傲慢の秤   作:初(はじめ)

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六十九、勝てませんよ

 

 

 

 ルキアは本来、極刑に処されるはずだった。

 

 それにも関わらず無罪放免となっているのは、その判決を下した四十六室が藍染惣右介による幻だったからに他ならない。

 またルキアが一護に死神の力を渡したことにより、私たちが尸魂界(ソウル・ソサエティ)を訪れたことも、その一因となっていた。結果的に尸魂界は私たちに救われる形となったのだから、それも当然だろう。

 

 そしてもう一つ、ルキアの処遇には考慮すべきことがあった。

 喜助さんの手によって崩玉を埋め込まれていた、つまり人体実験の被害者だったということである。とすればそもそも、力の譲渡自体も喜助さんの策の一つだったのではないか。そんな疑問が生まれたのは、何も不思議なことではなかった。

 

 しかし、肝心の喜助さんが口を割らなかった。よってひとまずルキアは一時釈放、そして過去に別件で有罪判決を受けていた喜助さんが拘束されたのだ。

 

「浦原喜助、前へ」

「ハイ」

 

 山本総隊長の掛け声により、喜助さんが刑務官の間から姿を現した。

 

 向き合うように並んだ隊長たちの背後に、私とルキアは控えていた。出席している隊長は、十三名中たったの八名。藍染たちと十一番隊隊長、それから怪我の完治していない父様の五名が欠席している隊首会は、漫画でよく見たものよりずっと規模の小さいものであった。

 とはいえ出席している隊長たちは全員、卍解を習得している猛者たちだ。私だって卍解はできるけれど、この錚々(そうそう)たる顔ぶれに並ぶ猛者であるとは言い難い。そんな中に混ざって一発やらかしてやろうとしている身としては、やはり緊張してしまうものだ。

 

 隊長たちの背後にいた私たちと、喜助さんとの間には少し距離があった。それでも喜助さんは、入室してすぐに私の姿を捉えた。その目が満足そうに細められたのを、私は見逃さなかった。

 

 余計に腹が立った。気づかなければ良かった。

 

「お主の処遇を決める前に、希望通り発言権を与えよう」

「……お気遣い、感謝します」

 

 そう言って総隊長に軽く頭を下げた喜助さんは、両手首に枷をはめられていた。あまりやつれている様子でないことが救いだが、とはいえ見ていて気持ちの良い眺めではない。

 

 そんな複雑な感情を抱える私を放置して、喜助さんはまずルキアに話し掛けた。

 

「朽木サン。本当にすみませんでした」

「……あぁ」

 

 ルキアは「許す」とも「許さない」とも言わなかった。ただ謝罪を受け入れただけであった。

 それでも喜助さんは充分だと思ったのだろう。小さく頷き返すと、今度は私の方を向いた。柄にもなく真面目だった表情が崩れて、皮肉を含んだ笑みに変わる。いや、あれは皮肉というより自嘲に近いか。

 

「驚きました?」

「そりゃ、多少はね」

「そっスか」

 

 何に対して、なんて。言わなくても互いに分かっている。しかし隊長たちは、私たちの会話の正確な意味までは理解していない。

 何を言うべきか、何を黙っておくべきか。事前に打ち合わせも何もない状況で、衆目の中でそんなやり取りをしなければならないだなんて。こんなこと普通はできないだろう。数年掛けて一緒に計画を立ててきた私だからこそ、何とかなりそうなだけで。

 

 まぁ……そんな私にさえ、あの人は隠し事をしていた訳だけれども。

 

「……桜花」

 

 そんな私の恨み言を読み取ったのか、喜助さんの声色がほんの少し変わった。謝る気だということは、すぐに分かった。

 

「アナタにまで隠していて、すみ――」

「謝らないで」

 

 しかし、私はその謝罪を制止した。今そうやって謝るなんて、あまりにズルい。言わせてなるものかと言葉を続ける。

 

「そんな格好で、そんな表情(かお)で、謝らないで。許してしまいそうになるから」

「ですが……」

「絶対に、止めて」

 

 そんなに、と隣のルキアが呟いた。どうやら驚いているようだ。私の言い様が、あまりに冷たかったからだろうか。けれど私がああ言ったのは、絶対に許さないという意図があった訳ではない。

 

「全部、後回し。分かった?」

「わ、分かりました……」

 

 ――その代わりお前、後で覚えてろよ。

 

 副音声まできちんと伝わったらしい。盛大に顔を引きつらせた喜助さんが頷いた。

 

 そして喜助さんは、もう大丈夫ですと総隊長に告げた。それを承けた総隊長が、喜助さんの罪状を読み上げていく。

 

「お主は朽木桜花ならびに朽木ルキアの両名に対して、非人道的な人体実験を行った。これは事実と相違ないか」

「ありません」

「であれば、相応の懲罰を受けることに異論はないか」

「ありません」

 

 いやいや。ありません、じゃなくてさ。私が来たら、喜助さんの口から詳細を伝える。そういう話じゃなかったっけ?

 あれか。私が想像以上に元気そうだったから、全部放り投げることにしたのか。もしそうだとしても、少しは反論してほしいんだけど。口が上手いの知ってるんだからね。一人で切り抜ける方法だって、あの人ならいくつも持っているはずなのに。

 

 それでも何も言わないのは、そうした方が喜助さんにとっても私にとっても都合が良いことを理解しているからだ。

 

「ねぇ、山じい」

 

 ともかく、喜助さんがそのつもりなら私が動かなければならない。どのタイミングでどうやって口を挟むか、様子を伺っていた時だった。京楽さんが助け舟を出してくれたのだ。

 

「彼の処遇を決める前に、桜花ちゃんたちの意見も聞いてあげた方が良いんじゃない?」

 

 これはありがたい。

 京楽さんはさり気なく私を見て、そしてすぐに目を逸らした。後でお礼を言っておかないと。

 

「良いじゃろう」

 

 少しの間逡巡(しゅんじゅん)して、それから総隊長は許可を出してくれた。これもありがたい。

 

 発言権さえあれば、後はもうこちらのものなのだから。

 

「ルキア、先に」

「そうだな」

 

 私の『意見』を述べるには、間違いなく時間が掛かる。となれば後から話したいからと、ルキアに先に意見を言うよう促した。ルキアは特に疑問を持った様子もなく、了承してくれた。もちろん、私の意図は察していないようだった。 

 

「浦原喜助に対して、全く怒っていないと言えば嘘になります。ただ、浦原には現世で世話になった恩がございます」

 

 前に進み出たルキアは、概ね私の想定通りのことを言った。

 

「そもそも私とて一度は罪を犯した身故に、他者の罪科に口を出せる立場にありませぬ」

 

 これも、予想通り。

 

「よって私としては、朽木桜花の意見を尊重したいと考えております」

 

 しかしこれだけは、思ってもみない言葉であった。「罰する必要はない」とはっきり述べるよりずっと、私のことを考えてくれていることが分かる台詞だった。

 発言を終えて後ろに下がったルキアに、私は小さく声を掛ける。ありがとうと囁くように呟いた私に、ルキアは得意げに笑った。そして、次はお主だと私を前へと押し出した。

 

 場所は、山本総隊長の正面。

 他の隊長たちの顔も全て見えるところ。

 

 彼らと対等に渡り合うなら、ここに立つのが一番適している。結果として喜助さんを庇うような構図になったのが、何故だか少し可笑しかった。

 

「山本総隊長、そして隊長の皆様方」

 

 胸を張って、真っ直ぐに前を見据える。

 

「はじめまして、そしてお久しぶりです。朽木家当主朽木白哉の娘、朽木桜花と申します」

 

 真実を見極めようとする者。

 尸魂界の利となることを何より優先する者。

 被害者たる私の意を汲んで尊重してくれる者。

 そして、個人的に浦原喜助を憎んでいる者。

 

 多種多様な思惑も今や、何の障害にもなり得ない。それら全てを、私は()っているのだから。

 

「霊術院すら卒業できていない未熟者ですが、どうしても聞いてきただきたい話があります」

 

 嘘を()くつもりはない。

 しかし、真実だけを話すつもりもなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 霊術院すら卒業できていない未熟者。桜花は、確かにそう言った。しかし卍解までできて未熟者ならば、卍解を習得してまだ間もない自分もその部類に入ってしまうのではないか。

 

 そんなことを思いながら、日番谷冬獅郎は桜花を見つめていた。彼女が貴族らしく、堂々としている場面に立ち会うのは久しぶりだった。再会した桜花は庶民的な側面しか見せなかった上に、記憶のほとんどをなくしてしまっていた。よって、あの驚異の二面性はもう見られないのだろうと思っていただけに驚かされた。やはり記憶の有無に関わらず、桜花は桜花だったのだ。

 

「私とルキアに崩玉を埋め込んだ挙げ句、私を騙して好き勝手に計画を立てていた浦原喜助については、後で個人的に蹴っ飛ばすとして」

 

 そう言いながら、桜花は浦原喜助を一度振り返った。「えっ……」と小さく声を漏らした浦原が固まる。後ろを向いた桜花の顔は、冬獅郎からはよく見えなかった。余程恐ろしい表情でもしていたのだろうか。

 

「腹立たしいことですが……今、この変態科学者(マッドサイエンティスト)を閉じ込めてしまうのは少々惜しいかと」

「無罪放免にしろと、そう言っておるのか」

「いいえ、まさか。相応の罰を受けるべきだと思っています」

 

 えっ、と浦原が再度呟く。

 そんな浦原をまるで無視した桜花は、刑罰がどの程度のものになるか私には分かりませんが、と前置きした。

 

「罰金程度であれば、いくらでもふんだくってやって下さい。禁固刑や現世追放でも、仮に霊力剥奪でも……その罰が本当に相応しいのであれば、その決定に異を唱えるつもりはありません」

「ちょっ、桜花……?」

「お主は黙っておれ」

「……ハイ」

 

 総隊長に叱られて、浦原喜助が小さくなる。罪科を決める場にしては間の抜けたそのやり取りを聞いて、桜花がほんの少し口の端を上げた。

 他の隊長たちはともかく、冬獅郎なら分かる。あれは「怒られてやんの」と面白がっている顔だ。どうやらあんなことを言いつつも、浦原を見捨てるつもりはさらさらないようであった。

 

「私の願いはただ一つ。その刑罰に、執行猶予をつけていただきたいのです」

「執行猶予、だと?」

 

 刑軍の総司令官を兼ねる二番隊隊長、砕蜂(ソイフォン)が訝しげに訊ねる。その『執行猶予』なる制度は、尸魂界には存在していないのだ。恐らく現世に住まう人間たちの制度なのだろうが、と冬獅郎は思った。人間社会の制度など、この瀞霊廷(せいれいてい)で有効とされるはずもないだろうに。

 

「猶予など、そんな悠長なものが通用する訳がなかろう」

 

 案の定、刑務を取り仕切る長に却下されてしまった。しかし桜花に狼狽(うろた)える様子はなく、あくまでも冷静に食い下がる。

 

「悠長だろうと前例がなかろうと、必要であるなら実施すべきです。猶予期間は、藍染惣右介を倒すまで。後は煮るなり焼くなり、砕蜂隊長のご自由にどうぞ」

「確かに、それは魅力的だが――」

「分かってます。猶予が必要な理由、ですよね」

 

 随分と酷いことを言っているようだが、桜花はその実、浦原を救わんとしている。そのことに気づいているのかいないのか、「砕蜂隊長のご自由に」という言葉には満足したらしい。余程、浦原喜助を嫌っているようだ。昔に何かあったのだろうか、と余計なことをふと思った。

 

「百年前の魂魄消失事件での冤罪については、もう皆さんご存知という前提でお話ししま――」

「ちょっと待て、何の話をしているのだ」

 

 砕蜂が、桜花の言葉を遮った。

 百年前の魂魄消失事件。詳細までは知らずとも、その被害の大きさくらいは冬獅郎でも把握している。計十名の隊長格が一度に行方不明になった、ここ数百年で一番大きな事件だった。冬獅郎の持つ情報はその程度だったけれど、どうやら桜花はそうではなかったらしい。

 

「あれ、知らないんですか? 夜一さんも言ってなかったのかなぁ」

 

 畏まった雰囲気が少し崩れ、素の表情が現れる。夜一さん、という言葉に異常に反応した砕蜂をそのままに、桜花はゆっくりと語り始めた。

 

「百年前の魂魄消失事件において、藍染惣右介によって虚化(ホロウか)させられた隊長格を『殺処分』から助けたのは、浦原喜助と四楓院夜一、それから握菱(つかびし)鉄裁の三人でした」

「そんな……じゃあ、あれは……!」

「えぇ、ご想像通り冤罪でした」

 

 隊長たちの間に動揺が走る。

 驚いたのは冬獅郎も同じだった。

 

 百年前の大事件。四十六室が下した判決が、冤罪だったと? そんなこと、あるはずがない。あって良いはずがない。

 

「浦原喜助は、冤罪を掛けられながらも現世に逃げ延び、そこで彼らの生命を救っています」

「まさかっ! 生きているのか!?」

「はい。全員元気にしていますよ」

 

 身を乗り出した浮竹に、何でもなさそうに桜花が答える。

 

「そうか……あれも藍染の仕業だったと、そう言いたいんだね」

「はい。……あ、そういえば京楽さん。()()()元気にしてますよ」

「…………」

 

 何気ない桜花の言葉で、京楽の顔から感情が消えた。

 

 彼女とは、一体誰のことを指すのか。この場において、その意味を正確に理解している者はそういないだろう。かくいう冬獅郎にも、その「彼女」が誰なのかは分からなかった。どの立場にあった者か、くらいは何となく察しているけれど。

 

「……そうかい」

 

 やっと口を開いた京楽が、小さく呟いた。しかし、その顔には既に笑みが戻り、声色にも異変はないようであった。

 余程大切にしていたのだろう、と冬獅郎は思う。生きているという情報だけで、あの京楽をここまで動揺させたのだから。

 

「浦原喜助を始め、行方をくらました隊長格たちは、藍染惣右介を倒すために百年掛けて備えてきました」

 

 そこまで言って、桜花は少しだけ間を空けた。

 

 その間も、冬獅郎は考えていた。

 確かにその話が真実なら、浦原喜助を今すぐ断罪するのは間違っていると言えるだろう。朽木家の少女たちに被害を与えたことは正当に裁かれるとしても、より大きな罪科である百年前の判決が無効だと言うのなら、彼に当時の判決通りの罰を与えるべきではない。

 

 しかし、それが真実であるという証拠がどこにもない。その点を突かれてしまえば、手の打ちようがないのではないか。

 冬獅郎も一人の隊長として、そこが明確でない話に手放しに賛同する訳にはいかない。例えその話が、昔馴染みによるものであったとしても。

 

 その、昔馴染みが再び口を開く。

 

「百年前彼に下された有罪判決は冤罪。虚化の被害者を救い、結果として彼らは今も生きている。今回の被害者たる私とルキアは執行猶予に賛成。そして、浦原喜助は藍染惣右介を倒す策を持っている」

 

 ――これだけ揃っていて、それでもまだ「今すぐ浦原喜助に実刑判決を下す」と言うのですか。

 

 そう言って、桜花は総隊長を見据えた。迷いのない、真っ直ぐな。それでいて、どこか妖しげな光をたたえている。そんな目だった。

 あれは少なくとも、知り合いに騙されて落ち込んでいる者の目ではない。それどころか騙されたという事実さえ利用して何か企んでいるようにも見えて、冬獅郎は内心呆れ返った。

 

 あの様子ならきっと、どんな反論を食らっても最後には桜花自身の望む結末に辿り着くのかもしれない。昔の彼女にはなかった、ある種のふてぶてしさを携えて。

 

「お主の話が(まこと)であるという証拠は、何処に有るのじゃ」

「ありません」

 

 案の定山本総隊長に指摘されたものの、桜花はけろりとした顔で答えた。やはり、何か打開策を持っているのだ。

 

「けれどもし、私の話が本当だったとしたら」

 

 まるで、会話のついでのように。まるで、明日の天気でも告げるように。そんな気軽さでもって、桜花はこの場に爆弾を投下した。

 

 

「尸魂界は、滅びますよ」

 

 

 瞬間、隊首会の()にピリついたものが走った。それは緊張感か、あるいは怒りか。

 

「朽木桜花。貴公は護廷十三隊を見縊(みくび)りすぎだ」

 

 七番隊の狛村が、憤りを含んだ硬い言葉を投げ掛ける。

 

 桜花を疑って浦原を拘束したままでいれば負ける。逆に信じて浦原を解放すれば勝てる。つまり護廷十三隊だけでは藍染惣右介には勝てない。遠回しにそう言い放った桜花に、傲るのも大概にしろと声を上げる者がいるのも当然だった。

 

 見縊るなと告げたくなったのは、実際に桜花をたしなめた狛村だけではない。彼の発言があと少し遅ければ、ああして注意していたのは冬獅郎だったかもしれない。桜花が発したのはそのくらい、護廷十三隊を軽んじる言葉だったのだ。

 

「高々隊長三人、勝てぬ訳がなかろう」

 

 その通りだ、と冬獅郎は思った。

 藍染惣右介がどんなに強くとも、例え朽木白哉や阿散井恋次が二人掛かりで勝てなかった相手だったとしても、それでもこの護廷十三隊には他の隊長たちがいる。山本総隊長が、いる。

 

「勝てませんよ」

 

 しかしそれでも、桜花は折れなかった。

 根拠は、などと重ねて訊く間もない即答だった。

 

「勝てる訳がないでしょう。たかが()()()()()()()死神一人に、隊長格が揃いも揃って翻弄されていたというのに」

「翻弄? 何言ってんだ、お前」

 

 冬獅郎は、思わず疑問を漏らした。始解しただけの死神とは、藍染惣右介のことだろうか。だとすれば、四十六室を丸ごと偽装してしまうだけの幻覚を創り出しておいて、始解しただけだったということになる。

 そんなことは有り得ない。その上、自分たち隊長が翻弄されたと? 冬獅郎を含め隊長たちは皆、藍染と善戦していたはずだ。

 

「ほら、そういうことですよ」

 

 ふ、と桜花が表情を緩める。

 まるで、哀れんでいるような。

 

「山本総隊長。あなたは双極の丘で、()()()()藍染に斬りかかった。違いますか?」

 

 その顔は何だと冬獅郎が怒るより先に、彼女はそう問い掛けた。

 

 何が言いたいのか。そんなはずはないだろう、と冬獅郎は眉をひそめた。薄ら笑いを浮かべたあの反逆者に、真っ先に斬魄刀を振り下ろしたのは確かに自分だった。その時の会話、そして刀を合わせた手応えまで、冬獅郎は克明に記憶していた。

 

 薄く目を開いて桜花を眺めていた総隊長は、数秒沈黙した後に答えを出した。

 

「それが、何と言うのじゃ」

「えっ、山じいが? ボクじゃなくて?」

 

 声を上げたのは京楽だった。

 どうして、と冬獅郎は呆然と立ち尽くす。

 

「何を言う、奴と真っ先に刃を合わせたのは私だぞ」

「おい、巫山戯(ふざけ)てんのか? 最初に斬りかかったのは俺だぞ」

 

 冬獅郎は思わず口を開き、そしてすぐに巫山戯ている訳ではないと気づいた。総隊長も京楽も、皆が真剣な顔をしていた。

 

「不可解なことだが……儂にもその記憶がある」

「あぁ、俺もだ」

「……どうやら、やられてしまったようだネ」

 

 京楽に続いて口々に「自分がやった」と言う隊長たちに、十二番隊の涅がやれやれとため息混じりにぼやく。

 

 もしかしたら藍染惣右介という男は、護廷が想定している以上の力を有しているのではないか。そんな可能性が、ふと脳裏に過る。

 

 ここに来て、冬獅郎を含む隊長たちの天秤は桜花に傾いた。その当の本人は「ほらね」とでも言いたげに、したり顔で笑っていた。

 

 

 




遅くなりました。今回は特に書くのが難しかったです。

次話は待ちに待った浦原さんフルボッコ回です。
誰目線で書くかは考え中。どうしよっかな。

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