傲慢の秤   作:初(はじめ)

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六十一、ありふれた共闘

 

 

 

 私が尽く"白伏"(はくふく)を叩き込んだ副隊長たちは、今はもう姿を消していた。私が雀部副隊長と向き合っている最中、彼らを卯ノ花隊長が回収していったからだ。もちろん私も卯ノ花隊長の動きには気づいていたけれど、敢えて止めることはなかった。

 卯ノ花隊長はこれから、四十六室の安否を確認しに瀞霊廷(せいれいてい)に戻る。そして、その案内役として動くのは藍染の直属の部下である芦谷だ。姿を隠した芦谷は開戦直後に卯ノ花隊長に声を掛け、事情を改めて説明しつつ足止めをしていたのだ。

 

 数日前。一護たちが旅禍(りょか)として瀞霊廷を引っ掻き回している間、私と喜助さんは隊長格に接触して回っていた。そしてそれは、実は夜一さんも同じで、四楓院家の封印具を準備した後に卯ノ花隊長に接触していたのだ。

 その時に夜一さんからもらった「護廷十三隊に裏切り者がいる」という情報と、今芦谷からもらった「裏切り者は藍染惣右介だ」という情報。この二つに卯ノ花隊長自ら抱いた違和感を併せれば、漫画と同じ動きをするよう仕向けることだって可能なのだ。

 

 そしてこれは、芦谷が動けば藍染も動くかもしれないという、人の心を何処かに置き去りにしてきてしまったかのような酷い計画の一部だった。

 確かに、藍染を動かすにはこれが一番効率的なのは理解できるが、それでも私はその計画に反対だった。せっかく助け出した芦谷を、再び窮地に追いやるなんてできるはずがない。しかし芦谷は、主君たる私の役に立つならと自らその役目を買って出た。そんな彼が藍染に酷い目に遭わされないことを心から祈ろう。本当に。

 

 そうして今はもうここにはいない芦谷の無事を願っていた時、私に声を掛ける人がいた。

 

「よう、面白ぇことやってんな」

 

 聞こえてきた声色、感じる霊圧、そしてこの状況。それらから声の主を導き出した私は、振り向くことなく返事をした。

 

「……これが面白そうに見えます?」

「見えねぇな」

 

 じゃあ何で言ったんだ。

 

 確かこの人は、砕蜂(ソイフォン)隊長と戦っていたはずだ。どうしてここにいるのだろうと考えて、すぐに馴染みのある霊圧が近くにいることに気がついた。あぁそうか、夜一さんか。

 

「ちなみに味方ですか?」

「どう見ても味方だろ」

「見てないんで分かんないです」

「お前なぁ……」

 

 朽木とはまた違った意味で面倒臭い奴だな、なんて呟きが聞こえた。今の朽木は、ルキアのことだろう……ん? ていうか今、面倒臭いって言ったよね? 何で? 私が?

 

 不本意な悪口に、思わずその助っ人の方を見る。そこにいたのはやはり、私の予想通りの死神だった。

 

「うわぁ……」

 

 どこか見覚えのある顔、黒い髪。そして手にはトライデントのような形をした斬魄刀、"捩花"(ねじばな)があった。

 

 志波海燕。十年以上前に亡くなっているはずの、十三番隊の副隊長。本来は、ここにいるはずのない人だった。

 

「何だようわぁって、失礼だな」

 

 漫画の中でこの人が亡くなる事件が起きたのは、ルキアが護廷十三隊に入隊した後のことだった。つまり私が尸魂界から失踪した後に、あの事件は起きているはずなのだ。

 それなのに、彼は死んでいない。それはつまり、ある出来事の結末が変化してしまうほどに、私という存在が登場人物たちに影響を与えていた、ということを意味する。私自身は、その場にいなかったにも関わらず、である。

 となればますます、死に急ごうとしていたことが馬鹿らしく思えてくる。ここが戦場でなかったら、頭を抱えてしまっていたことだろう。だから見ないようにしてたのに。

 

「あぁ、すみません。志波副隊長は悪くないんです。ただ、自分の愚かさを……こう、身にしみて感じてるというか……」

「いや意味分かんねぇよ」

 

 しかし、見れば見るほど一護によく似ている。この場合、「一護がよく似ている」と言った方が正しいのかもしれないが。

 顔も確かに似ているが、それよりもそっくりだったのはその雰囲気だった。眉間にシワを寄せた表情だったり、人に対して壁がないところだったり、ちょっとした言葉選びだったり。とにかく佇まいが似ているのだ、彼らは。

 

「で? 勝算はあるのか」

 

 ある訳ねぇけど、とでも言いたげな表情で海燕さんが問うた。

 私たちが見据える先にいるのは、一番隊副隊長の雀部長次郎だ。この人の強さを、海燕さんは知っているのだろう。

 

「なくはない、といったところですね」

「……知らねぇかもしれないから言っとくが、雀部副隊長は強いぞ」

「知ってますよ」

 

 雀部副隊長については、少なくともあなたよりは詳細に。

 その上で言っているのだ。勝算はある、と。

 

「私ね。勝てなくても、死なないんです」

「はぁ?」

「保険もいくつかありますし、そもそも負けるはずもないんですけどね」

 

 だからもし私たち側として戦ってくれるなら、私ではなく一護の方についていてほしい。

 

 そう続けると、海燕さんは訝しげな目を私に向けた。確かに、説得力はないだろう。初対面はまだ幼児の頃、その後にもし顔を合わせていたとしても霊術院生の頃が最後だ。その頃と大差ない子どものような姿で、卍解もできるような猛者相手に勝算があるなんて言われても納得はできないだろう。

 けれど今は、一刻も早く動いてもらわなければならない。納得させられないなら、交渉してでも動いてもらうしかない。幸いにも私は、海燕さんを動かせるカードを一枚持っている。

 

 私は背後に感じられる霊圧の衝突を、振り返ることなく親指で指す。

 

「あの子、一つを護ると書いて一護っていうんですけど。志波副隊長に似てるって、言われませんでした?」

 

 私だって本当は、一護の手助けに行きたい。けれど、そういう訳にもいかない。何故なら"雲透"の能力がとことん共闘に向いていない上、私自身が誰かと一緒に戦ったことがないからだ。

 だから今私が一護に加勢するのは、最善の手とは言い難い。それに幸い、私の戦闘は逼迫していないのだ。

 

 だからといって、こうして海燕さんを追い払うような真似もどうかとは思うけれど。

 

「……言われたな」

「その理由が知りたければ、頼まれて下さい」

 

 まぁ、もう予想ついてるとは思うけどね。

 一護という漢字を聞けば、だいたいね。

 

 複雑そうな顔をした海燕さんに背を向けて、私は斬魄刀を抜いた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 私たちを鎮圧こそすれ、殺害してしまおうとまでは思っていない。そんな敵を相手に、一つ礼を言った。この人はきっと、話している最中に攻撃してきたり、不意打ちで気絶させたり、そういった卑怯な手は使わない質なのだろう。"狭霧"で読み取った情報もそうだったが、どこまでも公正で厳格な人間なのだ。私と違って。

 

「いえ」

 

 短いながらも返事までくれた雀部副隊長に、敬意を表しつつ。

 

「今度は正々堂々、いきますね」

 

 私の斬魄刀は強い人を相手にした時、その力を最大限に発揮する。始解で相手の能力を把握し、卍解で相手の能力を利用する。よって相手が強ければ強いほど、戦いに慣れていればいるほど、有効になってくるのだ。

 そして今の私の相手は、長年鍛錬を積んできた人だ。この人の能力を使って、この人を出し抜いて、私が勝つ。

 

 正々堂々? そんなこと私は言ってない……いや言ったよ、確かに言ったけど思ってない。というより敬意を持って卍解で正面から立ち向かうんだから、どこからどう見ても正々堂々でしょ。

 

「行くよ、"雲透"」

 

 しょうがないなぁ、なんて返事が頭の中に響く。言葉面に反して、その声色は穏やかだった。

 卍解を習得して強くなったことより、こうして斬魄刀と仲良くなれたことの方が嬉しい私は、死神として少しおかしいのだろう。

 

 私はそっと笑って、"雲透"に霊圧を込めた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 一護という、志波海燕によく似た少年の正体を知りたくば、言う通りにしろ。

 

 乱暴にまとめると、どうやらこういうことらしい。それだけ告げて、朽木桜花はさっさと海燕に背を向けてしまった。

 

 彼女は、叔母にあたる朽木ルキアとよく似た相貌をしていた。しかしその言動は彼女とは大いに異なり、一貫性の欠片もないものばかりだった。彼女は死神の平隊員にしては強引で、しかし四大貴族の次期当主としてはあまりに合理的すぎるのだ。

 これがもし朽木ルキアなら、あるいは朽木白哉なら。この状況で、あのような強引な交渉は決してしないだろう。どんなにそれが必要とされる状況であったとしても、である。

 

 戦い方とて、彼女には掴みどころがなかった。朽木家らしからぬ搦手(からめて)を使ったかと思えば、猛者を相手に「負けるはずがない」などとのたまい正面から立ち向かっていく。

 ほぼ無傷で副隊長を三人も伸してしまう実力はあるのに、その本人から発せられる霊圧は非常に微弱で、時には一切の霊圧すら感じ取れないことさえある。

 その様はある種、浮世離れしているというか、歯に衣着せぬ言い方だと不気味にも感じられるものであった。

 

 しかし。どれだけ好き勝手に批評しようとも、結果的に海燕は朽木桜花の思惑通りに動こうと考えてしまっている。乱雑なように見えてその実、全て彼女の掌の上ということなのかもしれなかった。

 

「仕方ねぇか」

 

 海燕はそんな言葉と共に、くるりと踵を返した。己の半身でもある一本の槍を携えて、一護という少年の所へ向かう。

 

 あちこち傷を負いながらも、少年は市丸隊長と相対していた。

 

「月牙、天衝!!」

 

 少年が技名を叫ぶと、その細く黒い刀身から三日月状の斬撃波が飛び出した。同じく手傷を負っているとはいえ、まだまだ身軽な市丸隊長がそれをひらりと避ける。

 

「月牙天衝、か……」

 

 やっぱりな、と海燕は誰にともなく呟く。

 

 その月牙天衝という技は、海燕の叔父にあたる人のものだった。そして当然ながら、目の前の少年はその叔父ではない。となると、答えは自ずと一つに絞られてくる。

 

 ったく、あの人は。何処で何やってんだか。

 

「あれ。誰かと思えば、志波副隊長やないの」

「どうも」

 

 市丸隊長から重い一撃をもらった少年が、片膝をついた。海燕はそんな少年を庇うように、市丸隊長の前に立ち塞がった。

 

「キミは、そっち側なんやね」

「……すみません」

 

 市丸隊長の言葉に、軽く会釈することで返事とする。そして、背後にいる少年を横目で見遣った。

 

「あんた、こないだの……!」

 

 彼と会ったのは二度目だけれど、間近でじっくり見たのはこれが初めてだ。こうして見てみると、確かに己とよく似ている。しかしその色彩は、海燕とは全くと言っていいほど異なっていた。髪色は分からないが、その瞳の色は海燕の叔父と同じ色だった。海燕の記憶が正しければ、の話ではあるけれど。

 

「……目」

「は?」

「一緒なんだな」

「何言ってんだ、お前」

 

 そうか、こいつは知らないのか。

 

 朽木桜花の言い様からして、そうではないかと薄々感じてはいた。

 この戦いが終わったら、あの令嬢は全てを教えてくれるつもりなのだろう。しかしそれは、海燕の叔父本人に許可を取ったものではないのかもしれない。何せこの少年にさえ何も伝えない徹底ぶりだ、叔父としては全方面に伏せておきたい事象なのだろう。

 となれば、海燕の口からそれを少年に伝える訳にはいかない。いくら親族であったとしても、である。

 

 これは貴族がどうとか、そういう問題ではない。ただ、人としての問題なのだ。

 

「なるほどなァ……」

 

 海燕と少年を順に眺め、市丸隊長はより一層笑みを深めた。

 

「何や随分、おもろい景色やな」

「……別に、何も面白くないっすよ」

 

 どうやら市丸隊長は、海燕とこの少年の関係性を知っているようだった。それもおかしな話だ、と海燕は密かに思った。落ちぶれたとはいえ志波家当主である自分ですら知らなかった内輪の話を、全く関係のない隊長が知っているはずがない。

 また元から知っていたのではなく、たった今の少年との会話から察したという可能性もある。しかし、海燕が口にしたのは「目が同じ」ということのみだ。いくら何でも察しが良すぎるだろう。

 

 もしかしたら、この人は叔父の件に一枚噛んでいるのかもしれない。そんな憶測に辿り着いた海燕は、軽く頭を振って考えるのを止めた。今こんなことまで憶測することに意味はないし、何よりこれ以上ややこしいことを考えるのは性に合わない。

 

「味方、なのか?」

「あ? どう見たって味方だろ。節穴かよ」

「あァ?!」

「少なくとも風穴は空いてるみたいだけどな」

「うるせぇよ! うまいこと言ったつもりか!」

 

 この一護という少年に特段思い入れはない。ただ、もう他人と言うこともできなかった。

 

 「ダッセェの」と半笑いで付け加えると、一護は凄まじい顔でこちらを睨みつけて、よろよろと立ち上がった。その様を見て、性格はどちらかというと叔父ではなく自分に似ているのだということに気づく。きっとこうして叔父にからかわれながらも、大切に育てられたのだろうと容易に想像がついた。

 

「お前、その月牙天衝とかいうやつ以外に使える技は?」

「ねぇよ。これだけだ」

「えっ、それだけか?」

「悪かったな!」

 

 叔父の"剡月"(えんげつ)のような焱熱系(えんねつけい)でも、海燕の"捩花"のような流水系でもない。しかし、そもそも斬魄刀の能力なんて遺伝するとは限らないものなのだから、どんな能力であってもおかしくはないだろう。

 どちらにせよ、本人もよく分かってはいないようだったけれど。

 

「なら、お前は好きに戦え。俺が合わせる」

「……分かった」

 

 ダサいとは言った。しかし一護の霊圧は隊長格に並ぶほどであり、どうやら卍解まで習得しているようであった。

 どうあれ市丸隊長を相手にここまで戦えているのだから中々のものだと、海燕は評価していた。それに、確かに一護は傷だらけだったが、市丸隊長だっていくつも手傷を負っているのだ。自分の斬魄刀のこともまだ理解しきれていない身でこれなら、これからもっと強くなるのだろう。

 

「行くぜ」

「おう」

 

 駆け出した一護に応えて、海燕は槍をぐるりと回した。途端に溢れ出した流水が、駆けていく一護に追いすがる。

 月牙天衝の威力は充分。当てさえすれば、相手の力を大きく削れる。よって今の海燕がすべきは、市丸隊長の足止めだ。

 

 雀部副隊長と違って、この人は容赦なく一護を殺しにくるだろう。ならば自分は一護を殺させないように動き、部下である朽木ルキアが逃げ切れるよう足止めをするまでだ。

 

「まぁ……あんたの息子は死なせねぇよ、一心さん」

 

 誰にも聞こえない、微かな声で呟く。

 

 かつて自分が大切な人を喪った、あの時のような思いはさせたくなかった。

 全死神までは気を配れずとも、せめて世話になった親族くらいには。

 

 

 




桜花、志波家の人に「うわぁ」って言いがち。
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