傲慢の秤   作:初(はじめ)

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四十一、再会

 

 

 

 「久しぶり、元気にしてた?」なんて気軽に話し掛けることのできる相手でもなければ、そういうシチュエーションでもない。だからといって出会い頭に謝罪するのも違和感があるし、開口一番「実は生きてました」なんて告げるのも違う気がする。

 

 果たして、何と声を掛けるべきか……

 

 そんなことをうだうだ考えていても、隊士の後を追いかける足は止まらない。

 

 そしてとうとう、隊首室に辿り着いてしまった。

 

「くっ……くくく、朽木隊長はいらっしゃいますか!」

 

 包みを携えた隊士が、神妙な面持ちで隊首室の扉をノックした。緊張のせいでどもってしまった隊士の様子を、付き添っていた他の隊士二人がくすくす笑いながら見守っている。

 

「あぁ。入れ」

 

 父様の声だ。この中にいるんだ。

 やっと、会えるんだ。

 

「はいっ! 失礼しますっ!」

 

 ガチガチな隊士が、扉を開ける前に一度礼をした。「開けてからじゃないと見えないだろ」と隣の隊士達が笑っているが、緊張しきっている本人は気づかない。

 

「…………」

 

 私は、その様子を息を止めて凝視していた。そのことに自分で気づいて、自嘲するように小さく笑った。

 

 私も彼と大差ないじゃないか……と目を閉じて、静かに息を吐く。

 

 扉の開く音がして、それから私は目を開いた。

 

 薄暗かった廊下に、光が差す。

 私はその光に向かって、開いた扉と平隊士の隙間に滑り込んだ。

 

「う、浮竹隊長から菓子だそうです。こちらに手紙も……」

「……あぁ」

 

 ――いた。

 

 隊首室は、まるで現世の社長室のような造りをしていた。窓に背を向けるように置かれた隊長の机の前には、ソファとローテーブルが整然と並べられていた。

 

 そんな隊首室で朽木白哉は――父様は、然るべき席について手元の書類に目を落としていた。

 

「菓子か……そういえば、そんなことを言っていたな」

 

 父様は泰然と顔を上げると、差し出された届け物を机に置くように目配せした。それを察した隊士が、さっと包みを机の端に乗せる。

 

「わざわざ御苦労だった」

「いっ、いえ! とんでもないです!」

 

 父様はにこりともせず、労いの言葉を口にする。

 それを受けた隊士は、慌ただしいながらも嬉しそうに一礼した。それから、入室した時と同じようなぎこちない動きで退室していった。

 

 そして……隊首室に残ったのは、父様と私だけになった。

 

「…………」

 

 決して狭くはない室内が、沈黙で満たされる。

 

 相変わらず無表情な父様は、手に取った包みを机の中にしまって、添えられていた手紙を読み始めた。

 

 一方で私は、これからどうしようかと思案していた。思案しながらも足だけは、父様の方へと勝手に動き続ける。音を立てないように、忍び足で。

 

 一歩、二歩。

 

「……痛っ!」

 

 踏み出した、三歩目。

 その左足に痛みと衝撃が走って、私は小さく声を上げた。どうやらソファの足を思い切り蹴飛ばしてしまったらしい。

 

「…………」

 

 あれ? 声を、上げた……?

 

「何だ」

「っ……!!」

 

 やってしまった。

 

 空気が凍る、というのはこういうことを言うらしい。警戒心を多分に含んだ父様の声を発端に、室内のありとあらゆる気体がピキピキと音を立てて凍りつく様が目に見えそうだ。

 

 慌てて口を押さえるが、今更何の解決にもならない。既に声は出してしまっているし、蹴飛ばしたソファは少しだけズレてしまっているし。

 

「……何者だ」

 

 私の姿は見られていない。それなのに父様は、鋭い目線でこちらの方を睨みつけている。

 それどころか、立ち上がって身構えていて……何かの弾みで抜刀しそうな勢いですらあった。

 

 ちょっと、マズいかもしれない。

 

「ちょ……待ってください! て、敵じゃないんです!  断じて!」

「一体、何を……」

 

 実の父親に誤って斬り捨てられるなんて、笑えない。

 

 まごまごと弁解しつつ、私は大慌てで"曲光"を解いて外套を脱ぎ捨てた。そして隠していた霊圧を元に戻して、床に落としてしまった外套をわたわたと拾い上げて、先程蹴飛ばしたソファの背もたれに掛けて……そこでやっと、我に返った。その体勢のまま静止する。

 

 いやいやいや。

 

 これ、久々の再会だよね。

 さらっと姿現しちゃったけどさ。

 どうしよう、これ。

 

 そろり、と恐る恐る顔を上げてみる。

 

「…………」

 

 そこにあったのは、まさしく幽霊でも見たような、色を失った表情。

 

 私と同じグレーの瞳は、大きく揺れながらも真っ直ぐに私を射抜いていた。

 

「まさか……そんな……」

 

 これまで聞いたことのないような掠れた声で、父様が言葉を漏らした。今なら霊力のないただの人間でも一本取れるかもしれない。そのくらい、隙だらけの出で立ちだった。

 

 あぁ……何か、言わなければ。

 

 そんな衝動に急き立てられて、私はおもむろに口を開いた。

 

「えっと……その……桜花、です。お久しぶりです。もっとこう、落ち着いて会おうと思っていたんですが……何だか、締まらない感じになってしまって……」

「…………」

 

 たくさんの種類の感情が、私の中でぐちゃぐちゃに積み重なっている。そのせいか、発する言葉は要領を得ないものばかりだった。それでも口を閉じてはいられなくて、私はただひたすらにつらつらと言葉を並べた。

 

 しかし父様は、何も言わない。

 

 その様子がさらに不安を掻き立てて、ペラペラ回る口は余計に止められなくなった。

 

「あの……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。その辺りについては、色々と話さなければならないことが――」

 

 不意に、父様の姿が掻き消えた。

 

 そして次の瞬間には、目の前には黒が広がっていた。どこか懐かしい、い草とお香が混ざったような上品な匂いがした。

 

「――桜花」

「……はい」

「桜花」

「……はい」

 

 繰り返し名を呼ばれて、それに丁寧に答えているうちに、先程のよく分からない焦燥は収まっていった。

 

 私は、ゆっくりと目を閉じた。

 

「ここに、居るのだな……」

「っ……」

 

 頼むから夢であってくれるなと、そう懇願するような声色が耳朶を打った。

 

 そのあまりの切実さに、私は小さく息を詰まらせた。こみ上げてくるものを堪えようと、目前の黒に縋りついて……そして、応える。

 

「はい……います」

「本当に、この腕の中に……生きて、居るのだな」

「……間違いなく、ここに」

「そう、か……」

 

 父様が、深い深い息を吐いた。背中に回された腕が、目の前の黒が、震えている。

 

「…………」

 

 静かな時が、流れ続ける。

 

 父様も動かず、私も動こうとはしなかった。

 これ以上何か言葉を交わそうとも、思わなかった。

 

「…………」

 

 三年分の記憶しかなくとも、前世の記憶があろうとも。それでも、この人は紛れもなく私の父親なのだと、私の中の何かが強く叫んでいた。

 

 これが血の繋がりというものなのだ、と。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一体、どのくらいの時間が経ったのだろう?

 ずいぶんと長い間、ああしていた気がする。

 

 日はまだ沈んでいないみたいだけど……と窓の方を見ると、私から離れたばかりの父様が、机について何やら書き始めていた。

 

「……浮竹隊長へですか?」

「いや、違う」

 

 先程の菓子の礼をしたためているのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。慣れた様子で筆を動かす手元をそっと覗き込んだ。

 

『桜花が戻った。屋敷に芦谷と恋次を呼べ。それから至急、宴の準備を――』

 

「わ、わ、わ! 父様っ!」

 

 宴って。宴って!

 私これから暗躍する予定なのに!

 

 慌てて静止の声を上げると、父様が訝しげに顔を上げた。

 

「私のことは、もうしばらく秘密にしておいてくれませんか?」

「何故だ」

「何故って……」

 

 ルキアの一件もありますし、今から宴をするのはちょっと……と言い淀む。

 

 すると父様は、私が発した『ルキアの一件』という言葉に反応した。声の調子は変わらないものの、ほんの少しだけ目を見開いていた。

 

「知っているのか?」

「はい。というより、ルキアとは既に何度も会っているので……」

「ルキアは、お前のことを知っていたのか……!?」

「はい」

「知っていたのに、何故……」

「私が口止めしていたんです。私のことは今しばらく内密にしておいてほしい、と」

 

 ルキアは何も悪くないと、そういう意味を込めたことは伝わっただろうか?

 

「とにかく今は、話すべきことが山ほどあるので……どこか、誰の目も耳もない場所はありませんか?」

 

 私がそう言うと父様は少しだけ考え込んで、それから「屋敷の離れならば、誰も来ぬだろう」と呟いた。

 

 離れ、か。確かにあそこは使われていなかった記憶がある。そうか、あの棟は未だに無人状態なのか。私が屋敷の間取りを思い出していると、父様が再度口を開いた。

 

「桜花。お前はどのくらいの時間、隠れていられるのか?」

「隠れる……? あ、霊圧隠蔽と"曲光"ですか?」

「あぁ」

 

 そんなことを訊いてどうするのかと内心首を傾げながらも、時間を簡単に計算していく。

 

  死神の力を取り戻してから、私の霊圧隠蔽能力は格段に精度を増した。つまり、それまで私は霊力を垂れ流している状態だったという訳だ。

 そんな私のために、喜助さんが(ホロウ)避けの結界を張ってくれていた。そして私が死神化して霊圧を隠せるようになってからは、その結界は解除したんだとか。しかし何故か、解除したという事実は教えてもらっていなかった。

 

  だからなんだろう。私は、始解を習得して斬魄刀から話を聞くまで、自分が霊圧を隠せるということを知らなかったんだ。

 

 もちろん、尸魂界での記憶をほんの少し思い出した時点で、()()霊圧操作が得意だったということには気づいていた。

 だから一応、死神化するまでの私が霊圧を隠せなかったことに違和感は抱いていたんだけど……でも「昔のことだし」と、深く考えようとはしなかったんだよね。

 

「霊圧を隠すのに霊力消費はほとんどないので、隠蔽の方は半永久的に可能です。"曲光"の方もそれほど霊力は使わないので……数時間は余裕です」

「……そうか」

 

 この能力の由来は、実は"雲透(くもすき)"にあったりする。

 

 "雲透"の能力は、大きく分けて二つ。

 一つ目は自分と相手を天秤に乗せて比較することによって、相手の現状を読み取る能力。この『現状』には感情や頭の良さなど、数値化しにくいものも含まれている。

 

 そして二つ目が、この霊圧隠蔽だ。

 天秤に載せられた『もの』には、天秤の使用者の情報を得ることはできない。私はその天秤の使用者だから、秤に載せられ得る『もの』には私をはかることはできない。

 

 その"雲透"の能力の影響で、私は昔から霊圧を隠すことができたんだ。

 

 だから父様も、この特技のことは知っていたんだろう。特に驚いた様子もなく、しかし少しだけ満足そうに頷いていた。

 

「四半刻もあれば、これを片付けられる。それから屋敷へ向かう。それまで、この部屋で隠れておけ」

 

 『これ』のところで、机上に積み重ねられた書類を示された。

 

 ざっと見て10センチはある、これを三十分で? 尸魂界(ここ)では、強い人は書類仕事の処理能力も高いの?

 

 ……と、ここまで考えて、十一番隊隊長が思い浮かんだ私は考えるのをやめた。あの人って多分、書類仕事できないよね。しないんじゃなくてできなさそうだよね。

 

「分かりました」

 

 私は素直に頷いて、手際良く存在を隠した。

 この作業も、もう慣れたものだ。"曲光"だって、詠唱破棄でも長時間保たせられる。

 

 さてと……突っ立っているのもあれだし、ソファにでも座って待つか。

 

 そう思ってふかふかしたクッションに身を沈めた時、父様が不意に呟いた。

 

「……桜花、そこに居るか」

「へ……? いますよ?」

「……そうか」

「どうしたんですか?」

「……いや、気にするな」

「はあ……」

 

 煮え切らない返答に、私は曖昧な声を漏らした。

 

 それからも、数分おきに私は「そこに居るか」と訊ねられた。

 そのらしくない問答の理由に気づいたのは、三度目に声を掛けられた際に、父様の口元がほんの少しだけ緩んでいたのを見た時だった。

 

 無意識なんだろうな、と考えずとも分かってしまって、私の方もにやけるのを抑えられなかった。

 

「……桜花」

「はい、いますよ」

「あぁ……分かっている」

 

 何が『分かっている』だ。夢じゃないか確かめようと思って声を掛けたくせに。笑ってるの、見えてるんだからね。

 

 そうやって内心は憎まれ口を叩いていたけれど……表情を隠す必要のない私は、さぞ嬉しそうな顔をしているに違いない。

 

 

 人と関わることが嫌いだった前世とは違って、今の私は――桜花という一個人は、こういうことにめっぽう弱いらしかった。

 

 

 




そこはかとなく漂う恋人感。どうしてこうなった。
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