今、一護はそこでもがき苦しんでいる。
「って考えると、リラックスできないんだよなぁ……」
「当たり前だろ。むしろできたらサイコパスだよ」
幼馴染なんだろ? とジン太が他人事のように呟いて、昼食の白米を頬張った。
「気になって眠れないし、だからといってずっとあの場に張り付いてるのは精神にくるし……一護大丈夫かなぁ……?」
「そんなに気になるなら様子見に行きゃいいじゃねーか。朝メシをテッサイに届けるついでによ」
「ううん、行かない。私が行ったところで、何の助けにもならないし……」
「だったらいつまでもウジウジ言ってんなよ」
ジン太はなかなかに男前なことを言って、それからごちそうさまと手を合わせた。
「そうだよねぇ……」
茶碗に張り付いた白米を一粒一粒剥がして口に放り込みながらも、私の頭の中は地下にいる一護のことでいっぱいだった。
まず間違いなく、一護は死なない。無事に死神の力を取り戻せるはずだ。
一護とは十年弱の付き合いだ。漫画から得た知識によるものではない、「あいつならできる」というある種の確信めいたものが、私にはあった。
けれど成功すると信じていたって、一護が今大変な思いをしていることは事実で、それにやきもきしていることも、どうしようもない事実だった。
「じゃあオレら、テッサイとオレンジ頭にメシ持っていくから」
「行ってきます……」
「あぁ、よろしくお願いしますね」
喜助さんが、箸を持った手をひらりと振って言った。
ジン太と、既に食事を終えていた
「桜花も大変っスねぇ、気を揉む対象が多くて」
「別に……だいたいそんなもんじゃない?」
「ボクは
「あるのは商店の皆と、平子さんたちくらい?」
「いやぁ、隊長格の彼らに気を揉むなんておこがましいですよ」
ボクより強い方もいますし、と喜助さんは笑う。
きっとその「彼ら」には、夜一さんと鉄裁さんも含まれるんだろう。
「雨やジン太はともかく。桜花ももう少し強くなれば、そこから外れるんスけどねぇ」
「もう少しかぁ。例えば?」
「そっスね……卍解とか」
「うっ……」
痛いところを突かれて、私は言葉に詰まった。
確かに私に卍解はできない。何とか原作開始までに間に合わせようと頑張りはしたものの、ついに到達できなかった高みだ。
「転神体も結局ダメだったからね……」
「まぁ、アレはボク以外に成功例がありませんから。仕方ないっスよ」
当然、喜助さんの発明品である転神体は試した後だ。
私は喜助さんの定めた三日という期限内に、卍解を習得することができなかった。中三の夏のことである。
「そんなに焦らなくて良いんスよぉ。そもそも始解して二、三年で卍解なんて、流石のボクでも無理っスから」
「一護は一ヶ月でやるけどね」
「そっちが異常なんですって」
「それは私もそう思う」
あれのおかげで具現化はできるようになったから、本当にあと一歩なんだとは思う。でも、肝心の斬魄刀が心を開いてくれない。「まだ、きみには早い」と繰り返すばかりだ。
「じゃあ卍解を習得すれば一人前って認めてくれるってこと?」
「まさか。卍解を完全に使いこなして初めて一人前でしょう」
「うわぁ、先は長いなぁ」
「少なくとも百年はダメっスね」
「ひゃ、百年……」
規模がおかしい。百年って、死ぬから。
……いや、死なないか。死神だし。
咄嗟に浮かんだ突っ込みを自分で否定する。
いつまでたっても、死神の時間感覚には慣れないままだ。
「でもさ、その条件じゃ隊長以外の死神は全て半人前ってことになるよね」
「いえ、隊長でも使いこなせていない方はいますから」
「え……理想高過ぎない? そりゃ、喜助さんは使いこなしてるみたいだけどさ」
直接見せてもらった訳でも、本人や他の誰かから話を聞いた訳でも、ましてや漫画の中で見た訳でもないが、私は喜助さんの卍解がどういうものなのかを
というより……事故で
「一般隊士としての一人前じゃなくて、隊長格としての一人前スよ? そのくらい当然でしょう」
ともかく、確かに喜助さんは自らの卍解の力をきちんと把握しているから、本人の言う一人前の基準は満たしている。
一方で、例えば現十番隊隊長の日番谷冬獅郎は、その若さ故に卍解が未完成だ。きっと、彼のような隊長は半人前なんだろう。喜助さんからすると。
「私も、もっと修行しなきゃ」
何気なく呟いた。
そして、ちゃぶ台に並んだ空の食器をいくつか持って立ち上がる。それに続いて卓上に残ったケチャップと2リットルの緑茶ボトルを手に取り立ち上がった喜助さんが、楽しげに笑った。
「じゃあ黒崎サンに死神の力が戻ったら、彼と一戦やってみます? もちろん始解で」
「いいけど、勝負にならないんじゃない?」
「でしょうね。けど、彼に現実を見せることはできる」
「このドSめ……」
手に持った冷蔵品をしまいながら言った喜助さんに、呆れた目を向けた。
――さっき喜助さんは、強くなれば気を揉むことはないと言った。猶予は百年、とも。
修行しなきゃとは思ったけど、一刻も早くその庇護下から抜け出したいとは思わなかった。だって強くなったら、喜助さんだけでなく夜一さんや鉄裁さんにも気に掛けてもらえなくなるかもしれない。
それは、ちょっと寂しい。
大丈夫、まだ百年はある……なんてことを考える私は、甘えているんだろうか?
◇ ◇ ◇
その数時間後。
一護は無事に死神の力を手に入れ、そして斬魄刀の名前まで聞き出した。
その段階では、流石の私も立ち会って様子を見ていた。
「
一護が虚に堕ちかける瞬間に見覚えがあった。
思わず溢れたその言葉が、ジン太や雨の耳に入っていなければ良いんだけど。
その後、一護は丸一日眠りこけていた。無理もない。三日間飲まず食わずで命の危機に瀕していたんだから。私だったら一週間くらい寝込むかもしれない。
「黒崎サンにはまず、桜花と戦ってもらいます」
「はぁ?! あんたとじゃねーのかよ?」
「もちろん、アタシともやります。でも、まずは桜花からだ」
一護が目を覚まして、食事を摂り、一段落してから私たちは再び地下室に降りてきた。
当然のように背負っていた大刀――"
「桜花か……やりづれぇなぁ……」
「おや、できないとは言わせませんよ」
「できない訳じゃねぇけどよ……」
一護がゴニョゴニョと言葉尻を濁す。
相手は幼馴染の女の子だ。そんな子に刃を向けられることに抵抗があるのは当然だ。
「そりゃ私だって、一護とやり合うのは抵抗あるよ。小さい頃からの付き合いだからね」
「だろ? 危ねぇし」
「大丈夫だよ。殺しはしないから」
「……え」
ピシリ、と一護が動きを止めた。
何か衝撃的なことに気づいたような、ドン引きしたような目を向けられた。
そこでふと気づく。
もしかして刃を向けられることじゃなくて、刃を向けることに抵抗があった、とか?
「……もしかして、だけどよ」
「うん」
「危ねぇの、オレだけか?」
「うん」
「マジか……」
始める前から割と本気で引いているようで、一護は頭を抱えて大きなため息を吐いた。
しかし、今回に限って時間は有限だ。一護の心情を
「大丈夫だって。私は喜助さんより優しいからさ」
一応のフォローをしつつ、私は斬魄刀を抜き放った。それと同時に、私の中にあった素人へ刀を向けることへの抵抗感を投げ捨てた。一護はもう、素人ではいられないんだ。
そうやって心を決めたところで、私は緩やかに刀を構える。
――さて、いきますかね。
「ほら、構えて……いくよ」
「えっ? ちょっ……!」
パチン、と足裏の霊圧をごく小さく弾いた。
途端に加速する周囲の景色と、急速に近づいてくる一護の引きつった顔。
一瞬で近寄ってきた私に、一護は――
「――っぶねぇな!!」
何とか反応して、"斬月"で私の刀を受け止めた。
「おぉ、間に合ったね」
「当然だっ……!」
間に合わなくても寸止めできる程度の瞬歩だったが、正直間に合うとは思っていなかった。
金属が擦れる音を聞きながら、"斬月”と比べて華奢な刀身に体重を掛けていく。普通の刀なら間違いなく折れているが、これは私の斬魄刀だ。折れる訳がない。
「ぐっ……!!」
オレンジ色の髪に半分隠れたこめかみを、かいたばかりの汗が伝った。
刀に力を込めるという行為に慣れていないんだろう。私よりは力が強いはずなのに、私より必死で柄を握り締めている。
しかし不思議なことに、どんなに必死に見えても、その目の奥には依然として冷静さが残っていた。
「おわっ!?」
ならばそれを崩してやろうと唐突に力を緩めると、支えを失った一護は分かりやすくもたついた。
私は前のめりになった一護の刃を軽く受け流し、その脇をすり抜けて背後に周った。
そして、勢い良く刀を突き出す。
派手な音が木霊して、刃先と刃身がぶつかった。
「やるじゃん」
私の刃先を、振り返った一護が刀身で受け止めていた。
思わず独り言を溢すと、一護は歯を食いしばってニヤリと好戦的に笑った。
なるほど、確かに一護は強い。始解済みとはいえ、まだ刀を握って半年と経っていない初心者がここまで反応したんだ。きっと『戦いのセンス』というものを持っているんだろう。
この様子なら喜助さんの言う通り、始解して戦ってみるのもアリかもしれない。
「ねぇ、一護」
「んだよ……!」
斬魄刀の刃先を"斬月"にギリギリと押しつけたまま話し掛けると、何とかそれに耐える一護が絞り出したように言った。
「ちょっと本気出すから、よろしく」
「は……?」
呆気に取られる一護を置き去りに、私は空いた左の指先で斬魄刀の
そして、語り掛けるように囁く。
「――
ゆらり、と刀身が霞む。
私の言葉に呼応して、霊圧が高まっていく。
「"
その一言が契機だった。
刹那、刀身から噴き出すのは真っ白な霧。
ふわふわと雲のように刃を取り巻き、そして数秒後には刀から離れて周囲に広がっていく。
そして、完全に刀身が姿を現すその瞬間に、私は軽くなった刀を前へと突き出した。
金属と肉を断ち切ったにしては、軽く滑らかな感覚。
「桜、花……おま、え……!」
大きく目を見開いた一護が、掠れきった声を漏らす。
"斬月”をいとも容易く貫通した刃は、一護の身体をも貫いていた。
斬魄刀の名前や能力はかなり前から決めていました。
やっと出せた……