白煙を切り裂いた紅い光は、真っ直ぐウルキオラに襲いかかった。一方で私は、その光に追従するように走る。
「卍解……"
瞬間、私という存在そのものがこの世界から消え失せる。誰にも気づかれないのを良いことに、私は相手の能力を弄る"狂雲"でウルキオラの胴を切りつけた。
喜助さんはウルキオラを狙った。その隙に弱ったヤミーにトドメを刺しに行く、という策も無いことはない。ただここで十刃を一人落としてしまっては、藍染に余計な警戒心を抱かせてしまう可能性がある。藍染はまだ私をナメている。だからこそできることもある訳で。
つまり今するべきは、ウルキオラとヤミーを速やかに撤退させること。ただそれだけだ。
「弱ったなぁ。アナタみたいな強そうなヒトとは戦いたくないんスけど……ねっ!」
喜助さんの斬魄刀から、網目状の赤黒い光が飛んでいく。当然ウルキオラは避けるために
が、できなかった。
私がウルキオラから『響転の技術』を一般人レベル……つまりゼロにしてしまったからだ。やり方は覚えているのに、その通りに身体が動かない。どうやらこれは随分と気味の悪い体験のようだ。
ついこの前、
「……?」
響転が使えないと気づいたウルキオラは、驚いたようにほんの少し目を細めた。そして仕方なく歩法なしで喜助さんの"縛り紅姫"を避けた。もちろん、そんな隙を見逃す私たちじゃない。
ぐん、と瞬歩で敵との距離を詰めた喜助さんが、赤に輝く"紅姫"を振りかぶる。不自然な体勢ではあったものの、危なげなくそれを刀身で受け止めたウルキオラが訝しげに訊ねる。
「貴様、何をした」
「いいえ、
意味深長な笑みを浮かべつつ、喜助さんが言葉を返す。その直後に、私は"狂雲"でウルキオラの筋力を下げた。不意に力の抜けたウルキオラは、"紅姫"を刀身で支えることができなくなってしまった。
喜助さんに押し負けてウルキオラが斬魄刀を取り落とした、その瞬間に私は再び"狂雲"をつかった。次に下げたのは破面の特徴の一つ、
本来は簡単に弾かれるはずの喜助さんの斬魄刀がウルキオラの肩口に触れ、そしてそのまま袈裟斬りに振り下ろされた。
「なっ……!?」
流石のウルキオラも、これには驚きを隠せなかったようだ。地面に転がった刀を拾って飛び退いた後に、困惑したように自らの身体を見下ろしていた。
確かに喜助さんも"
まぁ今回はそもそもの話、「そこの下駄帽子が何かした」という大前提が間違っているんだけれども。
「………」
ウルキオラは自分の怪我が超速再生で治っていくのを見て、それから後方で倒れているヤミーを見て、そして考え込むように口をつぐんだ。
刀剣解放して喜助さんを倒してしまうという選択肢もあるにはあるが、そんなことをしていてはヤミーが保たないかもしれない。というよりそもそも、ヤミーが何故こんな状態になっているのか、私の存在を忘れてしまったウルキオラには分からないはずだ。だからむやみやたらと手を出すのも得策ではない、といったところか。
「おや、何かおかしな点でも?」
「……いや」
むしろ、今この状況でおかしいのは喜助さんの方である。喜助さんだって、私のことを忘れているはず。それなのに何故、この人はこんなにも冷静なのか。
「帰るぞ、ヤミー」
そんな状況下で、ウルキオラはこれ以上戦わないことを選択した。
斬りつけられた傷が治りきるのと同時に斬魄刀を腰に収め、そしてこちらに背を向けた。喜助さんも敢えてそこに追い打ちをかけるようなことはしなかった。
「
ウルキオラの言葉によって開かれた
黒腔が完全に閉じる、その瞬間まで。
「……で、そこに居るのは何処の
「この人まじか」
そうして敵が完全に立ち去ってしまってから、喜助さんは警戒心はそのままに虚空に向かって声を掛けた。
これは確実に私に話し掛けている。私はまだ卍解を解除していないから、私の声どころか存在そのものも認知できないはずなのに。
「どういう理屈か知りませんが……とりあえず味方と思って良いんスよね?」
まぁ、味方だね。間違いなく。
周囲の状況や戦いの流れから違和感を感じ取っていた、ということなんだろう。そこから『認識できない誰か』の存在を確信しつつも戦いの最中は一切顔に出さず、今こうして話し掛けてくるなんて……相変わらずとんでもない人だ。
しかしまぁ、私の体力もそろそろ限界だ。さっさと治療しないと、遅かれ早かれ倒れるのが目に見えている。
何やら話を続けている喜助さんを遮るように、私は卍解を止めた。ついでに張り続けていた"魄閉"も解除する。
「ま、どちらにせよ助かりまし――」
「ワッ!!」
「うわあっ!!!」
真正面で姿を現すついでに悪戯心に従って大声を出すと、流石の喜助さんも本気で驚いたらしく、悲鳴を上げて大きく仰け反った。それを指さして笑ってやろうとしたけれど、左手で斬魄刀を持っている今は腕が足りなくてできなかった。くそう。
「ちょっと、それは駄目ですって……」
「あはは……びっくりした?」
「しますよ普通……咄嗟に斬っちゃったらどうするんスか」
「大丈夫だよ……咄嗟の反応くらいなら、私でも対応できるから……」
「そういうことではなく」
ぶつぶつ文句を言う喜助さんを他所に、私は斬魄刀を腰に戻した。近くに転がる右腕を回収しようと屈んだところで、ふっと足から力が抜けて尻もちをつく。どうやら気が抜けてしまったらしい。
「……あれ?」
「全く、そんな状態でイタズラなんてするからっスよ」
「反論の余地がない……」
直後に反撃されて、言い返すこともできない。確かに遊んでいられるような体調ではない。確実に。
麻酔が早くも切れ始めているのか、アドレナリンが減ってきたのか、先程から徐々に痛みが増してきている。どうしてこう私は怪我ばかりするのか。まぁ死神なんてそんなもんだろうけど……とため息をつくと、すぐ側でカランと下駄の音が鳴った。私の隣にしゃがみ込んだ喜助さんが、私の右腕をまじまじと見つめている。
「肘関節が完全に消し飛んでますね。
「せいかーい」
虚閃が命中したのは右の肘だった。関節部分は丸ごと虚閃で焼き尽くされてしまったから、刀で斬られた時のようにただくっつければ良いという話でもない。
「これ、織姫にお願いした方がいいよね……」
「回道でもできないってことはないですが、まぁその方が手っ取り早いでしょうね」
「だよねぇ……」
「井上サンの所まで歩けますか?」
歩けないことはないけど、もう歩きたくない。右腕を抱えたまま「無理」と即答すると、ハイハイという雑な返事と共に軽々と抱き上げられた。片腕で。力持ちじゃん。
喜助さんが軽く地面を蹴って、私たちの身体は宙に浮いた。瞬歩の軽い衝撃すら傷に響いてしまって思わず眉根を寄せていると、それを紛らわすように喜助さんが話を続けてくれた。
「しっかし共闘しにくい卍解っスねぇ」
「いや、ホントにね……」
「ボクぐらいですよ、あの状況に対応できるの」
「逆に何で対応できたのか謎なんだけどね……」
私という存在を全く認識できない状態にあるのに、その私と共闘するというのも無茶苦茶な話だ。喜助さんならいけるだろうと踏んだから、私も共闘に踏み切った訳だけども。
「倒した記憶のない破面、持ち主の見当たらない腕、戦いの最中に急に弱くなった敵……この辺りを組み合わせれば『誰かがいる』という可能性くらいには辿り着けますって」
「普通は無理だからね、それ……」
「こう見えてボク、頭は良い方なんで」
「はいはい天才天才」
「雑っスねぇ」
それは何の冗談だ。死神の中でもトップクラスの頭脳を持っているくせに「頭は良い方」だなんてよく言うよ。確かに今みたいにへらへら笑ってる顔は、あんまり賢そうには見えないけどさ。
とはいえ、喜助さんと夜一さんが来てくれなければ、私は
酷いなぁと楽しげに言う保護者を見上げ、そしてニヤリと笑って口を開く。
「ありがとね、いつも」
「良いんスよ、今更」
喜助さんは相変わらず緩い笑みを浮かべて、そう返してくれた。
◇ ◇ ◇
私たちが戦っている間、織姫とチャドは周囲にいる人間の避難誘導をしてくれていたようだ。漫画では二人ともこちらに参戦していたけれど、現実の彼らは私もいるから大丈夫だろうと考えて人命優先に切り替えたらしい。
――というのが、織姫に治療してもらいながら聞いた話だった。
私の姿を見た途端に悲鳴を上げて駆け寄ってきた織姫は、こちらからお願いをする間もなく"双天帰盾"を発動させた。そんなに慌てなくても大丈夫だと言ったけれど、織姫もチャドも全く信じてくれなかった。腕が取れた状態では説得力が足りなかったらしい。
「いつもごめんね、織姫。ありがとう」
「ううん、いいの」
織姫はそう言ってくれたけれど、つい最近まで普通の生活をしていた普通の子に見せていい状態では決してない。今更ではあるけども。
確かに気が動転しているようではあるけれど、それはグロいものを見てしまったからではなく私を心配してくれているから。普通の人間を『こちら側』に引き込むというのは、こういうことだ。分かってはいたけれど、どうにも複雑な思いだった。
「一護は無事なのか?」
治療が終わって、腕が完全にくっついているのを確認していると、チャドに不意に話し掛けられた。右の掌をグーにしたりパーにしたりを繰り返しながら、その問いに答える。
「うん、あいつは元気。チャドもありがとね。二人が動いてくれなかったら、被害者が出ていたかもしれない。私には近づいてくる人間を追い払う余裕はなかったからさ」
「……いや、大したことはしてない」
チャドはチャドで、何やら思うところがあるらしい。もしかして、こちらに参戦しなかったことを気にしているとか?
「なぁ、浦原」
「ん?」
「お前が相手をした敵は、お前よりも強かったのか」
「うーん。まぁ、そうだね」
格上も格上、正面からの殴り合いじゃ全く勝ち目がない相手だ。とはいえ私一人であれば、もしくは喜助さんと二人であれば、一つ目の解放までは対応できるだろう。
けれど第二段階まで出されたらかなりマズい。恐らく喜助さんも私もただでは済まないだろう。もしかしたら喜助さんの卍解が拝めるかもしれないくらいには、ヤバい相手である。
「でもね、本当は対処できない相手じゃなかったんだよ。それを、あの馬鹿が……!」
「お、おう」
何のことか分からないチャドは困惑していたけれど、彼や織姫に詳細を伝えるつもりはなかった。
その、つもりだったのだけれど。
「向かってきてますね」
「……はぁ」
遠くから近づいてくる一護の霊圧に、私は思わずため息をついた。一緒にいるのは夜一さんか。というより、夜一さんが無理矢理に一護を連れてきているのか。
ひょいと立ち上がって、体力も霊力も回復していることを確認する。再度織姫に礼を言って、それから私はちらりと喜助さんを見た。
「……ねぇ、私帰っちゃ駄目?」
「駄目っスよ。ちゃんと責任取ってください」
「語弊あるよそれは」
何があったか見てない癖に、と頭を抱えながら呟くと「大体予想ついてます」と返された。何でだよ。
数秒後に現れた夜一さんは、案の定一護を引っ掴んでいた。一護は私が放った縛道を解除しようともせず、ただ夜一さんにされるがままになって俯いている。
やろうと思えば、私の詠唱破棄の縛道なんて振りほどくこともできるだろうに。火事場の馬鹿力とやらで。もしかしなくても、私はやり過ぎてしまったらしい。
「ほれ、連れてきてやったぞ。責任を取ってお主が何とかせい」
「ええぇ……夜一さんまでそんなこと言うの……?」
ぽい、と一護を目の前に置かれる。そんな、荷物みたいに渡されても。
何が何だか分からないチャドと織姫も、明らかに様子のおかしい一護を心配そうに見つめている。
「まぁ、私が
近くで私の声を聞いて、一護がはっとしたように顔を上げた。その目線が私の顔に向いて、それから私の右腕に向けられた。不安そうだったその表情が明らかに安堵で緩んだのを見て、私の中の罪悪感はさらに大きくなった。
地面に座り込む一護に歩み寄り、その側に座る。"
桜花やり過ぎ、という感想をいただいて笑いました。
次の更新は3/18(月)0:00です。
→すみません、全然間に合いませんでした。本当に申し訳ないです。