限定に関しては本当にすみませんでした。不定期更新であることに変わりはないですが、何とか完結させられたらなと思っています。
ルキアの伝令神機の音が鳴り響いて、私達の会話は途切れることとなった。時計を見る。午前十一時四十五分……なるほど、一護の初仕事の時間だ。
悟魂手甲で死神姿になった一護は、ルキアと連れ立ってギャーギャー騒ぎながら走り去って行った。
私? 私は一護の身体を隠すついでにサボり延長中だ。いくら手を抜けるところは手を抜くのがデフォルトな私でも、
「曲光を張るあたり徹底しとるの、おぬしも」
「のわぁっ!?」
「何じゃ、色気のない声を出しおってからに」
隣から突然聞こえた声に飛び上がりそうになった。見ると、アスファルトに座った黒猫が大きな欠伸をしているところだった。霊圧を消して近づいてきたのか、余程私が気を抜いていたのか。全然気がつかなかった。
「……何で曲光掛けてるのに見えてるの。夜一さん」
「見える訳なかろう。曲光の分の霊圧がだだ漏れじゃったからの」
「あぁそう……」
「それにしてもあの小僧、ババアとは言い得て妙じゃのう」
「……私がババアなら夜一さんはお婆さん、いや年齢的にはもう死んでる――痛っ!?」
「口には気をつけることじゃな」
何故見えていないのに拳が当たるのか。霊圧だって曲光を保っている分が漏れてるだけで、私自身の居場所を特定できるほどのものじゃないのに。規格外か。
「……うわ」
夜一さんの霊圧が変わったことに気づいて何気なく隣を見ると、夜一さんが人型になっていた。流石にそれはマズいだろうと口を開く。
「屋外で全裸って……早く猫に戻りなよ」
「む? おぉ、そういえば裸だったな」
ポン、と軽い音と共に、夜一さんの霊圧が再度変わる。
便利だよなぁこの術。四楓院家の秘術だとか何とか言って、結局仕組みは教えてくれなかったんだよね。
「帰ってきてたんだ」
「あぁ、先程な。……しっかし似とる似とるとは聞いておったが、想像以上だったのう」
あれではまるで双子ではないか。そう言って夜一さんは楽しそうに、からからと笑った。
「夜一さんもしかして、商店の皆から話聞いてわざわざルキアを見に来たの? 学校まで?」
「何、大した距離ではなかろう」
暇か。
そんな言葉を飲み込んで、私は代わりに小さく呟いた。
「まぁ、妙な気分だよ。私がもう一人いるみたいでさ」
「その上、相手は自分のことを知っておるのに自分は相手を知らない……とな」
「そう、問題はそれなんだよ」
何かこう、これで良いのか? なんて思ってしまうんだ。
でも、気にしたって記憶が戻ってくる訳でもないし。崩玉を埋め込むなんていう非人道的なことを容認してしまっている以上、下手に記憶なんて戻ってきたらそれはそれで厄介だし。
「そう気にするな。慣れじゃ、慣れ」
「だよねぇ。とりあえずは現状を楽しむとするか」
一護の物語が始まったんだ。これからは、今まで以上にたくさんの漫画の登場人物達に会うことになるだろう。
私の記憶に関しては前途多難だけれど、考えても解決しないなら気にしないのが吉だ。
その時、終業を告げるチャイムが鳴った。途端に、校舎からザワザワとした喧騒が聞こえ始める。生徒が何人か目の前を歩いていったけれど、彼らは夜一さんにも私にも気づかない。片や霊体で、片や姿を隠す縛道である曲光を掛けているんだから当然だ。
彼らが完全に去ってしまってから、私は口を開いた。
「んー……そろそろ二人も帰ってくる頃かなぁ」
「ただの虚退治じゃろう?」
「うん」
「ならば、そろそろじゃろうな。さて、儂も戻るとするかの」
「一護とルキアには、正体明かさないの?」
実を言うと一護は、夜一さんとも鉄裁さんとも面識があったりする。ただ一護に会った時の夜一さんは黒猫だったし、当然口もきいていない。だからきっと一護は、未だに夜一さんをただの猫だと思っているはずだ。
「いずれは明かすことになるじゃろうて。しかし、それは今ではない」
「そっか」
夜一さんに言う気がないなら、私は別にそれで構わない。
いつ明かすにせよ、夜一さんの一糸まとわぬ姿を見て焦る一護の姿が目に浮かぶようだ。
そうそう、こういう面白そうな出来事だってあるんだから。
「じゃあの」
「んー、じゃあね」
夜一さんは来たときと同じように、音もなく去っていった。それと入れ替わるように、虚退治に出掛けていた一護とルキアが帰ってきた。
相変わらず何やら騒いではいるが、いいんだろうか。今の状態だと一般人からは、ルキアが一人で大声を出しているようにしか見えないだろうに。
「あれ? あいつどこ行ったんだ?」
夜一さんみたいに詳細な位置まで特定せずとも、何となくこの辺にいる、くらいは分かってもいいんじゃなかろうか。私自身の霊圧は霊圧完全遮断型義骸で隠匿されているものの、曲光の分の霊圧は微細ながら漏れ出ているんだから。
霊圧の多くを失っているルキアはともかく、万全のくせしてキョロキョロと辺りを見渡している一護は、早急に霊圧探知能力を鍛える必要があると思う。死神になったばかりだから、それも致し方ないと言えばそうなんだろうけど。
「妙だな、貴様の身体もないとなると……どこかへ隠れたのか?」
「俺の身体どこやったんだよ、あいつ……」
二人ともそれなりに焦っているようだ。当の本人は2メートルと離れていない場所で、のほほんと座っているにも関わらず、だ。
「おいおい嘘だろ、どーすんだこれ!」
「どうするもこうするも……私に力があれば、霊圧探知で見つけられるのだが……一護、ちょっと桜花の霊圧を探ってみろ」
「無茶言うなよ! 俺昨日死神になったばっかだぞ?!」
「うん、霊圧探知はとりあえずの課題だね。今度特訓つき合ってあげるよ」
「おう、悪ィな……って、桜花?!」
「どこにいるのだ!?」
面白いくらい想像通りの反応を返してくれて満足した私は、二人が他所を向いた隙に曲光を解いた。おぉ、驚いてる驚いてる。
「曲光だよ」
「あぁ、なるほど」
「何だ? キョッコー?」
「曲光ってのは、さっき話した鬼道の一種。死神はこういう術も使えるんだよ。そうだ、鬼道も今度一通り見せておくね」
得心して頷くルキアとは違って、何のことやら分かっていない一護に説明する。
「いつでもいいから、暇な時にウチに来なよ。いい訓練場があるんだ」
「お、おう。分かった」
見せておくに越したことはないだろう。一護はこれから、全死神を敵に回すことになるんだから。
◇ ◇ ◇
ストーリーは順調に進んでいるようだった。先週は織姫の家で戦いがあったし、昨日はチャドこと茶渡泰虎が学校に喋るインコを連れてくる事件もあった。
そして、私はそれら全ての場面を陰からずっと眺めていた。チャドのインコ事件はともかく織姫の件はあまり見たくない、というのが本音だった。けれど、私には責任がある。勝手な取捨選択をした、責任が。
「おい桜花、ルキア見てねぇか?」
「ん? 見てないけど。そういや、学校来てないね」
ボキャブラリーの減ったチャドのインコを覗き込んでいると、後ろから一護に声を掛けられた。振り向きもせずそれに答える。
何気なく鳥籠にそっと指を入れると、遠慮がちに甘噛みされた。……かわいいな、こいつ。
「あれ? 浦原さんって今は朽木さんと一緒に住んでるんじゃないの?」
「住んでないよ。ただルキアの家族がこの近くに越してきたってだけ。家族は別だからさ」
「そっか……複雑なんだね」
「今時よくある話だよ」
水色にしれっとそう返すと、一護から視線を感じた。振り返る。お前マジか、みたいな微妙な顔をしていた。嘘つくの上手すぎって? 今更だ。
それから少しして、ルキアは何食わぬ顔で元気そうに登校してきた。気分が悪かったから、なんて言っていたが嘘が下手すぎだ。先程まで私に向けられていた一護の微妙そうな視線は、今度はルキアに向けられることになった。
インコの一件の直後にルキアが遅刻してきたとなると、次に起こるのは確か改造魂魄のコンによる騒動だ。あれは商店の皆が発端で起きた事件だから、私も少なからず関わることになりそうだ。
話があると言ったルキアが一護を引きずるように連れ去るのを見送って、私は再びインコに指を差し出した。
あの子の魂は尸魂界に送られた。そして近い将来、尸魂界でチャドとあの子は再会することになる。
私も
織姫は、兄である井上
ううん……会えるだろうか、じゃない。私が二人を見つけるんだ。絶対に。
少年のいなくなったインコと戯れながら、私は決意を新たに小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
一年三組の教室が悲鳴で包まれた。
原因は一つ、教室の窓枠に仁王立ちする一護……いや、
「あ……ああああんた! 今どうやって上がってきたのよっ!?」
「どうやって……? 今見てたろ? 跳んで上がってきたんだよ。ビックリしたか?」
大声で叫ぶように問う竜貴。ただざわめくだけの他のクラスメイト達とは違って、咄嗟に織姫を庇う構えを取った竜貴は流石だ。そこらの男より確実にイケメンだと思う。
そんな中で得意そうにニヤつきながらクラス中を眺め回す改造魂魄は、教室の隅でクラスメイトに紛れる私の存在には気づかない。私の顔なんて見たら、一瞬で逃げ出すに決まってる。低身長がこんなところで役に立つとは思わなかった。
義魂丸を飲み込んで、義骸を脱ぎ捨てる。代わりに私の中に入った彼女は、少なくとも今騒ぎを起こしている改造魂魄よりは物分りが良い。私が何も言わずとも、目配せしただけで一瞬で状況を把握してくれたようだった。
そうしている間にも状況は動き、気づけば改造魂魄が織姫の手の甲にキスをしようとしているところだった。
「初めまして、美しいお嬢さん。ボクに名前を――教えて下さいな」
私はその光景を、陰からスマホ型伝令神機のカメラ機能で連写しておいた。後でからかってやろう。
「ちょ……一護あんた! 自分が何してるか分かってんの!?」
ブチ切れた竜貴が改造魂魄を後ろから羽交い締めし、そして一護の姿をした改造魂魄が本日二つ目の爆弾発言を投下した。
「……お前も、近くで見るとかわいいなぁ」
そして、頬にキス。私は再びそれを激写した。
「死ねぇっ!!」
「うおぁっ!? 危ねぇ!!」
竜貴がそれなりに重量があるであろう机を軽々と持ち上げ、改造魂魄目掛けて放り投げた。机の中にあった教科書や文具類がバラバラと床に散らばる。
……ちょっと待って、あれ私の机じゃない? 何てことしてくれるんだ、竜貴……
「ち、ちづるぅ……止めてよぉ……」
「バ、バカ言わないでよ……あんな嵐の中に飛び込めるのはブルース・ウィリスぐらいだわ……」
小川みちると本匠千鶴が涙目で恐れ慄いている。そろそろルキア達が追いつくはずなんだけどな。というか、早くしないと竜貴が教室を全壊させてしまいそうだ。……あ、竜貴が私の筆箱踏んだ。中身、壊れてないといいな……
「そこまでだ!!」
その時、教室の引き戸を勢いよく開けた者がいた。ルキアだ。
案の定、改造魂魄はルキアの顔を見た瞬間逃げに転じた。しかし、窓枠に飛び乗った一護が立ち塞がる。
追い詰められた改造魂魄は一護の脇をすり抜けて、迷わず窓から飛び降りてしまった。
「待てコラァ! こんなトコから飛び……誰の身体だと思ってんだぁ!?」
「奴はまさか……いや、間違いない……奴は、改造魂魄だ!!」
そう叫んだ一護も、信じられないと言った様子で窓に駆け寄ったルキアも、二人揃って呆然と眼下を見つめている。
とりあえず、この二人には改造魂魄を追わせるか。
私はクラスメイトの陰から飛び出して大きく息を吸った。
「何ぼやっとしてんの! 早くアイツを追って!」
「桜花っ!? お前、その姿……」
「私は皆の記憶を書き換えてから追いかけるから! ほら、急いで!」
「お、おう! 頼んだ!」
駆け去っていく二人を尻目に、私はクラスメイト達に向き合った。懐から取り出した記換神機のスイッチを入れる。
瞬間的に広がった白い煙は、霊力を持たない人間の中から先程の一護とルキアの言動に関する全ての記憶を消し、代替として違う記憶を差し込む特殊な煙だ。
「さてと、一護の霊圧は……あっちか」
そんな白煙に紛れて教室から飛び出した私は、一護達の元へ向かうべく瞬歩を発動したのだった。