傲慢の秤   作:初(はじめ)

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七十、不器用な者達

 

 

 

 藍染惣右介の作り出した幻覚の中での出来事なんて、掛けられた本人にしか分からない。しかし、その挙動を"鏡花水月"の範囲外から観察していれば、どういう状況なのかは何となく察せられるものだ。

 

 あの場にいた全員が全員「自分が真っ先に藍染に斬りかかった」と思っていることを、私は読み取っていた。とはいえ確定情報ではなく一か八かの賭けだったけれど、どうやらそれで正解だったらしい。私の観察眼も捨てたものじゃない……のかもしれない。

 

「ちなみに、正解は『誰も戦ってすらいない』です」

「そんな……!」

「私たちは、一体誰と戦っていたのだ……!?」

 

 勿体ぶって真実を告げると、隊長たちは想像以上に驚いてくれた。先程流れが変わってから、隊長たちは確実に私の方に傾いている。

 今なら、丁度良いかもしれない。ここから先は、私ではなく喜助さんに主導権を握ってもらった方が上手くいくだろう。

 

 そう判断するや否や、私は振り返って喜助さんを見た。そして、そのままの体勢で話し始めた。

 

「藍染惣右介の能力のこと。それから双極の丘での出来事については、私より浦原喜助の方が詳細に把握しています」

 

 振るよ? 良いよね?

 

 そんな意図を視線に込めながら話すと、私の保護者は静かに頷いた。

 

「なのでここからは、本人に話してもらった方が早いと思うのですが……」

 

 正面に向き直り、山本総隊長の顔を見ながらお伺いを立てる。あくまでも控えめかつ謙虚な姿勢で。先程散々偉そうなこと言ったから、もうあまり意味がないかもしれないけれど。

 

 それでもその偉そうな言動の甲斐もあって、隊長たちは喜助さんを自由にしておく価値に気づき始めている。

 

 以前より藍染を警戒していた京楽さんと、穏健派である浮竹さんは、恐らく最初からこちら側だった。それが仮面の軍勢(ヴァイザード)が生きているという情報で、完全に私に傾いだはずだ。

 

 冬獅郎はそもそも私の味方であるところからスタートしている。"狭霧"で斬って気づいたが、どうやら彼は論理的であると同時に、人情であったり人の心というものを思いの外大切にしているようだった。要するに人が良いということだが、だからこそ情に訴える言動がよく効く。重ねて論理で説得すれば、間違いなくこちら側についてくれるだろう。

 

 喜助さんを個人的に嫌っている砕蜂隊長は、執行猶予後に好き放題できるという話に満更でもなさそうだった。

 しかし執行猶予とはよく言ったもので、どんな刑であれ本当に執行させる気はさらさらなかった。猶予させた挙げ句、藍染との戦いのどさくさで有耶無耶にしてやろうとすら思っているくらいだ。

 

 山本総隊長と狛村隊長、それから卯ノ花隊長は、情に訴えたくらいでは揺るがないだろう。しかし三名とも頭の切れる人だ、こうして理詰めで話をすれば落とせないことはない。

 

 問題は涅隊長だ。頭が切れる、喜助さんを嫌っている、おおよそ情というものを持ち合わせていない、の三拍子ときた。さらには"狭霧"で情報を読み取ることさえできていないとくれば、どう転んでも要注意人物である。

 だからもう、涅隊長については喜助さんに投げてしまうつもりだ。何やかんやで涅隊長は喜助さんに勝てない節がある。上手く丸め込んでもらおうじゃないか。

 

「浦原喜助、お主に発言権を与える。お主の知り得る全てを述べよ」

「分かりました」

 

 総隊長はさして躊躇うこともなく、喜助さんに発言の許可を与えた。ほら、やっぱり上手くいった。

 

「アタシの作戦は、こうでした」

 

 そう言って語られたのは、私と一緒に立てた計画とは異なるものだった。

 ルキアに偽物の崩玉を埋め込んだのは、それを奪わせることで藍染に封印の術式を書き込ませるため。そして私に本物の崩玉を埋め込んだのには、また別の理由があったと言う。

 

「崩玉には、所有する者の願望を叶える力があるんス。崩玉を渡したくないという桜花の思いと、桜花の斬魄刀の能力を利用すれば、本物の崩玉を上手く隠せると踏んで実行しました」

 

 崩玉の能力に驚きを隠せない隊長たちを他所に、私は小さくため息をついた。やっぱり、思った通りだった。実際にその通りになったのだから、流石というべきなのだけれど。

 

 私は黙ったまま、斬魄刀を鞘ごと引き抜いた。

 飾り気のない純白の鞘を左手に、灰色の柄を右手に乗せて胸元まで上げる。

 

「私自身の存在そのものを消す。私の"雲透(くもすき)"には、そういう力があります」

 

 なるほどな、と浮竹さんが呟いた。

 

「あの時、君が急に現れたのは……いや、俺たちが君のことを忘れてしまっていたのは、そういうことだったんだな」

 

 何やら納得しているようだが、そんなに気になるようなことだろうか。喜助さんは「過激な技」と評したけれど、もしこの"花霞"がそんなに過激なら他の人たちもそれについて触れてくるはずだ。

 

 しかし実際は、今に至るまで誰も「私が消えた」ことに突っ込んでこなかった。同期たちも、ルキアも、父様でさえも。それどころか、彼らはあの時の戦闘について触れようとさえしなかった。

 

 もしかしたらそれは、傷心だろうからと私を気遣ってくれていたからなのかもしれなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 果たして、浦原喜助は釈放された。

 

 理由までは隊長たる冬獅郎でも把握していないことなのだが、涅マユリは浦原のことを蛇蝎(だかつ)(ごと)く嫌っているようだった。

 その涅も、最終的には黙らざるを得なかった。それほどまでに完璧に組み立てられた計画と、ほとんどその計画通りに進んだという揺るぎない事実が、山本総隊長から「一時釈放」という結論を引き出したのだ。

 

 そして彼の百年前の罪も、完全に冤罪であったと認められた。当の四十六室が壊滅状態にあるために過ちが許容されやすかったことと、それから浦原の語る話に整合性があったこと。この二つが決め手となったのだろう。

 

()れにて、隊首会を終了する!」

 

 山本総隊長の朗々たる宣言を以って、半刻近くも続いた隊首会は終わりを告げた。

 

 桜花は、何も言わなかった。

 

 ようやく自由の身になった浦原に、彼女が何か声を掛けることはなかった。それどころか顔を見ようとすらしないという有様で、桜花はその素っ気ない態度のまま、他の隊長達に続いて隊首会の間から出ていってしまった。

 

 その背を追うように出口を戸をくぐった浦原に続いて、冬獅郎も隊首会の間から退出した。

 

「ありゃ大分怒ってんな」

「やっぱりそう思います?」

 

 冬獅郎の独り言を聞いて振り返った浦原が、困ったように苦笑する。笑っている場合ではないだろうと呆れていると、いつの間にか隣を歩いていたルキアがそれに答えた。

 

「当たり前だろう。諦めて()()()()こい。私の分までな」

「あー……」

 

 いや、何をだよ。

 

 そう内心呟いた冬獅郎とは違って、浦原はルキアの言葉を理解しているらしい。頭を抱えて「あー」とか「うー」とか、言葉にならない声を漏らしている。

 

「容赦ないんスよね、あの子……」

「何を言う、貴様に容赦される余地などないだろう?」

「そんな殺生な……」

 

 いや、だから何をされるんだよ。

 思わず再度突っ込んでしまったが、敢えてそれを口に出して訊ねることはなかった。何となくその答えを察したからであった。

 

 そして一番隊隊舎から出てすぐ、少し開けた場所に差し掛かった時。渦中の人物の声がした。

 

「ねぇ、喜助さん」

 

 通りすがりに声を掛けたような、しかし妙に嫌な予感のする、そんな言葉だった。

 

 ばっ、と音がしそうな勢いで浦原はそちらを向いた。その瞬間、その顔に(かかと)が食い込んだ。……踵?

 

「ぶふっ!!?」

 

 潰れたような声を上げて、浦原が吹っ飛んだ。そのまま地面をごろごろ転がって塀に激突する。

 

「おい……あいつ顔面いったぞ……」

「そ、そうだな……」

 

 頬が引きつっているのが自分でも分かる。やられてこい、と浦原に言ったルキアでさえも流石に困惑しているようであった。

 

 一方で見事な飛び蹴りをかました桜花は、何食わぬ顔で着地していた。人の顔を蹴りつけるくらい怒っている者は普通、そんな冷静な態度は取れない。情緒どうなってんだとぼやくと、分からんと返された。親族でも分からないなら、冬獅郎に分かるはずもない。

 

「い、てて……」

 

 蹴られた顔面を左手で覆い、吹き飛んだ際に打ちつけた後頭部に右手を当てるという、あまりに間抜けな体勢で浦原が起き上がった。刹那、桜花の姿が陽炎のように歪む。

 

「あだっ!」

 

 それと同時に、浦原の声と共に何かがぶつかる音が聞こえた。見ると、仰向けに倒れた浦原に桜花が馬乗りになっている所だった。どうやら彼はまた後頭部を打ったらしい。気の毒なことに。

 

「あれは、兄様の……」

「あぁ、"空蝉(うつせみ)"だな」

 

 何という、瞬歩の無駄遣い。隊長格でもできる者が限られる歩法だというのに、それを知り合いに馬乗りになるために使用するだなんて。

 そんな歩法を扱える技量に感心すれば良いのか、それともその下らない使い道に呆れたら良いのか。よく分からなくなってきたところで、不意に気配を感じた。ちらと隣を見遣ると、京楽がにこにこと笑いながら桜花たちを眺めていた。

 

「いやぁ、懐かしい景色だねぇ」

「何を言ってんだ」

 

 京楽の頓珍漢(とんちんかん)な台詞を聞き流した所で、桜花が浦原の胸倉を掴み上げた。俯いた彼女は、淡々とした口調で言葉を並べ立てる。

 

「何で、黙ってたの」

「すみません」

「謝罪は求めてない」

「……ハイ」

「はぁ……こういうの、何回目だっけ」

 

 あくまでもしおらしい浦原に、桜花は盛大なため息をついた。どうやら彼女が浦原に騙された回数は、一回や二回の話ではないようであった。

 

「謝ったって、どうせまた似たようなことするんでしょ。だったらもう、謝罪なんていらないよ」

「…………」

 

 浦原は何も言わない。隊首会で見せた飄々(ひょうひょう)とした緩い表情のまま、じっと桜花を見つめ返している。もしや彼は本当に、また同じことを繰り返すつもりなのだろうか。

 どうあれ、冬獅郎には理解ができなかった。家族とも呼べるほど親しい者を幾度となく騙す浦原も、それを最終的には許容するつもりでいる桜花も。

 

「黙ってたの、けっこうショックだったんだからね」

「……ハイ」

「しかも私が来たら全部話すって、何それ。嫌がらせ?」

「まさか」

「すごい偉そうで嫌な奴だったじゃん、私。絶対隊長さんたちに嫌われたじゃん」

「大丈夫大丈夫、そんなことないっスよ」

「うるさい」

「痛っ!」

 

 ゴッ、と鈍い音がした。桜花が浦原の側頭に拳骨したのだ。右手で胸倉を掴んだまま、空いた左手で。どうやら相槌は良くても軽口は駄目らしい。とんだ暴君である。

 

「『尸魂界は滅びますよ』やら『勝てませんよ』やら、どこからものを言ってんだって話だよね。何様のつもりだよ」

「四大貴族様じゃないスか?」

「やかましい」

「痛い!」

 

 今のは浦原が悪い、とルキアが呟く。冬獅郎もそれには賛成だが、だからといって人の頭はそうボコボコと殴るものではない。

 

「どうあれ令嬢がやっていい言動じゃねぇな」

「今に始まったことではなかろう」

「だな」

 

 そろそろ止めに入ってやるべきか。馬乗りになったまま文句を言い続ける桜花を眺めながら、そんなことを思う。

 

「仲良くやってるみたいで安心したよ」

 

 その時、またもや的の外れた言葉が聞こえて、冬獅郎は思わず左を見た。

 隣でのほほんとしている京楽には、どうやら止める気はないらしい。彼は悠長に段差に腰掛けて、膝に片肘をつきながら目の前の光景を眺めている。

 

 何が言いたいのか、と疑問に思ったのは冬獅郎だけではなかったようだ。ルキアも同じように、不思議そうに京楽を見つめている。その二人分の視線に気づいた京楽が、ふっと表情を緩めて言った。

 

「彼は、桜花ちゃんを護っただけだからね」

「護るって……」

 

 あれだけ非道なことをしておいてか?

 そう続けて問うと、京楽は柔らかく頷いた。

 

「簡単な話さ。例えば崩玉の持ち主が『生きたい』と願えば、あるいは誰かを『死なせたくない』と願ったとしたら、どうだい?」

 

 崩玉には、所有する者の願望を叶える力がある。浦原はその力を、崩玉を守るために利用したと言った。もちろんその意図も大いにあったのだろう。しかし、実際はそれだけではなかった。

 

「……あぁ、なるほどな」

 

 その真偽は、浦原本人にしか分からないことではあるけれど。

 

「桜花は、それを分かってるのか」

「そういう意図があったことくらいは、気づいてるんじゃないかな」

 

 もしそれが本当ならば、桜花が浦原を許すつもりでいることにも納得である。彼女が発した様々な言葉の辻褄が、ようやく合ったような気がした。

 

 既に許しているけれど、それでも許したくない。その結果が、この一方的な暴力行為だったという訳だ。その話を聞いてからだと確かに、この悲惨な様相も少し和らいで見えるかもしれない。

 

 そんな時、不意に桜花が立ち上がった。

 

「"這縄(はいなわ)"……がいっぱい」

「え、うわっ!?」

 

 訂正、少しも和らいではいなかった。

 

 ようやく馬乗りから解放されて立ち上がりかけた浦原が、悲鳴と共に再度ひっくり返った。どうやら桜花は、"這縄"を十数本ほど同時に発動させたようだ。

 

「おぉ、できた。いいね、これ今度戦いで使おうかな」

 

 あまりにも雑な詠唱破棄だったが、やりたいことは実現できたらしく、桜花が嬉しそうに呟く。

 

「あんなので発動すんだな、鬼道って」

「要するに詠唱破棄だからな。おぬしはできるか?」

「どうだか。できないってことはねぇだろうが、やろうと思ったこともねぇからな」

 

 初歩的な縛道を複数放つくらいなら、より高位の縛道を使用した方が簡単で手っ取り早い。霊圧の高い死神ならば、普通はそう思うだろう。同様に冬獅郎も、そんな鬼道の使い方をする意味が分からなかった。一体何に使うつもりなのだろうか。

 

「じゃあ……"鎖条鎖縛(さじょうさばく)"を二つ。……お、すごい。できるじゃん」

「鬼だろ、あいつ」

「……否定は、できぬ」

 

 詠唱付きのものより幾分か威力が落ちているのだろう、"鎖条鎖縛"にしては細めの光の鎖が二本、浦原に巻きつく。

 

「しかし……守ろうとしてあのザマでは、報われんな」

「あぁ」

 

 ルキアの言葉に頷く。

 

 ()()()に勝つには、同じ隊長になるしかない。そんな不純な動機で隊長を目指した。にも関わらず、隊長に就任した後も彼女に踏み込みきれずにいる。

 そんな不器用な自分のことを棚に上げて、冬獅郎はしみじみと呟いた。

 

「不器用な奴だよ」

 

 

 




よいこはまねしないでね

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