傲慢の秤   作:初(はじめ)

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五十九、広がる乖離

 

 

 

 護廷十三隊の敷地内の中でも、一際高い場所。

 双極の丘と呼ばれる切り立った崖の上では、処刑の準備が粛々と進められていた。

 

 自らの部下である朽木ルキアは、ただの一隊員だ。四大貴族である朽木家に属するとはいえ、ここまでの設備を用意する必要なんて、どこにもない。以前はその朽木家に並ぶとも称された一族、志波家直系の跡取りである志波海燕は、拘束されたルキアをやきもきしながら見つめていた。

 

 現在ここにいない隊長格は、十四名。

 

 先日何者かに殺害されてしまった五番隊隊長と、昨日脱獄したきり行方不明な五番隊副隊長。

 同じく脱獄したきり行方不明な六番隊副隊長。

 捕虜としていた旅禍を何故か連れ出して、尸魂界(ソウル・ソサエティ)中を駆け回っている十一番隊の隊長副隊長の二名。その拘束・鎮圧の任務に出ている、七番隊隊長副隊長と九番隊隊長副隊長の四名。

 理由は分からないけれど欠席している、十番隊の隊長副隊長と、十二番隊隊長と副隊長の四名。

 それから、十三番隊副隊長である海燕の敬愛する、十三番隊長。

 

 実に全体の半分以上が欠席している状態だったけれど、処刑は予定通りの時刻に実施されるようであった。

 

「それではこれより、術式を開始する」

 

 何やってんすか、隊長……!

 

 じりじりとした思いを抱えながら、海燕は心の中で叫んだ。自身が副隊長を務めている十三番隊の隊長、浮竹十四郎の到着が予定より大幅に遅れているのだ。このままでは間に合わないかもしれない。そんな最悪の可能性まで見えてしまって、海燕は(はや)る気持ちを抑え込むように息をついた。

 

「何か、言い遺しておくことはあるかの」

 

 護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國が静かに訊ねる。それを聞いたルキアは海燕を見つめ、それから自身の義兄である朽木白哉を見つめた。

 どうやら浮竹から話をしたらしく、白哉は今回の()()については把握しているようだった。よって浮竹の到着が遅れていることへの、焦りがないはずがないのだ。それなのに白哉は、ただひたすらに落ち着き払っていた。少なくとも、義妹が危機に陥っているようには決して見えない佇まいだった。

 

「…………」

 

 ルキアと目が合っても、白哉は何も言わなかった。ルキアの方も、兄からの言葉を期待していた訳ではないのだろう。落胆した様子もなく少しだけ目を伏せ、そして囁くように答えた。

 

「はい、一つだけ」

 

 自分を助ける為にやってきた旅禍と、その旅禍の助けとなった者たちを、無事に元の生活に戻してやってほしい。その全ての咎は、彼らではなく自分にあるのだから。

 

「良かろう」

 

 ルキアの最期の願いは、果たして総隊長によって受け入れられた。受け入れられることと実行されることは、同義ではないのだけれど。

 

「双極を、解放せよ」

 

 遂に、処刑具である双極が解放されてしまった。地に突き立てられていた巨大な矛が、支えを失って僅かに傾く。あぁ、もう間に合わないかもしれない。そんな諦念がほんの少し顔を出したその時、海燕の視界に白がひらめいた。

 

「隊ちょ――」

 

 隊長が来た。

 そう勘違いしてしまっていたのは、本当に一瞬だった。

 

「煙……?」

 

 白かったのは、浮竹の髪でも隊長羽織でもなかった。出処の分からない白い煙が、海燕を含む護廷十三隊の死神たちの視界を突如奪ったのだ。その煙の中から、状況に不釣り合いな柔らかい声が響く。

 

「どーも」

 

 聞いたことのある声だった。けれど、海燕の知っているものとは少し違うような気もした。

 双極は解放されたばかりだというのに、その全貌を煙に隠されてしまった。本来であれば隊長たちはすぐに煙を払い、状況を把握する必要があった。しかし彼らはそうはしなかった。いや、できなかった。

 それは煙の晴れた隙間から現れた少女が、あまりに異質だったからであった。

 

「初めまして、もしくはお久しぶりです」

 

 まず目を引いたのは、朽木ルキアによく似た容姿。次に、その手に握られた白銀色の刀。そして最後に、その存在感の無さだった。

 彼女は確かにそこに居て、その姿や声は明瞭であった。にも関わらず、その身体からは一切の霊圧を感じ取ることができなかったのだ。確かに、尸魂界には霊圧を隠す術が存在する。しかしそれは、術者の霊圧をゼロにするものでは決してない。ただ単純に、身体から漏れる霊圧を可能な限り少なくすることで、他者から感じ取られにくくしているだけの話だ。

 

 それが、この少女はどうだろう。本当はそこに居ないのではないか、と副隊長たる海燕ですら思ってしまう。そのくらい巧妙に、霊圧が消されていたのだ。

 

「だ、誰だ貴様!!」

 

 二番隊隊長の砕蜂(ソイフォン)が怒鳴る。他の隊長格も、彼女を疑わしげに見ている。ただ二人、やけに冷静な朽木白哉と、何が面白いのか処刑開始前から笑顔をたたえていた、三番隊隊長の市丸ギンを除いて。

 

「朽木桜花、と申します」

 

 その名を聞いて、点と点が線で繋がったような気がした。

 

 あぁそうか、そういうことか。

 

「決して、怪しい者ではありません」

 

 顔の造形は、朽木ルキアによく似ていた。けれどそう言って笑った表情は、朽木ルキアのするそれとは大いに異なっていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 わぁ、すごい。

 隊長格がいっぱいだぁ。

 

 なんて現実逃避をしたくなる、壮観さだった。

 

 ここ双極の丘にいたのは、全隊長格のうち半数程度の十数人だった。それでも十分、圧迫感がある。平子さんたちと初めて会った時の、喜助さんによる悪質なドッキリを思い出す景色だ。

 

「決して、怪しい者ではありません」

 

 どこが? という隊長たちの視線が深々と突き刺さる。そうですよね分かります。こんな胡散臭い登場の仕方しておきながら、「怪しくない」と自己申告するなんて。どう足掻いても不審者か変質者の二択だ。いやもう本当、申し訳ないです。

 顔は笑いながら心の中で謝罪していると、隊長格のうち数人が何かを思い出したような顔をした。そして、慌てたように上を見た。どうやら、ルキアから目を離していたことにようやく気づいたらしい。いやいや、今更だよ。

 

 ゴウ、と炎の燃え上がる音がした。同時に暴風が吹き荒れ、双極の矛が宙に浮く。

 いよいよ始まったのだ。思っていた通りになりそうな予感の中、私は先程聞いた話を思い返しながら口を開いた。

 

燬鷇王(きこうおう)

 

 荒れ狂う炎に包まれた矛は次第に形を変え、数秒後には巨大な火の鳥と化す。

 

「その(くちばし)で貫かれた魂魄は、塵も残さず消滅してしまう」

 

 私と同じように、燬鷇王(きこうおう)を初めて見た死神たちに向けて話す。今朝、喜助さんと夜一さんから聞いただけの付け焼き刃だ。確か漫画のストーリーでも、誰かがこうして説明していた気がする。けれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 ここには、漫画では双極の丘にいなかったはずの市丸ギンがいる。アイツが変な行動を起こさないよう、あと少しでここに現れる一護や十三番隊隊長の邪魔をしないよう、気を引きつけておく必要があるんだ。

 

燬鷇王(きこうおう)の威力は、斬魄刀百万本に値する。つまり並みの死神では、止めることさえ能わない」

 

 火の鳥が、羽ばたき始めた。

 こうなればもう、誰にも止められない。きっと皆、そう思っているのだろう。けれどそれは、実際に燬鷇王(きこうおう)を力尽くで止めようとする者が、これまで誰一人としていなかったからに過ぎない。私だって漫画としての知識や、喜助さんや夜一さんからの情報がなければ、無理だと信じてしまうだろう。そのくらいの迫力、そのくらいの霊圧だった。

 

 それでも。

 

「でもね、できるんですよ」

 

 黒崎一護なら。

 

 最後に告げたその名は、爆音によってかき消された。爆音の発生源はもちろん、双極の磔架(たっか)の天辺だ。

 

「奴は何者だ!!」

 

 またもや二番隊隊長が怒鳴る。

 

 火の鳥を刀一本で止めてみせたのは、やはり一護だった。タイミングはばっちり。少しも圧されず嘴を受け止めている。流石主人公じゃん、と思わず頬を緩めてしまう。

 こうして私が気を引いて、その隙に一護たちが近くまでやってきて死角で待機する。そしてタイミング良く割り込んで、火の鳥を止める。そういう作戦だったが、上手くいったみたいだ。

 

「結局間に合ったのは、彼らの方だったっていう訳だね……」

 

 京楽さんが、誰にともなく呟いた。間に合いもするだろう。私たちは何年も前から、今日この時のことも想定して動いていたんだから。

 

 そして二撃目に備えて後方に下がった燬鷇王(きこうおう)の首に、黒い縄が巻きついた。

 

 黒い縄は四楓院家の封印具、そしてそれを手にしているのは浮竹さんだった。良かった、これも間に合ったみたいだ。

 浮竹さんが漫画より早く到着した場合、私が目くらましをする必要はなかった。火の鳥が破壊され次第、一護が双極の磔架を壊してルキアを救出する手はずだった。

 逆に、漫画よりも遅い到着になったら。その場合は一護と私を含む、こちらの陣営で今出てこられる人たち総出で燬鷇王(きこうおう)を止めて破壊するよう動くしかなくなっていたところだった。

 

「……"曲光"(きょっこう)

 

 ここまでくれば、ひとまず私は用済みだ。次に手が必要な場面になるまで、一度姿をくらませることにする。死神たちの注目は、もう私にはない。この状況下で私がいなくなったことに気づけるのは父様くらいだろうから、私は何の躊躇もなく消えることができる。

 

「よう、この色男。随分待たせてくれるじゃないの」

「すまん、解放に手間取った」

 

 そんな軽口を交わしながら、京楽さんと浮竹さんはあっという間に火の鳥を破壊してしまった。それとほぼ同時に一護の霊圧が急激に増幅し、磔架が爆発した。

 

 煙が晴れ、そこにあった姿を見て、三番隊副隊長の吉良イヅルが呆然と漏らす。

 

「まさか、阿散井(あばらい)くんまで……」

 

 "斬月"を肩に担いだ一護。

 "蛇尾丸"(ざびまる)を右手に携えた恋次。

 そして、恋次の左腕の中に抱きこまれたルキア。

 

 遥か上空から見下ろしている三人は、地上にいる死神たちを一瞥して、そして。

 

 口喧嘩を始めた。

 

「…………!?」

「……、…………!」

「…………!」

 

 遠すぎて内容までは聞き取れないが、あれは間違いなく下らない言い争いをしている。

 

「嘘でしょ……」

 

 いいから早く逃げろ。

 死神は空中を歩けるという、平隊員だって知っている事実をあいつらは知らないのか。今は皆さん驚いているから少し動きが止まっているけれど、この人たちがその気になればめちゃくちゃ速いんだからね。

 私が何の為に冷や汗かきながら、隊長格の前で囮をやったと思ってるんだ。ルキアを助けたら全力で逃げる、そういう作戦だっただろうに。

 

 ――ごめん、"雲透(くもすき)"。もう一度始解し直すね。

 

 斬魄刀は不満げながらも、力を貸してくれた。私は一度始解を解除してから、再度始解をした。先程よりもずっと量の多い白雲が噴き出す。

 

「うわっ!?」

「またか!!」

 

 次は恐らく、数秒で払われてしまうだろう。それでも数秒は稼げる。それだけあれば、あの三人を黙らせることはできる。そうやって死神たちの目から三人を隠して、私は磔架の上へ瞬歩で移動した。

 

「早く……行けっ!!」

「痛ェ!!?」

 

 そして迷うことなく、恋次に蹴りを入れた。方角はもちろん、崖側。磔架の下どころか、切り立った崖の底まで垂直落下だ。

 

「あああぁあぁぁ……!!」

「恋次!? ルキア!?」

 

 二人分の悲鳴が木霊して、どんどん遠ざかっていった。一護が慌てて二人の名を呼ぶ。

 

 まぁ、死なないでしょ。ルキアには当たらないように蹴ったし。空中歩けるし。

 そんなことより。

 

「痛いっ! 何だ?! 桜花か?!」

「私は煙玉かっての!」

「何の話だよ!?」

 

 姿を現したと同時に私に拳骨されて、一護が叫ぶ。これは別に叱ってるとか、そういうことじゃない。単純な憂さ晴らしだ。

 

「んなことよりルキアと恋次が……おま、何てことを……」

「二人は大丈夫。それより隊長格が――」

 

 言葉はすぐに続けられなくなってしまった。

 

 殺気だ。

 磔台の真下から、一直線に向かう先には。

 

「一護!!」

 

 幸いにも相手の攻撃に、一護の反応速度は勝ったようだ。私が名を呼ぶのとほぼ時を同じくして、一護の"斬月"と敵の攻撃が衝突した。ギリギリと音を立てて、刀身と刀身が擦れる。そう、刀身と刀身だ。けれど、その持ち主は一護の目の前にいない。

 

 雲の晴れた地上から刃を()()()()いたのは、見覚えのある銀髪の男。三番隊隊長の市丸ギンだった。

 

 そうか、そうなったか。となれば、私は下に降りて他の隊長格の相手をしなければならなくなる。

 

「……そいつ、任せてもいい?」

「当然」

 

 漫画では、一護は市丸ギンに勝てなかった。虚化(ホロウか)まで完全に習得した状態であっても。だから少し心配ではあった。

 

 けれど一護は、私の言葉に不敵に笑った。

 私の始解でいいようにあしらわれていた、数週間前の一護はもうどこにもいなかった。

 

 

 




展開が雑すぎたため少し修正しました。あんまり変わった気はしないけど……

朝五時に投稿したかったけど、間に合わなかったから夕方五時に。
最近、投稿する時間と曜日を統一してみようかなと検討中です。
実際どの時間帯がいいんだろう?

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