傲慢の秤   作:初(はじめ)

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連投二話目です。お気をつけください。



三十八、断界

 

 ――時間の流れだけは、できるだけ漫画のストーリーに沿わせよう。

 

 それが、今回私と喜助さんが立てた計画の基礎となっている。だからこそ、()()()()()()()()()()()穿界門(せんかいもん)を作るためだと銘打って、一週間の休みを一護に与えた。予定通りの休みを与えられるように、一護の修行のスケジュールを詰めた。

 

 恐らく、拘突(こうとつ)により尸魂界(ソウル・ソサエティ)を訪れるのが数日前後したとしても、一護たちが尸魂界に入ること自体がトリガーである以上、特に問題であるとは考えにくい。けれど、私の保護者である店長が「他の部分に手を出すんスから尚更、時間経過だけでも再現すべきっス」なんて言うから、それがそのまま私達の()()()()()()()()基本方針となった。

 

 ところで既に完成している穿界門だけれど、実のところ、私が高校に入る前の春休みには完成していた。

 

 織姫たち人間のための霊子変換機は当然として、拘突に追われた際に起こる時間のズレの補正機能や、術者が一人でも開門状態を維持できる機能、さらには門を通過する際に通過者の霊圧を一時的に変質させる装置まで組み込んであるんだとか。どうやらその最後の装置が一番の難関だったようだけれど、私にはそのすごさはよく分からなかった。

 

 というよりむしろ、拘突による時間のズレを抑える機能の方が断然すごいんじゃないか?

 拘突は死神でも操れない『(ことわり)』なのに、それに手を出して、あまつさえ操作までしてしまうなんて。

 

 マッドではあるものの、喜助さんは紛うことなき天才なんだろう。本人には言わないけど。

 

「お前は来るのに、浦原さんは来ねぇんだな」

「色々と事情があるんだよ」

「何だよ事情って。相変わらず胡散臭――」

「ハイハイ、皆サーン! こっちにちゅうもーく! いきますよー!」

 

 喜助さんが、一護の悪態を遮るように手を叩いた。そして、皆の視線が集まったのを確認してから、やたらと楽しげに指を弾いた。

 

「……っ!?」

 

 黒い湯気のようなものがジワリと滲むように湧き出した、その瞬間。

 

 四方から飛び出したのは、大量の結合符で覆われた四本の柱だった。

 

 その威圧感に、一護を始めとしたクラスメイト四人がたじろぐ。その制作過程まで知っている私は、さほど驚きもせずに門を見上げた。

 

「さ、これが尸魂界へ続く門――穿界門。よーく聞いといてくださいね。これから教えるのは、この門を()()()()()()()()()()()っス」

 

 その前に仁王立ちする喜助さんは、味方というよりラスボスのような雰囲気を醸し出していた。

 

 喜助さんがラスボス……これ、案外間違っていないのかもしれない。敵に回したら藍染より厄介なんじゃないだろうか。

 崩玉を手に入れることで圧倒的な力を手にしたのは藍染だったけれど、そもそも崩玉というとんでもない物質を創り出したのは喜助さんだし、他の死神では手も足も出なかった藍染を封印してしまったのも喜助さんなんだから。

 

「断界には(ホロウ)などの外敵の侵入を防ぐため、拘流と呼ばれる――」

 

 どこか他人事のような喜助さんの説明を聞き流しつつ、私はぼんやりと考えていた。

 

 尸魂界への旅には、当然私も同行する。同行して、裏で立ち回って、私達の望む方向に物事を進めなければならない。

 そんな中で避けられないのは、朽木白哉――父様との再会だ。いや、別に避けたい訳じゃない。むしろ早く会いたいくらいだけれど……それでも、大きな関門であるのは間違いない。

 

 私の実父は確かに父様なんだろう。けれど、私にとって父様と過ごした時間はたったの三年程度。一方で浦原商店で過ごした年月は十年をゆうに超える。さらには、私は三歳から十五歳までの記憶を全て失ってしまっている。

 こんな私を見て父様がどう思うかなんて、火を見るより明らかだった。

 

 ルキアの時だってそうだった。

 私が尸魂界で行方不明になってから、およそ四十年。変わってしまった私にルキアは戸惑い、そして怒った。

 

 だからこそ喜助さんは、ルキアに口止めをした。

 せめて、本人同士が直接再会するまでは余計な混乱を招かぬように。

 

「――問題は『時間』なんス」

 

 軽い調子で話していた喜助さんの表情が、不意に真剣なものへと変わった。スッと人差し指が立てられる。

 にわかに、クラスメイト達の雰囲気が引き締まった。

 

「我々が穿界門を開いて尸魂界へと繋いでいられる時間は……もって四分!」

「四分……!」

 

 この四分という時間、実は真っ赤な嘘だったりする。

 

「それを過ぎると門は閉じ、アナタ達は現世と尸魂界の狭間である断界(だんがい)に永久に閉じ込められることになる!」

 

 これは嘘でもなんでもない事実だけれど、問題は制限時間だ。実際は四分ではなく十分と少しは保つということを、商店の者だけが把握している。

 万が一間に合わなかった時のことを考えて、保険に保険を重ねた結果が四分(これ)だった訳だ。

 

 私だって、断界に行くのは初めてだ。だから多少なりとも緊張はしている。

 

 ……何か、素直に喜べないんだよなぁ。

 

 私はぼんやりと穿界門を見上げたまま、そんな消極的なことを内心考えていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 迷わず、恐れず、立ち止まらず、振り返らず。

 そして、遺していくものたちに思いを馳せず。

 

「さあ! 呆けるな! 走れ!!」

 

 実際には確かめる余裕もないが……夜一さんに急き立てられて走る私達は、相当に必死な表情をしているのだろうと思う。

 

「ホ、ホントに壁が追いかけてくるぞ!」

 

 石田が叫んだ。

 確かに拘流(こうりゅう)が迫ってくる様は、壁が追いかけてきているように見えるだろう。

 

「振り返る暇があるなら一歩でも進め! 拘流に呑まれれば終いじゃぞ!!」

 

 夜一さんが怒鳴った。確かに、怒鳴るのも分かる。そのくらい皆の足は遅かった。

 

 もしもの時に備えて、瞬歩が使える私が最後尾を引き受けていた。そのおかげか、今のところ拘流に巻き込まれるようなヘマをする者は出ていない。しかしいくら安全でも、このままのペースでは仮に漫画通りに拘突が現れた場合、逃げ切れるかどうか……

 

 まぁ門が閉じるまでの時間には余裕があるし、万が一に備えた保険はまだ残ってるから、断界を抜けられないなんてことはないだろうけど……と密かに考えていた、まさにその瞬間。

 

「……っ!!」

 

 如何とも形容しがたい気配のような、存在感のようなものを背後に感じて、私は断界に入って初めて後ろを振り返った。

 

「まさか……!」

 

 音は拘流の轟音によってかき消されてしまっている。よって()()の存在を示すのは、その独特な気配だけであった。

 それなのに、私には()()が何であるのか分かってしまった。初めて直面したはずなのに、何故か妙な確信があった。

 

「石田!! 飛廉脚(ひれんきゃく)!」

「はぁ!?」

「飛廉脚でチャドを少しでも引っ張って!」

 

 唐突に大声を上げた私に、一行は走りながら私を怪訝そうな目で見た。

 どうして皆、気づかないのだろう? 私が最後尾にいるから、私だけが気づいたのか? 

 

 いや、そんなこと今はどうだっていい。

 

「拘突が来てる!」

「何じゃと!? しかし、そんな様子は――」

 

 訝しげだった夜一さんが、不意に言葉を詰まらせた。ようやく、その存在に気づいたらしい。

 

 一気に走る緊張の中、私は一護と織姫の間に滑り込んで二人の腕を引っ掴んだ。

 

「二人共! 肩脱臼したくなければちゃんと掴まってて!!」 

「え? 何を――」

「いいから!!」

 

 そして、二人が私の手を掴んだのと同時に、私は今でき得る最速の瞬歩を発動した。

 しかし発動して、すぐに後悔した。

 

 ――二人の、というより私の肩が外れそうなんだけど……

 

 私よりも大きい人間二人を運ぶのは、流石に無理があったらしい。私は歯を食いしばって足を動かし、数秒の後には門から飛び出していた。

 

「うわっ!!」

 

 しかし、門の出口は空中である。

 咄嗟に足場は作ったものの……正直、久しぶりの尸魂界の空気を味わっている余裕なんてあるはずもない。

 

「――あ、これ無理だ」

「……へ?」

 

 空中に立てるのは私だけ。つまり二人分の体重が……そういうことになる。

 

「さよなら、一護……」

「お、お前……まさか……」

 

 一護がしがみつく右手に霊圧を集めていく。そして、一言。

 

「"破道の一・(しょう)"」

「いってぇ!」

 

 私の掌から飛び出した小さな衝撃が、一護の腕を直撃した。あの程度じゃ傷一つつかないだろうけど、それでも驚きで手を離してしまうのは必然だ。

 

「あっ、嘘だろ……あああぁぁー!!!」

 

 よって一護は、キレイなエコーを響かせながら自由落下していった。ドーンと派手な音を立てて墜落して、落下地点には土煙がもうもうと立ち込めている。

 

「……よいしょっと」

 

 織姫一人なら、抱えることだってできる。

 前にルキアにやったように姫抱きで織姫を抱えたその時、私達の隣を手を繋いだ男二人がきりもみ回転しながら落ちていった。

 

「わぁ、シュール」

「……皆、大丈夫かなぁ?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。あいつら頑丈だから」

 

 私はヒラヒラと手を振って、気楽に笑った。

 

 

 ――こうして私は、感慨も感傷も覚える余裕がないほどに慌ただしく、三十九年ぶりに尸魂界に帰還したのだった。

 




これで、死神代行篇は終了となります。
次からは尸魂界篇……一応プロットは最後まで完成しているので、何とかなるかと思われます。

今後とも、よろしくお願いします。

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