十一番隊三席の斑目一角との戦いに勝利した黒崎一護は、同じく
避難する際に拉致してきた四番隊の山田花太郎も一緒にいるらしく、地下水路に詳しい彼の導きにより黒崎一護は
それら全ての動きを把握していた藍染惣右介は、全く予想通りの場所から予想通りの顔が出てきたことに思わず笑みをこぼした。
「オッケーでーす。上がってきてください」
気の抜けたような山田花太郎の言葉を受けて、ガタガタと騒々しい音を立てながら二人の侵入者も姿を現した。こうして建物の陰から見られているということに気づきもせず、呑気なものである。
これでも浦原喜助が寄越した戦力の一つだというのだから、笑うしかあるまい。これならまだ、霊圧をぶつけるという直接的な手段を用いるまで『"鏡花水月"の対象外であること』を確信させなかった朽木桜花の方が、いくらかマシというものだ。
「……久しぶりだな」
「!!」
そんな彼らに声を掛けたのは、六番隊副隊長の阿散井恋次だった。
「俺の顔を憶えてるか?」
「……阿散井、恋次」
「意外だな、名前まで憶えてたか……上出来だ」
「そりゃどうも」
阿散井恋次が懺罪宮の近くにいることを既に把握していた藍染は、さして驚きもせずそのやり取りを眺める。
隊首会の折に藍染は、朽木ルキアと関わりが深い阿散井恋次にそれとなく声を掛けて探りを入れておいた。
その時の受け答えから察するに、恐らく浦原喜助の手の者が既に手を回している。つまり、何者かが阿散井恋次に接触している。
今のこのやり取りを見るに黒崎一護が接触したとは考えづらく、同時に尸魂界に侵入したと思われる四楓院夜一や他の人間達は阿散井恋次とほとんど面識がない。となると、阿散井恋次に接触した人物は一人に絞られる。
「正直驚いたぜ。てめーは朽木隊長の攻撃で死んだと思ってたからな」
「…………」
「どうやって生き延びたのか知らねぇが、大したもんだ。褒めてやるよ」
黒崎一護は、連れの制止を振り切って進む。そして、止まった。阿散井恋次の、十メートルほど手前で。
「……本気か」
「当然」
「俺を倒して終わり、じゃねぇんだ。他にも隊長格は二十人以上いる。それでも止まる気はねぇか」
「何人いようと関係ねぇよ。全部倒しゃいいだけの話だ」
「ハッ……朽木隊長に手も足も出なかった奴がよく言うぜ」
一触即発のような会話をしているが、その実互いに相手への殺意は感じられない。
「黒崎一護だっけか……お前の目的は、桜花から聞いた」
やはりそうだったか、と藍染は納得した。
朽木桜花が接触するのが一番手っ取り早いのは明らかだが、記憶がない故に阿散井恋次の性格を見誤ってしまったとみえる。
阿散井恋次との対話に違和感を抱いた藍染が、結果的に今この場で会話を盗み聞くという状況が発生してしまっているのだから。
「桜花……?! お前、あいつを知ってるのか!?」
「知ってるも何も……って、そうか。お前は何も聞いてねぇんだな」
「おい、そりゃ一体どういう――」
「まぁ落ち着けって。あいつも俺も死神だからな、ちょっと知った仲だったってだけの話だ」
思わぬ名が出てきて動揺する黒崎一護に対して、阿散井恋次は冷静そのものだった。
「俺も、お前と目的は同じだ」
「何を……」
「ルキアを助ける。そのためには、何だってする覚悟だ」
「…………!」
「だからよ、黒崎一護。俺と戦え」
「はぁ?!」
当然、そう言われた黒崎一護は面食らった。
目的を同じくする者同士、協力しようと言うべき場面だろう。それなのに戦えと、阿散井恋次は言うのだ。
藍染とて六番隊副隊長の意図が全く分からない訳ではないが、己ならそのような難儀なことはしないだろうと断言できる。
阿散井恋次はこの少年と戦うことによってその力を確かめ、自らの味方となるに足るか判断しようとしているのだ。
全く面倒なことをするものだ……などと呆れながらも、藍染は静かに"鏡花水月"の範囲を広げた。
これから起こるであろう戦いも、溢れ出るであろう彼らの霊圧も、建物への被害も、全てを他の死神の目から隠すために。
そして、これから戦うであろう死神達から少しでも多くの情報を得るために。
◆ ◆ ◆
「ツッコミどころは色々あるけど、とりあえず言わせて」
十番隊隊長と三番隊副隊長に立場を明かさず接触して、それとなく敵の存在を
一護の霊圧が、何者かの霊圧と激しくぶつかり合った。
そして、こんなに大きな霊圧の衝突であるにも関わらず、瀞霊廷の死神達は誰一人として騒ぎもしなかったのだ。
そうなると、藍染惣右介が絡んでいると考えるしかない。そんな展開に覚えはないし、藍染惣右介とはもう二度と出くわしたくはないけれど、そんな可能性に行き当たってしまった以上は確かめない訳にもいかない。
「馬鹿じゃないの?」
そこで嫌々ながらも、こうしてこっそり様子を見に来てみればこれである。
「……うるせぇ」
ぼそっと返事をしたのは、辛うじて意識のある一護だった。
そう……辛うじて意識のある、だ。
どうやら懺罪宮の入り口で阿散井恋次と相見えた一護は、『ルキアを助ける』という私達の共通の目的を恋次も持っていることを知ったらしい。
そして、その上で何故か戦ったと。
それも全力で、生死をかけて。
「ちょっと意味が分かんないから。何で味方だと分かった上で本気で戦うの? 貴重な戦力削ってどうするの、せっかく私が恋次に事情を話しておいたっていうのに」
「……それ、俺じゃなくて恋次に訊けよ」
「その恋次が伸びてるから、あんたに訊いてるんでしょ」
場所は、瀞霊廷の地下水路。
事前に恋次に手を回しておいたにも関わらず、一護は漫画通り恋次と戦い、見事勝利した。
すぐに地下水路に戻ろうとしている彼らに紛れるように、私も一緒に地下へと潜ったのだ。
「そもそも、恋次がここにいるのも謎だし」
そして、一護に負けた恋次は今ここで、一護の隣で気絶している。
互いに漫画ほどの大怪我ではなかったものの、治療が必要な状況であることに間違いはない。より怪我の重い恋次を山田花太郎と思われる死神が治療して、一護の治療は私が行っている。
治療と言っても、私には彼のような四番隊隊員と違ってこれほどの怪我を完全に治すことはできない。ただ、動けるようにするくらいのものだ。
「味方なんだから、別にフツーだろ……」
「その味方とどうして戦ったかなぁ」
「だから、俺に訊くなって……」
会話こそ成立すれど、その目は今にも閉じそうだった。
それもそうか。
強者との連戦だった訳だし、この怪我だし。
「まぁ、話は後で聞くとするか」
ひとまず追求を諦めた私は、鉄裁さん直伝の回道を発動させたまま片手を一護の頭に乗せた。
「とりあえず、一護は寝なよ。この人達のことも、恋次のことも心配しないで。私がいるからさ」
「おう、悪い……」
数秒経ってそっと右手を上げた時には、一護は既に意識を手放してしまっていた。
「さて、そこのお二人さん」
本腰を入れて治療に入る前に、私は一度顔を上げる。
そこにいるのは恋次の治療をしている山田花太郎らしき死神と、置いてけぼりになっている志波岩鷲らしき男の二人だ。
「私のことが気になるでしょうけど、ひとまず敵ではないので安心してください」
「お、おう。そうだろうな」
一護の反応を見る限りな、と志波岩鷲が付け加える。
ルキアにそっくりな私を見ても、この男は特に反応しなかった。この相違点が示す事実を、私は書類上の事実として認識している。
まだ、その相違点に
「僕は、信じますよ」
一方で、ルキアと面識のある山田花太郎は私の顔を見て驚いているようだった。それでも私を問いただすこともなく怪我人の治療を優先したのは、流石四番隊隊員だと言うべきだろう。
「ありがとうございます。事情はまた、後程お話します」
そうして私は、横たわる一護の治療に集中したのだった。
◇ ◇ ◇
「……い、おう……! ……きろって!」
「ん……」
遠くから声がする。
この声は、一護?
でも、私は一護達と別行動を取っていたはず……でも恋次の声にも聞こえる気が……あれ……?
「起きろ! 桜花!!」
「うわっ!?」
一護に耳元で叫ばれて、私は勢いよく飛び起きた。途端に目眩がして、思わず目元を手で覆う。
「おい、大丈夫かよ」
「うん……多分……」
そうだった。ここは地下水路で、私は一護の治療をして、それで――そうだ!
「今っ! 何時!?」
「さぁ? まだ朝日は登ってねぇと思うけど」
「よ、良かった……まさか寝てしまうとは……」
寝てなかったのか、と全快したらしい恋次が問うた。
三日ぶりのまともな睡眠だったからね、と笑って頷くと一護と恋次が頬を引きつらせた。
「そりゃ……その、起こして悪かったな。治療までさせちまったし……」
「ううん、むしろ起こしてくれてありがとう」
「大丈夫なのかよ」
「大丈夫大丈夫、ちょっと疲れてるだけだから」
「ちょっとじゃねぇだろ。懺罪宮ってのに着くまでおぶってやっから、もう少し寝てろよ」
そう言ってくれるのはありがたいが、残念ながら一護達とは目的地が異なるのだ。
一護と恋次の戦いが終わったなら、次に起こるのは一護と十一番隊隊長との戦いと、藍染惣右介の死の偽装だ。
「ありがとう。でも、大丈夫」
「今更遠慮すんなよ」
「遠慮じゃないよ」
寝ぼけまなこのまま、ゆっくりと立ち上がって伸びをする。側に置いてあった斬魄刀を手に取って、腰に差した。
「おい、桜花」
「ん?」
「ずっと気になってたんだが、それ斬魄刀だろ。お前、もしかして……」
「うん、"
「お前……ホント後で全部説明しろよな」
「分かってる」
複雑そうな恋次に頷き返して、私は二人の死神に向き直った。
「じゃあ、また後でね」
「おい、お前もルキアのところに行くんじゃねぇのか?」
「用事が終わったらね」
まず私が向かうべきは、藍染惣右介が死を偽装する現場だ。そこの状況を見れば、藍染と芦谷の関係性も、市丸ギンと吉良副隊長の立ち位置も知ることができるかもしれない。
それに、何より確実に漫画と違う流れになると分かりきっている場面だから、様子を見に行かない訳にはいかないのだ。
あれは確か、朝の出来事だったと思う。それが今日の朝なのか明日の朝なのか、私には分からないのだ。
それなのに、ここまで爆睡してしまうとは……不覚だった。
「どこに行くのか、話してくれねぇのか」
「それは……ごめん。終わったら全部話すからさ」
「ったく、本当にお前は……後で覚えてろよ」
一護にも恋次と同じようなことを言われて、私は苦く笑ったのだった。
次回かその次の回から、ようやく事態が動き出します。
それにしても、五十話まで書いてまだこの辺とは……先が思いやられるなぁ……