竜貴たちに口止めはした。とはいえ、彼らの口を物理的に塞ぐことはできない。私は始業式が終わって放課後になるまでの時間を、ひやひやしながら過ごすこととなった。
一護や織姫にバレる訳にはいかないのにも、いくつか理由がある。
一護を説き伏せている時間が勿体ないから。一護には余計なことを考えず、修行に没頭してもらいたいから。そして面倒事は可能な限り避けたいから。
それから、どうしても皆に言いたくない理由がもう一つ。
「浦原桜花!! 一体どういうつもりなんだっ!?」
放課後。私たちは何気なさを装って空き教室に移動した。そうして移動するなり私に詰め寄ってきたのは、呼んでもいない石田だった。
「何で来てるの? あんたは呼んでないんだけど」
「来るに決まっているだろう! それに黒崎たちには秘密だなんて、どうして……!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ」
声を荒らげる石田をいなしつつ、教室に集まった三人を
「こうなるから、石田もいないタイミングを狙いたかったんだけど……でも今のあんたは動けないから、仕方なくね」
「気づいていたのか……!?」
「そりゃ、一護じゃあるまいし」
「そうか……」
「ま、そもそも私と喜助さんは理由も経緯も全部知ってるんだけどね」
「気色悪いな。まるでストーカーじゃないか」
「それは、断じて違う」
抗議した私を鼻で笑い、石田はくいと眼鏡を上げた。
「……まぁ、君の言いたいことは
「ホント可愛くないなあんた」
そう言われるだろうとは思っていたが、実際に聞くとやはり呆れてしまう。へそ曲がりというか、何というか。
「とにかく……今からここで話す内容は、一護と織姫には絶対に伝えないでほしい。理由はちゃんと説明するから」
「もしバラしたら?」
「例の件について情報開示してあげる。皆から気遣われて
「君も大概可愛くないな!」
そんなの、対策してるに決まってるだろう。私を相手に駆け引きしようだなんて百年早い。まぁ私も百年は生きていないんだけど。
今度は私が鼻で笑ってやると、石田は腹立たしげな様子で数秒間黙り、それから大きなため息をついた。
「……分かったよ。その代わり、君が妙なことを言わないよう見張っておくからな」
「お好きなように」
へそ曲がりとはいえ、石田は話の分からない人間ではない。こんな脅しなんてなくとも、きちんと理由を話せば分かってくれるだろうとは思っていた。
まぁどちらにせよ納得してくれたようで何より、と私は友人たちに向き直った。こちらの方が、石田への説得なんかよりずっと大変だ。
「ごめん。お待たせ、三人とも」
「いいよ、別に」
私の謝罪に応えたのは、一番冷静な竜貴だった。そんなことより早く説明しろ、という全員の視線が突き刺さる。
百聞は一見に
「ややこしいことになりそうだから、あなたは先に帰ってて。あ、カバンもよろしく」
「りょーかーい!」
私が二人いた件については後々話すとして、と前置きして問い掛ける。
「幽霊って、信じてる?」
信じてなかったけど、最近見えるようになった。それが皆の答えだった。
やはりそうかと頷いて、私は死神という存在の説明から始めた。続いて
私は死神だけど、一護と石田とチャドと織姫は人間なのに戦う力を持っている。そんな話をしたところで、水色が質問をしてきた。
「てことは、浦原さんは人間じゃないってこと?」
「そうだよ」
最初は人間のつもりだったのに、気づいたらこの通りだ。死神どころか、四大貴族の子息ときた。どうしてこうなったんだか、とつくづく思う。
「見た目はこんなだけど、尸魂界に生まれたのは何十年も前だし。戦いで死んだり病気でもしない限り、数百年は軽く生きるだろうね」
「数百年って……ていうか、今いくつなんだよ……」
「今? 五十くらいかな」
「ご、五十……!?」
啓吾は既に、私の話をすっかり信じ込んでいるようだ。私の年齢に驚いている。対して水色は慎重派のようで、心から信じている訳ではなさそうだった。
「なぁ、桜花」
「うん」
今まで黙って私の話を聞いていた竜貴が、やけに落ち着いた様子で口を開いた。俯いているために、その表情は読めない。しかしその様子には、どこか不穏なものが混じっていた。無意識に"
「戦いで死ぬって、言ったよな」
「うん」
「その虚とかいうやつと戦うのって、命に関わるようなことなのか」
「まぁ、多少は……」
違う、とは言えなかった。
具体的な数は知らないが、虚との戦いの末に犠牲になる死神は少なくない。ましてやこれから戦うのは虚の中でも特に強い
「なぁ……そんなバケモノと戦ってたのかよ。あたし達に何も言わずに、ずっと……」
「そうだよ」
その言い方は、心に刺さる。しかし私はその問いにも、正直に答えた。答えるしか、なかった。
「時々授業抜け出すのも、それ?」
「うん」
「夏休み、忙しかったってのも?」
「……うん」
別に戦場に行く訳でもない。そう夏祭りで言った手前、尸魂界でのことを話すのはあまりに決まりが悪かった。あれを戦場と呼ばずして何というのか、という話である。
「夏休みも、戦ってたのか」
しかしそう都合良くはいかないようで、夏休みのことも訊かれてしまった。頼むから訊いてくれるなと念じていたのに。
しかしここで嘘をついたところで、いずれバレるのは目に見えている。私は情けない現実逃避を止めて、腹をくくることにした。
「ごめん」
途端に胸倉を掴まれて、私の身体は宙に浮いた。息苦しさはあったが、空中に足場を作って誤魔化そうとは思わなかった。
「ふざけんなよ……!」
絞り出したような声が、怒りに震えている。
目線は、未だ合いそうにない。
「あんたらが何か隠してんのは、前から気づいてた」
「……そっか」
「そうだよ。何年ダチやってると思ってんだ、気づくに決まってんだろ」
「うん」
「いつか言ってくれるだろって思ってた。でもそれがそこまで、危ないモンだなんて……あたしはただ、あんたが……」
心配なんだよ。そう続いた言葉は、私の聞き間違いかと思うくらい小さくて掠れていた。
「…………」
今なら解る。父様やルキア、商店の皆と同じように、竜貴もずっと私を心配してくれていたことも。あの時、かけがえのない友人を失ったのは、私だけではないということも。
だから私は、こうして皆に話をしているんだ。
「ありがとう、竜貴」
首元の竜貴の指を解いて、両手で握り込む。驚いたように竜貴が顔を上げて、ようやく私たちの視線は絡まった。
いくら竜貴の力が強くとも、死神のそれには及ばない。それは握力だけの話ではなくて、もちろん竜貴が弱いからでもなくて、構造として『そういうもの』なんだ。だから自分のことを「頼りない」だとか「情けない」だとか、そんなふうには絶対に思わせたくない。
その全てをひっくるめて伝えようと、握っていた手を離して竜貴の顔を覗き込んだ。
「由衣が亡くなった時のこと、覚えてる?」
「え……? そりゃ、覚えてるけど……」
驚きしかなかった竜貴の目が、途端に陰った。あの子のことを考える度、その名前を口にする度、心臓を沢山の針で刺されたように苦しくなる。一瞬、息をしたくなくなる。それはきっと、私だけの話ではない。
「最後にあの子を見たのは、いつだった?」
「確か……」
そこで竜貴は口
霊力を持っている以上、いずれ思い出す可能性があることは分かっていた。それでも、できれば忘れていてほしいと利己的ながら思ってしまう。覚えておく責任のある私はともかく、竜貴にとってはマイナスでしかないんだから。
「……体育館」
ぼそり、と竜貴が呟いた。
あぁ、やっぱり覚えてたんだ。そんな胸のつかえを無視して、私は竜貴への説明を続けた。
「由衣は昔から聡い子だったでしょ。だから当然、私が隠し事をしていたのもバレてたんだ」
由衣は隠し事を探ろうと、私を追いかけていた。だから私が虚と戦って取り逃がした時に、すぐ近くにいたんだ。
「虚は由衣を襲って……殺して、由衣の身体を乗っ取った。それに私が気づいたのが、体育館だったんだよ」
「そん、な……」
竜貴が言葉を詰まらせる。
涙を堪えるように歪んだその表情は、私がさせたものだ。私のせいで、由衣は亡くなってしまったのだから。
「ごめんね、怖い思いをさせてしまって」
変に隠し事をしてしまったのも、そのせいで守るべきだった友人を守れなかったのも、他の友人たちまで傷つけたのも。全て、私だ。
「ごめんなさい。竜貴から友達を奪ったのは、私なんだ」
姿勢を正し、そして頭を下げる。
「だから、お願い」
私は今まで、沢山のものを取りこぼしてきた。
尸魂界で続くはずだった私の生活。
持っていたはずの私の記憶。
織姫のお兄さんの生命。
そして、由衣という友人の生命。
「竜貴を……皆を、私に護らせてください。お願いします」
◇ ◇ ◇
私のせいだということを一護と織姫に知られたくなかったから、なんて甘い理由で二人に黙っていてほしい訳ではなかった。
あの時もし自分に力があれば。そんな考えても仕方がないことで、あの優しい二人を悩ませたくなかったからだ。
今回竜貴たちにだけその話をしたのは、死神が敵対する存在の危険性を十分に認知してもらいたかったからだ。
何も知らず、変な疑いも持っていない人間なら、下手に話して不安を煽るような真似はするべきではない。しかし何かに勘づいてしまったなら、由衣のように探りを入れる過程で危険な目に遭う可能性が出てくる。ましてや竜貴たちは、死神に触れられる程の霊力を持っているにも関わらず、戦う力は全く持ち合わせていないのだ。
死神になる前の一護も似たような状況だったけれど、それでも一護と竜貴たちでは周囲の環境が違った。竜貴たちには一護のように、霊にまつわることに理解のある両親がいる訳でもない。つまり、何かあった時にすぐに対応できる人がいないんだ。
だったらもう全てを話してしまって、自分から危険を避けられるように、何かあったら私たちに助けを求められるようにしておいた方が良いに決まっている。
『虚とか幽霊とか、とにかく人間じゃないモノには絶対に近づかないで。もし危なくなったら、必ず私たちの誰かに連絡してほしい』
理由も告げた上でそう頼み込めば、断られることもないだろう。そんな打算ありきで動いていた私はきっと、卑怯な奴なんだろう。今に始まったことではないが。
「特大ブーメランっスねぇ」
帰宅してそんなことを話していると、喜助さんがにこにこしながらそう言った。あんたが言うな。笑ってる場合か。
「おぬしが言うな」
儂にまで言わぬのはやりすぎじゃ、と夜一さんが喜助さんを睨む。どうやら夜一さんはまだ許していないらしい。
喜助さんはルキアに偽物の崩玉を、私に本物の崩玉を埋め込んだ。そのことを知っていたのは、本当に喜助さんただ一人だったらしい。きちんとした意図のある決断であることは理解できるが、それにしても徹底するにも程があるだろうとは思う。
「隠し事されてた私も、しっかり隠し事してたっていう……」
さらには現在も、多方面に前世のことを隠し続けているという有様である。つまりは私も人のことは言えなくて、喜助さんの意図もそれなりに理解できてしまう、というのが正直なところだ。不本意なことに。
「どうあれ、思ってたより落ち込んでいないようで何よりっス」
「まぁ、その時期はもう通り過ぎたからね」
落ち込む暇があるなら、頭と身体を動かす。悩む暇があるなら、護る手段を一つでも増やす。
今すべきなのは、そういうことだ。