傲慢の秤   作:初(はじめ)

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前話に引き続き、それなりに短いです。
でも、区切りが良いので。



四十、まずは味方から

 

 

 

 瀞霊廷(せいれいてい)流魂街(るこんがい)を区切る、四つの門。

 

 そのうちの一つ、白道門(はくとうもん)を守護する兕丹坊(じだんぼう)が、一護との戦闘に負けて門の通行を許可してしまった。

 

「これは……確かに『あかん』ねぇ……」

 

 糸目の三番隊隊長の顔を思い浮かべながら、私は物陰で小さく呟いた。そして、いつでも走り出せるように身構える。

 

「腰抜がすなよー、一気にいぐどー……」

 

  そう言って、兕丹坊は白道門を一息に持ち上げてしまった。あの大きさの門を、一人で。しかもあのスピードで。

 そういうところは門番を任されるだけあるんだなぁ、と感心しつつ、私は一歩目で足元を弾いた。二歩目はもう瀞霊廷の中だった。

 

「あァ、こらあかん」

 

 数メートル先から聞こえた京都弁に、私は「そりゃそうだ」と密かに頷いた。

 

 今回は、相手が一護達だったからまだ良かった。彼らは確かに旅禍(りょか)だけど、明確な害意を抱いて瀞霊廷に乗り込もうとしている訳ではなかったからだ。

 しかし、それでも旅禍は旅禍。瀞霊廷の者から見ればただの不審者でしかない。それに対して兕丹坊は、現代風にいうと警備員という立場だ。

 

 つまり兕丹坊という警備員は、規制された区域に無断で侵入しようとした一護達不審者を、上の指示を仰ぐこともなく自己判断で勝手に通してしまった……ということになる。

 

 これはアウトだよね、どう考えても。

 

「あかんなぁ……門番は門開けるためにいてんのとちゃうやろ」

 

 その時。京都弁を使う三番隊隊長――市丸ギンの霊圧が、ほんの一瞬だけ膨らんだ。そして兕丹坊の悲鳴と、何か重いものが地面に落ちる音。

 

「門番が"負ける"ゆうのは、"死ぬ"ゆう意味やぞ」

 

 だからといって、流石にそれは極論だと思うけども。

 

「何てことしやがんだ、この野郎!!」

 

 現世の人間とはあまりにも違う価値観だ。

 そんな市丸ギンに、我慢できなくなったらしい一護が突っかかった。

 

「おもろい子やな。ボクが怖ないんか?」

 

 全然、と言いかけた一護に、夜一さんが大声で怒鳴った。そのやり取りから一護の名を知った市丸ギンが、ニヤリと意味深長な笑みを浮かべる。そして、一護から遠ざかるようにゆったりと歩き始めた。

 

「ほんなら尚更……ここ通す訳にはいかんなぁ」

 

 これは、早急に逃げた方がいいかもしれない。あんなのに巻き込まれてはたまらないと、私は隠れられそうな物陰を探して、そこに飛び込んで――

 

 慌てて自らの口を塞いだ。

 

 そこに六番隊副隊長、阿散井恋次がひっそりと立っていたからだった。

 

「っ……!!」

 

 び、ビックリした……まさか、飛び込んだところに阿散井恋次がいるとは思わなかった。

 

 思い返してみると、漫画にもこんな描写があったようななかったような……というより、何でこの人ここにいるの? こんなところで何してるの?

 

射殺(いころ)せ、"神槍(しんそう)"」

 

 さっきと同じような霊圧の膨張。

 そして先程まで瀞霊廷の中にいた一護が、ふらつきながら門を支える兕丹坊もろとも、流魂街に弾き出されてしまった。

 

「バイバーイ」

 

 支えがなくなって勢いよく閉まる門の隙間から、市丸ギンはヒラヒラと手を振った。その一瞬の後には門は閉ざされ、胡散臭い笑みをたたえた市丸ギンはくるりと踵を返した。

 

 私の隣にいる阿散井恋次は、その一部始終を黙って見つめていた。市丸ギンがいなくなった後も、静かに壁にもたれかかって何やら考え込んでいるようだった。

 

「…………」

 

 この人は恐らく昔の私のことを知っている。その上、ルキアを助けたいと願っているはずだ。だから上手くやれば味方に引き入れられるに違いない。

 

 話し掛けるには、今が絶好のチャンスだ。現実主義な喜助さんだったら、まず目の前の阿散井恋次から取り掛かるに違いない。

 

 でも。最初に会うべきなのは、この人じゃないんだよ。

 

 少し効率は落ちるけど、それも致し方ない。私はさっと頭を切り替えた。

 切り替えた頭の隅で「それにしてもすごい髪色だなぁ」なんて至極どうでもいいことを考えながら、私は忍び足でその場を離れたのだった。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 門が開いたその瞬間に瀞霊廷内に踏み込んだのは、私一人だけではなかった。互いに姿が見えないから断言はできないけれど、少なくとも計画では二人揃って侵入することになっていた。

 

 つまり。漫画では現世で待機していた喜助さんが、今回は尸魂界にやってきているんだ。

 

 喜助さんは一行が穿界門に飛び込んだ直後に、霊圧遮断型外套と"曲光"で存在を隠して私達の後を追ってきていた。だから、一護を始めとするクラスメイト達は、喜助さんまで来ていることを知らない。知っているのは私と夜一さんだけだ。

 

 穿界門の開門状態を一人で維持できるようにしたのも、門をくぐった者の霊圧を変質させる機能をつけたのも、全て喜助さんが尸魂界に入るために行ったことだった。そうやってこっそり侵入して、藍染にさえ悟られないのをいいことに裏で思う存分動き回る気らしい。

 計画を立てる際に、「敵を騙すならまず味方からって言うでしょう?」と得意げに語った喜助さんに、何故か若干イラッとしたのを覚えている。

 

「…………」

 

 どこか懐かしいような気がする瀞霊廷を眺めながら、消費霊力を抑えた遅めの瞬歩で移動していく。向かう先は、六番隊の隊舎だ。

 瀞霊廷の地図は、ここに来る前にだいたい頭に入れてしまっている。念のため紙媒体の地図だって持ってきているから、万が一にも迷うことはないだろう。

 

「おい、白道門から侵入した奴らがいたらしいぞ。それも旅禍だとよ」

「マジかよ! それで何かピリピリしてるんだな」

「旅禍なんて、何年ぶりだろうなぁ」

 

 すれ違う平隊員達は、私の存在に気づかない。本気で霊圧を隠せば商店の大人達にも感知されない私が、霊圧を確実に遮断する外套をまとい、さらにその上から"曲光"までかけているんだ。気づかないというより、気づける訳がないといった方が正しいのかもしれない。

 

「…………」

 

 そうして誰にも見つからずに辿り着いた、六番隊舎。自然と、足が止まる。

 入り口の門にでかでかと書かれた、『六』という漢数字を無言で見上げた。

 

 ここに、いるんだよね。

 

 日はまだまだ高い。この時間帯なら勤務中であることは間違いない。だから、いるはずだ。この中の、どこかに。

 早く会いたい。こうやって、こそこそ隠れて向かわなければならないのがもどかしい。それくらい切羽詰まった感情だった。

 

「何で……」

 

 それなのに、その感情に嘘はないのに、私の足は決定的な一歩を踏み出せずにいた。

 

「おい、今何か言ったか?」

「いいや、何も」

「んー……気のせいかなぁ」

「気のせいだろ」

 

 さして気にする様子もない隊士達に、私はホッと息をついた。どうやら、知らぬ間に独り言を漏らしてしまったようだ。

 

「俺さぁ、隊長にって届け物を頼まれてるんだよな……」

「は? 直接渡しに行くのか?」

「おう、普通は席官を通すんだけどな。ただの菓子だからってさ」

「菓子? 誰からだ?」

「浮竹隊長からだとよ」

「あぁ、なるほど」

 

 彼らは迷わず六番隊舎に入っていく。

 そうか、この人達は六番隊所属なのか。しかも隊長に会いに行く、とのことだ。

 

「しっかし、隊長も不運な方だよな……」

「隊長の妹さん……ルキアさん、だっけか?」

「あぁ、それで合ってるぞ」

 

 突っ立ったまま、遠ざかっていく隊士達の話に耳を澄ませる。

 

「酷い話だよな。()()()()娘さんもいなくなって、ついに妹さんまで……」

「ここまで来たらもう、呪いだよな」

 

 ()()()()いなくなった。

 

 その言葉は、私の心の奥底に押し込めていた何かを引きずり出した。

 

「…………」

 

 今度は、ちゃんと足を踏み出すことができた。隊士達の後を追う。

 先程までの躊躇いは、跡形もなく消え失せていた。

 

 

 


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