◯ ルキアと恋次を崖から蹴落として逃がした
ルキアは
副隊長である恋次も一緒だから、雑魚相手なら問題なく逃げ切れるだろう。しかし相手は恐らく東仙、もしくは藍染本人が出張ってくる可能性だってある。そうなれば、
「……父様」
「桜花か」
今、死神たちの目はあちこちに分散されている。一護と市丸ギン、それから双極の矛を破壊してしまった京楽さんと浮竹さん。そのそれぞれの直属の部下が二人。そして、謀反に近いことをしでかした隊長格たち四人を、老いてなお鋭い眼光で睨みつける護廷十三隊総隊長。
またもや人々の視界から外れているのをいいことに、私は再度姿を消して父様に近づいて声を掛けた。
「ルキアと恋次は崖から飛び降りて逃げました。ルキアを守ってあげてください」
「しかし、お前が」
「私は大丈夫です。こちらには芦谷を含め隊長クラスの味方が三人います」
言わずもがな喜助さんと夜一さんだ。二人とも未だに姿を隠してはいるものの、いざとなれば動き出してくれる手筈となっている。
それに、と続けて言って、私は
「そこにいる一護も私も、卍解ができます」
今まで反応の薄かった父様が、少し目を見開いた。
「そうか」
よくやったとか、流石だとか、そういったことは言わない人だ。それはよく分かっていた。けれど少しだけ、ほんの少しだけでも驚いてくれたことが、私は嬉しかった。
私の言葉を聞いた父様は、すぐに瞬歩でルキアたちを追ってくれた。それは、私を戦力の一つとして考えてくれたからだ。その事実も、私を浮足立たせるに充分事足りていた。
「何をしている!」
そんな父様を目敏く見つけたのは、二番隊隊長の
さっきからこの人すごい怒鳴ってるけど、どうしたんだろう。漫画でもやたらと文句が多いように感じてたけど。情緒不安定? それともストレス?
「副隊長全員で奴らを追え!!」
そんな砕蜂隊長の怒号により、副隊長四人は崖の方へと瞬歩をした。しかし、彼らはすぐに足を止めることになる。同時に私が駆け出して姿を現し、彼らと崖の間に立ち塞がったからだ。
左から
「追わせませんよ」
「あっ! さっきの奴!」
大前田副隊長が、私を指差して大きな声を出した。そうです、さっきの怪しい奴です。
「桜花くん……何故、君が……」
吉良副隊長は、私の登場にどうにも困惑しているようだった。それもそのはず、この人は私の同期だったはずだ。恋次と付き合いがあったのなら、吉良副隊長とも面識があってもおかしくはない。となれば私が行方不明になったことも知っている訳で、そりゃ困惑もするだろうと他人事のように思う。
「吉良副隊長。過去はどうあれ、今は味方じゃないんです」
「だが君は――」
「意見が違う。立場が違う。双方譲れない」
罪悪感がない、とは言い切れない。それでも私は、吉良副隊長の困惑そのものを断ち切るように言い放った。
「となれば、することは一つ」
磔架の上から飛び降りてきた一護が、市丸ギンと刃を交えている。砕蜂隊長が、海燕さんと伊勢副隊長に斬りかかっている。総隊長から逃げるように、浮竹さんと京楽さんが崖から飛び降りようとしている。
することは一つ、と立てていた人差し指を、そんな混沌とした戦場に向ける。四人のうち三人が、釣られてそちらを見てくれた。見なかったのは雀部副隊長だけ。つまり、一番注意すべきはこの人だ。
瞬間的な最高出力で、瞬歩を繰り出す。狙うは余所見をしている三人だ。とはいえ彼らも副隊長だ。咄嗟にそれぞれの斬魄刀を抜いて構えたけれど、そんなもの"雲透"には通用しない。その刀身を、持ち主本人の身体諸共一息に薙ぎ払う。
「"
"狭霧"。卍解を習得した時に、教えてもらった技名だった。透過させた者の
その"狭霧"の勢いのまま、一番左にいた雀部副隊長まで斬ってしまうという手もあった。だがこの人だけは、そんな安直な攻撃では上手くいかないかもしれない。そう思ったのだ。
だから、私は斬魄刀同士が重なった途端に始解を解除した。弾き飛ばされる勢いをそのままに、後方へと跳んで下がる。
「斬ら、れてない……?」
「でも……確かに、今……」
副隊長たちは、"雲透"で斬られる不可思議な感覚に混乱しているようだ。そして私は私で、猛烈に混乱していた。原因は流れ込んできた副隊長たち、正確には雀部副隊長の情報だった。
待って……雀部副隊長、卍解できるんだけど……
あの総隊長が副官として側に置くだけの存在なのだから、他隊の副隊長とは多少力量が上でもおかしくないとは思っていた。ただ、これはちょっと想定以上だ。
能力は雷系で、落雷させることも可能。この習熟度からして卍解を習得したのは、恐らく千年以上の昔。斬拳走鬼の拳だけ少し低いようだったが、それでも総合的な力量は先日戦った東仙隊長を軽く上回る。
勝てない。これは勝てない。"狭霧"で完全に斬ってしまわなくて正解だった。下手なことをすると、カウンターでこちらが斬られるところだった。
「何を、したのですか?」
虎徹副隊長が、恐る恐るといった体で私に問い掛けた。もちろん、それに簡単に答える私じゃない。
そんな私に痺れを切らしたか、雀部副隊長が斬魄刀を構えた。
「
「
「
雀部副隊長が始解したのを皮切りに、戸惑っていた大前田副隊長も虎徹副隊長も始解をして身構えた。
「……
最後に吉良副隊長も躊躇いがちに始解して、四人の副隊長は次々と私に飛びかかってきた。
私は、彼ら全員の戦い方を把握している。最初に何をするかということも、攻撃を防がれた時にどう反応するかということも、斬撃以外にどんな攻撃手段を好んでいるかということも。だから、上手く立ち回れば未来予知のような行動だってできてしまう。
雀部副隊長の雷撃を避けて、移動し続ける。まずは一人でも数を減らさないと。このメンツで狙うなら、虎徹副隊長かもしくは大前田副隊長か。照準を二人に合わせた途端に、今度は吉良副隊長は折れ曲がった特殊な刀で猛攻を仕掛けてきた。
「投降してくれ! 一人で副隊長四人は無理だ!」
既に、息切れは激しい。当たり前だ。電気というとんでもなく速い攻撃を必死に避けながら、他の副隊長の攻撃からも逃げているんだから。
「やって、みないとっ……分かんない、でしょ!!」
「分かるだろう! 現実が見えないのか!」
結末は分からなくとも、現実は見えている。だから数ある攻撃の中でも、"侘助"だけは食らう訳にはいかないと理解しているんだ。
独特な形の刃を走って、跳んで、屈んで避ける。屈んだところで左から"五形頭"の鉄球が飛んできたのを、不安定な姿勢のまま受け止めた。見た目通りその衝撃は重たかった。飛び出たいくつものトゲが、柄を握る右手や刀身を支える左手を傷つける。生温いものが腕を伝ったが、耐えられないほどではない。
そうやって一度勢いを殺してから、私は鉄球の根本の鎖を掴んだ。そして、そのまま瞬歩で右方に離脱する。
「うおっ!?」
大前田副隊長が、間の抜けた悲鳴を上げて前のめりに倒れる。この人の良くない癖だ。あんなに動かしにくい鉄球が付いているからか、投げつけた後も強い力で柄を握りしめてしまったままなのだ。だからこそ、こうやって少し引っ張っただけで体勢を崩してしまう。
「
次の"侘助"の斬撃が飛んでくる前に、と大前田副隊長の背後に回り込んで"白伏"を叩き込む。しかし同時に飛んできた"厳霊丸"の雷撃は、避けきれずに直撃してしまった。
「っ……!」
当たったのは左腕。咄嗟にその場から離れる。
垂れ下がり、上手く動かせない左腕を見遣った。痛いし、何より痺れて使い物にならない。しかしまだ、右腕や足でなかっただけ良かったと言うべきか。
「っぶな!」
今度は"凍雲"が右足を掠める。あと少し回避が遅れていたら、右足が氷漬けにされるところだった。
一人落としたとはいえ、まだ三人残っている。大前田副隊長はたまたま上手くいって落とせただけで、他の副隊長も同じように上手くいくとは限らない。少なくとも、真正面から向き合って勝てる相手ではないことは確かだった。
「仕方ない、か……」
こうなれば手段は一つ。汚い手だろうが何だろうが、ここで負ける訳にはいかないのだ。
「ちょっと本気、出そうかなぁ」
思わせぶりにそう言うと、私は隠していた霊圧を少しずつ解放し始めた。そして、余裕たっぷりに仁王立ちして副隊長たちを見つめる。まるで、今までの戦いが本気などではなかったかのように。まるで、今まで食らった攻撃なんて効いていないかのように。
ほら、警戒しなよ。私、何かしようとしてるよ。
副隊長たちはすぐ反応して、私から距離をとった。できればやりたくなかったんだけどなぁ、と続けて漏らすと、その警戒度は更に跳ね上がる。
私はゆっくりと刀を腰に戻し、そしてそれらしく見えるよう微笑んだ。霊圧がどんどん高まっていくにつれて、彼らの表情が驚愕に包まれていく。
そうだよね、こんな状況でこんな動きをしたら、やることは一つだよね。
「卍か――」
卍解。
そう言い終わる前に、私は霊圧を一気に引っ込めた。そして瞬歩、それも名前のついた特殊な歩法を使う。その名も、
私が向かった場所、それは虎徹副隊長の背後だった。ここで"白伏"を打ち込むのは簡単だ。けれど、今はそうするより有効な手がある。やっぱり、やりたくはなかったけれど。
「ひゃっ……!?」
私の頭くらいの高さにある二つの、アレ。アレを右手でわし掴んだのだ。左腕はうまく動かせないから、そっと添えるだけに。右腕は、後ろから抱きつくようにしっかりと。
小さく悲鳴を上げる虎徹副隊長のソレを揉みしだくと、豊かなソレは私の手に従って見事に形を変えた。うん、着痩せするタイプなんだね。
「っ……!!」
虎徹副隊長は、ほとんど抵抗しなかった。いや、できなかったと言うべきか。見上げると、青みがかった銀髪の隙間から覗く耳が、湯気が立ちそうなほど真っ赤に染まっていた。
あぁ、ごめんなさい。ルキアを助けるためとはいえ、こんなことをしてしまって。女同士だし私は子どものような姿だから、まだマシだと思いたいけれど。それでも初対面で、こんな……後ほど菓子折りを持ってお伺いします……
「な、な、な……何て、ことを……!」
「は……!?」
ようやく状況を理解した吉良副隊長の顔も、みるみるうちに赤くなっていく。ぷるぷる震えながら、それでも私の手元を凝視している。
そして雀部副隊長は雀部副隊長で、ジェントルマンらしい格好の通り、思考停止してしまったかのように絶句していた。二人とも斬魄刀を持つ腕はだらりと下げられ、副隊長らしからぬ隙を見せる表情をしていた。
そう、隙だ。
これ以上ないほど、大きな隙。
敵とはいえ、互いに殺すことはないと分かっている戦いであること。卍解するかと思いきや、私がいきなり胸を揉むという暴挙に出たこと。その他諸々の要因が重なって生まれた油断だった。
「本っ当に、すみません……」
私は心からの謝罪をしながらも、虎徹副隊長に難なく"白伏"を当てて、それから吉良副隊長に駆け寄った。背後に回るのではなく、真正面から最短距離で近づく。"空蝉"に近い速度とはいえ、副隊長であれば普段なら反応できていただろう。しかし、ここまで分かりやすく狼狽えている状態なら話は変わってくる。
「っ……!」
吉良副隊長はなす術なく"白伏"を食らい、崩れ落ちるように倒れた。はい、これで三人。
「……
そんな状況下にあっても比較的冷静な雀部副隊長は、不可解なものを見るような目を私に向けた。
「何を、でしょうか?」
「…………」
何を、なのかは言わないつもりらしい。堅物というか、硬派というか。否定も肯定もあえてしなかったが、もちろん私は分かってやっていた。
どうやら"狭霧"という技が暴くのは、相手の戦闘能力だけではなかったらしい。そう知ったのも、卍解を習得してからだった。読み取るのは相手の
先程のアレだって、吉良副隊長や雀部副隊長が
さて、ここからどうするか。
こちらを睨みつける雀部副隊長の目を、黙って見返しながら考える。今の戦いで、私のやり方はバレてしまっている。ここからどう動けば、この隊長クラスの相手に勝てるだろうか。
夜一さんは砕蜂隊長に掛かりきりになるだろうし、喜助さんはもう少し隠れているつもりだろう。となれば、私一人でこの人を何とかしなければならないという訳だ。
「よう、面白ぇことやってんな」
そんな時だった。
じりじりと対峙する私と雀部副隊長との間に、割って入る声があった。
気づいたら揉ませてました。色々とすみません。
ちなみに雀部の拳が弱いというのは独自設定です。一護に一発KOされた理由になるかなと、こじつけました。