傲慢の秤   作:初(はじめ)

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五十一、勝ち筋がなくとも

 

 

 

 藍染惣右介による死の偽装と、それを原因とする隊長格達の衝突は何時頃から始まるのか。今日起こることなのか、それとも明日起こることなのか。

 そもそも漫画とは違う流れになってしまっている以上、藍染惣右介がその行動を起こすかどうかも怪しいときた。

 

 私のことを知っている隊長格達に警告し終わった後は、とりあえず五番隊隊舎で張り込むことになっている……のだが。

 

「嘘、だ……こんなのって……!!」

 

 ――ええ。まあ、嘘なんですけどね。

 

 立ち尽くす芦谷を屋根の上から眺めながら、げんなりした思いで内心呟いた。

 

 目の前に広がっていたのは、あまりに残虐な光景だった。

 真っ白な外壁に飛び散り、重力に従って流れ落ちる大量の血液。その激しいコントラストの真ん中にあるのは、胸元に突き立てられた刀によって外壁に繋ぎ止められている死体だった。

 朝早くから動いていた私は、瀞霊廷(せいれいてい)の者が見つけるより早く()()を見つけてしまっていたのだ。

 

 戦いというものや怪我というものに慣れている私でも、死体を頻繁に目にしている訳ではない。

 だから、一般的な女子高生らしく悲鳴を上げるほどではないものの、それなりに衝撃的ではあった。

 

 そんなものが見える範囲内で数時間待機していたのだ、私は。それはもう、げんなりもするだろう。

 

「藍、染……隊長……!?」

 

 芦谷は藍染隊長と呼んでいるが、私には全く別の者に見える。死覇装(しはくしょう)を身にまとっているから死神ではあるみたいだけれど。

 それにしても、この気の毒な犠牲者は一体どこの誰なんだろう? "鏡花水月"の力があれば、わざわざ誰かを殺さなくたって『そう』見せることくらい簡単だろうに。

 

 そんなことをぼんやり考えているうちに、私は今までそれとなく目線を逸らしていた()()の顔を、図らずも直視してしまった。

 

「…………」

 

 うわぁ、目が開いてる……勘弁してよ……

 

「あらま、これまたえらいことになっとるなぁ」

 

 そんなショッキングな雰囲気を破壊するような、軽い口調で姿を現した者がいた。三番隊隊長、市丸ギンだった。

 

「市丸隊長……俺……」

「分かっとる分かっとる。やったの、キミやないんやろ?」

 

 キミ、藍染隊長のこと大好きやったもんなァ。

 

 笑ってそう続けたその態度は、少なくとも死人を目の前にしてする類のものではなかった。けれど気が動転している芦谷は、それに気づいていないようであった。

 

「早く……四番隊を、呼んでこないと……」

「呼ばんでええよ、そんなん」

「……え?」

「藍染隊長、もう死んではるし」

 

 確かに私にも、この人は亡くなっているように見える。霊圧も感じられない。

 

 しかし、だ。例えそう見えたとしても、例え霊圧を感じられなくても、それは救護を呼ばない理由にはなり得ない。

 離れた所からでは感じ取れないほどに霊圧が極端に弱まっていても、もしかすると命だけは繋ぎ止めているかもしれない。味方である以上、少しでも可能性があるならそれに縋るものだろう。

 

「しかし、まだ息があるかも……」

「ないない、ボクが確認したんやから間違いないで」

 

 それなのにこの市丸ギンという男は、平然と。

 

 ここに至ってやっと、芦谷も違和感に気づいたようだ。この市丸ギンという男の場にそぐわない、そして何かを示唆しているかのような異常な物言いに。

 

「市丸隊長……もしかして……?」

「…………」

 

 もし間違っていれば、あまりにも失礼な問いだった。

 しかし市丸ギンは何も言わなかった。ただ、喜助さんの比じゃないくらいの、胡散臭い笑みを浮かべただけだった。

 

 沈黙と笑顔は、時として肯定に繋がってしまうというのに。

 

「どないしたん、そんな物騒なもん向けて」

「否定して下さい。でなければ俺は、五番隊副隊長として……貴方を……」

 

 腰に携えていた斬魄刀を抜き放った芦谷が、言葉尻を濁す。

 

 やり辛いんだろう。それもそうだ。

 本来は敵対するはずのない、そして敵対したとて勝ち目の薄い相手だ。できることなら刃を向けたくはないから、否定してほしいと告げたのだ。

 

「可哀想になぁ」

 

 そんな芦谷の葛藤さえも嘲笑うように、市丸ギンは口を開く。

 

「藍染隊長まで、いなくなってまうなんてなぁ」

「何、を……」

「でも、良かったやないの。今回は――」

 

 糸のように細められていた瞳が薄っすらと開く。瞳孔がほんの少し覗き、口元はわざとらしいまでに大きく弧を描いていた。

 

「――()()()と違うて、すぐ見つけてあげられたんやから」

「っ…………!!」

 

 その、瞬間。

 

 腹に響くような重低音と共に、芦谷から霊圧が溢れ出した。吹き荒んだ風で外套のフードがめくれ上がったが、それに構っている余裕はなかった。

 

 『あの時』とやらが何時(いつ)を指すのか、何を切っ掛けに霊圧を爆発させたのか。気になることはいくつもあったけれど、そんなものもすぐに霧散してしまった。

 

「……()()か?」

 

 何より、この霊圧。

 少なくとも私よりは大きくて、重たい。

 

 軽んじていたつもりはないけれど、今まで芦谷が戦っているところを見たことがなかっただけに驚いた。

 

「あの人も、お前だったのか」

 

 それに。私の知っている芦谷は、こんなに低い声を出さない。こんなに荒い言葉は使わない。

 

 ――まるで、別人みたい。

 

 そう心の中を漏らして……そして、ふと気がついた。芦谷は別人のように演じているだけなのではないか、ということに。

 

 芦谷は、私が失踪した原因が藍染惣右介にあるかもしれないと思っていた。その上で五番隊に所属していて、さらには副隊長の座にまで登りつめている。

 それはつまり、芦谷は藍染に近づくことによって、失踪の手掛かりを掴もうとしていたということを意味しているのではないか。

 

 そう考えると、市丸ギンが先程言った『芦谷が藍染のことを慕っていた』というのはそう見せかけていただけということになる。最初は途方に暮れたように市丸ギンを見ていたあの表情も、今現在怒りに任せたかのように霊圧を暴走させているのも、実は全て演技という訳だ。

 

 いや……芦谷の演技力、高すぎない?

 

「質問に、答えろ」

「はて、何のことやら」

「……そうか」

 

 のらりくらりと問いを(かわ)し続ける市丸ギンにしびれを切らしたのか、芦谷は剣を構えていた腕をだらりと垂らしてしまった。

 

 溢れていた霊圧が集束し、刀身にまとわりついていく。

 

 そして。力を抜いたような姿勢のまま、芦谷は低く呟いた。

 

「――照らせ、"燈衣草(ひごろもそう)"」

 

 いつの間にか真っ青に染まっていた刃から伸びた青白い炎は、刀身そのものを燃料としているかのように途切れることなく揺れ続けていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 芦谷が始解したことによって、市丸ギンと芦谷の戦いが始まるかと思われた。しかし、結果的にそうはならなかった。

 芦谷の霊圧に気づいて駆けつけた、吉良イヅルや日番谷冬獅郎によって止められたのだ。

 

 始解することなく芦谷を止めるだけに留まった吉良イヅルは、漫画と違って牢に入れられることもなかった。

 日番谷冬獅郎の手刀によって気絶させられた気の毒な芦谷だけが、斬魄刀を取り上げられた上で牢に放り込まれたのだった。

 

 その一部始終を見届けた私は、一度隠れ家に戻ろうと空中を走っていた。

 これから始まるのは恐らく、十一番隊隊長の更木剣八と一護との死闘だ。一護のことは心配でならないが、本当に危ない時は救い出せるよう転移装置は設置してあると聞いている。とすれば今の私がすべきことは、暴れまわる二人の霊圧に紛れて誰にも気づかれず隠れ家に戻り、喜助さんに子細を伝えることだろう。

 

 ここ数日はずっと気が休まらなかったからなぁ。やっと一息つけるかな。

 

 走りながら、私はそんな呑気なことを考えていた。確実に、油断してしまっていた。

 

 

「見つけたぞ」

 

 

 寒気のようなものが背筋を走り抜けて、咄嗟に身を捩った。その次の瞬間には、私の左肩が大きく切り裂かれていた。

 

「いっ……!?」

 

 寒気の正体は、刀身だった。

 慌てて飛び退って石畳に着地し、肩を押さえる。躱しきれなかっただけというには深すぎる傷口からは、既に肘まで濡れるほどに出血してしまっていた。

 

「霊圧を隠しても無駄だ。私には全て、聴こえている」

 

 そう言って、私の目前十メートルほどの地点に降り立ったその男は、確かに私のいる方に顔を向けていた。

 

「衣擦れ、息遣い、心拍音……私にはどれも、はっきりと聴こえるのだから」

「…………」

 

 コイツは気づいている。

 私が、ここにいることに。

 

 そんなはずはないと現実を疑う頭を、ズキズキと痛む傷が強制的に切り替えてくれた。

 

 こうなれば、もう逃げ切れない。逃げようと背中を向け続けていてはすぐに命を取られてしまう。

 戦うしかない。例え、勝ち筋がほとんどない戦いだとしても。

 

 "雲透(くもすき)"の力で隠した霊圧はそのままに、私は真っ黒な外套を脱ぎ捨てた。そして、"曲光(きょっこう)"を解除する。

 血まみれの右手を死覇装の裾で拭い、それからためらうことなく斬魄刀の柄を掴んで引き抜いた。

 

 この間、目の前の男――九番隊隊長の東仙要は動くことなく私の動きを眺めていた。コイツは盲目だから、本当に眺めていたのかどうかはよく分からないけれど。

 

「潔いな」

「逃げ切れる相手ではないと、思いまして」

 

 緊張から震えそうになる声を抑え込んで、至極冷静そうに言葉を返す。

 

「なるほど、賢い選択だ」

 

 東仙要が、感心したように頷いた。

 強者故の余裕なのか、それともなにかの作戦のうちなのか、この男はまだ始解しようとしていはいないようだ。

 

 ならば、先手必勝。

 

「……(かす)め、"雲透"」

 

 出し惜しみをしている場合ではない。一刻も早く東仙要の能力を調べなければ、数秒後の命すら危ういのだ。

 

 解号を受けて、"雲透"から大量の白煙が立ち上った。いつもなら目隠しになるそれも、この男には通用しない。

 

「お手合わせ、願います」

 

 わざとらしく声を掛けて、地を蹴った。

 瞬歩で距離を詰めて、"雲透"を振りかぶる。

 

 剣と剣が重なった、その瞬間。

 

 私の中に、大量の情報が渦を巻いて流れ込んできた。

 

 

 




藍染に対して賭けに出すぎな主従。
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