さて、これから週一で投稿できるかどうか……
そうだ、確か怪しげな男女二人に拾われて、それから何故か思い切り泣いて、それから……
ゆっくりと覚醒していく意識に任せて、私はそっと瞼を開いた。
私が寝かされていたのは良く言えば趣のある、正直に言えば使い古された和室だった。広さはだいたい六畳くらい。そんな部屋の真ん中に、ぽつんと取り残されたように布団が一組敷かれている。言うまでもなく私が現在寝ている布団である。
私の左手の壁は障子張りになっていて、その白い紙の明度が、夜が明けたことを教えてくれた。
恐らく昨夜と同じ部屋なのだとは思うけれど、確信はできない。何せ昨日の私は、自分でも手がつけられない程に混乱していて、部屋の内装にまで気を配ることはできなかった。
とにかく、このままじっとしていても埒が明かない。勝手に部屋を出ては不味いかもしれないが、だからといっていつまでもダラダラと寝ている訳にもいかない。
ゆっくりと慎重に起き上がってみるも、体調に不具合はなかった。体力は無事回復したようだ。しかし、気を失う前に地面で打ちつけた額はまだ、完治していないらしい。包帯の上からそっと触れるとズキリと鋭い痛みが走って、私はぐっと顔をしかめた。
昨夜泣いたせいで腫れぼったい目を両手でこすりつつ、私は立ち上がる。そして、そっと部屋から顔を覗かせた。
デカくて筋肉ゴリゴリで三つ編みで眼鏡のオッサンと目が合った。
裏原でも褐色の美人でもなく、デカくて筋肉ゴリゴリで三つ編みで眼鏡のオッサンとバッチリ目が合った。
「えっ、と……おはようございます?」
「はい。おはようございます」
戸惑いながらも、きちんと挨拶した私はよくやったと思う。
そのオッサンは私が目覚めるのを待っていたようだ。朝食を食べさせてくれて、さらには寝起きで手つきのおぼつかない私の身支度を手伝おうとしてくれた。
「あの、わたし……じぶんでできるよ?」
しかし、私はそれを丁重にお断りした。
私はこれでも成人女性だ。それくらいは自分でやりたい。
「そうですか。ならば、私はこれで」
「え、いいの?」
「勿論です、女性です故」
てっきり怒られるか凄まれるかのどちらかだと思い込んでいたけれど、筋肉のオッサンは案外あっさりと部屋から出ていってくれた。見た目のゴツさやインパクトに反して、意外と紳士なのかもしれない。
表情が全く変わらないから、怒っているかどうかが分からないだけ、というのが本音だが。
「とはいったものの……」
先程オッサンに渡された服をじっと見つめる。
自分で着替えさせてくれるのは、確かにありがたい。ありがたいのだけれど、これは予想外だ。
「いや、むり。きものはむり」
現代生まれ現代育ち、完全なる現代っ子である私に着付けなんてできるはずもない。死に装束と普段の着物とは襟の順番が違うってのは流石に知ってるけど……あれ、普通の着物だと左右の襟どっちを上にすべきだったっけ? 右? そういえば男女でも左右逆だったような。あれ、じゃあ左? あれ?
「着物なんてサッパリって顔してますね」
「……ばれた?」
後ろから聞こえた声に振り返ると、いつの間にか開いていた襖の隙間から、扇子で口元を隠した裏原がこちらを覗き込んでいた。
「バレバレっス。手伝いましょうか?」
「……うん」
裏原もオッサンの部類に入るだろうけど、それでもゴリゴリじゃない分、私の精神衛生上マシだろう。
大人しく肌着とパンツの上から着流しを羽織った状態で裏原と向き合う。
「……えっと。なまえ、なんてよべばいい?」
とは言え現在の状況は、精神年齢的には成人している私にとっては気恥ずかしい以外の何物でもない。そんな感情を少しでも誤魔化そうと、何とか会話の糸口をひねり出した。
「呼び方なんて何だって良いんスよ」
素っ気なく返事しながらもテキパキと着付けていく手並みに感心しながら、裏原の呼び名を考える。普通に裏原さんで良いとは思うけどな、それだと読み方がどこぞの胡散臭い駄菓子屋の店長と被っちゃうから……呼んでて変な気分になりそうだ……あ、そうだ。
「じゃあ、なまえおしえてよ」
「ん?名乗りませんでしたっけ?ウラハラっスよ」
「ちがうよ。したのなまえがしりたいの」
そういう渾名っぽいものをつければ、名前を呼んで変な気分になることもなさそうだ。
「あぁ……キスケっス。
「…………」
……ウラハラ、キスケ?
「…………」
もしかして、裏原じゃなくて
「あれ、桜花サン?」
てことはウラハラキスケってあれか。
「…………」
さっき言ったどこぞの駄菓子屋の店長か。
「あのぉ、どうかしましたか?」
つまりは刀を持った死神が暴れ回る世界の、あの浦原喜助か。
「…………」
確かに、このよく分からない服装といい、胡散臭い雰囲気といい、掴み所のない喋り方といい、あの浦原喜助っぽさはある……と思う。恐らく。
「…………」
日本人らしくない色素の薄い髪と瞳も、それっぽいと言えばそれっぽい。
昨日は状況が把握できていなかった上に、激しく取り乱してしまったから、そこまで気づけなかった……ということなんだろう。
つまり。この浦原喜助は、
「そんなに悩むなら、下の名前に『さん』づけでよくないスか?」
「……きすけさんって、こと?」
「無難でしょう?」
「まぁ、うん……」
無難ではある。無難ではあるが……何だろう、多大なる違和感が拭えない。
良いのか、これで。
いや、呼び名なんて何だっていいんだから問題ないはず。
でもなぁ、この違和感をどうすれば……
「よし、完成っス」
悶々と考え込む私を他所に裏原さん改め、喜助さんは完成した着物を見て楽しそうにパチンと手を合わせた。
「おぉ……かわいい」
見下ろした着物は綺麗な桜色で、裾には桜の花びらの柄が散りばめられている。お腹を締めつけない程度に縛られた細めの帯紐は濃い桃色で、先はキッチリと蝶々結びにされていた。
かわいい。着る前から柄は分かっていたけれど、こうして着付けてもらうとまた印象が変わるらしい。
私の名前が桜花だからこの着物にしてくれたんだろうか。やっぱりあのゴリマッチョの人、結構気が利くんだなぁ。
下着姿を見られた羞恥心はとりあえず記憶から抹消するとして、喜助さんの呼び方のことはどうでも良い気がしてきた。着物かわいいし。
「でしょうでしょう! さぁさぁお披露目ですよ」
「えっ? おひろめって? ……うわっ!?」
喜助さんにひょいと抱き上げられて、手足をばたつかせる。お姫様抱っこならまだ分かる。しかし実際は、まさかの俵抱き。
私は成人してるのにこんな……いや、外見が幼児だからといってやって良いことと悪いことがある。
「おろしてよ! じぶんであるけるから!」
「おっと、あんまり暴れると落としちゃいますよ。桜花サン」
「おとしてもいいから!」
「駄目でしょ、落としたら」
余裕だ。完全なる大人の余裕だ、これは。
今が原作でいう所のどの辺にあたるのかは分からないけれど、原作開始時の喜助さんは護廷十三隊十二番隊隊長を務めていた百一年前と比べても老けたようには感じなかった。ということは、今がいつであれ現世にいる時点で百年以上……いや、数百年単位の時を喜助さんは生きていることになる。
だからこそ、この余裕か……と私は内心ため息をついた。いくら中身が成人女性でも、私はたかだか二十年かそこら生きただけの若造だ。それで外見が幼児なら尚更勝ち目はない。
私は早々に抵抗を諦めて、だらりと身体から力を抜いた。そんな私に喜助さんは苦笑して立ち止まると、着きましたよ、と言って私を下ろしてくれた。
「夜一サン、鉄裁サン、いますかー?」
そんな気の抜けた声と共に喜助さんが襖を開いた。
中にいたのは褐色の美人さんと例のゴリゴリ筋肉なオッサンだった。
「桜花か。ほれ、近うよれ」
「ふむ」
言われた通りにトテトテと二人の元に近寄りつつ、驚きすぎて一周回って冷静になった頭で考える。
「さっきのゴリゴリマッチョは握菱鉄裁だったんだ」とか「この褐色の美人さんが四楓院夜一か」とか「てことは昨日私を抱きしめてくれたのは夜一だったのか」とか「そもそも何で夜一は全裸なのか」とか、考えることは山ほどある。
そして、それらの考え事は全て「本当に私はBLEACHの世界に入り込んでしまったんだ」という理解と、「どうして私なんかを拾って匿おうとしてくれているのか」という問いに収束する。
「ちゃんと様になっておるではないか」
「あ……ありがとう、えっと……」
「夜一だ」
「よるいちさん?」
「そうじゃ」
不敵に微笑む夜一さんの産まれたままのダイナマイトボディにしどろもどろになりながら、褒めてくれたことへのお礼を言った。
……どうして誰も突っ込まないんだろう?
「それと、えっと……さっきはありがとう。その……」
「握菱鉄裁。鉄裁でいいですぞ」
「ありがとう、てっさいさん」
礼を言って、それから先程の疑問を訊ねてみようと私は口を開いた。
「ねぇ。わたしけがしてるのに、なんでびょういんにいかなかったの?」
喜助さん達は私からの立て続けの質問に目を丸くしたものの、すぐに優しい顔に戻って額の傷に障らないように私の頭を撫でた。
「桜花サンにはまだちょっと難しいんで、また今度、説明してあげますよ」
「……」
私、こう見えて二十歳なんです。できれば、今すぐに話してほしいんですが。
「むずかしくてわかんなくてもいい! はなしてよ!」
「うーん、困ったなぁ……」
という訳で必殺、駄々っ子を発動してみる。
いい歳こいてこの演技は辛いだろうと覚悟しての行動だったけれど、何故か思ったよりずっと違和感がなかった。不思議だ。
「どうせ理解できんのじゃ、満足するまで話してやれば良いではないか。それにほら、今のお主の姿を見ることができる時点で既に普通の人ではない。となれば、ここにいればいずれ知ることになる話じゃ」
ん?今、夜一さん何て言った?
今の喜助さんの姿って何だ。普通の人じゃないって一体どういうことだ。
「まぁ、そうなんっスけどね……それでこの子が納得するかどうか……」
「のう桜花、分からなくても話を聞ければ良いのじゃろう?」
「うん!」
ここまで聞いて後はお預けなんて、そんなことはありえない。
「それで分からなかったからと言って、お主は泣いたりはせぬよな」
「うん! やくそくする!」
だから私は、夜一さんの言葉に全力で頷く。
そんなの、約束できるに決まってる。だって、すべて理解できるだけの基礎知識と精神年齢を持ち合わせているんだから。
◇ ◇ ◇
喜助さんの話の中に、尸魂界や死神という単語は出てこなかった。相手は幼児なんだから当然といえば当然だけれど、そういう話が聞けなかったのはちょっと残念な気もする。
しかしその代わり、なぜ身寄りのない私を引き取ることにしたのか、ということについては詳しく説明してくれた。
曰く、この世界には幽霊が実在している。そして、浦原商店の裏で倒れていた私は『どこからどう見ても人間なのに幽霊の服やペンダントを身に着けていた』のだそうだ。
「幽霊だって服は着てますし、場合によってアクセサリーだってつけてます。ですが、それを人間の女の子が身につけているとなると話は変わってくる」
すっと差し出された着物を手に取って眺める。いかにも高級そうなその着物には、たしかに見覚えがある。浦原商店の裏で雨の中にいた時に着ていた着物だ。そして、起きた時から私の首にぶら下がっていた桜の形のペンダントにも触れて、裏返してみる。そこには小さく『桜花』と達筆に彫り込んであった。
「その着物もペンダントも、普通の人には見えません」
それは、死覇装や斬魄刀と同じく霊子で構成されている、ということだろうか。もしそうなら、かなり奇妙な現象なのは間違いない。なぜなら霊子の服は常人には見えない、つまりあの時の私は普通の人からすると全裸で倒れていたことになるからだ。
「そんなものを身に着けている時点で何か幽霊に関係していると考えて、ウチで手当したんです」
どうして幽霊に関係していたら浦原商店で面倒をみることになるのか。さらには、先程夜一さんが言った「今の喜助さんの姿を見ることができる時点で既に普通の人じゃない」みたいな言葉の意味についての説明もなかった。
それらが一番大事な気がするが、にこにこ笑って口を閉じた喜助さんはそこの部分を説明する気はないらしい。
いや……原作を知っている以上、何となく予想はつくけれど……
「ふふ、分かったか?桜花よ」
話が終わっても神妙な顔をして黙り込んでいる私に、夜一さんが楽しそうに声を掛けてきた。
もちろん現在も、喜助さんが話をしている間も、彼女はずっと裸のままである。幽霊だって服を着ているこのご時世に、この人は一体何をしているんだろうか。
「わかったもん!」
「ほぉ、頼もしい。じゃあ一から説明してくれんかの?」
「何言ってんスか、夜一サン……」
「ゆうれいがふくをきてて、わたしもゆうれいがきてたふくをきてたんでしょ?」
分かるもんと、口を尖らせてむっとした表情をしつつ堂々と答える。内容は意図的に少し外しておく。抜かりはない。
「お、意外と分かっとるじゃないか。喜助よ、こやつなかなかに頭が良いようじゃ」
ちょっとズレとるがな、と夜一さんは全裸で笑っていた。
全裸で。
もう、この際誰でもいい。
誰でもいいからこの人に服を着せてはくれないだろうか。
鉄裁さんを始めとして、登場人物の口調が掴めない……違和感や誤字などがあれば報告してください。お願いします。