同期との思わぬ再会から一夜明け、昼を過ぎた頃。処刑を司る機関の者達を引き連れて、阿散井恋次は六番隊の牢に到着した。
重苦しい扉が開かれた先にいるのは、幼馴染の少女だ。
「……恋次か。どうした、良いことでもあったか」
「ねぇよ」
「ふむ、では良くないことか。刑の日取りでも早まったか?」
「違ぇよ、馬鹿」
縁起でもないことを言うな、と恋次が小声で吐き捨てると、朽木ルキアは楽しげに口の端を上げた。
「平気そうだな、その調子だと」
「まぁな」
そんなルキアの様子に安堵しつつも、恋次は次に告げなければならない言葉に躊躇していた。
できれば言いたくない。何とか平穏を保っているこの幼馴染の心を、あまり乱したくはなかった。
けれど、これが自分の副隊長としての責務。
「……処刑まで残り十四日を切った。
「そうか」
相変わらず女らしくない口ぶりで頷いたルキアには、しかし、恋次が案じていたような変化は見られなかった。ただただ、落ち着き払っていた。まるで、明日の天気でも聞いたかのように。
「阿散井副隊長殿。罪人に首の輪を」
「……あぁ」
しかし、嫌な責務だ。などと考えながら、恋次は懐から取り出した首輪を幼馴染の少女に装着する。
何が嬉しくて、家族のように共に育った者に対してこのようなものをつけなればならないのか。ルキアの様子が普段と変わらないのが救いだった。これで悲しそうな顔などされた日には、恋次の方が気が滅入りそうだった。
「罪人は、席を立って下さい」
黙ったままそれに従ったルキアは、そんな恋次を気遣っていたのかもしれない。
バシュ、と乾いた音を立てて、首輪から影のような黒いものが飛び出した。見る間に紐状の形をとったそれが、手枷のようにルキアの手首に巻きついた。
「――封」
顔を隠した役人の一人が封印の文言を唱えると、生き物のように軟く
「では、これより懺罪宮へ向かいます」
ルキアは、役人の指示のもと無言で歩き始めた。
恋次の役目は、護衛も兼ねて彼ら全員を先導することであった。
そうしてルキア達を懺罪宮に送り届けて、ルキアの拘束も外されて。退出を促す声を聞き流しながら、恋次はルキアの元へと歩み寄った。
「一つ、情報がある」
ピクリ、と肩を揺らしたルキアは、何かを察していたのかもしれない。
囁くような小さな声で、恋次は続ける。
「昨日、
「……あぁ」
「そのうちの一人は身の丈ほどの大刀を持った、オレンジ色の髪の死神だそうだ」
「っ……!!」
ルキアが、信じられないといった様子で息を呑んだ。
おいおい、こんなもんで驚いてどうする、と恋次は内心ほくそ笑む。そして再び口を開いた。
「それと、もう一人……お前の姪っ子だよ」
◆ ◆ ◆
朝起きてすぐ、私は五番隊の隊舎へと向かった。
それからずっと、ただひたすらに待機していた。待っていたのは私の元付き人である
本来は五番隊副隊長だったはずの雛森桃は、何故か六番隊の三席に収まっていた。では、空いた五番隊副隊長の席には誰が座っているのか。答えは、この付き人である。
どういう経緯でこうなったのかは分からない。ただ、片や私の元付き人で、片や私の霊術院の同期とあっては、その根本的な原因は何となく推測できるというものだ。本当に、私は何をしたんだろうか?
私の過去の所業はとりあえず置いておくとして。
漫画では藍染にいいように翻弄され、散々な目に遭った雛森桃だけれど、この世界では藍染との関わりはなさそうだった。
護廷十三隊の過去の名簿を見てもそれは明らかで、雛森桃が一度も五番隊に所属したことがないことが記されている。ついでに阿散井恋次や吉良イヅルさえも五番隊に所属したことがない。どうやら私達同期は、藍染の視界に入っていなかったらしい。どうあれ理由ははっきりしないのだけれど。
そんな状態だから、雛森桃はこの度の騒動にはあまり関わりのない存在なのではないかと私達は結論づけた。よって、とりあえず彼女のことはスルーすることにした。
一人だけ蚊帳の外ってのは申し訳ない気もするけど……まぁ、仕方ないよね。
「……ていうか、芦谷遅くない?」
始業前であろう明朝に隊舎へと忍び込んだのに、彼の私室はもぬけの殻だった。夜勤でもしていたのかな、と大人しく待機していたけれど、昼を過ぎても部屋の主が姿を見せる様子はない。
待機し始めて三時間が経過したあたりで、もういっそここを離れて探しに行こうかとも考えたけれど、土地勘のないところでそれをやるのはリスクが高すぎる。入れ違いになってしまっては元も子もない上に、下手に出歩いて藍染と出くわしでもしたら一環の終わりだ。
そもそも尸魂界篇は時系列が分かりにくくて、十数年前に漫画を読んでいただけの私は細かい流れまでは把握しきれていない。だから計画の時点で、こういったことも起こり得るだろうという話はしていた。
こういった場合は大人しく待つことも必要だ、と言われたのを思い出す。それだけ大事かつ危険な事柄なら、時間を浪費してでも万全を期した方が良いと。
「……お?」
そうして待ちぼうけを食らい続けること六時間。時計の短針はとっくの昔に天辺を通り過ぎ、太陽が一番高く上がる時間帯になって、ようやく芦谷は姿を現した。
中肉中背で、特徴といえば黒髪に眼鏡くらいか。眼鏡と聞くととある黒幕の男が思い浮かぶが、芦谷はアイツほど顔が整っていない。
真っ黒な腹に反して、顔だけは正統派イケメンなんだよなぁ藍染って。
「遅かったですね」
「っ!!! 誰だっ!!?」
軽い気持ちで声を掛けると、これまた分かりやすい反応だった。何度もの邂逅を経て、だんだんとこのシチュエーションに慣れつつある私にとっては、警戒されるのも予想の範疇である。
「あんまり騒がないでくださいね、気づかれると面倒な奴らがいますから」
不思議なことに、他の人たちと再会した時とは違って、特に感情は揺らがなかった。いつも通りの平穏な気持ちで声を掛けた私に対して、芦谷の反応は劇的だった。
「えっ?! あ……そんな、まさか……」
騒ぐなという私の言葉には従ったのものの、驚きは隠しきれないようで、混乱したようにオロオロと視線を彷徨わせている。このまま放置は気の毒だからと、素早く外套を脱いで縛道も解除した。
「お久しぶりです。急に消えてしまってごめんなさい」
そう言って少しだけ笑う。
きっと、苦笑いになっているに違いない。呆然と私を見つめる芦谷が、あまりに間の抜けた顔をしていたから。
「うーん……久しぶりだからと思ったけど、敬語で話すのも何だか気持ち悪いなぁ……」
何の躊躇いもなく呼び捨てにしていた相手だ。何となく敬語だと居心地が悪い。
それにしても明らかに年上の人に対してタメ口で、さらには呼び捨てにするなんて。まるでお嬢様みたいで、それはそれで居心地が悪いような。
あ、そういえば私お嬢様か。
「たまに忘れるんだよねぇ、私がお嬢様だったって――」
言葉が途切れる。
驚いた。
何故かって、目の前の男が急に泣き始めたからだ。
それも子どもみたいに、ボロボロと大粒の涙を溢しながら。
◆ ◆ ◆
都合良く使われたのだなと、気づいてはいた。けれど、それでも当主様には感謝していた。
「芦谷。お前には、娘の付き人を務めて欲しい」
数十年前のこと。芦谷塵にそう言ったのは、芦谷塵の一族が忠誠を誓う方だった。名前は朽木白哉様。四大貴族朽木家の現当主であり、六番隊隊長である、高潔なお方。
そんな方の娘の付き人とあれば、恐れ多い大役であることに間違いはなかった。当然、数少ない友人達も彼を羨んだ。「すごいじゃないか。大出世だな」と。
そして、これを機にあの窮屈な家から抜け出せると考えると、これほど良い機会はなかった。
下級貴族当主である父と、流魂街出身の愛人との間に生まれた庶子。それが芦谷塵だった。故に、どこの馬の骨とも知れない女の子だの、芦谷家に不純物が混じってしまっただの、散々言われて育ってきた。
責任を取るべき父親は塵にもその母親にも無関心だったし、正妻の息子である二人の兄達は塵を迫害の対象とすることで日頃の鬱憤を晴らしていた。唯一愛してくれていた母親も十数年前に亡くし、彼の肩身はますます狭くなっていった。
「緋真を妻として迎え、桜花を授かって気がついた。私はお前の扱いを間違えていたようだ」
「は」
「芦谷塵、お前には何の罪もない」
そう言って、そして塵に付き人の任を渡したのだ。
芦谷家は私兵として代々朽木家に仕えてきた。当然、それは庶子である塵にも変わりなく義務として降りかかり、しかし庶子であるが故にその頭になることはできなかった。
そしてそれは、塵が私兵の中でも群を抜いて強いという事実を持ってしても、覆ることのない現実であった。
それが、思わぬ形で覆ってしまった。
当主様の一人娘である朽木桜花様は、流魂街出身の母を持つという点では塵と似たような境遇にあった。当主様は、そのせいでお嬢様に苦労を掛けないようにと案じていたのだろう。
そんな折に思い出したのが、塵の存在だったという訳だ。ある程度名のある貴族の血を引き、ある程度の実力を持ち、お嬢様と似た境遇にある。それらが決め手だったに違いない。
だから、都合良く使われたのだなと思った。
けれど、塵はその話に乗った。
元よりただの兵士でしかない塵に、選択権などなかったに等しいのだけれど。
お久しぶりです。
オリ主とオリ主が話すだけの超つまんない場面をどう書こうか迷っているうちに月日は流れ……はい、言い訳はやめます。
遅くなってすみませんでした……!