傲慢の秤   作:初(はじめ)

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八十二、どいつもこいつも

 

 

 

 どうやら、ここは牢の中らしい。

 

 周囲にあったのは無機質な白い壁と、白い檻に囲まれた空間だった。そんな見覚えのない無機質な風景を、定まらない意識のままぼんやりと眺める。

 

 あぁ、そうか。そうだった。

 

 虚圏(ウェコムンド)で見つかって、それから色々あって一ヶ月。隠れていることに限界を感じた私は、完全に霊力が切れてしまう前に自分から敵前に姿を現して拘束されたという訳だ。それにしてもまさかこれだけの長期間卍解を継続できるとは、我ながら良くやったと褒めたくなってくる。

 

「よい、しょっと……」

 

 捕まった時に、私は破面(アランカル)たちの手によって気絶させられた。そうやって意識を飛ばしている間に、どうやら手枷をはめられていたらしい。ジャラジャラとやかましい腕を動かして、ゆっくりと身体の向きを変える。

 

「何日経ったのかなぁ」

 

 まだ霊力は少しだけ残っているものの、絶好調とは言い難い。動けないことはないだろうが、横たわっているにも関わらず目眩は酷いし、何だか気持ち悪いし身体は鉛のように重いし。ここが現世なら、迷わず再度眠りについていたことだろう。

 

 殺風景な牢の内装をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた時だった。

 

「あれ、起きてはるやん」

「わぁっ!?」

 

 思わぬ方向からの思わぬ声に、私は飛び上がりそうになった。

 

 檻の外、同じく白壁で囲われた部屋の中にいたのは、これまた白の衣をまとった銀髪の男だ。保護色かと思ってしまう程の同系色で、目がおかしくなりそうだ。

 

「びっ、くりした……」

「キミが油断し過ぎなんや」

「その服のせいでは……?」

「いや、ボクの趣味やないからね」

 

 でしょうね。どうせ藍染様チョイスなんだろう。どうでもいいけど。趣味じゃないという言葉を無視すると、その男はヘラリと薄っぺらい笑いを浮かべて再度口を開いた。

 

「何やよそよそしいなァ、ボクとキミの仲やないの」

「あなたと仲良くなった覚えはないですよ、市丸さん」

 

 どんな状況であれ、仲良くなるなんてありえない。「ボクとキミの仲」だなんて笑わせる。ふいと視線を逸らすと、市丸ギンは「つれない子やね」と楽しそうに言った。

 

「で、私に何か?」

「起きてたら連れてこい、て言わはっててな」

「藍染サマが?」

「せや」

「はぁ……」

 

 アイツと顔を合わせるなんて二度と御免だ。そう思ってからまだ二ヶ月と経っていないのに、もうこのザマである。腹立たしい限りだが、そもそも下手を打ったのは私だ。そのせいで計画を大幅に変更して一ヶ月も虚圏に滞在し、挙句牢屋に閉じ込められているのだから仕方がない。

 

 それにしても、と私は手元を見下ろした。こんなに頑丈そうな手枷をつけて藍染とご対面だなんて、何の罰ゲームだろうか。私けっこう頑張ってるんだけどなぁ。

 

 そんな時、ふと視線を感じて顔を上げる。目の合った市丸さんは、何とも言えない微妙な表情をしていた。

 

「……何です?」

「何や随分と余裕そうやなぁと思てな……自分、ここが何処か分っとる?」

「何処って、敵陣のど真ん中でしょ」

「敵陣のど真ん中におる人はもう少し焦るもんやで、普通」

 

 何でや、と市丸さんは言った。

 

「何でって……」

 

 そう言われましても。別に万策尽きたって訳でもないし、藍染だって今すぐ私を殺すつもりはないだろうし。そもそも捕まったのも、失敗でこそあれ不測の事態ではない訳だし。

 

 それに。

 

「まぁ……どいつもこいつも、助けにきちゃうだろうし」

 

 私のことを思い出した途端に、虚圏に突っ込んで来そうな人たちがいる。放っておいたら勢いだけのノープランで突っ込んできそうな彼らを、上手く引き止めて作戦を立ててから虚圏(こっち)に送り込んでくれそうな人もいる。

 

 だからきっと、大丈夫。

 気恥ずかしいけれど、多分間違いない。

 

「へぇ」

 

 返ってきたのは、心底どうでも良さそうな素っ気ない言葉だった。じゃあ何で訊いたんだよと呆れていると、市丸さんが不意に(まぶた)を開いた。その瞳の冷たさと暗さに、ドキリとした。なんだ、それは。どうして、そんな目をしているのか。

 

「市丸さ――」

「行くで」

 

 私の言葉を遮った催促に、先程までの緩い空気は含まれていなかった。一体どうしたというのだろうか。

 

「立てんことはないやろ」

 

 取り付く島もない様子に、思わず小さなため息がこぼれる。随分スパルタなようで。結構なことだ。

 

 あまり力の入らない両手をついて、身体をゆっくりと起こす。頭の位置が高くなると同時にずっと感じていた目眩が急激に悪化して、倒れそうになったところを近くの檻に身体を預けて押し留める。

 

 訂正。動けないことはない、じゃない。間違いなく動けない。

 

 視界がぐるぐると回っていて、座っているのもやっとだ。原因は恐らく、卍解を使い続けることによる疲弊だろう。俯いて、長く息を吐く。平衡感覚はなかなか戻ってこない。

 

「早う出てきてくれへん?」

 

 そんな私にも、市丸さんは容赦なかった。いつの間にか牢の扉が開かれていたようで、こちらに近づいてくる気配を感じる。何をされるのかと焦りとともに顔を上げるのと、手錠の鎖を引っ張られたのがほぼ同時だった。

 鎖で両腕を引かれて支えを失い、私はべしゃりと顔面から地面に突っ伏す羽目になった。

 

「痛っ……!」

「あーあ、カワイソ」

 

 いや、そんなの全く思ってないでしょアンタ。私が何したってんだ。

 

 そんな悪態を言葉にするエネルギーも惜しい。再度起き上がろうと床に手をついたところで、身体が宙に浮いた。もう待ってられへんよという呟きがすぐ側から聞こえて、私はこの男に抱え上げられたのだと気づいた。

 

「えっ、ちょ……!?」

 

 私を前向きに俵抱きした市丸さんが歩き始める。運ばれる時の揺れが追加されて、もう視界はぐちゃぐちゃだ。ついでに腹部に回された腕が鳩尾に食い込んで、ついに私は口元を押さえて黙りこくった。

 

 ぐ、と喉元に迫り上がるものを必死で飲み込む。

 もう本当に、勘弁してほしい。

 

「どうせ歩かれへんのやから、大人しゅうしとき」

 

 しとくよ。大人しくしとくから、揺れを少なくしてほしい。あと、抱え方も変えてくれないかな。

 

 何も言わない私を見て、状況を察したらしい。意地悪げな声色で、市丸さんが言う。

 

「出したらアカンよ」

 

 無茶言うな。さっきの私の言葉が何か気に障ったのかもしれないが、だからといってこれは陰湿過ぎるだろう。私そんな酷いこと言ってないよね?

 

 言いたい文句はたくさんあったけれど、下手に口を開いてここで戻したりなんかしたら、手錠の鎖だけで引き摺って連れて行かれそうだ。それはそれでキツそうだし、今を耐える方がいくらかマシなのかもしれない。

 

 そんなふうに考え事をしつつ気を紛らわしているうちに、目的地に辿り着いてしまったらしい。無造作に放り投げられ、されるがままの私は無様に床に転がった。

 

 

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 

 

 そんな白々しい挨拶を聞いて初めて、私はその存在に気がついた。

 

「あい、ぜん……!」

 

 藍染惣右介。

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)を裏切った大罪人であり、喜助さんたちの仇敵であり。そして、私の大切な人たちを傷つけた最悪の敵。

 

「っ……」

「やはり斬魄刀が無いと、霊圧は上手く隠せないようだな」

 

 吐き気を堪えながら、床に手をついて起き上がる。玉座のような椅子に腰掛けた藍染が、そんな私を見下ろして興味深そうに言った。

 

 確かに"雲透(くもすき)"なしでは、完全に霊圧を隠すことはできない。しかし能力について教えてあげるほど親しくなった覚えもなれけば、わざわざ否定をする必要性もない。だからといって、感情の赴くままに藍染に敵意をぶつけるつもりもなく、私は渋々ながら「そうですね」と呟いた。

 

「やけに素直だな」

「そこまで、馬鹿じゃないだけです……」

 

 霊力は枯渇していて、枷と鎖で拘束までされている。そんな状態でラスボスの前に放り出されるなんて笑えない。こんな状況で下手に反抗して、それで死んだなんてことになれば大惨事だ。

 

 それに、警戒すべきは藍染のみではない。横目で周囲の様子を伺う。玉座のような広い空間には、当然ながら敵の姿しか存在しなかった。

 

 東仙要と市丸ギン。それから第1十刃(エスパーダ)から続く十人の十刃たち……いや、九人だ。何故かウルキオラの姿が見当たらない。それ以外の十刃が全員揃っているだけに、アイツだけいないということが気にかかる。何か用事でもあったのだろうか。ウルキオラの用事といえば藍染の命令以外に思いつかないのだけれど、そうなってくるとアイツは今――

 

「テメェだけは、絶対に殺す……!!」

「……ん?」

 

 唐突な脅迫に、その声の主の方を見る。

 第10十刃、ヤミー・リヤルゴだ。

 

「あれ……生きてたんですか?」

「なっ……!」

「案外、しぶといんですねぇ……見直しましたよ……」

「殺すッ!!!」

「ヤミー」

 

 簡単に煽られたヤミーが絶叫したところで、藍染が穏やかにその名を呼んだ。

 手は出すなと言いたいのだろう、その一言だけでヤミーが舌打ちをして黙り込んだ。流石の統率力というべきか、恐怖政治というべきか。

 

「私に、何の用ですか?」

「いくつか、疑問があってね」

「疑問……」

「何故この私を含む全員が、君の存在を忘れてしまったのか」

 

 それだけじゃない、と藍染は続ける。

 

「何故、君は斬魄刀を持っていないのか。何故、現世への使者が出立直前に尽く弱体化したのか」

「…………」

「そして何故、ここ一ヶ月で崩玉の力が弱まりつつあるのか」

 

 なるほど、そうきたか。藍染は、それら全てが私の手によるものだと言いたいのか。

 

 元々藍染は私を捕らえて『尸魂界で起きたこと』について聞き出すつもりだったようだ。要するに、私が皆の記憶から消え失せてしまった理由を知りたかった、という訳だ。

 しかし、現世に遣わしたヤミーとウルキオラは、私を『勧誘』することも一護を殺すこともできなかった。よって次こそは確実な手を打つべきだと思い、数体の破面を現世に向かわせようとした。しかしそれも、破面の急な弱体化により何故か上手くいかなかった……と。

 

「瞬間的覚醒を繰り返すことで、崩玉は衰弱してしまうものだ。だが、それも本来は『多少』の弱体化で済む程度であるはず」

「そ、れは……」

「にも関わらず、崩玉は瞬間的覚醒とは別のサイクルで力を減らしつつある。不思議な話だろう?」

「…………」

 

 わざと視線を逸らし、口をつぐむ。あえて無表情にした頬を、冷や汗が伝う。流石の私も演技で汗はかけない。霊力切れかけで絶不調であることが、逆に功を奏したという訳だ。

 

「やはり、君が原因だったか」

 

 納得したように、藍染が頷く。そんなに呑気に納得している場合ではないのだというのに。

 

 コイツは知らないのだ。

 

 私が現在進行形で多数の人に隠し事をし続けており、今のところ喜助さん以外にはバレていないということを。この世界で未来に起こり得る出来事を、私は文字通り生まれる前から知っているのだということを。

 

 そして、藍染の知らないことがもう一つ。

 

「すぐに理解したよ、あの日の双極の丘と同じ事が起きていると。その時点で、虚圏に侵入者がいるという可能性には気づいていた」

「最初、から……」

「そうだ。侵入者にどんな力があっても、脱出用の黒腔(ガルガンタ)まで隠すことはできない。そう踏んで、黒腔が開いてすぐに駆けつけるよう網を張っていた」

 

 とはいえ、藍染にも抜かりはない。私の存在そのものを消していたというのに、わずかな情報から答えに辿り着き私を捕らえてしまっているのだから。

 

「黒腔って、一体何の話――」

「今更取り繕っても無駄だ。答えてもらおうか」

 

 私の無意味な誤魔化しは一瞬で流され、藍染は核心に迫る。

 

「君はこの一ヶ月間、何をしていた」

「…………」

 

 何って、今自分で言ったじゃないか。

 

 あれをそのまま『全部私がやりました』と言えば、この男は満足してくれるのだろうか。それが分からない以上、そうホイホイと答え合わせをしてあげる訳にはいかない。私は長い沈黙の後に、恐る恐るといった様子で藍染を見上げた。

 

「……そう簡単に、教えてあげるとでも?」

「だろうな」

 

 しかし、そんな私の返答は予想済みだったらしい。余裕たっぷりに頷いた藍染は、不穏なことを口にした。

 

「あまり野蛮な事はしたくないが、仕方あるまい」

 

 『野蛮なこと』だなんて、わざとらしい。私は黙って唇を噛む。

 

 私に対して拷問をするとは考えにくい。情報のために命を落とすつもりはさらさらないが、もし仮に私が死を選んだとしたら『藍染が知りたい事柄』は全て迷宮入りだ。そんなリスクを犯すほど藍染は馬鹿ではない。

 

 となると、コイツの取れる手段は限られていく。

 さて、どの手段で来るだろうか。

 

「入っておいで、ウルキオラ」

 

 たったそれだけの言葉で、私は確信した。

 

 あぁ、やっぱり。

 そうなったか。

 

 

 

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