傲慢の秤   作:初(はじめ)

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七、何も楽しくない参観日

 

 どこぞにあるという『遊び場』を模倣して作ったという、この地下室。本音を言えばここに毎日こもって、霊圧操作の修行をし続けたい所だ。理由は単純、下手に家から離れて(ホロウ)に襲われるのが嫌だからだ。

 けれど、小学校に入学して早々に引きこもりと化す訳にもいかない。

 

 一度虚に食われかけてから、喜助さんは私に旧式の携帯電話を持たせてくれた。いざとなったらそれで電話をすれば、喜助さんか夜一さんか鉄裁さんの三人の内の誰かが助けに来てくれるらしい。ありがたいことだ。死にかける前に助けてくれるなら、なお良し。

 

「ねぇ、おうかちゃん。何してるの?」

「メール。あー……この携帯電話のこと、先生に言っちゃ駄目だからね」

 

 文字を打ち終え、旧式の携帯電話を折りたたもうとして――これが折りたたみ式のガラパゴス携帯ですらないことを思い出し、私はそっとため息をついた。あぁ、スマートフォンが恋しいよ。

 

「でも……そんなの先生にバレたらおこられるよ」

「うん。だから一護が黙ってればいいの」

「えっ?でも、ぼく……」

 

 そもそもこの携帯電話は霊子でできている。つまり、この目の前の少年さえ黙っていればバレることは絶対にない。

 だから私は、渋る少年に念押しするようにつけ加えた。

 

「約束ね」

「えぇー……もう、しかたないなぁ」

 

 会話の相手、それは主人公たる黒崎一護だ。

 

 彼に、原作のような意志の強さはまだない。しかし、その特徴的なオレンジ色の髪とブラウンの瞳は、その少年が黒崎一護その人であることを裏づけていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 四月の頭のことだ。私は珍しくスーツを着た喜助さんに連れられて、小学校の入学式にやってきていた。 そのスーツが思ったより似合っていて「あれ? この人って意外とイケメン?」なんて思ったのは腹立たしいから秘密だが。 ともかく、その入学式でやけに見覚えのある家族と出会って、私は愕然とした。

 

 それなりにガタイの良い父親に、長い茶髪が綺麗に波うっている美人な母親、父親に抱かれている黒髪の女の子と、母親に抱かれている茶髪の女の子。

 それから両親のどちらに似たのか、オレンジという派手な髪色の少年。

 

 間違いなく、黒崎家だった。

 

「あら……一心サンじゃないっスか」

「何だ、浦原じゃねーか」

 

 しかも何を血迷ったか、二人は当然のように言葉を交わし始めた。黒崎一心さんはともかく、黒崎真咲さんは死神のことを知っているかどうかも分からないのに。

 

「お久しぶりです。浦原さん」

「真咲サンも、お変わりはないようで」

「えぇ、おかげさまで」

 

 しかし、そんなことでヒヤヒヤしていたのは私だけだったようだ。どうも、黒崎真咲さんは喜助さんを知っていたらしい。

 

 真咲さんって何者なんだろう? もしかして、全部知ってるとかか? まさか、真咲さんも()()()()()()人だとか?

 でも、それだと虚に殺されたということと辻褄が合わないような。

 

 ――いや、今はそんなことを考えたって仕方ない。

 喜助さんに訊いたって教えてくれそうもないし、そもそも真咲さんが虚に食われるまで二年もあるし。

 

「君が桜花ちゃんかい?」

「あ、えっと……はい。はじめまして」

 

 ふいに話し掛けられて驚きつつも、きちんと返事を返す。相手は黒崎一護の父親、一心さんだった。

 

「浦原から話は聞いてるよ。手の掛からない良い子だって」

 

 ふーん、そんなこと言ってたんだ……と振り返ると、喜助さんは何故か意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

 ――ちょっと待て、その顔は何か良くないことを企んでいる顔だ。何したんだこの人。

 

「浦原にずいぶん懐いてるって聞いたぞ」

「え? そんなことないですよ」

「照れるな照れるな! 良いよなぁ浦原は。毎朝桜花ちゃんに『いってきます』のチューをしてもらえるなん――」

「痛ぁっ!?」

 

 黒崎家の面々が驚いた顔で私を見た。

 いや、何てことはない。あり得ない嘘をついた喜助さんの(スネ)を、新品のローファーで蹴りつけただけだ。

 

「喜助さん、ちょっと気持ち悪いから黙っててくれる?」

「いや、アタシはさっきから何も言ってないん――」

「喜助さん、気色悪いから黙っててくれる?」

「……ハイ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あの時は悪の根源に制裁を与えられてすっきりしていたから何も思わなかったけれど、どう考えてもあれが初対面では第一印象は最悪だ。案の定、一心さんや真咲さんはかなり驚いていたし、一護には怯えられてしまった。

 何とかアフターフォローには成功したけど、それでも結果的に私と一護との間には姉と弟のような上下関係が成立してしまった。

 主人公に何てことしてるんだ、私は。

 

「今日さ、おうかちゃんはおうちの人くるの?」

「多分……今メールしたら向かってるって」

 

 現在は給食後のお昼休みだ。浦原商店の面々が()()()()()つもりなのかどうか再確認したかった私は、携帯電話を使うために校舎裏にやってきていた。

 そして「ぼくも行きたい」と言って勝手についてきた隣のクラスの一護も一緒だった。

 

「さんかん日、たのしみだなぁ」

「そうだね……うん」

 

 そう、今日の五時限目には授業参観がある。私の保護者達はそれに来るつもりなんだ。

 

 ……正直、勘弁してほしい。

 

 確かに喜助さん達には、こうして育ててもらっているという恩がある。参観日に来てくれようとする意思があることは、すごく嬉しいことだし、ありがたいことでもある。

 

 しかし、だ。

 あの人達が来ると、絶対にロクなことにならない。そのことは既に入学式の喜助さんの件で立証済みだ。

 それにあの人達は()()()()()()から、人間たちに混じるとやたらと浮いて仕方ないというか、何と言うか。

 

 それでも来るなとは流石に言いづらくて、「いそがしいならムリしてこなくていいよ」というメールを送っておいた。しかし返信はといえば「大丈夫っスよ、今日は暇スから」だった。数百年も生きてるんだから空気を読め、と声を大にして言いたい。

 

「ぼくもね、かあちゃんがきてくれるんだよ」

「そっか、良かったね」

「うん!」

 

 かわいい。

 嬉しそうに頷いた一護は、まだまだ年相応の幼さがある。いやもう本当、ちょっと沈んでいた気持ちが上昇するくらいにはかわいい。

 

「一護はあれだ、弟みたいだよね」

「はぁ?! おない年だよ、ぼくたち!」

「うんうん、ごめんごめん」

 

 そう言って頭をなでてやると、ずいぶんとムッとした顔をされた。

 

 

 

 そうして時間は無情にも流れ去り、あっという間に五時限目の開始時刻だ。昼休みの後半辺りからちらほらと保護者の姿が見え始め、実際に授業が始まる頃には教室の後方は保護者で埋まっていた。

 

()()()()()()のおかあさん、どれ? おしえてよ」

「母さんじゃなくて……と、父さんが、来るんだ……」

「なんでそんなにイヤそうなの?」

 

 楽しそうに小声で話し掛けてきたのは、隣の席の田中くんだった。

 

 もちろん嫌なのもあるけれど、何よりもあの人を『父さん』と呼ぶことに対して凄まじい違和感があるんだ。

 

 けれどそれも仕方ないと受け入れなければならない。なぜなら、学校に登録された私の名前が『浦原桜花』だからだ。更に言うと、父親の欄は『浦原喜助』として登録されているからでも。どうしてこうなったのかは私にも分からない。

 

 

 

 結論から言うと、参観日に来たのは()()()喜助さんと夜一さんだった。

 

 二人の姿は周りの人には見えない上、見える可能性のある一護はクラスが違うから、私が心配していた「普通の人の中に入ると浮く」なんてことは当然なかった。

 どうでもいい話、物理的にはしっかり浮いていたけれど。

 

 しかしこの二人、周りから見えないのを良いことに教室内を散々うろついた挙句、夜一さんに至っては教室の備品をわざわざ手に取って物珍しそうに眺め始める始末で、授業の間中私をヒヤヒヤさせ続けた。

 そんな状況だから私は一瞬たりとも授業に集中できず、小学一年生レベルの問題を間違えるという失態を犯して、直後に夜一さんから「そのような易い問いにも答えられぬとは、情けないのう」というありがたくもないからかいの言葉を頂戴した。私もう、怒って良いよね?

 

 家に帰ってから聞いた話によると、霊体で行くように言ったのは鉄裁さんだったらしい。どうやら鉄裁さんが止めていなければ、喜助さんはいつものあの変な甚平姿で、夜一さんは隠密に向いた露出度の高い服を着て、学校にやって来るつもりだったようだ。

 阿呆かと言いたいが、それよりも止めてくれた鉄裁さんに心から感謝だ。

 やっぱり鉄裁さんは紳士かつ常識人だった。

 

 

 

 授業参観を何とか終えて家に帰ってきた私は、年相応に友達と外で走り回って遊ぶ――なんてことは当然なく、喜助さんといつものように地下の修行場にこもっていた。

 

 夜一さんとの瞑想にて霊圧というものを再認識してから、私の修行は目に見えて加速した。もちろん、普通の紙と霊力でできた紙だって簡単に見分けられるようになった。今となっては何故あんなに違うものを見分けられなかったのか分からないくらいだ。

 

「桜花も霊圧に慣れた頃ですし……今日から走り込み、二周にしましょうか」

「はぁ?!」

 

 いやいや無理だから!! と騒ぐ私に対して、喜助さんはイイ笑顔だ。このドSめ。

 

「だってこれ一周4kmくらいあるんだよ?! 二周したら8kmだよ?! 死ぬから!」

「4kmじゃなくて5kmっス」

「そんなの知りたくなかった!」

「死ぬ前に止めてあげますから大丈夫ですって」

「うわぁ……」

 

 えげつない。それって要するに、走りすぎて死にかけるまで走らされるってことじゃないか。走りすぎて死にかけるって何だ。私はマラソンの選手か何かか。

 だいたいマラソン選手でも、キロ単位の距離をいきなり倍にすることなんてない……と思う。多分。そもそもこういうのは、ちょっとずつ距離を伸ばしていくものなんじゃないのか。馬鹿なのか。

 

 しかし残念ながら、修行において喜助さんの言葉は絶対だ。強くなるためには何をするべきかなんて見当もつかない私には、反抗するための材料がないんだ。

 

「……分かったよ」

 

 だから私は文句を言いつつも、最終的にはしぶしぶ頷いた。

 そして何やら用事があると地上に上がって行った喜助さんの代わりに、地下に下りてきた夜一さんに見守られながら走り始めた。

 

 

 

 室内とは思えないほど起伏の激しい岩場の、その隙間を縫うようにして引かれた線の上を走る。

 走って、走って、走って……ようやく一周が終わる辺りで、ふと思いついたことがあった。

 

 走るって、そういえば死神は『瞬歩(しゅんぽ)』なるものを使って移動しているんだよね。あれって足の裏に霊圧を集めて爆発させて、その威力で瞬間的に速度を上げる……みたいな技だったような。

 

 いつか使ってみたいと思ってはいたものの、どうも喜助さん達には私に瞬歩を教える気はないらしいのは、前から分かっていた。以前喜助さんに教えてもらった修行の予定の中に、瞬歩の修行がなかったからだ。

 

 今ちょっと試してみれば、『瞬神』夜一さんに瞬歩を教えてもらえる良いキッカケになるんじゃないか?

 

「……私は天才か」

 

 突然降って湧いたにしては名案だった。

 

 理由だって「無茶な走り込みを命じられて、ちょっとでも楽をしようとしたから」という、私の外見年齢相応のものを後づけすることができる。

 それに失敗したって問題ない。今回使う霊力はちょっとだけだから、不発に終わる可能性が高い。それにもし霊力が多すぎても、現在いる場所の前方は開けている。だから壁に衝突することもない。

 

 よし。

 

 考えをざっとまとめた私は、そっと目を閉じた。

 走りながら目を閉じるなんて馬鹿のすることだ。しかし私の場合、それは霊圧を感じ取ることで何とかなる。なぜなら、この部屋そのものが霊力を使って作られているだけあって、同じく霊力で作られた岩壁がどこにあるかなんて、視覚に頼らなくても手に取るように分かるからだ。

 

 

 集中する。私自身から発せられる霊圧を感じ取る。

 

 ……よし、良い感じだ。この調子で全身から霊圧を集めて。私の霊圧は死神より弱いはずだからちょっと多めに。両足に移動させて。

 

 爆発させる!!

 

「うおぁっ!!?」

 

 ドゥンッ!! という腹から響くような重低音がして、私の身体はロケットのように地面から()()()()()

 悲鳴を上げる余裕すらない。凄まじい風圧に、上手く息ができない。容赦なくぐんぐん迫ってくる青い天井に、私は再び死を覚悟して――

 

 

「……何をしとるんじゃ、お主は」

 

 

 息を止めるほどの暴風がやんだ。

 後頭部に当たる程良く柔らかい何かに、恐る恐る振り返る。目の前にあったのは、二つの柔らかな――

 

「あ、ありがとう……夜一さん……」

「全く、儂だから間に合ったようなものじゃぞ」

「ごめんなさい……」

 

 今いるのは天井から数メートル離れた空中だ。

 つまり、あと一瞬でも助けが遅れていたら私は、天井に真っ赤な染みを……うわぁ、自分で言っててゾッとしてきた。

 

「何をしようとしていたのか、ゆっくり聞かせてもらうぞ」

「……はい」

 

 瞬歩、しようとしてました。

 

 なんて言えないよなぁ。

 それにしても……瞬歩って、こんなに恐ろしいものだったっけ?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 死神の歩法には、瞬歩という高等技術が存在する。しかし、その瞬歩というのは足に集めた霊圧を爆発させるものではなく、霊圧を使って足元を上手く()()ものである。

 

 霊圧を足の裏で爆発させれば速く移動できると思って……とボソボソ言って口ごもった私に、夜一さんが呆れきった表情で説明してくれたことによると、そういうことらしい。

 弾くだけであのスピードが出るのに、爆発なんてさせたら手に負えないのも頷ける。

 

 原作中にはっきりとした原理の説明がなかったから勝手に解釈してたんだけど……勘違いって恐ろしい。今度からこういう実験をする時には、もっと慎重にならないと。

 

「そもそも足に霊圧を集中させて、それで速度を上げるだけなら死神見習いでもできる。難しいのは、霊圧の調整、操作の方じゃろう」

 

 霊圧を調節せずに放出したらどうなるか。答えは、先程の私の失態そのままである。

 野外で行えば、当然天井にぶつかるなんてことはありえない。しかし未調整の霊圧は、()()()()()向かって放たれるか分からない。つまり前後左右いずれかの方向に壁があった場合、屋外か屋内かに関わりなく衝突の危険性は高いということになる。

 

 今回の私はロケットよろしく天井に突撃した訳だけれど、もし仮に横にある岩山めがけて飛ばされていたら当然夜一さんですら間に合わず、私は岩壁にぶつかって死んでいただろう。

 

 そして、前に進もうとして真上に跳び上がっていることこそが、霊圧コントロールが一切できていない何よりの証拠な訳で。

 

「だからむやみやたらと霊圧で速度を上げてはならぬと、霊術院生の段階で学ぶものなのじゃ。死神の身体ならば死ぬことはないが、それでも怪我は負うに違いないからの。しかし、それをおぬしは生身で……分かっておるのか? 死ぬところだったんじゃぞ?」

「すみませんでした」

 

 流石の私も、今回ばかりは素直に謝った。

 死ぬところだったのも、想定以上の迷惑を掛けてしまったのもよく分かっている。

 

「まぁ……あれじゃ。ちゃんと伝えとらんかった儂らも悪かった」

 

 予想外の結果にうなだれている私の様子を見て、夜一さんもそれ以上に叱るのは止めたようだ。顔色をそっと伺う私を見下ろして、夜一さんは苦笑した。

 

「喜助にはズルをしようとしていたことは黙っておいてやるから、さっさと続きを走って来い」

「……うん、ありがとう」

 

 それは助かる。

 あの人にこんなことがバレたら、それを理由にどんな無理難題をふっかけられるか分かったもんじゃない。

 

「あ……そうだ」

 

 そして、重要なのはここからだ。大きな勘違いと命の危機、それから反省はあったものの、大筋は何も変わっていない。

 私は言われた通りに走り出そうとして、『ふと何かを思いついた風体』を装って夜一さんの方を振り返った。

 

「走り込み、さっさと終わらせてくるからさ、後でその瞬歩のやり方教えてくれない?」

「言うかもしれぬと思っておったが、本当に言うとは……おぬし、本当に反省しておるのか?」

「してるよ。本気で死ぬかと思ったし……」

 

 やはり、本来教える気はなかったのは確からしい。渋い顔をした夜一さんが言葉を続ける。

 

「人の身では難しいぞ。儂がついておれば危険ということもなかろうが、鍛錬を積んでもできぬかも知れぬものじゃ……それでもやるか?」

「やる。だってそれが使いこなせれば、虚から逃げるのだって簡単になるでしょ?」

「それは、そうじゃが……まぁ良い、話は走り込みが終わってからじゃ。ほれ、行ってこい」

「分かった、ありがとう!」

 

 まだ、教えるとは言っとらんが……と呟いた夜一さんの言葉を聞こえなかったふりで流して、私は走り始めた。この口ぶりだと、まず間違いなく教えてくれるだろうと確信しながら。

 




 瞬歩の仕組み……必死で調べたんですが明記されてなかったので勝手に想像して書きました。霊術院生の下りに至っては、完全なる創作です。
 どこかに書いてあったっけな……ご存じの方はいませんでしょうか?

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