傲慢の秤   作:初(はじめ)

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八十一、最悪な能力

 

 

 とある計画により、桜花は単身虚圏(ウェコムンド)へ乗り込んだ。一護を含め皆が桜花のことを忘れていたのは、虚圏で誰にも気づかれず立ち回るためだった。

 

 しかし、問題なのは『皆が桜花を忘れていた』期間があまりに長い、ということだ。

 

「あの子の卍解(ばんかい)がいくら特殊でも、流石に一ヶ月も維持できるとは……」

「とはいえ、今の今まで儂らは桜花のことを忘れておった。つまり『維持できた』のは間違いないじゃろう、信じられんことにな」

 

 夜一が、呆れ半分感心半分で言葉を続けた。同席している握菱鉄裁(つかびしてっさい)もその難易度は理解しているのだろう、難しい顔をして黙り込んでいる。

 

「普通の卍解は『霊力を消費して攻撃する』ものです。しかし"雲透(くもすき)"の卍解は『霊力をほとんど消費せずに隠す』もの……中には霊力の消費がある技もあるようですが、隠すだけなら消費は少ないんス」

 

 とはいえ、全く疲弊しない訳ではない。もし仮に一護の卍解"天鎖斬月(てんさざんげつ)"を維持するのに霊力がほとんど必要なかったとしても、一ヶ月もの間維持したいともできるとも思わない。卍解というのは、そのくらい神経を使う行為なのだ。

 

「さらに特殊なのは『使用者に意識がなくとも、霊力さえ残っていれば卍解は維持される』ことっス」

「じゃあ……もしかしたら、あいつ……」

「えぇ。何らかの要因で意識がない可能性も大いにある。考え得るパターンはいくつかありますが……最良のものだと、『意識のある状態で卍解を保ち、自らの意思で卍解を解除した』あたりでしょう」

 

 とはいえ彼女の現在地が虚圏なら、敵陣のど真ん中にいるということになる。その場合、危険であることに変わりはない。

 

「最悪の場合は、どうなんだ」

「…………」

 

 答えに(きゅう)したかのように、浦原が黙り込んだ。

 そして、言い難そうに言葉を続ける。

 

「意識のない状態で卍解が維持され、何らかの要因でそれが勝手に解除された。霊力が尽きて動けなくなっているか……もしくは、もう……」

「そんなっ……!」

「どういうことだ!!」

 

 スパン、と唐突に襖が開いて振り返る。現れたのは朽木ルキアと阿散井(あばらい)恋次、一護もよく知った二人の死神であった。

 

「ルキア! 恋次!」

 

 尸魂界から現世に来ていることは知っていたが、今ここに現れるとは思っていなかった。それに続いて姿を現したもう一人の死神は、護廷十三隊隊長の一人であり、桜花の友人の一人でもあった。名前は確か。

 

冬獅郎(とうしろう)、だっけか」

日番谷(ひつがや)隊長だ。少しだけ話は聞かせてもらった。何がどうなってんだ」

「それは――」

 

 浦原に問い掛ける冬獅郎を無視し、一護の前を通り過ぎ、つかつかと浦原に歩み寄ったルキアがその胸倉を掴む。それでも冷静な態度を崩さない浦原は、そんな彼らに淡々と事実を伝えていく。

 虚圏に単独潜入する計画について。桜花の卍解について。そして、彼女の安否について。

 

「何故、行かせたのだ……!!」

 

 全てを聞いたルキアは、震える声で浦原を責める。その思いは、一護にも理解できた。事実、一護も最初は浦原を責める言葉を口にしていた。しかし。

 

「貴様は危険だと分かっていたのだろう!? ならば何故一人で行かせた!!」

「ルキア」

「止めるな! 此奴は――」

「あいつ自身の提案だったんだとよ」

「っ……!」

 

 ルキアが息を詰まらせる。

 一護も同じだった。同じように浦原の胸倉を掴み上げて、彼を責めた。そして同席していた夜一に諭されて、桜花自身が進んで立てて実行した計画だったと知った。

 

 その事実を知った時、真っ先に思い浮かんだのは桜花の顔ではなかった。浮かんだのは、桜花のことを思い出した瞬間の浦原の表情だ。一瞬のこととはいえ、あんな顔をした者をこれ以上責めることはできない。そう思ってしまったのだ。

 

 ようやくルキアは、浦原の胸倉から手を離した。乱れた襟を整える浦原からは、何の感情も読み取れなかった。あの時の、あの顔は何だったのだというくらいに。

 

「なぁ、浦原さん」

「何でしょう」

「虚圏に行く手段はあるのか」

「…………」

 

 黙り込んだ浦原が、ゆっくりと首を縦に振る。

 あるのだ。彼女を助けに行く手段が、まだ一護達には残されているのだ。

 

「黒崎」

 

 冬獅郎に名を呼ばれて、そちらを見る。こんななりだが立場のある者だ、虚圏に行くのを止められるかもしれないという可能性が頭を過ぎる。しかし、それは杞憂だった。

 

「お前はすぐに発て。総隊長に報告したら、俺達も後を追う」

「あぁ」

 

 当たり前だと深く頷く。そうだった、この少年は桜花と親しいのだ。ならばこの言葉も納得である。

 

「儂も同行しよう。どうにも気がかりじゃからな」

「私は現世に残ります。子ども達と、主たる戦力の減った空座町を守らねばなりませんので」

 

 夜一と鉄裁が、それぞれの意思を告げる。

 それを聞いた浦原も口を開く。

 

「明日の夜には出発できると思います。黒崎サンは、それまでに準備を済ませておいて下さい」

「分かった。ありがとな、浦原さん」

「いいえ、礼を言うのはこっちの方っス」

 

 ふっ、と浦原が表情を緩める。

 それと同時に戻ってきた余裕のある態度で、浦原は一護も想像していなかった台詞を吐いた。

 

「アタシは、現世(ここ)に残ろうと思ってます」

「え?」

 

 思わず聞き返したのは、一護だけではなかった。ルキアや恋次、冬獅郎でさえ浦原の同行を当然のものとして考えていたらしい。そんな皆の反応を愉快そうに眺め、浦原は言葉を続ける。

 

「行きたいのは山々ですが……アタシにはアタシのすべきことがある」

「しかし浦原、貴様は――」

「良いんスよ」

 

 ルキアの反論を遮り、浦原は微笑った。

 

「ボクが仕事を放り出して助けになんか行ったら、あの子に叱られちゃいますから」

 

 一護には、その心は理解できなかった。

 

 護りたいなら、己の手で護ればいい。

 護れなかったなら、己の足で取り戻しに行けばいい。

 

 一護はこれまでそうやって生きてきた。そしてそれは、これからも変わらない。だから一護は虚圏へ向かうのだ。

 

「桜花を、頼みます」

 

 とはいえ、そう言って頭を下げた浦原の思いを無下にするつもりはない。「ああ」とだけ短く答えて、一護は浦原商店を後にした。

 

 自宅に戻った後も、一護はずっと上の空だった。体力を落とす訳にはいかないと夕食は無理矢理胃に流し込んだものの、心配そうな家族の視線に応えるほどの余裕は残っていなかった。家族に心配は掛けたくないと、先程思ったばかりだというのに。

 

 もやもやした思いを抱えたまま早々に自室に引っ込んだ一護は、騒がしいコンを適当にいなしてベッドに倒れ込んだ。

 そして、中々寝つけない夜を過ごしたのだった。 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夜もふけて日付が変わった頃。浦原を始めとする者達が井上織姫の家を訪れた時、彼女の家はもぬけの殻であった。

 

 桜花の存在を思い出した時、日番谷冬獅郎を始めとした死神達は各々外で修行に励んでいるところだった。よって井上織姫の行方を知っている者は誰一人としていなかった。

 

 桜花を忘れていたことに驚いて黒崎一護の所へと向かったのだろう、と浦原は皆に告げた。だが恐らく、実際はそうではない。

 

 ――だからきっと、彼女は今。

 

 ある一つの予想が確信に変わったのを感じつつ、浦原は壁一面を覆い尽くすモノを眺めた。

 

 壁を覆うモノ。それは井上織姫の自宅に取り付けられた、禍々しい電子機器だった。人工物のようであり、それでいてどこか生物のようでもあるモノに縁取られたそれは、現世と尸魂界を繋ぐモニターのような役割を果たしている。モニターという言葉を、尸魂界の死神達が知っているのかどうかはともかくとして。

 

「ならぬ」

 

 日番谷冬獅郎の報告を聞いた総隊長、山本元柳斎重國は間髪入れずに不許可の返答を寄越した。驚きの声を上げる死神達とは対照的に、浦原の心は落ち着いていた。こうなるであろうことは最初から読めていた。桜花から聞いていた漫画のストーリーとやらでも、総隊長は連れ去られた井上織姫の奪還を許さなかったのだから。

 

「何故――」

「落ち着け、お前ら。……総隊長、理由を聞いてもよろしいでしょうか」

 

 相手が総隊長であるにも関わらず、朽木ルキアと阿散井恋次は食ってかかろうとする。そんな二人をたしなめて、日番谷は総隊長に問いかけた。その日番谷自身も、完全に冷静であるとは言い切れなかったけれど。

 

「言わねば判らぬか。隊長ともあろう者が」

「っ……!」

 

 そんな日番谷の様子も、画面越しに見抜いていたらしい。総隊長は日番谷を厳しくたしなめ、そして反論もできず唇を噛む彼を一瞥した。

 

「まあよい」

 

 やれやれと言わんばかりにため息をついて、総隊長が言葉を続ける。

 

「朽木桜花は死神ではなかろう。護廷十三隊に属しておらぬ上、その居場所や生死さえも分からぬ者を探して何になる」

「そんな……」

 

 総隊長の言っていることは至極真っ当であった。

 

 桜花は確かに尸魂界の住人だった。しかしそれは過去のことだ。一度は尸魂界に帰ってきたにも関わらず、桜花は再度現世に戻ることを選んだのだ。それも、相当に強引な手段をもって。

 

「平時であれば、四十六室からの命により朽木桜花を探すことになっていたじゃろう。しかし、今は違う」

 

 四十六室が機能しておらず、隊長三名が欠員している状況で、生きているかどうかも分からない貴族を探す人員などあるはずもない。

 

「しかし総隊――」

「喧しい」

 

 普段は細めている目を開き、総隊長は日番谷の反論を遮った。これ以上の発言を許さない、そんな厳格な態度であった。

 

「日番谷隊長、以下五名の死神は継続して現世に留まり敵勢力の動向を監視すること」

 

 誰も、何も言い返せない。

 

「話は終いじゃ」

 

 こんな重苦しい沈黙の中で自由に発言できるのは、己だけだ。こうなることを最初から見越していた浦原は、モニターの接続が切断される前にと口を開いた。

 

「ちょっと良いっスか?」

 

 案の定、数多の目が浦原に集まる。焦りがなかった訳ではなかった。それでもそれらの視線をゆったり受け止め、浦原は一つの問いを口にする。

 

「皆さんは朽木桜花の斬魄刀……"雲透"の能力をご存知ですか」

 

 いきなり何を言い出すんだ、と死神たちは訝しげだった。そんな中で、日番谷がその問いに答えた。

 

「姿や霊圧を消したり、皆の記憶から消えたりする能力、だったか」

「……では、もう一つの能力は?」

「もう一つだと?」

 

 知っている訳がない。桜花自身も己も、尸魂界の死神たちには知られないように動いてきたのだから。そんな浦原の目論見通り、総隊長の答えは「否」。現世に駐在している死神たちの答えも同様であった。

 

「では、お話ししましょう。"雲透"の真価と、桜花(あの子)が虚圏に侵入した目的について」

 

 この大仰な口調は、敢えて取り繕ったものだ。勿体ぶって、焦らして、十分に場を温めてから爆弾を投下する。話に説得力を持たせるための、浦原の得意とするやり方だった。

 

「確かに彼女の斬魄刀は、斥候に向いています。存在そのものを『無かったことにする』ことができる……つまり誰にも気づかれずに、安全に敵陣を偵察することができるんスから」

 

 けれど。それだけの能力だったとしたら、浦原は桜花を一人で行かせることはなかった。リスクに対して、得られる効果が小さ過ぎるからだ。現代風に言うと「コスパが悪い」というやつだ。

 

「けれど”雲透”には、もう一つ技がある……『相手の能力全てを読み取る技』が」

「は?」

 

 理解が追いついていない阿散井が間抜けな声を漏らした以外に、誰も口を開かなかった。それもそのはず、この場にいる者は皆思ったはずだ。もしかしたら、自分の能力も知られてしまっているかもしれない、と。

 

「その力”狭霧”を使って斬魄刀で斬りつけることで、斬りつけた相手の全ての能力を知ることができるんス」

「その全てというのは、まさか……」

「えぇ、文字通り全てですよ。斬拳走鬼のレベル、霊圧の大きさ、そして斬魄刀の能力まで丸裸っス」

「そんな、ことが……」

 

 絶句する死神たちに、浦原は少しだけ……いや、かなり同情した。

 

 あの子が始解を習得した直後。夜一や鉄裁、その他ごく少数の隊長格しか知らないはずの己の卍解の名を呼ばれた時は、冗談抜きで思考が停止した。

 

 他に何の手もなく、死に瀕した時にしか切らないつもりの手札だった。桜花の持つ『漫画の知識』とやらの中にも自分の卍解についての情報はなかったから、彼女には今後も伝えるつもりはなかった。それなのに、桜花は何の前触れもなくその名を口にしたのだ。

 

 そして焦った浦原が慌てて問い詰めた結果、分かったのは知られてしまったのが名前だけでは無かったということだった。最悪である。始解の能力を自分で試せと言ったのは他ならぬ浦原自身だが、だからといってそれは駄目だろう。

 

「……今の時点で、あいつが把握しているのは誰の能力なんだ」

 

 驚きつつも何とか冷静さを保っている日番谷が、静かに問うた。きっと彼は分かっているのだろう。その答えが、死神達にとって最悪なものであるということを。

 

 トドメだ、と浦原は内心で呟いた。これで総隊長の判断を覆せないなら、きっともう何を言っても駄目だろう。浦原は乾いた唇を舐めて、そして口を開いた。

 

 

 

「アタシを含む現世の全戦力と、尸魂界の隊長格全員。そして、藍染惣右介を含む虚圏の全勢力です」

 

 




いい加減ちゃんと完結させないと……流石に……
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