることになる。全く、一護からしてみればとんだ災難だ。

 

「…………」

 

 考え込む一護を見て、即答ではないにせよ最初は断られるんだろうなと思った。何が嬉しくて、自ら進んで危険な戦いに飛び込むのか。

 

 しかし、一護の答えは私の予想とはかけ離れたものだった。

 

「……いいぜ。死神とやらの仕事、手伝ってやろうじゃねぇか」

「ほう、なかなか話の分かる奴ではないか」

 

 一世一代の決意をしたような、それでいてどこか嬉しそうな表情で、一護は私達をまっすぐ見つめていた。

 

「……どうして嬉しそうなのか、とか。訊いてもいい?」

「あー……それは、まぁ……あれだ」

 

 一護は自らの頭をガシガシ掻き、そして照れたような、気まずそうな顔で口を開いた。

 

「昔、さ……お前が化け物から俺とおふくろを助けてくれたこと、あっただろ? あの時は……俺が馬鹿で頼りなかったばっかりに、お前に怪我をさせちまった。本当に、情けなかったよ」

「…………」

 

 何のことだ、と私を見たルキアに首を振った。後で説明してあげるから、さ。

 

「親父もおふくろも、ぜってー何か知ってんだ。あの時襲ってきた奴が何なのか、二人には分かってたんだ。でも親父達は、二度とああいう化け物には近づいちゃならないってことしか教えてくれなかった。桜花にも化け物のことは訊いちゃ駄目だって念押しされてなかったら、きっとお前を質問攻めにしてただろうな」

 

 あの時は、俺にだけ秘密にするなんてズルい、だなんて考えてたんだけどな。

 そう言って一護は足元に目を落とし、それから再び私の目を見た。

 

「今なら分かるよ。あんな怪物、ちょっとユーレイが視えるだけの俺にどうこうできる代物じゃねぇ、ってな。親父達は俺に何も言わないことで、俺を護ろうとしてくれてたんだ」

 

 お前も、そうだったんだろ? 言外にそう言われた気がして、私は居心地の悪さから目を逸らした。

 

「由衣の時だって……俺に力さえありゃ、お前一人に全部を背負わせなくて済んだかもしれないってのに――」

「ちょ、っと待って……あんた、どこまで知ってるの?」

「どこまでって、そりゃ由衣の、その……死因ってやつが、ただの事故なんかじゃねぇってことは、知ってるけど……」

 

 別に今更、その程度の話を聞いたくらいで落ち込むほどヤワじゃない。だから、そんなに気を遣わなくてもいいのに。

 

 でも今はそんなことより、だ。

 私は言いづらそうにモゴモゴと喋る一護に詰め寄った。

 

「……それ、誰から聞いた?」

「浦原さんだけど」

「あんの下駄帽子が……」

「まぁ、あの時も詳しい話はしてくれなかったんだけどな」

 

 一護に教えるなら教えるで、私に一言あっても良かったんじゃないか。いくらあの時の私がぶっ壊れてたからって、その件について触れないまま数年過ごすなんて。あの喜助さんが言い忘れるなんてことはあり得ないから、これは絶対に確信犯だ。

 アスファルトに視線を落として、ため息をつく。今の私は相当に苦い顔をしているに違いない。

 そして私は、再び一護の顔を見て――驚いた。

 

 一護が、今まで見たことがないほど清々しい笑顔を浮かべていたからだった。

 

「でも、この力を手に入れた途端、お前は全てを話してくれた。つまり虚っつー化け物と渡り合えるだけの力を、俺が手に入れたってことだ。これでやっと、俺にも護れるんだ……嬉しくねぇハズがねぇだろ」

「あ……そっ、か……」

 

 報連相がなっていない喜助さんへの怒りが、一護の言葉で一気に霧散した。

 

 悔しかったんだ、一護は。戦う術を持たないからと、知ることすらできずに保護されることが許せなかったんだろう。

 戦わなくても誰かに守ってもらえるならその方が良い、私ならそう考える。でも目の前の幼馴染は違ったらしい。

 

 それは彼が男の子であるからなのか。それとも彼が黒崎一護であるからなのか。いずれにしても――

 

「なぁにニヤついてんだ」

「いや、ね。体はデカくなっても、根っこは相変わらず素直なんだなぁって」

 

 お姉さん嬉しいよ、と口元を緩めると軽く頭を叩かれた。

 

「いてっ」

「誰がテメェの弟だよ。いい加減そのネタやめろよな」

「いやいやー、私からすれば一護はまだ子どもだから」

「嘘つけ、お前俺と同い年じゃ――ちょっと待て。そういやお前ヒトじゃねぇんだったな。ホントはいくつなんだ?」

「まぁ……五十はいってる、かなぁ。ただ、尸魂界(あっち)での記憶と現世(こっち)での記憶を合わせても十五、六年分ってとこだから、一概に五十歳だとは言えないんだけどね」

「五十って、お前……ババアじゃねぇか――痛ぇっ!」

 

 失礼なことを抜かした一護を蹴飛ばしてやった。コントみたいにキレイにひっくり返っていた。ざまぁみろ。

 まぁ確かに、高校生の幼馴染が実は五十代の中年女性でしただなんて、かなりショッキングな事態であることは間違いないが。

 

「ふむ……記憶がなくとも、精神年齢は身体の年齢に引きずられるのか」

「ん?」

 

 その時、ルキアが独り言のように呟いた。

 

「しかし人間の幼馴染とは、身体の成長を合わせるのは大変だったろうに。義骸でも使ったのか?」

 

 なかなか鋭い指摘だ。いずれ突っ込まれるだろうとは思っていたが。

 

「まぁ、そんなとこかな。喜助さんはああ見えて天才だから」

「なるほどな」

 

 ルキアが納得したように頷いて、自らの手のひらを見下ろした。喜助さんの技術力の高さは、ルキアも身をもって知っている。

 

 例えば今ルキアが入っている、()()()()霊圧完全遮断型義骸……とか、ね。

 


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