傲慢の秤   作:初(はじめ)

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お久しぶりです。
次回更新日は未定です。



八十五、雑兵

 

 

 

 ドン、と腹に響くような振動があった。

 

 空間に黒腔が開いたことと、虚圏に多数の大きな霊圧が出現したことによる衝撃だろう。

 

 私が玉座の間で好き放題やってから、まだ一日しか経っていない。卍解の"花霞"による存在抹消は織姫と二人きりになってすぐに解除していたけれど、流石にこんなに早くに来てくれるとは思っていなかった。

 

「まさか……!」

 

 織姫が、思わずといった様子で言葉を漏らす。始解して隠れている私を見つけられるのは、聴覚の優れている東仙くらいのものだ。だから織姫は、私が同じ部屋にいることには気づいていない。

 

 本当は皆が助けに来てくれたと伝えて安心させたかったけれど、今下手に声を掛けて敵陣営に見つかる訳にはいかない。それに、こうして皆が助けに来てくれた状況では、このまま継続して織姫を守り続けることもできない。私にはまだ、やるべきことが残っているからだ。

 

 藍染や東仙たちの霊圧が近くに無いことを確認して、私は部屋の中にいたまま小さくその技の名を呼んだ。

 

「……"花霞"」

 

 途端に世界から存在の消えた私は、誰にも気づかれずに部屋から抜け出した。

 

「流石は喜助さん、上手くやってくれたみたいだね」

 

 この大気の震え方だ、虚圏にやって来たのは数人どころではないんだろう。少なくとも10人といったところか。つまり隊長格の三分の一くらいは来ている、ということになる。

 大方、織姫の驚異の回復能力や私の握る情報をダシに、使える戦力を引っ張ってきたんだろう。そう考えると中々の戦力だけれど、それでも敵勢力と全面戦争をするには少なすぎる。

 

 だからまだ、ここ虚圏で最終決戦を行うとは断定できない。

 

 戦いの場をどこにするのか、それは藍染を倒す計画の中でも特に大きな要素だった。まず現世の空座町は避けるのは当然として、尸魂界にするか虚圏にするかは今後の展開によって変えるべきだ。そう結論づけたのは、尸魂界での騒動が終結して現世に帰ってきた直後のことだった。

 

 今はまだ、私の持つ()()を投下してしまうには時期尚早。つまり、今の私にできることは一つ。

 

 十刃(エスパーダ)たちの足止めだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 カツン、と広間に足音が響く。

 

「お早う、十刃諸君」

 

 自陣に侵入した者がいたというのに、テーブルを囲む面々は落ち着き払っていた。その様子を見て、藍染はゆったりと微笑んだ。

 

「敵襲だ。先ずは紅茶でも淹れようか」

 

 十刃全員に紅茶を行き渡らせて、それから藍染は東仙要に指示を出した。命を受けた東仙が遠隔監視装置を起動させると、円卓の中央に映像が浮かび上がった。

 

「侵入者は11名。死神8名と人間3名だ」

 

 虚圏の真っ白な砂漠を走るのは、十を超える数の侵入者だ。

 

 それだけの数の敵が自陣の近くまでやって来ている。何も知らぬ者からすると緊急事態にも思える状況だったけれど、藍染にとっては大したことではなかった。相手が何人であろうと、所詮は十刃一体にも及ばない者ばかりである。

 

 むしろ警戒すべき存在は、この中の誰でもなく――

 

「オイオイ、めちゃくちゃ侵入されてんじゃねェか」

「へェ……これだけ居れば、一人くらいは楽しませてくれそうだね」

「とはいえ半分近くは餓鬼のように見えるが」

 

 十刃は、各々素直な感想を口にする。その様子をにこやかに眺め、そして藍染は口を開いた。

 

「侮りは禁物だよ。確かに卍解まで使える者は少ないが、腐っても彼らは護廷十三隊の死神だからね。残りの人間達も、たった四人で尸魂界に乗り込み、護廷十三隊に戦いを挑んだ者たちだ」

「四人……一人足りませんね。残る一人は?」

「井上織姫だ」

「なるほど、それで……」

 

 疑問を口にした第7十刃ゾマリ・ルルーが、藍染の回答を聞いて納得したように頷いた。仲間である井上織姫を救うために、死神代行の黒崎一護を筆頭に、人間や死神たちが虚圏に攻め込んできている。一見自然なように思える事態である。

 

 しかし、当の藍染には納得できていない点が一つだけあった。その点について真っ先に言及したのは、第5十刃であるノイトラ・ジルガであった。

 

「しっかし仲間一人を助けに来たにしちゃ大人数だな」

 

 続けて「まァ数いても雑兵じゃ意味ねェけどな」などと呟いたものだから、愚直な性格である第3十刃ティア・ハリベルが窘めるように言葉を返した。

 

「聞こえなかったのか? 藍染様は侮るなと仰った筈だ」

「別にそういうイミで言ったんじゃねーよ。カリカリすんなよ、ビビってんのか?」

「ハリベル、ノイトラ。侮りは不要だが、無闇に騒ぎ立てる必要もないよ」

 

 ただ、と藍染は言葉を続ける。

 

「確かにノイトラの言った通り、井上織姫一人を助けに来たにしては人数が多過ぎる。それは間違いない」

 

 井上織姫という人間の持つ能力は、尸魂界にとっても非常に有用であり貴重なものである。それはよく理解している。

 

 しかし、だ。あの山本元柳斎重國が、たった一人の人間を救うためだけにあの数の死神を派遣するだろうか。ましてや現在の護廷十三隊は、隊長三名の裏切りにあって混乱の最中にあるはず。平素なら兎も角、今の護廷十三隊からあれだけの戦力を出すとは考えにくい。

 

 にも関わらず、現在虚圏には死神が9名も侵入している。しかもそのうち8名が隊長格ときた。護廷十三隊の全隊長格の、実に三分の一程度の動員である。

 

「以前も少し話をしたが、我らの認知から外れたところに『何か』が隠れている。その『何か』が鍵を握っている可能性が高い」

「次に黒腔が開かれたら至急そちらへ向かえ、というご指示の件でしょうか」

「そうだね」

 

 今より一ヶ月と少し前のこと。虚夜宮の外で一つの黒腔が開かれた。黒腔が開かれると霊力を持った存在が出入りするのは当然のことだが、その時はそうではなかった。何かが虚圏にやってきているはずなのに、何もやってきてはいない。何かが、おかしい。

 

 藍染がこのような得も言われぬ違和感を抱いたのは、これが初めてではなかった。

 

 一度目は尸魂界を離反した、双極の丘で。

 そして二度目は、この虚圏に開いた黒腔だ。

 

 一度目の違和感と照らし合わせて、二度目の違和感で藍染は結論を出した。そして、配下の者に指示を出したのだ。「次に黒腔が開かれた時は、至急その場に向かってその『何か』に対処、もしくは始末せよ」と。

 

「君達に出したはずの指示は、いつの間にか効力をなくしていた。この私を含め、誰も黒腔を探さなくなっていた。まるで、既にその指示が完遂されているかのように」

「確かに違和感があるなァ」

 

 市丸が、顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。その言い方に何処となく含みがあるのを感じ取りつつも、藍染はそのまま話を続けることにした。市丸ギンは、必要な情報を必要な時に口にできる男だ。もしそうでなくとも、それはそれで。

 

「つい昨日も、奇妙な出来事があっただろう」

「あのワケ分かんねー手枷のことだろ?」

「そうだ。恐らく今の我々は、その『何か』の存在を忘れている」

 

 兎も角、この背景には藍染ですら認知できない『何か』がある。

 

 『何か』だなんて曖昧な物言いを、藍染は好まない。だがしかし、それ以外に何と呼称するのが正解なのか分からない。藍染にとっては、非常に遺憾ではあったけれど。

 

 そんな藍染らしからぬ判然としない言葉に、第4十刃ウルキオラ・シファーが不思議そうに口を開いて。

 

「藍染様は、その『何か』に心当たりがおあ――」

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 十刃の誰かが、小さく声を漏らす。

 言葉が不自然に途切れた? 

 

 いや、問題はそこではない。

 

「ウルキオラ?」

 

 名を呼ぶ。

 しかし、返事はない。

 ウルキオラが腰掛けていた椅子を見る。

 

 誰も、座ってはいない。

 

「オイ……あいつ、どこ行った……?」

 

 ウルキオラが、いない。

 

 何の前触れもなく、姿を消してしまった。

 

 あり得ない、そんなはずはない。そう言ってざわつく十刃達を他所に、藍染はじっと思考する。

 

 事実、ウルキオラは皆の目がある中で唐突に消えてしまった。

 

 弱い虚であれば、圧倒的強者の強大な霊圧を浴びることによって、存在ごとかき消えてしまうことはあり得る。しかしウルキオラは破面の中でも特に霊圧の大きい十刃だ、そう簡単に消えてしまうほど儚い存在では断じてない。

 

 だからといって、彼は藍染との会話の途中に自分の意志で姿をくらますようなことはしない。

 

 となると、可能性は一つ。

 

「……反膜の匪(カハ・ネガシオン)か」

「せいかーい」

 

 不意に、愉しげな声。

 

「……っ!!?」

 

 ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。咄嗟に周囲を見渡すも、声の主の姿はどこにも見当たらない。ほんの少しの霊圧すら感じ取れない。けれど、居る。間違いなく、ここに。

 

 そうだ。忘れていた。

 いや、忘れさせられていた。

 

 虚圏にいる、もう一人の死神のことを。

 

「朽木、桜花か……!」

「あ、やっと私のこと思い出してくれたんですね」

 

 寂しかったんですよぉ、だなんてわざとらしい台詞に藍染は眉をひそめる。次の瞬間、彼女の声から居場所を特定した東仙が動いた。抜き放った刀身を振りかぶり、虚空を斬りつける。

 

「…………」

 

 そして、斬りつけた体勢のまま動きを止めた。迷いなく振られたはずの刃は、何も斬ってはいなかった。

 

「……何故だ」

 

 行き場を無くした刀を静かに下ろして、東仙は途方に暮れたようにぼそりと呟く。

 

「何故、私は刀を抜いている……私は一体、何を斬ろうとしていたのだ……」

 

 その問いに答えられる者は、誰一人としていなかった。十刃たちも、市丸ギンも、藍染惣右介でさえも。

 

 藍染が以前より抱いていた違和感。

 忽然と姿を消してしまったウルキオラ。

 突然虚空に向かって斬魄刀を振るった東仙要。

 

 その全ては恐らく、一つに繋がっているのだろう。しかし何がどう繋がっているのかは、全く分からなかった。自分は、肝心の『何か』を。『誰か』の存在を忘れている。

 

「そこにいるのは、誰だ……?」

 

 その『誰か』が藍染の”鏡花水月”の支配下にないことは、既に確認している。

 

 "鏡花水月"は他人の認知する内容を思うがままに操る能力だが、恐らくこの『誰か』の能力は根本的にそれとは異なっている。これは他人の認知そのものを完全に書き換える、と言った方が正しいのかもしれない。まるで最初から『そう』であったかのように。現に十刃たちも、その存在を認知できていないように思える。

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 

 十刃が五体しかいない、ということに。

 

「いや……ちょっと呆気なさすぎない?」

 

 戸惑ったような、少女の声がした。それと同時に再度思い出す。朽木桜花という、厄介な能力を持った死神のことを。

 

「何なんだ、テメェは……?」

 

 ノイトラが唸るように呟いた。強者との戦いを好む彼も、見ず知らずの子どもに良いようにされているこの状況は不服らしい。

 しかし、無闇矢鱈と声をする方を斬りつけるような行動には出なかった。当たり前だ。そうすればまたもや認知を歪められて、より場を混乱させられてしまうことは、先程東仙が証明したばかりだからである。

 

「何って、そんな人のこと化け物みたいに」

 

 十刃の実に五体が、消え失せてしまった。その原因がこの声の持ち主だということは、残った十刃たちも察しているようだった。中には警戒心を露わに刀に手を掛ける者もいる。しかしそんな緊迫した空間の中にあっても尚、その声色は穏やかだった。

 

「そこまで警戒してもらえる、というのも光栄ですけどね。それにしたって買い被り過ぎですよ」

 

 場違いな柔らかい態度で、朽木桜花は言葉を続ける。

 

「私なんて、敵地に侵入して追い詰められた挙げ句に捕虜になった、ただの間抜けな雑兵です。まぁ……皆さんはずっと、その雑兵の掌の上で転がされてる訳ですが」

 

 先程のノイトラの発言をなぞらえて、その声は笑った。

 

「それでは、健闘を祈っています」

 

 そんな巫山戯た台詞を置いて、朽木桜花は――

 

 

 

 

 

 その『何か』は、藍染達の認識の外に消え失せてしまった。

 

 

 

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