傲慢の秤   作:初(はじめ)

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五十五、手の掛かる子ども

 

 

 

 設置型簡易穿界門(せんかいもん)展開装置。

 通称、転移装置が一つ破壊された。

 

 万が一に備えて、浦原喜助は転移装置にある仕掛けを施していた。それは、何らかの原因により転移装置がうまく機能しなくなった時、浦原の持つ受信機に通知が届く機能だった。

 例えばもし、転移しようとした先にあるはずだった装置が壊れていて、うまく転移できなかった場合。装置の使用者は断界(だんがい)に取り残され、元いた場所に戻る手段を失ってしまう可能性があるのだ。

 

 けれど、壊れたことをすぐに把握できれば、他の使用者が誤って使ってしまう前に警告できる。もちろん素早い回収もできる上に、再設置だってできる。

 

 しかしこの装置、そもそも壊れるどころか、見つかることさえ滅多にないはずなのだ。

 石ころや雑草、石畳など尸魂界(ソウル・ソサエティ)の至るところに同化している上、発する霊圧は非常に微弱、さらに通信機能には霊力ではなく現世の電波信号を利用しており、多少の衝撃では壊れないよう頑丈に作られているという徹底ぶりだ。

 そんなものを、ピンポイントで破壊することなどできるはずもない。

 

 だからこれは、万が一への備えでしかなかった。

 それなのに、その機能が仕事をしたのだ。

 

 何か、あったのだろうか。

 浦原がそう考えてしまうのも無理はなかった。

 

 ともかく、早く確かめに行かなければならない。

 浦原はまだ設置しきれていないいくつもの転移装置を抱え直して、その現場へと向かった。

 しかし、その場所に近づきつつあるにも関わらず、そこから霊圧は感じられない。誰かが戦っている訳ではなさそうだった。

 

 そう考えて、浦原は妙な胸騒ぎを覚えて眉をひそめた。おかしい。何かが、おかしい。見つからないはずの、頑丈なはずの装置が壊されているのに、そこから戦いの気配が感じられないなんて。

 隊長格の斬撃や、鬼道の流れ弾がたまたま当たらない限り、壊れることはないだろうに。一体そこで、何があったのだろう。

 

 考えながらも移動し続けていた浦原が、現場に辿り着くのに要した時間は十数秒。装置が破壊されたと通知されてから、一分半が経過していた。

 

「これ、は……」

 

 そこに広がっていたのは明らかに、何者かによる戦いの傷跡だった。

 一際目立つのは、何かが落下してきたような地面の大きなひび割れと、その周囲に散らばる血痕。これは敵の血か、それとも味方の血か。そのどちらにせよ、やった張本人はこの場にはいないようであった。

 

 しかし、やられた張本人は比較的すぐ近くにいるらしい。いや、この血の量からして、そして未だ全く霊圧が感じられないことからして、すぐ近くに()()の方が正しいかもしれないが。

 ひび割れは、幅の狭い十字路の真ん中近くにあった。そして血痕は、ひび割れから左の通路に向けて伸びている。確か浦原が装置を隠したのも、あの十字路を左に曲がったところだった。

 

 いや、まさか。

 

 浦原は無意識に、最悪の事態を想定する。

 そこの角を曲がった所にあるのは、恐らく死体だ。先程まで戦いがあったにも関わらず、その戦いによって生じるはずの霊圧を感じ取れなかったのは、霊圧を隠して戦っていたからなのかもしれない。

 

 例えば、催眠効果で霊圧を感じ取れなくすることができる斬魄刀によって、その戦いそのものを隠していた、とか。

 例えば、始解する時に溢れ出す霊圧さえ完全に隠してしまえる、あの子が戦っていた、とか。

 例えば、そこにある死体が、あるいは。

 

 止めよう。すぐ近くのことだ、その角から覗いて確かめれば済むだけの話だ。今の浦原は霊圧を完全に遮断できている上に、"曲光(きょっこう)"により姿だって誰にも見えないようになっているはずだ。

 

 珍しく長く逡巡(しゅんじゅん)して、浦原はようやく歩き始めた。胸の中で燻る嫌な予感を抑え込もうと、場違いな気軽さでひょいと左の角を覗き込んだ。

 

 そして。

 

「……え」

 

 未だかつて、自らがここまで間抜けな声を出したことがあっただろうか。

 それほどまでに信じたくない光景に、浦原は久々に思考が停止するという感覚を味わった。

 

「桜、花……?」

 

 所々切り裂かれ、血に塗れてその黒をさらに深くした死覇装。

 力の抜けた手のひらに、辛うじて乗っている斬魄刀(ざんぱくとう)

 塀の陰に隠れるように、仰向けに横たわる小さな体躯。

 

 そして何より、左胸につけられた深い創傷。そこから広がる血液。

 

 仮に剣でやられたとして、傷の長さがちょうど刃の幅と同じくらい。つまり、相当に深く突き刺されているということだ。恐らくは、貫通してしまう程度に。

 

 そして何より、左胸。

 この位置は、駄目だ。

 

 これでは間違いなく、この子は。

 

「…………」

 

 脈を、確認しなくては。

 

 無駄だろう、という心の声を完全に無視して、浦原は傍らに膝をついて静かに手を伸ばした。そして、その首元に触れた。

 

 触れようとした。

 

「…………?」

 

 しかし伸ばした手は、その首を素通りした。まるで、そこに何もないかのように。

 

 何だ、これは。

 

 ほとんど止まってしまっていた思考が、再び動き始める。

 通り抜けた。明らかに、目の前にいるのに。それはまるで、この子の斬魄刀が刀身を透過させるのと同じように。

 

「まさかっ……!」

 

 これは、斬魄刀 "雲透(くもすき)"の能力なのか。となれば、"雲透"は現在も発動されているということで。

 

 ハッとして、慌てて桜花の握る斬魄刀を見る。白金色に光るその刀には、鍔がなかった。そして刀身には、見慣れた透かし彫りが施されている。

 

 これは、この形は始解だ。

 いや、色が違う。"雲透"の始解は白銀色だったはずだ。ということは、まさか。

 

「桜花っ!」

 

 生きている。この子は、まだ生きている。

 

 確かに、よくよく目を凝らして見れば、その胸はほんの少しだけ上下している。先程は動転して、そこまでじっくり見ていられなかったから、気づかなかった。我ながら情けないことだ、と浦原は内心呟く。

 

「起きて下さい!」

 

 ともかく、早く起こして能力を解いてもらわなければ、隠れ家に連れ帰ることも、治療もできない。

 

 声が響いて敵に気づかれる?

 そんなこと、今はどうだっていい。この出血量だ、早くしなければ間に合わないかもしれない。浦原にとって自分が尸魂界に来ていることがバレるより、そちらの方が問題だった。

 

「起きて下さいっ! 桜花っ……桜花!」

 

 揺さぶることができない以上、語り掛けるしか方法がない。もどかしい思いを抱えたまま、浦原は少女の名を呼び続けた。

 

「……あれ」

 

 何度目かの呼び掛けで、浦原の心の隅に再度諦めが現れた頃、ようやく目を開いた少女が口を開いた。か細い、消え入りそうな声だったけれど。

 

「喜助さん、だ……」

「あぁ、良かった。桜花、聞いてくだ――」

「あのさ、喜助さん……聞いてよ……」

 

 こちらの声が、聞こえていないのか。いや、聞こえてはいるものの、何を言っているのかまでは分からない、といったところか。

 耳から出血があることからして、鼓膜でもやられたのかもしれない。そこだけでも今、治してしまおう。でないと、また気絶するまでこの子は話し続けそうだ。

 先程だって、桜花本人は意識がないのにも関わらず、斬魄刀はひとりでに発動していた。だからこそ、再度気絶させてしまっては、解除する術がなくなってしまう。

 

 ごちゃごちゃと考えながら、浦原は少女の耳元に手をかざした。同時に顔についた小さな切り傷も消えていくのを確認して、浦原はホッと息をついた。これで回道が効かなければ、手の打ちようがなくなるところだった。

 

「実はね……」

「ハイ」

「私ね、卍解……したんだよ……」

 

 すごいでしょ、と桜花はふにゃりと笑う。

 

 回道の柔らかい光に包まれた、その寝惚けたような笑顔に。

 浦原は込み上げる感情をこらえるように、唇を噛みしめた。あと少しで、言葉を聞き取れる程度には回復するだろう。そうしたらまずは褒めてやろう。それから、能力を解除してもらって。それから。

 

「えぇ、そうっスね……よくできました、ってとこっス」

「へへ……でしょ……?」

「けど今は、早く能力を切って下さい」

「えー……」

「えー、じゃないんスよ」

「ひどいなぁ……」

「いいから。まだ死にたくないでしょう?」

 

 浦原がそう問うと、桜花はほんの少し目を見開いた。そして、何かに納得したように頷いた。

 

「うん……死にたくは、ないかなぁ……」

 

 桜花が一つ息をついたのに合わせて、斬魄刀が姿を変えていく。やがて完全に浅打に戻ったのを確認して、浦原は横たわる少女を抱きかかえた。

 

 今の今まであった意識は、既になくなってしまっているらしい。目を閉じて、身体からは完全に力が抜けてしまっている。それでも霊圧隠蔽の能力だけは健在のようで、未だ桜花からは少しの霊圧も感じることはできない。

 相変わらず便利な能力だとは思うけれど、便利な分危険なこともあるだろうと浦原は危惧していた。例えば今回のように一刻を争う怪我を負っても、霊圧を一切発しないために誰にも気づいてもらえないかもしれない。このことは、直接本人に伝えておく必要があるだろう。

 

 そうやっていろいろと思考を巡らせていても、秘密の遊び場へと向かう足は動き続ける。全力で瞬歩を使ったのは久々かもしれない、と自嘲しながら浦原は走る。

 まさか自分が、この少女にここまで気を配って、気を割いて、気を揉むことになるなんて。彼女を拾った当初はそんなこと、夢にも思わなかった。ただ単純に、何か重大な秘密を握っているかもしれないと踏んで、それをうまく利用するため育てると決めただけだったのに。

 

「……この子が、いけないんスよ」

 

 桜花は昔から、本当に手の掛かる子どもだった。

 

 予想通り、いや予想以上のとんでもない秘密を抱えていたこの少女は、そのせいで危うく潰れるところだった。ようやくそれを乗り越えたと思えば、今度は血の繋がった家族について思い悩むこととなった。

 そのせいで眠れなかったこともあったろうに、それでもこちらから手を差し伸べるまで、自ら誰かを頼ろうとはしなかった。頼り方を、知らなかったのだろう。

 

 その上、桜花は目を離すとすぐに死にかける。グランドフィッシャーと戦った時も、由衣という彼女の友人が亡くなった時も、藍染惣右介と出くわした時も、今この瞬間も。

 こうして意識のない少女を抱えて連れ帰るのも、既に三度目だ。一体この子は、どれだけ心配させれば気が済むのだろう。

 

 それでも。

 

 今、こんな目に遭いながらも生きているということは。彼女自身が生きたいと心から願い、生きる道を選んだということに、他ならないから。

 そして本人の意思が()()である限り、彼女の中の尋常ならざる存在が、彼女をそちらに導いてくれるから。

 

「すみませんね。でも……」

 

 全ては、桜花の意思決定次第。

 場合によっては尸魂界どころか、現世も虚界(ウェコムンド)も揺らぐほどの存在が、桜花の中には眠っている。

 

「頼みますよ、ホント」

 

 そんなことは露知らず、眠り続ける少女を見下ろして、浦原は静かに頬を緩めるのだった。

 

 

 




最近いいペースで投稿できてる気がする。
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