傲慢の秤   作:初(はじめ)

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結局二週間も投稿できなかった……定期更新とは。



六十七、一人の死神

 

 

 

 海燕さんの誇りを傷つけてしまった、とルキアは言っていた。どうしてそうなったのか気になって仕方がないが、当人たちにはあまりに訊きづらい。後で浮竹隊長にそれとなく訊ねてみよう。

 

「桜花さんっ!? あぁ、良かった……」

「山田七席?」

 

 海燕さんとの話が終わった直後。父様の様子を見に四番隊舎に戻ったところ、何やら慌てた様子の山田花太郎七席に出会った。

 

 意識不明だった私を看てくれていたのは彼だったらしく、目を離した隙に私がいなくなってしまって焦っていたらしい。つまり私が目を覚ました時に部屋に誰もいなかったのは、偶々山田七席が退室していただけだったということになる。

 

 そして午前中に私が目を覚ましてから数時間、山田七席は一人で私を探していたようだった。

 他の人は忙しくて手伝ってくれなかった、失踪した可能性は低いから多くの人手は割かなくても良いと言われた、と半ば涙目で控えめに訴えられた。もう謝るしかない。大変ご迷惑をお掛けしました。

 

「あ、そうだ。これ……」

 

 私の謝罪をあわあわしながらも受け入れてくれた山田七席は、落ち着いてすぐに私に何かを差し出した。白い布で包まれたそれは、手のひらから少し大きいものであった。何だろう、と受け取ってすぐに気がついた。あぁ、これは。

 

「これ、父様の……」

 

 白い布をめくると、中から出てきたのはやはり牽星箝(けんせいかん)だった。血に濡れていたはずのそれは、本来の真っ白な姿を取り戻していた。

 

「もしかして、山田七席が?」

「あ、はい……大事なものかなって思って……だ、駄目でしたか……?」

「まさか!」

 

 駄目な訳がない。肉親の血なんて見たくはないだろうと、気を遣ってくれたのだろうか。それとも単純に、汚れていたから拭いてくれたのだろうか。どちらにせよ、本当にありがたい話だ。

 そして、ふと気づく。彼が必死になって私を探してくれていたのは、これを渡すためでもあったのだということに。

 

「ありがとうございます。こんなことまでしてくれただなんて……」

「いえいえ! そんな、頭を上げてください!」

 

 慌てふためいていた山田七席を再度落ち着かせ、ようやくきちんと話ができるようになった頃。

 

「朽木隊長はまだですが……阿散井副隊長は目を覚まされていますよ」

 

 おずおずとそう教えてくれた彼に再度礼を告げて、私は恋次の病室へと向かった。

 

 副隊長ともなれば、病室は当たり前のように個室が与えられるらしい。まぁ、私も個室だったんだけど。

 ともかく、そんな恋次の病室には私以外にも見舞い客がいた。吉良副隊長と雛森三席、それからルキアの三人だった。

 

「賑やかだねぇ」

「何だ、桜花かよ」

 

 ひらりと手を上げると、あんまりな言葉が返ってきた。悪かったな、私で。

 

「やぁ赤パインくん、元気そうだね」

「今は赤パインじゃねぇよ!」

 

 ついに認めたぞ、この人。

 確かに今は、髪は結んでいないけどさ。

 

「お前の方はどうなんだ。浦原さんに色々されたらしいじゃねぇか」

「うん、大丈夫。むしろ尸魂界に来る前より元気なくらい」

「それはそれで意味分かんねぇな」

 

 身体的ではなく、精神的に元気です。

 色んな(わだかま)りが解決したからね。

 

 さて、恋次は元気そうだし……となれば、この中で唯一挨拶できていなかった雛森三席に、事情を説明しておこう。それから、吉良副隊長にも謝っておかないと。そう思った時だった。

 

「桜花ちゃんっ……!!」

 

 思いきり抱きつかれて、体勢を崩しかける。それでもギリギリで踏みとどまれたのはきっと、こうなることを経験則的に察していたからなのかもしれない。

 

「生きてたって聞いたけど……でも本当に会うまではやっぱり信じられなくって……!」

 

 やはり相手は、雛森三席だった。

 

 そうだよね。冬獅郎と仲良くなるより、雛森三席と打ち解ける方が早かったんだったね。それなら、こうなるのも納得だ。例のごとく、何も覚えていないのだけれど。

 

 私の肩に顔を埋めて、ぐすぐすと鼻を鳴らす少女の背中に、そっと手を回す。

 

「ごめんね、心配掛けて。桃……でいいのかな?」

「うんっ……駄目なワケないっ! 生きてて良かった……!」

 

 私の言動に、ルキアと恋次が目を丸くしている。

 

 親しくしてくれていたルキアも恋次も芦谷も皆、私に自然体でいてほしいと言った。ならば私もそうしてあげたい。それは、そうしなければならないという使命感でも、彼らに対する罪悪感の表れでもない。単純に、私がそうしたいからそうするだけだ。

 

 先程、冬獅郎と再会した時もそうだった。私がそうしたかったから、すぐに相手に踏み込んだ。

 今回はそれで上手くいった。けれどもし、それが上手くいっていなかったとしても、私は然程気にしてはいなかっただろう。

 

 普通はこうする、とか。こうするべきだ、とか。今までの私は誰と接する時も、そんな一般論ばかり考えていた。だから誰かと親しくなりたいという簡単な欲求にも大層な理由をつけて、合理的だと言い訳をしながら人に近づいていた。

 でも、それは違うと知った。そんなことをせずとも私は自分のやりたいようにやったら良いのだと、もっと人に甘えても良いのだと。"雲透"を始めとするたくさんの人たちが、そう教えてくれたのだ。

 

 私は、この世界の異物なんて大層なものじゃない。この世界を皆と必死に生きる、死神の一人でしかないのだから。

 

 

 

 桃が落ち着いてから、私は吉良副隊長にしっかりと謝罪をした。それから彼のことも下の名前で呼んでいたとのことで、今後もイヅルと呼ばせていただくことになった。

 

「日番谷隊長が、ずっと気に掛けてくれていたんだ。最初は、何てこと言うんだと思ったけれどね」

 

 ――市丸には気をつけろ。あいつは何か隠してる。

 

 同期のよしみだ、と冬獅郎はイヅルに警告していたそうだ。そのお陰か、いざ市丸ギンが謀反を起こしても、驚きこそすれあまり動揺はしなかったのだという。

 そのため現れるはずのない私が現れた時も、困惑しつつも納得してしまったのだそうだ。自分の知らないところで、何か大きなことが起こっているのだ、と。

 

「確かに……桜花君や朽木隊長がそちらについたということは、『貴族として』はそちらの方が正しいということになるのかもしれない」

「そんなこと、ないと思うけど」

「あるさ。君と朽木隊長は四大貴族だ。四十六室はともかくとして、霊王の次に崇められるべき方々なんだよ」

「そう……なのかな? うーん……」

「普通はそうなんだよ。君が異常なだけでね」

 

 毒が強い。恋次といい冬獅郎といい、男性陣からの当たりがキツいというか、雑というか。イヅルが元からそういう性格なこともあるだろうが、それにしても酷い。私はごく普通の一般人だってば。

 

「だが僕は、護廷十三隊において副隊長の任を受けた身。いくら貴族の端くれでも、そのお役目においては総隊長側につくべきだと思った。ただ、それだけの話なんだ」

「相変わらず難しいことばっか言いやがって」

 

 ひどく真剣に語るイヅルに向けて、恋次は呆れたように言った。

 

「俺だって同じ副隊長だけどよ。命令違反、法規違反、規律違反……違反のオンパレードだぜ」

「君と一緒にしないでもらえるかな」

「オイ、お前それどういう意味だよ!」

「どういうって……君はもう少し難しく考えた方が良いよ。何事もね」

「てめっ……!」

 

 にべもない返答である。

 それ以上は反論も何もできずふてくされる恋次を、ルキアと桃が必死に慰めていた。

 

 騒がしいけれど、それでも和やかで居心地の良い空間だ。数ヶ月前は、ルキアと一緒にいることにさえ違和感を抱いていたのが、嘘みたいだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が合わせて九体。そんなものが現世の、重霊地でも何でもない場所に現れるはずもない。

 しかもそれは、霊術院生のみで行っていた魂葬(こんそう)演習の最中に起こることで。

 さらには霊術院生たちを救うために、都合良く隊長である藍染惣右介と副隊長の市丸ギンが駆けつける、だなんて。

 

 そんなことは有り得ないと、一度でも現世に駐在したことのある死神なら思うことだろう。しかし幸いにも、意図的に襲われて意図的に助けられる予定の霊術院生たちに、現世駐在の経験はあるはずもない。

 

 それに、藍染とギンが現世にいたという違和感に気づきそうな隊長格たちも、現状さして問題にはなり得ない。

 藍染は緩やかに口角を上げた。彼らは『藍染隊長』という、藍染自身の手によって作り上げられた偶像を信じて疑わない。よって、藍染が適当にでっち上げた『現世にいる理由』を、簡単に信じてしまうことだろう。

 

 要するに、何もかもが掌の上なのだ。

 この世の(あまね)く、全てのものが。

 

「よし、集合!」

 

 六回生の檜佐木(ひさぎ)とかいう青年が、一回生たちに号令を掛ける。

 

 さて、そろそろだ。藍染はほくそ笑む。

 巨大虚の実験と、手駒として使えそうな者の選定と。成功すれば、まさに一石二鳥だ。果たしてどう転ぶか。

 

 その時、状況が動いた。

 霊圧を消した一体の巨大虚が、一人の六回生の背後に迫る。

 

 あぁ、こら死んだわ。

 

 ギンが呑気にそう呟いた。

 この状況下で、あの六回生に危機が迫っていると気づけたのは、当然ながら藍染とギンの二人だけ。それ以外の者では、純粋に実力が足りない。

 

 その、はずだったのに。

 

「先輩っ!!」

 

 聞き覚えのある少女の声がした。

 切羽詰まった叫びだった。

 

 そして、その黒髪の少女は駆け出した。向かう先は、危機的状況にある六回生がいる。身代わりにでもなるつもりなのか。何とも下らない、命の使い道だ。

 

「あーあ」

 

 ギンが、呆れと残念さの入り混じったように嘆息する。藍染も、その思いは理解できなくもなかった。

 霊術院一回生にして、巨大虚の存在に唯一気づけた才能。実践経験もないだろうに、それでも躊躇いなく巨大虚に向かっていく胆力。そして、例外なく高い霊圧を持つというその血統。このまま生きていれば優秀な手駒か、もしくは興味深い実験台にでもなっていたかもしれないのに。

 

 とはいえ、その少女に思い入れがある訳ではない。死の決まっている存在のことなど一瞬で忘れて、藍染はその先のことを考える。

 

 あと二、三人死んでから動くことにしようと、ひとまずの静観を決めた、その刹那。

 

 藍染の視界を鮮やかな薄桃色が彩り、そして埋め尽くしたのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「それで、桃は父様に惚れたと?」

「ち、違うよ! そんなのじゃないもん!」

 

 必死に否定する桃だったが、その顔は真っ赤だ。え、何? やっぱりそういう感じ?

 

「でも好きなんでしょ? その感じだと」

「違うってば! もう! 桜花ちゃんの馬鹿ぁ!」

 

 違うらしい。ということは、ただ憧れているだけか。憧れは理解から最も遠い感情、だっけ? そんな言葉も頭を過ぎったが、口に出すほど私も鬼ではなかった。そもそも私アイツのこと嫌いだし、アイツと同じ台詞なんて絶対に言いたくないし。

 

「あれは、憧れんのも無理ねぇと思うぜ」

「そうだね」

 

 先程まで睨み合っていた恋次とイヅルが、今度は揃って頷いていた。やっぱり仲良しじゃん、あんたら。

 

 先輩を助けようと飛び出した私は、そのままでは巨大虚の爪に貫かれて死ぬところだった。そこで現れたのが朽木白哉、つまり私の父様だったという訳だ。

 

「そんなに颯爽と登場したの?」

「颯爽と、なんてもんじゃねぇよ」

 

 ひらひら舞い踊る桜の花弁を自在に操り、巨大虚たちを次々と(ほふ)る。その姿に、皆が見惚れた。

 

 あのような戦い方をする人が存在するのか、戦いとはこのように美しいものだったのか、と。

 

「結局、朽木隊長は一歩も動かず全ての虚を倒してしまったんだ。桜花くん、君を大切そうに抱えたままね」

「お、おう……」

 

 それは恥ずかしい。嫌な訳ではないけど。むしろちょっと嬉しいけど。ただクラスメイトの前で、父親に抱き上げられるって。いや、良いんだよ? 良いんだけどちょっと、それは恥ずかしいかもしれない。

 

「んで、隊長に惚れて一瞬で失恋する女子が何人かいてな」

「え、何で失恋?」

「そりゃ、お前が『父様』って呼んだからだよ」

「あぁ……そういう」

「娘の桜花はあんなに大事に抱えて、戦いが終わってすぐに『無事か』だなんて訊いてたのに、他の院生はほぼ無視だぜ」

一瞥(いちべつ)して終わり、だったね」

「そ、それは……」

 

 眼中にない、とはまさにこのことか。そのくらいの溺愛ぶりだったと。

 

「何を照れておるのだ。おぬしの父親だろうに」

「て、照れてないし? 別に?」

「分かりやすい嘘をつくな」

 

 ルキアが呆れたように言った。

 

 父様が私を大切にしてくれていることは知ってたよ、でも照れるもんは照れるでしょうよ。親が子どもを可愛がることに違和感はないけれど、いつも無表情かつ無感動な父様がやると破壊力抜群なのだから。

 

 

 




スタンバってた藍染とギンの立場よ。
せっかく巨大虚たくさん集めたのにね。

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