傲慢の秤   作:初(はじめ)

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五十七、出会うはずのない

 

 

 

 九番隊隊長が卍解を発動し、黒崎一護と十一番隊隊長との戦いが佳境に入った頃。

 

 阿散井恋次と志波岩鷲(がんじゅ)、それから山田花太郎の三人は、朽木ルキアのいる懺罪宮(せんざいきゅう)に辿り着いていた。

 

「さて……いよいよこの扉一枚か……」

「そういや、鍵がねぇんだっけ」

「はぁ?!」

 

 流石に浅打じゃ壊れねぇよな、でも始解すりゃいけんだろ、と恋次は呑気に呟いた。その様子に、信じられないと岩鷲が声を荒らげる。

 

「お前、鍵が必要だって知ってたのかよ!」

「そりゃ、ここにルキアを連れてきたのは俺だからな」

「そういうことは先に言えよ、馬鹿! どーすんだよ、ここまで来たってのに!」

「大丈夫です」

 

 二人の会話に、花太郎がおずおずと口を挟んだ。

 

「昨夜のうちに、地下水道の牢錠保管庫から予備の鍵を拝借してきましたから……」

「お、おいおい……大丈夫かよ、お前そんなことして」

「大丈夫じゃないでしょうね。でも……」

 

 自分だって、ルキアさんを助けたい。でも、自分は一護のようには戦えない。だからどんなに些細なことでも、ほんの少しでも助けになるなら何でもする。例え、罰を受けることになったとしても。

 

「って言っても、ぼくには鍵を盗むくらいしかできないんですけど」

 

 そう告げて、それから花太郎は申し訳なさそうに苦笑した。

 

「だからダメなんですよね、ぼく……」

「いや、充分じゃねぇか。それでよ」

 

 岩鷲は、扉の向こうを見据えてそう呟く。

 恋次は「お前度胸あんのな」と笑って、花太郎の頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。

 

 そんな二人に見守られながら、花太郎は扉の鍵を開けた。同時に重たい音を立てて、扉は自動で開いていく。

 

「よう、ルキア」

 

 恋次が真っ先に牢内に入って、声を掛ける。久々に、その姿を見たような気がした。

 不思議なものだ、と恋次は思う。ルキアの護送に立ち会ってから、まだそれほど経っていないというのに「久々」だなんて。

 

「恋次!? 何故……?!」

 

 がらんとした牢の中に、ルキアの声が木霊した。その驚きように思わず笑いながら、恋次は牢内に足を踏み入れた。

 

「何故って、助けに来たに決まってんだろ」

「こ、このたわけ! こんなもの、ただの脱獄ではないか! 私はてっきり、正しい手続きを経て助けてくれるとばかり……!」

「おいおい、俺にそんな小難しいことができると思うか?」

「胸を張るな馬鹿者!」

「おい、助けに来てやったってのに馬鹿とか言うなよ!」

「やかましい! 馬鹿に馬鹿と言って何が悪い!」

「何だとっ!?」

 

 二人は、容赦ない言葉選びで怒鳴り合う。片方は、助けに来てもらったという立場でありながら。そしてもう片方は、助けに来たことを恩着せがましくも聞こえるように主張して。

 それはひとえに、長い付き合いだからこそ成り立っているものであった。

 

「全く……兄様はこのことを知っているのか?」

「いや、知らねェ。でも隊長だって、やりたいようにやっていいって言ってたしな」

「だからといって脱獄させても良いという訳ではないだろうに……本当に、貴様という奴は……」

 

 そんな二人のやり取りを、岩鷲と花太郎は呆然と眺めていた。

 

「……何か、思ってたのと違うな」

「ルキアさんって、阿散井副隊長の前ではこんな感じなんですね」

「てか、一護を治してた奴に似過ぎだろ」

「桜花さん……でしたっけ? 確かにビックリするくらい似てますよね。ルキアさんが言うには親戚らしいですよ」

「そりゃそうだろ、こんだけ似てて血が繋がってなきゃ逆に怖ェよ」

「はは、そうですね」

 

 騒いでいた死神二人が落ち着いて、そろそろルキアを連れて懺罪宮を離れようと、四人は牢の外へと歩き出した。

 

 いや、歩き出そうとした。

 

 しかし、できなかった。

 牢の外から感じる、あまりにも巨大な霊圧のせいで。これではまるで、隊長格のような。

 

「あ……あ……まさか、そんな……」

 

 花太郎が冷や汗を流して、震えながら声を漏らす。岩鷲も似たようなもので、呆然と外を見ている。

 

「兄様……」

「げ、隊長だ」

 

 一方でルキアは複雑そうな顔で、恋次は決まりの悪そうな顔で、背中に汗が流れるのを感じながらその姿を見つめている。

 

 そこにいたのは、紛れもなく隊長格の男だった。

 護廷十三隊の六番隊隊長であり、朽木家現当主でもある死神。名前は、朽木白哉。

 

 思わずといった体で、花太郎がその名を呟く。それに反応したのは岩鷲だった。

 

「そうか……アイツが、朽木白哉……」

「し、知ってるんですか? 岩鷲さん……」

「当たり前だろ……」

 

 今の護廷十三隊隊長の中で一番有名だ、と岩鷲が話すのをまるで無視して、朽木白哉は口を開いた。

 

「何者だ。ルキアに何の用だ」

 

 確かに距離はあった。それでもその敵意を含んだ声はよく通り、強烈な霊圧と共に恋次たちのところへ届いた。

 そのせいで余計に萎縮してしまった花太郎と岩鷲を押し退けて、矢面に立ったのは恋次だった。

 

「やったのは俺です、隊長」

 

 心配そうなルキアを残し、牢の外に出てきた恋次が宣言した。

 この面子で、朽木白哉の霊圧に耐えられるのは自分しかいない。そう判断したからだった。

 

「そうか、恋次もいるのか」

 

 どこか納得したように呟いて、朽木白哉は周囲に放っていた霊圧を収める。その拍子に、辛うじて立っていた花太郎が尻もちをついた。

 同じく緊張の只中にいた岩鷲もルキアも、ほっと息をついた。岩鷲の手を借りて立ち上がった花太郎と三人で、牢の外、恋次の元へと向かった。

 

「四深牢へ向かう不審な霊圧の動きを感じて、見に来てみれば……何故ここにいる、恋次」

「兄様! 違うのです、恋次は……」

「いいんだ、ルキア。黙って見てろ」

「恋次……」

「見ての通り、俺はルキアを助けに来ました」

「そのようなことは訊いていない。私は、何故お前がルキアを()()させようとしているのか、と問うているのだ」

「それはっ……」

 

 隊長が、やりたいようにやればいいと言ったから。そう言おうとするのを何とか抑え込んだ。この状況でそう返すのは護廷十三隊副隊長として、いや一人の男としてあまりに情けなさすぎる。

 戦闘をしても、口論をしても、どちらにせよ分が悪い相手だった。それでも恋次は胸を張って立っていた。自分は、自分の信念に従って行動している。何も、恥ずべきことはないのだと。

 

「ルキアを、助けたかったからです」

「法に触れた者を救うのに、同じように法に触れてどうする」

「分かってます。それでも俺が自分で考えて、出した結論なんです。だから……」

「莫迦者。その考えが、足らぬと言っている」

 

 ぴしゃり。

 そんな音が聞こえてきそうなほど、有無を言わさない言葉だった。先程の決意はどこへやら、一瞬で完封されてしまった恋次が口をつぐんだ。何とか言い返そうと、口を開けたり閉じたりしている恋次を、朽木白哉は相変わらずの無表情で眺めていた。

 

 そうして少し空いた間を埋めたのは、二人とはまた別の男たちの声だった。

 

「何だ、戦ってはいないんだな。良かった」

「浮竹隊長!?」

「よー、朽木。元気そうだな」

「か、海燕(かいえん)殿まで……!」

 

 浮竹十四郎(じゅうしろう)

 それから、志波海燕。

 

 不意に姿を現したのは、十三番隊隊長と副隊長の二人だった。白と黒、二つの対照的な色の髪が揺れる。

 

「白哉の霊圧もしたから、てっきり戦闘になっているかと」

「ホントっすよ、焦って損した……」

「ああああ、兄貴っ!? どうしてここにっ!!」

「あ? どうしてはこっちの台詞だよコラ。岩鷲テメェここで何してんだ」

「それはっ、その……姉ちゃんが……」

「へェ……」

「ご、ごめんって兄貴!」

 

 覚悟しとけ、後で全部吐かせるからな。

 そう顔に書いてある海燕を見て、岩鷲は悲鳴を上げた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「え? うそ、そこに一護が突撃したの?」

「あぁ、スゲー空気になったな」

「でしょうね。いやあ、見たかった」

 

 父様、ルキアと恋次と志波岩鷲と山田花太郎、そして浮竹十四郎とまさかの志波海燕。その時点ですごいのに、さらにそこに一護が突撃して、その一護を追って夜一さんもやって来た、と。

 

 何という面子。何というストーリー崩壊。

 一護と志波海燕の初対面、見たかった。めちゃくちゃ見たかった。

 

「見逃すなんて、何たる不覚……」

「大袈裟だな」

 

 恋次は呆れ顔だったが、何一つ大袈裟じゃない。恋次はこの人たちが一堂に会することの違和感を知らないからそう言えるんだ。

 

 

 

 私が卍解の修行に入ってしばらくして、秘密の遊び場に阿散井恋次がやって来た。どうやら喜助さんが、それとなく恋次をここまで誘導したみたいだった。

 

 その恋次によると、ルキアの処刑が一日早まったとのことだった。

 

 何とまぁ、漫画通り。ただ、処刑を早めるかどうかなんてのは、藍染惣右介の一存で変わりそうな話だ。だから、そう不思議なことでもないのかもしれないけれど。

 

 恋次の来訪に気づいて修行の手を止めていた一護は、処刑が一日早まったことを聞いて、またすぐに修行に戻ってしまった。その時に私が目を覚ましていることに気づきはしたみたいだけれど、彼が私に声を掛けてくることはなかった。ただちらりとこちらを見て目を丸くしただけだった。

 うん、何だかちょっと寂しい気がする。

 

「んで、俺は六番隊の牢に入れられて、俺以外の奴らは別の牢に連れてかれたんだ」

 

 そんな中、状況を訊ねた私に、恋次は事の詳細を教えてくれたのだ。

 

 藍染の偽死体の前で市丸ギンに斬りかかった芦谷は十番隊の牢に、懺罪宮四深牢でそのまま捕まった恋次は六番隊の牢に入れられたらしい。

 

 その日の夜、芦谷は十番隊の牢を脱走した。その足で向かったのは、父様の所だった。

 

「芦谷さん、隊長に向かって剣を抜きやがったんだとよ」

「へ、へぇ……」

「一瞬で反撃されたらしいけどな」

「そっかぁ……」

 

 その後、気絶した芦谷を父様が引き取り、六番隊の牢に移送したそうだ。隣の牢にいた恋次は、父様と目を覚ました芦谷とのやり取りから、何が起こったかを把握したんだとか。

 

「隊長に向かって『藍染隊長の仇』って言ってたんだ。うちの隊長が、そんなことするはずねぇのに」

「そ、そっか……」

「確かにあの人、藍染隊長をすげー尊敬してるって言ってたけど……それでも不思議なんだ。あれだけお前や隊長に絶対服従っつー感じだった芦谷さんが、隊長を殺そうとするなんてよ」

「あー……ウン、ソウダネー」

 

 藍染の仇。藍染を尊敬していた。でも、私と父様には忠誠を誓ってくれている。そして敵である藍染は、漫画に沿って行動を起こしている。

 

 これだけ揃えば、辿り着ける答えは一つしかない。

 推測の域を出ない話ではある。だが恐らく、芦谷は藍染からの遺書を受け取って、その指示通りに動いた。「朽木白哉が犯人だ」と書いてあった、という訳だ。

 

 しかし芦谷は、藍染なんかに唆されたくらいでは、父様に刃を向けたりしないはず。となると、芦谷は遺書に騙されたように見せるため、敢えて牢を破って父様に歯向かったふりをした可能性が高い。

 

 それなのに容赦なく父様に反撃され、再度牢にぶち込まれた、と。

 

 いや、待って。芦谷、気の毒すぎない?

 

「恋次は脱走してるけどさ、どうして芦谷は連れてこなかったの?」

「連れてくる訳ないだろ、ウチの隊長に斬りかかってきた奴なんか」

「うわぁ……」

「霊圧を封じる手枷までつけられてたから、連れてこようにも足手まといだしよ」

「うっわぁ……ごめん、ごめんね芦谷……」

 

 不憫だ。これではあまりに芦谷が不憫だ。

 

 芦谷は雛森桃のように、心身共に藍染に預けてしまっている訳ではない。だから本当は死んでいなかった藍染を目の当たりにしても、雛森桃のような反応はしないはずだ。

 それでも芦谷がこれからどう動く気なのか、どこまで漫画の雛森桃に近い動きをするのかまでは、私には分からない。けれどもし、そのまま敵の思惑通りに動き続けてしまったら、どうなるか。

 

 何か雛森桃の時とは別の手段で心を折られるか、死に瀕するような大怪我を負わされるか。もしくは、その両方か。

 

 どちらにせよ、ロクな目に合わないのは間違いない。

 

「何でお前が謝るんだよ」

「いろいろあるんだよ……」

 

 そもそも、だ。私がいなくなったりするから、芦谷はアイツを近くで監視することになったのだ。それが、巡り巡って捕縛二回目。さらには今後の展開も不穏とあっては……何だかもう、ごめんとしか言いようがないじゃないか。

 

 

 

 恋次は話の後、卍解の特訓に戻っていった。しかし残された私は、修行に戻ることはなかった。

 

 転身体を使った一護の修行を見守っている喜助さんの横に座って、同じく一護の様子を見下ろす。

 

「阿散井サンは何と?」

「芦谷が、霊圧を封印された上で牢に入れられてるってさ。どうも、本来なら雛森桃がそうなるはずだった立場に、芦谷が立たされてるみたい」

 

 それも、私のせいで。

 

 その最後の一言は口には出さなかったけれど、それでもしっかり伝わってはいたらしい。

 

「それは、アナタだけの責任じゃないでしょう」

「そうだね。でも、私は行くよ」

「今からっスか」

「うん」

 

 目が覚めたばかりでまだ全快とは言い切れないけど。まだ卍解の修行もそんなにできていないけど。

 

 それでも、今この状況で芦谷を解放してやれるのは私だけだ。私以外、誰も芦谷の味方になれる人はいない。

 

 だから、私が行く。

 

「芦谷は強いよ。十分、戦力になる」

「……でしょうね」

 

 問題はそこじゃないだろう、とでも言いたいのだろう。口元は笑っていても、縞模様の帽子の陰から飛んでくる視線はどこか胡乱げだった。

 それっぽい理由をでっち上げてはみたけれど、確かに論点はそこじゃない。私だってそのくらいは分かっている。

 

「大丈夫だよ、喜助さん」

 

 「大丈夫」の信用度は失墜していしまったけれど、今回の「大丈夫」は間違いなく本物だ。少なくとも私は、そのつもりで口にした。

 

「積極的に生きることにしたから、私」

「ハハ、何スかそれ」

「文字通りだよ」

 

 どんなに危ない状況でも、もう二度と「死んでも仕方ないかな」なんて思ったりしない。ギリギリで何とか踏みとどまることを、諦めたりしない。

 

「それを条件に、卍解を教えてくれたんだから」

「変わった屈服っスね」

「ふふ、そうだね」

 

 本当に、その通り。

 無意識に撫でていた斬魄刀の柄を、そっと握りしめる。卍解で何ができるのかは、さっき一通り聞いて試してみた。だから分かる。

 

 戦闘では、まだ上手くは扱えないかもしれない。

 でもこの力があれば、私が死ぬことはない。

 

「……仕方ないなぁ、全く」

 

 じっと喜助さんの目を見て訴える私から視線を逸らして、喜助さんは大きくため息をついた。よっしゃ勝った。

 

 ここまでくれば、気になることはあと一つだけ。牢の檻は最悪壊してしまえばいいけど、芦谷がつけられているという手枷だけは、私にはどうにもならない代物かもしれない、ということだ。

 

「そういえば……芦谷、霊圧を封じる手枷をつけられてるみたいなんだけど。それ喜助さんが壊せるなら、わざわざ鍵を探さなくてもいいよね」

「手枷っスか? モノによりますが……まぁ、尸魂界(こっち)の技術なら楽勝でしょうね」

「それ喧嘩売ってるよね、主にどっかの二代目局長に」

「まさかぁ」

 

 私を引き止めるのを諦めたらしい喜助さんは、とぼけたようにヘラヘラ笑っている。

 

 うん……そういう所だよ、どっかの二代目局長に目の敵にされる所以は。

 

 

 

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