「ボハハハハーッ!!」でお馴染み、奇天烈な格好で全国各地の霊を祓ってまわるドン・観音寺。
彼が出演するテレビ番組は視聴率25%を超える大人気番組で、ウチの子どもたちも毎週欠かさず視聴している。
「……ねぇ、毎度毎度思うんだけどさ」
「何だよ」
テレビにかじりついていたジン太に、CM中を見計らって声を掛ける。
「ドン・観音寺だっけ? あれのどこが良いの?」
「はぁ? 分かんねぇのかよ。ダメだなぁお前は」
「ホント、ダメダメっスねぇ桜花は」
私はダメらしい。便乗してきた喜助さんの足をちゃぶ台の下で踏みつけて、ジン太に再度問い掛ける。
「いやいや。だって、イケメンな訳でもハンサムな訳でもないじゃん。決め台詞ダッサいし」
「ダサくねぇよ!! カッコいいじゃん! スメルズ・ライク・バッド・スピリッツ……ってな!」
「ふーん……よく分かんないや。
「私は……えっと――」
「あー!! 始まった! ちょっと静かにしろよ!」
「あ、うん……ごめん」
ジン太に遮られて悲しげな顔をした雨だったが、番組が始まったと分かると途端に元気になった。二人は揃って嬉しげにテレビを観ている。
「どう見てもエセなんだけどなぁ……」
「この子たちだって分かってますよ、そのくらい」
「……分かった上で好きなの?」
「特撮ヒーローものが好きな少年の心理っスよ」
「あぁ。そりゃ理解できないハズだ」
「あ、ボクのあられ……」
ぼそぼそ喜助さんと話しつつ、食後のお茶を啜る。
喜助さんが食べていたお茶請けのあられを一粒摘んで口に放り込んだ。
あ、これ美味しい。
「それにしても、あの人ちゃんと除霊できてないよね。棒で突いてるようにしか見えないんだけど」
「やだなぁ、棒で何を突くんスか? 痛ぁっ!」
「……これ没収ね」
「あぁっ! ボクのあられが――」
「静かにしろってば!!」
「……すみません」
蹴飛ばすついでに袋ごと奪い取ったものの、あられは三粒しか残っていなかった。残念。
悲壮感漂う喜助さんを無視して、今度は同じちゃぶ台を囲んでいた鉄裁さんに話し掛ける。
「鉄裁さんはどう思う?」
「除霊ですか? できていないでしょう。その地区担当の死神の苦労が目に浮かぶようですね」
「だよねぇ」
今は
『次週は緊急生放送スペシャル!! 東京
……そして、来週ご愁傷様なのは私たちである。
その翌日。
大スターが町にやってくるとあって、学校はお祭り騒ぎだった。実際に騒いでるのは私の周りだけなのかもしれないけど。
「桜花ちゃんも観た? ボハハハハーッ!!」
「あぁ、うん。観た観た」
「反応薄いなぁ、もう!」
竜貴の手によって一護から引き剥がされた織姫が、今度は私に向かって例の笑い声を上げた。私も同じ笑い声で返す……ハズもなく。
「あんたも冷めてるからねぇ……」
「そういう竜貴こそ」
「あたしはそういうの興味ないから」
「私も。別に嫌いな訳じゃないんだけどねぇ」
「どうして? 一緒にしたら楽しいよ! ほら、ボハハハハーッ!!」
楽しそうで何よりだけど、問題が発生することを知っている私はイマイチ盛り上がれない。もともとそんなに興味はないし。
「ボハハハハーッ!!」
「ルキア……それ、楽しいか?」
「あぁ。悪くはないな」
「おおー! 朽木さんもいける口ですか!」
嬉しそうな織姫と一緒にボハハと笑うルキアに、一護が眉間のシワを深くしていた。そういえば一護はあの番組が嫌いなんだっけ。確かにその気持ちも分からなくもない。
「桜花は行くの? 来週の生放送」
「んー……多分行かないと思う」
「えーっ!? 浦原さん来ないのかよ!」
先程まで一護を相手に騒いでいた啓吾が不満げに言った。
もちろん、私だって理由がなければ撮影くらい見に行っても構わない。でも、そういう訳にもいかないんだ。
「くッ……浦原さんが来れば男女比が釣り合うのに……!!」
「紛うことなき馬鹿だな」
「何おぅ!?」
「おーい、授業始まるぞ。教室入れ」
教室に入ってきた先生の一言で、騒がしかった生徒たちはすぐに静かになった。一護に馬鹿と言われた啓吾も、すごすごと席に戻っていく。
私も、大人しく席についた。
◇ ◇ ◇
奇声を上げて襲い来る
被った真っ黒いフードのせいで視界が悪い。
斬っても斬っても虚が尽きることはない。
住宅街のど真ん中で強力な破道を使って一掃する訳にもいかない。
「っとに! アイツ! 後で蹴る!」
悪態と共に下級縛道を放ち、斬魄刀と下級破道で仮面を破壊していく。流れるように数体倒すと、私は霊圧を探りつつ瞬歩で移動した。移動した先には、またもや虚、虚、虚。
振り向きもせず後方の虚に"縛道の四・
目前の虚を右手の刀で斬り伏せて、左手から無言で放った"破道の四・
最後に勢いをつけた右回転で、後方でもがく虚の仮面を斬りつけた。
「ハァ……」
精神的な疲労の混じった息を吐いて、私は斬魄刀を腰に収めた。こうして虚を退治し始めて、どのくらい経っただろうか。
倒した虚の数は、百を超えたあたりから数えるのを止めてしまった。
実のところ、私はこの出来事に関わらないつもりでいた。ドン・観音寺の時のように、商店の皆で解決してもらう気でいた。それは、漫画に死人が出る描写も
しかし、そういう訳にもいかなくなってしまったのが、
「喜助さんも、簡単に言ってくれるよ……」
霊圧を消すためというより、顔を隠すためにまとった霊圧遮断型外套のフードの下の、額に滲んだ汗を拭った。日頃の鍛錬のお陰か息はまだ切れていない。ただ、いつ終わるかも分からない連戦を、時たま飛んでくる滅却師の光る矢を避けながら延々と続けるのは骨が折れる。
石田め……「虚は僕が全て倒すから、人間に被害は出ない」とか何とか言っていたような気がするけど、よくそんな無責任なことを言ったもんだ。藍染が裏で工作してるから、仕方ないといえば仕方ないんだけど……それでも撒き餌なんてものを使ったことに関しては許すまじ、だ。
私が働かなかったら、何人の整がやられていたことか。一護の周りの人たちも軒並み襲われてるってのに。
「……生きてるよね、皆」
先程、町内の二箇所で爆発的に増大した霊圧は、恐らく織姫とチャドのものなんだろう。ということは、無事彼らの力が覚醒したということになる。
――竜貴も千鶴も織姫も、それにチャドも、きっと大なり小なり怪我を負ったんだろう。
無事であってほしいと願いつつも、任された役目から離れる訳にはいかなくて、私はそっと目を閉じて……そして開いた。
「……よし、行くか」
気合いを入れ直すために呟いて、私は再び走り出した。
◆ ◆ ◆
破れた空から現れた、巨大なバケモノ。
それを倒したのは、織姫が想いを寄せる黒崎一護その人だった。
その頃には織姫の隣にいた茶渡にも、一護の姿がはっきりと見えるようになっていた。
そして、二人は考えていた。
果たして自分たちは、どうすれば良いのだろうか。どうしたら良いのだろうか、と。
そんな時だった。
「……あれ? 誰だろう? ほら、あの人」
「厶……?」
不意に湧いて出るように現れた黒い人影が、おもむろに座り込んだ石田雨竜に近づいていく。そして――
「え、嘘……蹴った……?」
「……蹴ったな」
信じられない思いで窓ガラスの向こう側を凝視していると、気を利かせた茶渡が窓を開けてくれた。小さくお礼を言って、織姫は窓枠からその身を乗り出した。
「何なんだ君はッ!? いきなり蹴るだなんて!」
「何だも何も……憂さ晴らし? もうスッキリしたから、別に気にしなくても良いよ」
「気にするに決まってるだろう!」
横っ面を蹴飛ばされてひっくり返った石田の前で、小柄な人が仁王立ちしていた。声色からして、女。それも、どこか聞き覚えのある――
「ていうか誰なんだ君は!」
「お前……何で……」
「あら一護、お疲れ様。怪我治そうか?」
「お……おう。悪いな」
「人の話を聞いているのかッ!?」
外套姿の彼女の顔は、織姫たちのいる位置からはよく見えなかった。しかし織姫は、一護との気易いやり取りを聞いて何となく確信していた。
「つーか、石田に何の恨みがあったんだよ」
「アイツの尻拭いさせられたの。まぁ整も被害に遭ってたみたいだから、仕方ないんだけどね」
「あー……虚か」
「そう。延々と虚退治。それも、時々飛んでくるアイツの矢を避けつつだから。フラストレーション溜まるでしょ」
「……おい、諦めろ石田。これに関しちゃ完全にお前が悪い」
「…………」
石田がムスッとした顔で黙り込んだ。
しかし、フードの少女を顔を見上げて、そんな不貞腐れた表情は消え去ってしまった。
「君はっ……!?」
「あれ、分かってなかったの?」
フードの端から長い黒髪がちらりと覗く。
「浦原だよ、浦原桜花。実は死神やってます。……あ、もしかして私のこと知らない?」
「知ってるさ! でも君からは……」
「霊圧を感じない、でしょ。まぁ、霊圧隠蔽は得意だからねぇ」
目を見開いて驚く石田と同じ思いで、織姫は眼下を見下ろしていた。
浦原桜花。
有沢竜貴を通して知り合った中学からの友人で、小柄で優しくて、双子の姉がいて――そして、何年経っても織姫に心を開いてくれない女の子。
「この僕が気づけないなんて、得意なんてレベルじゃ――」
「そうだ、石田も怪我治しとく?」
「人の話を聞け!」
彼女の存在を初めて知ったのは、織姫が女子トイレでイジメられていた時だった。人よりも明るい髪色に目をつけられて、危うく頭から便器の水を掛けられるところだった。
それを、一人の少女の言葉が止めてくれた。けれどその姿は見えず、礼を言った織姫の声にも返事は返ってこなかった。
「で、治すの? 治さないの?」
「……まさか。死神に施しを受けるなんて願い下げだ」
「うわぁ、可愛くない奴」
その正体を知ったのは、翌年のクラス替えの時だった。
たまたま話し掛けた後ろの席の女の子の声に、聞き覚えがあったのだ。まさかと思って顔をじっくり見つめると、困ったような表情で目を逸らされた。
最初は嫌われているのかと思った。けれど、嫌っている相手をわざわざ助ける道理はない。彼女は織姫を嫌っていないのに、何故か織姫と親しくなることを避けようとしていたのだ。
そしてその理由は、今もまだ分からない。
「全く……何やってんスか」
「ストレス発散」
「ただの虚相手っスよ? 大して疲れてもないでしょうに」
カランコロンと古風な足音を立てて歩くのは、織姫たちをここに連れてきた男だった。どうやら桜花はその男と親しいらしい。
「ただの虚でも、百匹以上相手にしたら気疲れするって。ただでさえ私の能力は殲滅戦に向いてないんだから」
「まぁまぁ、もう全部片付いたみたいですし。良い運動にはなったでしょう?」
織姫があれだけ必死になって、やっと一体倒した虚を百匹以上……しかも、そんなに倒しておいて殲滅戦は得意でないと言う。
「まさか、桜花ちゃんも……」
何か複雑な事情を抱えていることは、彼女の織姫に対する煮え切らない言動から何となく予想はついていた。けれど、
ここまで規模の大きい事情だとは思いもしなかった。
知らなかった。
そう零しかけた時、頭の中に流れた言葉があった。
――本当に、あたしは何も知らなかったの?
「おーい、そこの二人。ちょっと降りてきてくれる?」
「……え?」
桜花の声がして、織姫は顔を上げる。
「……あたしたちに言ってるの?」
「そうみたいだな」
――本当に、何も知らなかったの?
織姫の思考の中に