傲慢の秤   作:初(はじめ)

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✕ ルキアと恋次は崖から飛び降りて逃げた
◯ ルキアと恋次を崖から蹴落として逃がした



六十、狭霧

 

 

 

 ルキアは(にが)した。

 副隊長である恋次も一緒だから、雑魚相手なら問題なく逃げ切れるだろう。しかし相手は恐らく東仙、もしくは藍染本人が出張ってくる可能性だってある。そうなれば、尸魂界(ソウル・ソサエティ)のどの死神でも勝ち目はないのかもしれないけれど。どちらにせよ、強い味方がいるに越したことはないだろう。

 

「……父様」

「桜花か」

 

 今、死神たちの目はあちこちに分散されている。一護と市丸ギン、それから双極の矛を破壊してしまった京楽さんと浮竹さん。そのそれぞれの直属の部下が二人。そして、謀反に近いことをしでかした隊長格たち四人を、老いてなお鋭い眼光で睨みつける護廷十三隊総隊長。

 

 またもや人々の視界から外れているのをいいことに、私は再度姿を消して父様に近づいて声を掛けた。

 

「ルキアと恋次は崖から飛び降りて逃げました。ルキアを守ってあげてください」

「しかし、お前が」

「私は大丈夫です。こちらには芦谷を含め隊長クラスの味方が三人います」

 

 言わずもがな喜助さんと夜一さんだ。二人とも未だに姿を隠してはいるものの、いざとなれば動き出してくれる手筈となっている。

 それに、と続けて言って、私は"雲透"(くもすき)を握りしめた。父様にそう伝えられるのが誇らしかった。

 

「そこにいる一護も私も、卍解ができます」

 

 今まで反応の薄かった父様が、少し目を見開いた。

 

「そうか」

 

 よくやったとか、流石だとか、そういったことは言わない人だ。それはよく分かっていた。けれど少しだけ、ほんの少しだけでも驚いてくれたことが、私は嬉しかった。

 私の言葉を聞いた父様は、すぐに瞬歩でルキアたちを追ってくれた。それは、私を戦力の一つとして考えてくれたからだ。その事実も、私を浮足立たせるに充分事足りていた。

 

「何をしている!」

 

 そんな父様を目敏く見つけたのは、二番隊隊長の砕蜂(ソイフォン)だった。

 

 さっきからこの人すごい怒鳴ってるけど、どうしたんだろう。漫画でもやたらと文句が多いように感じてたけど。情緒不安定? それともストレス?

 

「副隊長全員で奴らを追え!!」

 

 そんな砕蜂隊長の怒号により、副隊長四人は崖の方へと瞬歩をした。しかし、彼らはすぐに足を止めることになる。同時に私が駆け出して姿を現し、彼らと崖の間に立ち塞がったからだ。

 左から雀部(ささきべ)副隊長、大前田副隊長、虎徹副隊長、そして吉良副隊長。海燕さんと伊勢副隊長がそこに加わっていないのは、どちらかというとこちら側の陣営だったからだろう。

 

「追わせませんよ」

「あっ! さっきの奴!」

 

 大前田副隊長が、私を指差して大きな声を出した。そうです、さっきの怪しい奴です。

 

「桜花くん……何故、君が……」

 

 吉良副隊長は、私の登場にどうにも困惑しているようだった。それもそのはず、この人は私の同期だったはずだ。恋次と付き合いがあったのなら、吉良副隊長とも面識があってもおかしくはない。となれば私が行方不明になったことも知っている訳で、そりゃ困惑もするだろうと他人事のように思う。

 

「吉良副隊長。過去はどうあれ、今は味方じゃないんです」

「だが君は――」

「意見が違う。立場が違う。双方譲れない」

 

 罪悪感がない、とは言い切れない。それでも私は、吉良副隊長の困惑そのものを断ち切るように言い放った。

 

「となれば、することは一つ」

 

 磔架の上から飛び降りてきた一護が、市丸ギンと刃を交えている。砕蜂隊長が、海燕さんと伊勢副隊長に斬りかかっている。総隊長から逃げるように、浮竹さんと京楽さんが崖から飛び降りようとしている。

 することは一つ、と立てていた人差し指を、そんな混沌とした戦場に向ける。四人のうち三人が、釣られてそちらを見てくれた。見なかったのは雀部副隊長だけ。つまり、一番注意すべきはこの人だ。

 

 瞬間的な最高出力で、瞬歩を繰り出す。狙うは余所見をしている三人だ。とはいえ彼らも副隊長だ。咄嗟にそれぞれの斬魄刀を抜いて構えたけれど、そんなもの"雲透"には通用しない。その刀身を、持ち主本人の身体諸共一息に薙ぎ払う。

 

「"狭霧(さぎり)"」

 

 "狭霧"。卍解を習得した時に、教えてもらった技名だった。透過させた者の現在(いま)を読み取り、その全てを情報としてしまい込んで二度と忘れない。

 

 その"狭霧"の勢いのまま、一番左にいた雀部副隊長まで斬ってしまうという手もあった。だがこの人だけは、そんな安直な攻撃では上手くいかないかもしれない。そう思ったのだ。

 だから、私は斬魄刀同士が重なった途端に始解を解除した。弾き飛ばされる勢いをそのままに、後方へと跳んで下がる。

 

「斬ら、れてない……?」

「でも……確かに、今……」

 

 副隊長たちは、"雲透"で斬られる不可思議な感覚に混乱しているようだ。そして私は私で、猛烈に混乱していた。原因は流れ込んできた副隊長たち、正確には雀部副隊長の情報だった。

 

 待って……雀部副隊長、卍解できるんだけど……

 

 あの総隊長が副官として側に置くだけの存在なのだから、他隊の副隊長とは多少力量が上でもおかしくないとは思っていた。ただ、これはちょっと想定以上だ。

 能力は雷系で、落雷させることも可能。この習熟度からして卍解を習得したのは、恐らく千年以上の昔。斬拳走鬼の拳だけ少し低いようだったが、それでも総合的な力量は先日戦った東仙隊長を軽く上回る。

 

 勝てない。これは勝てない。"狭霧"で完全に斬ってしまわなくて正解だった。下手なことをすると、カウンターでこちらが斬られるところだった。

 

「何を、したのですか?」

 

 虎徹副隊長が、恐る恐るといった体で私に問い掛けた。もちろん、それに簡単に答える私じゃない。

 そんな私に痺れを切らしたか、雀部副隊長が斬魄刀を構えた。

 

穿(うが)て! "厳霊丸"(ごんりょうまる)!」

()っ潰せ、"五形頭"(げげつぶり)!」

(はし)れ、"凍雲"(いてぐも)!」

 

 雀部副隊長が始解したのを皮切りに、戸惑っていた大前田副隊長も虎徹副隊長も始解をして身構えた。

 

「……(おもて)を上げろ、"侘助"(わびすけ)

 

 最後に吉良副隊長も躊躇いがちに始解して、四人の副隊長は次々と私に飛びかかってきた。

 私は、彼ら全員の戦い方を把握している。最初に何をするかということも、攻撃を防がれた時にどう反応するかということも、斬撃以外にどんな攻撃手段を好んでいるかということも。だから、上手く立ち回れば未来予知のような行動だってできてしまう。

 

 雀部副隊長の雷撃を避けて、移動し続ける。まずは一人でも数を減らさないと。このメンツで狙うなら、虎徹副隊長かもしくは大前田副隊長か。照準を二人に合わせた途端に、今度は吉良副隊長は折れ曲がった特殊な刀で猛攻を仕掛けてきた。

 

「投降してくれ! 一人で副隊長四人は無理だ!」

 

 既に、息切れは激しい。当たり前だ。電気というとんでもなく速い攻撃を必死に避けながら、他の副隊長の攻撃からも逃げているんだから。

 

「やって、みないとっ……分かんない、でしょ!!」

「分かるだろう! 現実が見えないのか!」

 

 結末は分からなくとも、現実は見えている。だから数ある攻撃の中でも、"侘助"だけは食らう訳にはいかないと理解しているんだ。

 独特な形の刃を走って、跳んで、屈んで避ける。屈んだところで左から"五形頭"の鉄球が飛んできたのを、不安定な姿勢のまま受け止めた。見た目通りその衝撃は重たかった。飛び出たいくつものトゲが、柄を握る右手や刀身を支える左手を傷つける。生温いものが腕を伝ったが、耐えられないほどではない。

 そうやって一度勢いを殺してから、私は鉄球の根本の鎖を掴んだ。そして、そのまま瞬歩で右方に離脱する。

 

「うおっ!?」

 

 大前田副隊長が、間の抜けた悲鳴を上げて前のめりに倒れる。この人の良くない癖だ。あんなに動かしにくい鉄球が付いているからか、投げつけた後も強い力で柄を握りしめてしまったままなのだ。だからこそ、こうやって少し引っ張っただけで体勢を崩してしまう。

 

"白伏"(はくふく)

 

 次の"侘助"の斬撃が飛んでくる前に、と大前田副隊長の背後に回り込んで"白伏"を叩き込む。しかし同時に飛んできた"厳霊丸"の雷撃は、避けきれずに直撃してしまった。

 

「っ……!」

 

 当たったのは左腕。咄嗟にその場から離れる。

 垂れ下がり、上手く動かせない左腕を見遣った。痛いし、何より痺れて使い物にならない。しかしまだ、右腕や足でなかっただけ良かったと言うべきか。

 

「っぶな!」

 

 今度は"凍雲"が右足を掠める。あと少し回避が遅れていたら、右足が氷漬けにされるところだった。

 一人落としたとはいえ、まだ三人残っている。大前田副隊長はたまたま上手くいって落とせただけで、他の副隊長も同じように上手くいくとは限らない。少なくとも、真正面から向き合って勝てる相手ではないことは確かだった。

 

「仕方ない、か……」

 

 こうなれば手段は一つ。汚い手だろうが何だろうが、ここで負ける訳にはいかないのだ。

 

「ちょっと本気、出そうかなぁ」

 

 思わせぶりにそう言うと、私は隠していた霊圧を少しずつ解放し始めた。そして、余裕たっぷりに仁王立ちして副隊長たちを見つめる。まるで、今までの戦いが本気などではなかったかのように。まるで、今まで食らった攻撃なんて効いていないかのように。

 

 ほら、警戒しなよ。私、何かしようとしてるよ。

 

 副隊長たちはすぐ反応して、私から距離をとった。できればやりたくなかったんだけどなぁ、と続けて漏らすと、その警戒度は更に跳ね上がる。

 私はゆっくりと刀を腰に戻し、そしてそれらしく見えるよう微笑んだ。霊圧がどんどん高まっていくにつれて、彼らの表情が驚愕に包まれていく。

 

 そうだよね、こんな状況でこんな動きをしたら、やることは一つだよね。

 

「卍か――」

 

 卍解。

 

 そう言い終わる前に、私は霊圧を一気に引っ込めた。そして瞬歩、それも名前のついた特殊な歩法を使う。その名も、"空蝉"(うつせみ)。副隊長たちの目には、卍解をしようと笑う私の残像が見えていることだろう。

 私が向かった場所、それは虎徹副隊長の背後だった。ここで"白伏"を打ち込むのは簡単だ。けれど、今はそうするより有効な手がある。やっぱり、やりたくはなかったけれど。

 

「ひゃっ……!?」

 

 私の頭くらいの高さにある二つの、アレ。アレを右手でわし掴んだのだ。左腕はうまく動かせないから、そっと添えるだけに。右腕は、後ろから抱きつくようにしっかりと。

 小さく悲鳴を上げる虎徹副隊長のソレを揉みしだくと、豊かなソレは私の手に従って見事に形を変えた。うん、着痩せするタイプなんだね。

 

「っ……!!」

 

 虎徹副隊長は、ほとんど抵抗しなかった。いや、できなかったと言うべきか。見上げると、青みがかった銀髪の隙間から覗く耳が、湯気が立ちそうなほど真っ赤に染まっていた。

 あぁ、ごめんなさい。ルキアを助けるためとはいえ、こんなことをしてしまって。女同士だし私は子どものような姿だから、まだマシだと思いたいけれど。それでも初対面で、こんな……後ほど菓子折りを持ってお伺いします……

 

「な、な、な……何て、ことを……!」

「は……!?」

 

 ようやく状況を理解した吉良副隊長の顔も、みるみるうちに赤くなっていく。ぷるぷる震えながら、それでも私の手元を凝視している。

 そして雀部副隊長は雀部副隊長で、ジェントルマンらしい格好の通り、思考停止してしまったかのように絶句していた。二人とも斬魄刀を持つ腕はだらりと下げられ、副隊長らしからぬ隙を見せる表情をしていた。

 

 そう、隙だ。

 これ以上ないほど、大きな隙。

 

 敵とはいえ、互いに殺すことはないと分かっている戦いであること。卍解するかと思いきや、私がいきなり胸を揉むという暴挙に出たこと。その他諸々の要因が重なって生まれた油断だった。

 

「本っ当に、すみません……」

 

 私は心からの謝罪をしながらも、虎徹副隊長に難なく"白伏"を当てて、それから吉良副隊長に駆け寄った。背後に回るのではなく、真正面から最短距離で近づく。"空蝉"に近い速度とはいえ、副隊長であれば普段なら反応できていただろう。しかし、ここまで分かりやすく狼狽えている状態なら話は変わってくる。

 

「っ……!」

 

 吉良副隊長はなす術なく"白伏"を食らい、崩れ落ちるように倒れた。はい、これで三人。

 

「……()()()()()()、やったのか」

 

 そんな状況下にあっても比較的冷静な雀部副隊長は、不可解なものを見るような目を私に向けた。

 

「何を、でしょうか?」

「…………」

 

 何を、なのかは言わないつもりらしい。堅物というか、硬派というか。否定も肯定もあえてしなかったが、もちろん私は分かってやっていた。

 

 どうやら"狭霧"という技が暴くのは、相手の戦闘能力だけではなかったらしい。そう知ったのも、卍解を習得してからだった。読み取るのは相手の現在(いま)、つまり能力も性格も丸裸になってしまうのだ。流石に細かい趣味志向やリアルタイムな感情までは読み取れないが、それでも相手の性格が把握できるのは大きい。

 先程のアレだって、吉良副隊長や雀部副隊長が()()()()()()に弱いことを知っていたから、そして虎徹副隊長が恥ずかしがりやな女性であることを知っていたから、実行したことだった。

 

 さて、ここからどうするか。

 こちらを睨みつける雀部副隊長の目を、黙って見返しながら考える。今の戦いで、私のやり方はバレてしまっている。ここからどう動けば、この隊長クラスの相手に勝てるだろうか。

 夜一さんは砕蜂隊長に掛かりきりになるだろうし、喜助さんはもう少し隠れているつもりだろう。となれば、私一人でこの人を何とかしなければならないという訳だ。

 

「よう、面白ぇことやってんな」

 

 そんな時だった。

 

 じりじりと対峙する私と雀部副隊長との間に、割って入る声があった。

 

 

 




気づいたら揉ませてました。色々とすみません。

ちなみに雀部の拳が弱いというのは独自設定です。一護に一発KOされた理由になるかなと、こじつけました。

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